2003年11月25日

共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


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・共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人
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この本によると、10万人に1人(最新調査では2万5千人に一人)の割合で共感覚という特殊な感覚を持った人が、存在している。彼らの大半は何の生活の支障もなく、普通に暮らしているが、私たち通常感覚者とは、別の世界を体験している。大抵は話しても理解されないので、そのことを黙っている。

彼らは、食べ物を舌で味わうと指先にカタチを感じてしまう。この味はとんがっている、だとか、まるいだとか、手に取るように感じる。ある人は、音を聴くと色が見えてしまう。共感覚者が「このチキンはとんがった味がする」「これは赤くてまぶしい音楽ね」と言う時、それは比喩ではない。実際にそう感じている、という。

著者は、医師で共感覚の第一人者。偶然、友人が共感覚者であることが分かり、80年代ほとんど未解明だった領域の研究を開始した。18世紀からの文献調査に始まり、他の共感覚者も集めての臨床実験を繰り返して、遂にその実態を学会へ発表し、話題になった。今では、共感覚者の存在は広く認められている、ようだ。

著者の友人であり研究対象であるマイケルの料理は恐ろしく変わっている。彼は料理をレシピにしたがって作るのではなく、「おもしろい形」の料理をするのが好きだ。砂糖は味を「丸く」し、柑橘類で「とがり」を加え、調味料や香辛料で「線の傾斜を急に」したり、「角を鋭く」したり、「表面をひっこめ」たりする。すべて比喩ではない。触覚で感じている。

五感のどの感覚とどの感覚が結びついてしまうかは人によって異なる。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の二つ同士で一方向に発生する組み合わせが考えられるが、視覚と聴覚の結びつく例が多いらしい。珍しいケースでは単語の音と身体の姿勢感覚が結びついていて、特定の単語が特定の姿勢を感じさせる14歳の少年の例が報告されている。

最初は著者は、これは脳内の配線が混乱していることから生じる異常な現象と考えていた。しかし、緻密な研究を進めるにつれ、意外な事実が分かってくる。実は、共感覚は人間(哺乳類)の誰でも持っている根本的な感覚で、脳の正常な機能だが、その働きが意識にのぼるひとが一握りしかいないもの、ということが分かったのだ。

共感覚は、脳の皮質の下にある海馬を中心に、いつでも誰にでも起こっている神経プロセスだが、通常は脳の最終処理を行う器官である、辺縁系の正常な処理を通過すると、意識から失われてしまう。ヒトの進化の過程でそういう仕組みになったのだが、共感覚者は原初的な神経プロセスをありのままに感じてしまう人たちであり、「認知の化石」と言えると結論される。歴史に登場する天才的芸術家にも共感覚者がいた可能性もあるらしい。

この本は2部構成になっており、第1部が共感覚の解明ドキュメンタリ、第2部は「情動の重要性についてのエッセイ」集。単なるおまけにしてはボリュームがあるなと思っていたが、こちらも素晴らしいできばえだった。脳や感覚、情動を長年観察、研究してきた著者が説く人間の意識や精神に関する独白。私たちがとらわれている合理性批判。

感覚とそれに起因する情動こそ、人間の精神の支配者であり、意識する心は私たちが自己と呼んでいるものの運転者ではない、という最小合理性(C.チャーニアク)の立場から、情動がいかに私たちの高い意識レベルでの意思決定や行動に強く関与しているかを、一般向けに分かりやすく語る。話題は、認知論から人工知能の限界、宗教、科学とスピリチュアリティにまで総括していく。第1部を読んで著者の科学者としてのスタンスを知っていると、すべてが頷ける。著者は医師であるが、科学者であり、哲学者として生きている。

評価:★★★☆☆

この本を読んだ動機は私が考えている未来技術「トランスモーダルメッセンジャー」に関連する事柄が書かれていないか期待した。微妙に違ったようだが参考にはなった。ここで、この私のおかしな空想技術をついでに説明すると、

・サンクスコーラ(感謝飲料)
飲むと「今日は来てくれてありがとう」というメッセージが伝わるソフトドリンク「サンクスコーラ」
・ワンダーウォール(嘆きの壁)
触ると「人生大変だよね、お疲れ様」というメッセージが感じられる壁
・告白フレグランス
匂いをかぐと「私はあなたを愛しています」と伝わる香水

意図しているのは、単なるサブリミナル効果ではない。もっと強くて複雑で、言語的な強いメッセージを人間の脳へ、非言語感覚を通して送り込めないか、ということ。映画未知との遭遇で宇宙人と人間が光と音でメッセージを交換したように、非言語を使った言語的なやりとりを作れたら異文化コミュニケーションがさらに深まると思うのだ。新しい感性の開発といってもいいかな。

経営者仲間の焼肉パーティーで話したら、「橋本さんも相変わらず妙なこと考えてますねえ」で一笑に付されてしまったが、結構本気である。この本は、共感覚について知るだけでなく、意識や感覚の仕組みを知って、新しい感性の技術を模索したい、こんな私のようなタイプの人間にも、とても参考になる。

参考URL:
・著者のサイト
http://cytowic.net/
・言葉や音に色が見える――共感覚の世界
http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20020325306.html
・脳の構造と共感覚および意識
http://www.ccad.sccs.chukyo-u.ac.jp/~mito/yamada/chap2/
・共感覚とセレンディプティと知識流通
http://sentan.nikkeibp.co.jp/mt/20030630-01.htm
・意識についてのオンラインマガジンPSYCHE(共感覚やその他の興味深い記事満載)
http://psyche.cs.monash.edu.au/


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Posted by daiya at 2003年11月25日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
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Comments

いやあ、これはすごい。

実は子どもの頃からずっと考えてきていたんです。
共感覚。

他人の脳で起きていることが自分では分からない以上、同じ音を聞いて「高い音だね」と言った二人が、感じていることは同じではないだろうと。でもそれを確認するのは困難だろうと。

非常に感動いたしました。
橋本さん構想の未来技術も面白い。
なんだか、実現しそうな気もしますけどね。

Posted by: 四家正紀 at 2003年11月26日 14:02

ラマチャンドランの「脳の中の幽霊」読みました?
面白いですよ。

Posted by: 鈴木健 at 2003年11月26日 16:58

一般的に使われる表現も、もともと誰かの共感覚が生み出したものなのかも知れません。
とがった味の料理を食べて指先に「とがった感じ」を感じ「とがった感じだ」と表現したら、「うまいこと言うなあ」と、他の人も口で感じるものについて同じ表現を使うようになったとか。  


Posted by: 四家正紀 at 2003年11月26日 19:03

芸術家と共感覚といえば、フランス近代作曲家のオリヴィエ・メシアンがそうだったという情報がありますね。
彼は音を聞くと色が見えるという聴覚〜視覚の共感覚者だったようです。

Posted by: あかみ at 2003年11月28日 20:26

私も共感覚体験があります。
私の場合、モノをみて触感を感じることが(稀に)ありました。

共感覚者が集まって、お互いの体験を語り合う場所を作りました。興味のある方は上のURLまで。

Posted by: N2 at 2004年01月23日 00:22

共感覚について調べる際に偶然にも見つけ、勝手ながらトラックバックさせていただきました。
しかし残念ながらトラックバック機能を利用されていないようなので、またまた勝手ながらコメントさせていただきました。

Posted by: ayunee at 2004年05月25日 09:37

長年の謎が解けました。
昔から音が色で見えていたんですがまさかこんな名前がついているものとは始めて知りました。

小さい頃はみんなそうなんだと思っていたんですが・・。

Posted by: at 2004年10月22日 02:07

共感覚者が主人公の小説を読んで、関心…を、持ちました。「凄い」と思っていましたが、元は自分にもあったはずの感覚なんですね。

Posted by: 黒藍 at 2004年10月25日 11:11

テレビで見て、自分が共感覚者らしいと知りました。
私は歌を歌っていて、曲も少し作ります。
どなたかの研究のお手伝いができないかと、思っています。脳のことに興味があります。”脳の中の幽霊”
も読みました。自分の頭の中のことを、もっと知りたいのですが、どうすればよいでしょう?御存じの方、教えてください。

Posted by: 木田佐智子 at 2005年03月24日 12:26

 藤崎慎吾「ハイドゥナン」とラマチャンドラン「脳の中の幽霊 再び」を偶然続けて読みました。共通するのは「共感覚」。かなりびっくり。共感覚についてもっと知りたくなり、こちらのHPにたどり着きました。たいへん興味深く読ませていただきました。

Posted by: たきたき at 2005年12月31日 21:58