生命記号論―宇宙の意味と表象

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・生命記号論―宇宙の意味と表象
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生命圏を記号圏としてとらえる新しい見方を提示した本の新装改訂版。初版は1993年。

記号というと普通は言語を連想する。だが、著者は記号の指す範囲を大きく拡大して次のように定義する。


記号圏とは、大気圏、水圏、生物圏と同様に地球上のある領域を指す。記号圏は他のどの圏内にも入り込み、その隅々まで広がっており、音、匂い、身振り、色、形、電界、熱放射、全ての波動、化学信号、接触その他のありとあらゆる種類のコミュニケーションを統合して出来上がった一大圏である。一言で言えば、生命に関する記号全てのことである。」

基本はパースの記号論であり、意味するものとされるものの二項の意味世界に、解釈する主体を加え、3項のダイナミックな関係として、全体を捉えなおそうとする思想である。メッセージは単独で存在できるものではなく、解釈する主体があってはじめて記号の意味が確定される。

この記号関係でやりとりされるインフォメーションとは何かについては、解釈者の志向性によって生み出されるもの説明されている。


インフォメーションとは何らかの志向性を持った生物と結び付けられる。この志向性を持った生物とは、栄養濃度を感受して、餌が最も豊かであるスポットに向かって偽足を伸ばして行こうとするアメーバであったり、あるいは木の上に熟した果物を見て、それを取るために手を伸ばしている人間であったりする。別の見方をすれば、インフォメーションは翻訳にその基盤を求め、この意味で、パースの定義による記号に対応する。

生物はそれぞれの環世界に生きている。必要な情報を選択的に感覚器官から受けとっている。これが志向性であり、インフォメーションの基盤である。そしてインフォメーションの量と質を決めるのは、記号論的自由の大きさにあるというのがユニークな意見である。ここでいう自由とは、個体や種が周囲と相互に伝達できる「意味の深さ」を指している。
次に、対象を生物個体同士の水平関係という視点から、系統という垂直関係という視点に移動して考えると、生命記号圏においての究極の内部観測者は、人間や生物の個体、もしくは脳や意識ではないという。

つまり進化という目でみると、


人間において思考を行っているのは脳ではない。身体全体でもない。考えることができるようにしているのは私たち全てがその産物である自然の歴史そのものである。

たとえば、DNAの遺伝情報のネットワークは、塩基配列の組み合わせという記号関係そのものである。交配が行われれば、二つの系の間で情報交換が行われ、新しい世代の記号が決まっていく。ここには、人間の個体の意識は入り込む余地がない。そのメッセージ交換の意味を解釈しているのは、ヒトの系統そのものであり、さらに大きく見れば、自然史そのものであることになる。

ヒトが登場する何億年も前から生物はいたのだから、意識が観測者ではありえない。現在の生命圏は、過去の生命情報のやりとりの結果なのであるから、その歴史そのものが観測者であったとする。人間の意識は特権的な存在ではなくなる。

意識の解体もテーマの一つとなっている。

「意識とは身体の実存的環世界を、肉体が空間的物語的に解釈したものである。」

という結論がある。

これは、ノーレット・ランダーシュの「ユーザイリュージョン」とほぼ同じことを指している。私たちが見ているものは本質じゃないのである。幻想なのである。だが、その幻想を信じて必死に生きている私たちがつくりだす歴史は本物なのである、というのが私の理解。

この本は訳者 松野 孝一郎氏のあとがき「記述の限界とそれへの開き直り」も読みどころになっている。内部観測者について本も出している訳者は、あとがきにおいて、本文を引用しながら自論をどんどん展開している。総括にもなっていて読解の参考になった。

・動物と人間の世界認識
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000786.html

・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html

・基礎情報学―生命から社会へ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001216.html

・こころの情報学
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001034.html

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このページは、daiyaが2005年12月11日 23:59に書いたブログ記事です。

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