2005年07月21日

プリンストン高等研究所物語このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサード リンク

・プリンストン高等研究所物語
4791761588.09._PE_SCMZZZZZZZ_.jpg

素晴らしい。科学史好きには絶対おすすめ。

原題は「The One True Platonic Heaven: A Scientific Fiction on The Limits of Knowledge」。真のプラトン的天国:知識の限界をめぐる科学小説。著者はサンタフェ研究所のメンバーでウィーン大学数学教授のジョン・L・カスティ。

実在の研究所を舞台に繰り広げられる天才科学者たちの研究議論や政治的駆け引きを、ドラマとして進行させていく。どこまでが実話で、どこからが空想なのかは不明だが、20世紀の科学革命の主要テーマが、プリンストン高等研究所の一時期の物語として見事に織り込まれている。

登場人物は多彩。ジョン・フォン・ノイマン、アルバート・アインシュタイン、クルト・ゲーデル、J・ロバート・オッペンハイマー、ルイス・L・ストラウスなど。登場人物にはそれぞれ”らしさ”がある。地位と名声を手にしつつも孤立するアインシュタイン、人嫌いで奇行に走るゲーデル、実務家としても有能なオッペンハイマー、コンピュータの実現に飽くなき情熱を燃やすフォン・ノイマン。(多くは原爆製造関係者でもあるが...)

全体を貫くテーマは人間の知識の限界。アインシュタインの特殊相対性理論と量子論の対立、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーデルの不完全性定理、そしてフォン・ノイマン式コンピュータの誕生秘話などを軸にしながら、人間はどこまで世界を理解することが可能なのか、を天才たちに語らせていく。

20世紀の前半に発見されたこれらの理論の共通点は、科学には限界があることを科学的、数学的に証明しているということ。具体的には光は粒子であるが波でもあること。確率的な振る舞いでしかない量子論的世界観。位置と運動量を同時に知ることは原理的にできないこと。コンピュータは脳を超える存在になりえるのかどうか。そういった科学史では、お馴染みのアポリアが、登場人物の議論の中で、スリリングに議論されている。

クライマックスは教授昇進を賭けたゲーデルの討論集会での講義。


論理的枠組みの無矛盾性は不確定性原理が有効であるための不可欠な条件でしたから、私は採用される特定の体系がそれ自身の無矛盾性を何らかの方法で実際に証明できるのかどうかつねに関心を持っていました。これはまさに不可能なことをなし遂げるにも似た至難の業でした。しかし不完全性定理のときと本質的に同じ推論の筋道を採用することによって、私は、論理体系というものがそれ自身の無矛盾性を証明することが不可能である
ということを示すことができたのです

と有名な不完全性定理を要約したあと、フリーマン・ダイソンらの論客と熱い討論が始まる。数学も科学も世界を完璧に知る手段足りえないのならば、私たちにとって世界とは何なのか、知るとはどういうことなのか。螺旋状に積み重ねるように物語られてきた知識の限界をめぐる議論が読者の頭にも蘇る。

そして最後は人間の知の限界を超えるかもしれないコンピュータの誕生で締めくくられる。限界を打ち破る可能性としてのコンピュータ。私たちはその延長線上の未来にいるが、結局まだ20世紀前半の理論を本質的には乗り越えてはいない。知識の限界という命題を今は物理的実験で確認できるようになっただけだ。

この小説はフィクションだが主要登場人物がプリンストン高等研究所に所属し面識があったのは事実らしい。実際に彼らの間でどのような議論や人間関係があったのか、本当のところをもっと知りたくなってしまった。この小説にあるように、アインシュタインとゲーデルは仲良く散歩しながら知識の限界についての深遠なやりとりをしたのだろうか。ゲーデルを昇進させるためにフォン・ノイマンはこんな根回しを実際に行ったのだろうか。彼らが一堂に介したプリンストン高等研究所も一度訪問したくなってきた。本当にワクワクする小説だった。


スポンサード リンク

Posted by daiya at 2005年07月21日 23:59 | TrackBack このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーをはてなブックマークに追加
Daiya Hashimoto. Get yours at bighugelabs.com/flickr
Comments
Post a comment









Remember personal info?