Books-Brainの最近のブログ記事
タイトルから内容がわかりにくいが、タフツ大学の小児発達学部教授で読字・言語研究センター長が書いた「読書脳」の本である。
私たちが字を認識して読書をする能力は、脳の特殊化と回路の自動化のおかげだという。人間は生存に必要な物体認識の古い回路を特殊化して文字認識の回路に再構成した。やがて視覚が受け取った情報を言語として理解するプロセスは高度に自動化されて流暢に読み書きをする能力になった。人間の読字能力の獲得には2000年を要したが、現代人は生まれて2000日でこの言語能力を身につける。
使用言語によって脳の使い方が異なるという点が興味深い。漢字とアルファベットでは脳の別の領域を使う。漢字と仮名が交ざった日本語を使う日本人の脳は、漢字を読むときは中国語に近い経路を使うが、平明な音節文字である仮名部分ではアルファベットに近い経路が活性化する。バイリンガルの人が脳梗塞になると片方の言語能力だけを失う症例もあるそうだ。脳の読書機能は多くが後天的な学習で構成されているのだ。
「流暢に読解する読み手の脳は今まさに、進化した文字を読む脳の最も重要な才能を手に入れようとしている。時間である。解読プロセスをほぼ自動化させてしまった若い流暢な脳は、隠喩、推論、類推、情動というバックグラウンドを経験から得た知識と統合させて、そのたびに時間を1ミリ秒ずつ縮めることを学ぶ。読字発達の過程で初めて、脳が思考と感情を別々に処理できるだけの速さを手に入れるのだ。」
私たちは学校や家庭でこの流暢に読む能力を自然に身につけていくように思える。しかし米国では人口の15%程度が読字能力に問題を抱えているという事実がある。日本でも近年の学習障害研究で、読字能力に問題を抱えるこどもの数が意外に多いことがわかってきた。後半は著者の専門であるディスレクシア(読字障害)の探究の章が続く。
エジソン、ダ・ヴィンチ、アインシュタインなど世紀の大天才達がディスレクシアであったといわれる。読字能力の欠落は天才的な能力と結びつくこともある。そして著者は自身の子供がディスレクシアであると同時に、それが遺伝する家系であること告白している。学者としても個人としても真剣な研究なのだという情熱がこの本からは伝わってくる。
読書脳の可塑性はデジタルメディアの出現によって新たな展開を生むかもしれない。新しい読みの体験は脳の再構成と自動化を進めていくからだ。
「文字を読む脳によって磨かれたスキルが、今、コンピュータの前に座り、目を画面にくぎ付けにして読んでいる新しい"デジタル・ネイティブ"世代のなかで形成されつつあるスキルに取って代わられることになったら、私たちはいったい何を失うのだろう?。」
と著者は心配しているが、私は、失うものよりも何を獲得しつつあるのかのほうが気になる。検索とザッピング、マルチメディアとハイパーリンクを前提とした読みの行為が人生の読書体験の過半を超える時代はもうすぐやってくるだろう。そのとき人間の脳はどう変貌していくだろうか。
それとこの「プルーストとイカ」。プルーストについては詳しいのだが、イカについて記述が少なすぎてよくわからなかった。私の読解能力不足のせいではなさそう。イカについてもっと書かないとイカん。(あ、書いちゃった)
読字に関する最良図書としてマーゴット・マレク賞を受賞。
「最初から百パーセント集中せよ」「相手の攻撃は最大のチャンス」「相手の長所を打ち砕け」「勝負の最中にリラックスするな」。北京オリンピック日本選手団に勝負の勝ち方を講義した有名な脳外科医によるベストセラー。
著者は「意識」「心」「記憶」は連動しているという「モジュレータ理論」を提唱している。脳内のドーパミン系神経群がその三者の連動させていると考えており、それを最適化することで、人間は潜在的な能力を開発できるという。
具体的には「サイコサイバネティックス」と呼ばれる行動理論を応用する。
1 目的と目標を明確にする
2 目標達成の具体的な方法を明らかにする
3 目的を達成するまで、その実行を中止しない
目的よりも目標を心掛けることが勝利の秘訣になる。オリンピックなどで優勝選手が「気がついたら一位になっていた」「結果は気にせずよいプレーを心がけた」というコメントをする選手がそうした原理で成功した人たちだ。精神論で猛練習ではなくて、楽しみながら集中しているうちに上達するということらしい。チクセントミハイのフロー理論にも似ている。
「モジュレータ理論」とともに「イメージ記憶」というキーワードも興味深い。野球のピッチャーが時速150キロ以上のボールを投げるとき、ホームベースに達する時間は0.45秒以下になる。一方、脳がボールを見て身体にスイングを命令し振り切るまでは合計で0.5秒になる。理論的にはバッターは150キロのボールを「よく見て」打つことはできない。見ていたら振り遅れてしまう。
「そのためバッターは、ピッチャーを投球動作をしている段階から、ボールが手元にくるまでの軌道をイメージ記憶をもとに予測して、バットを振るのです。だから、時速150キロ以上の豪速球でも打つことが可能になるのです。 経験を積めば積むほど、ボールの軌道の記憶はたくさん蓄積されていきます。バッティングの達人とは、過去に成功したときのイメージ記憶を膨大に蓄え、それをあらゆるボールに対して当てはめることができる人のことです。」
こうした能力を引き出すには、「意識」「心」「記憶」を適切にコントロールしなければならない。かなり心の持ち方が重要になる。練習では普通でも、大きな試合に出ると神業を繰り出す選手はそうした調整がうまい。勝負脳について著者は、三者を統合するモジュレータを最高に機能させる考え方を中心に教える。頭を使って運動能力と運動神経を鍛える「運動知能」論は科学的な精神論なのであった。
中年女性ジャーナリストが自身の記憶力減退を感じたのをきっかけに脳力開発に取り組んだ。食事改善、睡眠改善、脳トレ、薬やサプリなど、頭が良くなると言われるものを手当たり次第に試しまくった脳トレ体験記。
著者の体験はとても幅広い。脳サプリメントの「ブレインサステイン」だとか、
・Brain Sustain
http://www.healthdesigns.com/brainsustain.html
インターネット上で受けられる脳開発プログラム MyBrainTrainerだとか、
・Brain Exercises, Brain Age Test and Cognitive Exercises by MyBrainTrainer
http://www.mybraintrainer.com/
任天堂DS「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の英語版BrainAgeだとか、
・Brain Age
http://www.brainage.com/launch/index.jsp
簡単に入手できる者もあるし、スタンフォード大学の不眠症研究室の治療、ヘッドギアをつけた脳波矯正プログラムだとか、MRIを使った脳の画像検査など、最先端の脳医学の御世話になったものもある。ちょっと怪しい気がする瞑想や気功も試している。
そうした体験の合間に、中年の物忘れとアルツハイマー病について、最新医学が解明しつつあることが説明されている。30代、40代からボケの兆候は見られるらしい。早期に発見して対策することが大切になってきている。
85~89歳の人に言葉の記憶テストをすると、全体の5%は17歳並の記憶力を維持しているそうだ。新しくて難しいことに常に取り組むことが脳をいつまでも若々しく保つ最善の策であるという当たり前の結論なのだが、若い頃に脳をフル回転させることが「認知力貯金」になってボケを遅らせる可能性があることや、子供の頃におでこを打った影響(従来はたいしたことがないと思われていた)でボケが早まるなんていうこともわかってきたようだ。
脳トレについては、ある程度複雑な作業を並行させると、単独で順番にこなすときより時間がかかるという「マルチタスクの非効率」現象についての研究が興味深かった。
「カリフォルニア大学アーヴィン校の研究者グループが、IT労働者を対象に、注意が散漫になったり、作業が中断させられたりする頻度を調べてみた。すると、十五分に一回ぐらいだろうという事前の予想を裏切って、実際は三分の一回の割合で起こっていた。しかも中断した作業のうち、その日のうちに再開できたものは全体の三分の二にすぎなかった。この中断を合計するとひとりあたり一日二時間以上になり、損失を金額に換算するとアメリカ全体で一年間に五千八百八十ドルになるという。」
これはおそらくウィンドウ式のGUIの弊害なのだろう。メールやWebが気になって、肝心の作業の気が散ることは私も毎日のように体験している。メールに書かれていたWebを見に行ってしまって、書こうと思っていた別のメールの返事を忘れてしまう、みたいなことがある。インスタントメッセンジャーや常駐アラートなど原因は増えてきているはずだ。
順番にひとつずつやる。気が散らない。割り込みを許さない。それでいて選択の自由度がある。そういうシングルタスクのデスクトップがあったら、頭が良くなるデスクトップとして、売れるんじゃないだろうか。
この本は女性ジャーナリストの著者が、消費者感覚で率直に、それぞれの効果を語っているので体験レポート集として価値がある。読者が自分で試す手間が省けるのがよい。
個人的にはサプリメントに興味があって、毎日「マルチビタミン」「ブルーベリー」を会社の机の引き出しに入れて飲んでいる。少々寝不足でも大丈夫な気がする。だが、市販のマルチビタミンは効果が弱すぎるとこの本では論じられており、Brain Sustain(57ドル)は気になる。
脳トレということでは子供と一緒にやるものに関心がある。最近買ってきたのはこれ。歴史年号の語呂合わせ(645(無事故)な世づくり大化の改新、とか1192(いい国)つくろう鎌倉幕府とか)が書かれた読み札と、年号と絵の描かれたカルタがセットになっている。語呂合わせを覚えていれば、早く取れる。
基本となる年号を暗記できていると、歴史ものの理解が早いから、生活の中でも結構楽しめる。
脳神経外科医が現代人の脳に起きている異変を語る。
「それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、私たちはインターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思い出す手がかりのない記憶をどんどん増やしてしまっているようなところがないでしょうか。そのために「知っているけど思い出せない」ということが増えた。」という著者の指摘に考えさせられる。
パソコン任せ、インターネット任せの生活は、私たちをさまざまな面倒から解放した。検索すれば容易に情報が見つかる。気になるページはブックマークしておけばよい。わざわざ記憶しなくなった。人にURLを送りつければ自ら説明する手間が省ける。だから内容を深く理解しておく必要もない。脳の負担が減って楽になる=ITを使いこなしている=良いことと考えがちだ。
パソコンとインターネットを人類共通の外部記憶装置として共有する情報管理スタイルは、この10年で世界中いたるところで急速に浸透している。楽に膨大な量の情報を扱うことができるようになったわけだが、一方で人間が物を覚えたり考えたりする時間は減っている。現代人は中途半端にしか情報を受け取っていないから「知っている気がするけど思い出せない」ような体験が増えていると著者は指摘する。脳がパソコンにカスタマイズされてしまっているのだ。
フリーズが多発する脳はパソコンやネットだけが原因とは限らない。会社生活における環境の変化もそうしたボケを招くのだという。
「若い頃には嫌なことをやらされているわけですが、偉くなってくると「これはもう自分でしなくてもいい」と選べる場面が増えてきます。それで面倒な作業を省いていくと仕事や生活がどんどんシンプルになっていく。そうした方が効率よく才能を発揮できそうな気がしますが、そうとは限りません。「忙しかったのにできていた」のではなく、本当は「雑多なことをしていたからできていた」のかもしれないのです。」
雑多なことを自動化簡単化すると生活の中の「新しく組み立てていく部分」がなくなる。脳の回転数が下がってしまう。著者曰く脳の回転数を上げるには、ある程度「社会の歯車である環境」に戻りなさい、意志を持った歯車でいなさいとアドバイスしている。
私はITをフル活用して仕事をしている。またそうしたワークスタイルを授業や研修で積極的に人に勧めてきた。だから、この本のフリーズする脳の問題は日々自分の問題として痛感している。1日中パソコンの画面とにらめっこしていると創造性が減退していくのが自分でも実によくわかるのだ。
パソコンをフル活用して煩雑な作業を自動化すること。インターネットを外部記憶として使うこと。こうしたやり方は決して間違っているわけではないと思う。本来は脳が楽をする分だけ「新しく組み立てていく部分」を増やすべきなのだ。だが人間はつい楽な道を選んでしまう。
数年来フリーズ脳対策として個人的に心がけていることとして、
1 企画の発想はパソコンを使わず紙の上に書いていく
2 仕事中に社内を歩き回るか外を散歩して考えをまとめる
3 情報収集ではネットサーフィンは最小限にして本を読む
4 誰かをランチに誘ってややこしい問題を人に簡単に説明する
5 真面目な会議でもなるべく人を笑わせるよう努力する
がある。この本を読む限りではだいたい方向性は間違ってなかったようだ。
私は「ゲーム脳」はまったく信じないのだけれども、パソコンやネットの過度な利用で脳が怠惰になるという、この本の説には全面的に同意である。かつては人と差をつけるためにITを使ったが、万人が使いすぎな時代には、敢えて使わないことで生産性を高めることにつながるのかもしれない。
ちょっとユニークな読後感の脳科学の本だ。
まえがきに「幼稚園のころ私はIQ検査を受け、「天才」と認められた」という個人的な告白がある。著者は奨学金でハーバードとオックスフォードに進み英文学と医学で博士号を取った。現在はアイオワ大学精神病理学教授として脳の画像解析の最先端で多数の受賞があり、関連する学会の会長を歴任した医学者である。天賦の才能にあふれた人生に思えるが、著者は自分は結局「並外れた天才」にはなれなかったと述べている。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチやシェイクスピア、ニュートンやアインシュタインのような真の大天才になる条件を研究している成果がこの本である。
英文学の専門家でもあるから、科学の本には珍しく各所でルネサンス期や近代の文学の天才たちの作品が、著者の見解を支持するために、しばしば引用されている。文学や芸術の天才の能力にたくさん言及しているのが、理系の天才を評価することが多い他の天才研究本とこの本が異なる独特なところだ。
だから、定量的な生産性で計るのではなく、創造性という部分で、並外れた天才を計る。まずは天才の創造性の定義だが、チクセントミハイの創造性の定義を著者は強く支持している。興味深いのでまるごと引用すると、
「創造性は、ある人物がたとえば音楽、工学、ビジネス、数学など特定の領域のシステムを用いて、新しい思想をいだき、あるいは新しいパターンを発見して、その新しさが、その当該分野によって選び取られ、関連する領域に取り込まれるときに生ずる。」
というもの。「独創性」「有用性」「生産物」がキーワードになる。本人の能力的優秀さだけでなく、その能力を使った作品として成果物を完成させ、それが世の中に有益と認められる必要があると総合している。そして、著者は有名な天才研究の内容に言及しながら、並外れた天才たちによく見られる創造パターンをこう描き出す。
「創造するためには、創造者は非常な集中と熱中状態に入り込む。精神医学の用語ではこれは「分離した状態」といえよう。つまりその人は、精神的に自分自身が環境から離れており、比喩的に言えば、「他の場所に行っている」。通常の言葉では、「現実との接触を断っている」とも言えよう。しかし主観的にはその創造者は、現実よりも本当のものである別の現実に行っているのだ。」
モーツアルトは作曲のときオーケストラの完全な演奏がいきなり頭に思い浮かぶと自ら書き残している。真の天才は部分を集めて作るのではなくていっきに完成形を創造してしているのである。それはもうひとつのリアリティの中で聴いた音楽を、こちらの世界で譜面に書き起こすような作業なのだろう。
「創造性を育てる文化的な環境」として次の5要素を挙げている。
1 自由、新規、先端にいるという自覚
知的な自由が確立されている
2 創造的な人たちの臨界量
他社との相互作用と思想の交換ができること
3 自由で公正な競争的な雰囲気
競い合うことで成長する
4 指導者とパトロン
直接育てる人、支援する人の存在
5 経済的な繁栄
多くの偉大な創造者は経済的繁栄の時期に出ている。
そして「創造的な個人に特徴的性格としては、経験に対して開放的、大胆さ、反抗的、個人主義的、敏感さ、茶目っ気、忍耐強さ、好奇心の強さ、単純さが挙げられる。」ともまとめている。
創造性というものは、個人の中に存在するものではなくて、個人が文化や環境の中に入って相互作用をする過程で出現するものだという視点が興味深いと思った。著者の少女時代と同じように、IQの高い少年少女を半世紀以上追跡調査した研究も紹介されているが、結局、並外れた業績を残した天才はほとんど出てこなかった。個人の能力ではなく社会や時代の文脈が天才を生んでいるということを裏付けている。
科学書としては古い本(邦訳版で2000年の出版)なのだが、素晴らしい内容で感動した。こういう本をずっと探していた。
世界の脳科学者、文化人類学者、認知科学者らが各分野の知見をもちより、脳と美しさの関係性をひもとく。「美の生物学的基礎」「韻律詩、脳、そして時間」「音楽におけるテンポ比率 ~普遍的なものだろうか~」「ダンス、うつろいゆく芸術形式 -行動としての美」「視覚的な美と生理的制約」「美の情報処理」「大脳皮質の非対称性と美的経験」「美しさは見る者の視野の各半分で異なっているかもしれない。」の8本の小論文から構成される。各論文は非連続で分析の枠組みも異なるが、そこに見出されるメタレベルの共通性に驚く。
この本の全体を通しての共通性としては、脳を活性化させる「スーパーサイン」のような構造が見いだせるということだろう。
「私たちの知覚は秩序を求め、それを楽しむ。この傾向は、一部分は私たちの脳の情報処理能力に限界があることに寄る、一般原理であるように想われる。短期記憶は1秒当たり16ビットを処理する能力をもつと思われる。それ以下では退屈だと知覚され、それ以上だと緊張を与える。私たちはパターンの規則性を発見し、入ってくる情報量を減らすための「スーパーサイン」をつくろうとする。」
「観察者にとって秩序を見いだすのがあまりにもやさしかったり、あるいは規則的な関係を見いだすことができないと、その対象は美的な魅力を欠く。したがって美的対象は、複雑すぎず、また単純すぎない程度の秩序をもつものでなければならない。」共に第1章「美の生物学的基礎」より。
たとえば、大きな頭に小さな顔、丸くふくらんだ頬など幼児の特徴(ベビースキーマ)を備えた容姿は養育的な行動を誘発する。お守りや神像の凝視する目のパターンは、社会的相互作用としてのアイコンタクトと同じ緊張感をもたらす。豊かな乳房や大きなお尻(あるいは逆に引き締まったライン)は女性の美を連想する。だから世界中の男性は幼児的な特徴の顔と成熟した女性の身体を同時に持つ女性を最も好ましいと考えるそうだ。私たちの相当複雑に思える思考や感情も、実はこうした比較的単純なスーパーサインの刺激に大きく影響されているのかもしれない。
世界の民族に共通するスーパーサインは会話にも見いだせる。「幸せと愛の感情は高めの声と生き生きとしたメロディ遷移、エロチックな感情は少し低い声、悲しみの感情は感情のない場合よりも低い音調」、「すべての文化で赤ん坊は通常より高い声で話しかけられる」という共通性があるそうだ。そして第2章の韻律研究では会話のイントネーションにも普遍性があるという事実が明かされた。
「韻律詩の基本的単位はライン(詩句)であろう。この基本単位は、行を止めるなどの慣習的書き方によってすべての文化において明確に示されるというわけではないが、韻律からそれとわかり、ほとんどの場合、吟詠に2秒から4秒かかる。われわれの集めたデータによると、分布上、2.5秒から3.5秒のあいだに高いピークがある。」
こうした美の原理の発見は、美の創造にも役立つ基礎データになるだろう。音楽におけるリズムの研究やダンスの研究の章もあるが、結論として世界中で言語は違っても、詩や音楽、会話のテンポは似ているのだ。その普遍性には聴覚器官の知覚能力や脳の情報処理能力と深い関係があるようだ。
「約1000分の3秒(0.003秒)以下の間隔でおこる事象は聴覚系では同時と分類される。もし一つの短い音が片方の音に提示され、その後他方の音が他方の耳に0.003秒以内に呈示されると、被験者はたった一つの音しか知覚しないだろう。」「2音が約100分の3秒(秒0.03秒)離れていると、被験者はその順序を経験することができ、どちらが先か正確に報告できる。」「しかし時間間隔が10分の3秒(0.3秒)より長いと、反応という新しい時間カテゴリーに入ることになる。10分の1秒はヒトが音刺激に反応するのに十分な時間である。1秒の間隔をおいて2音を鳴らすと、被験者は第一音を聴いた後、第二音をどう処理するかに備えて準備することができるだろう。そうなると知覚者はもはた受け身ではない。」そして「経験のひとかたまり」が約3秒である。大まかに言うと、3秒の時程とは人における現在の長さである。」
脳科学の進展があったので第7章と8章は少し内容が古くなっている気もするが、哲学的な考察は今も説得力を持つものだと思う。「視覚的な美と生理的制約」の章の結論部で美についてこう書いている。
「美しいとか楽しいというのは中枢神経系の処理ルールに最適に対応するタイプの資格入力なのかもしれない。こうしたルールは、ある程度遺伝的にあらかじめ定められている。しかし、視覚経験の豊かさや持続的な学習過程を通して、美的な選好性は変わっていく。」
「アイブルーアイベスフェルトによれば、まず美的反応は他の高等脊椎動物にもみられる基礎的知覚メカニズムのレベルで引きだされる。次のレベルは種に固有の感覚信号の符号化プロセスとかかわり、第三のレベルでは文化的に規定された反応パターンがある。一つのレベルでの反応にもとづく美的選好が、他の符号化レベルで評価されて無視されるということが十分おこりえる。シカゴ美術館を訪れる訪問者はその個人史に応じて、印象派の展示室のモネの絵に感嘆したり、隣りの部門のジョセフ・ボイスの作品「そり」を見て敬慕の気持ちを抱いたりするのだろう。」
美には、生物学的な美と、人間的な美と、個人的な美の3次元があるということになる。優れた芸術家は直感のインスピレーションで人間を感動させる作品を創りだす。それは学習で身につけたセンスや表現技法とは別に、直感=無意識から低次元の美の原理を呼び出せる能力を持っているということなのかもしれない。
こういう論文集型の構成は章ごとに質のばらつきがありがちだが、この本は見事にすべての章が粒ぞろいでひとつの方向に向いていて、わくわくしながら最後まで読み通すことができた。豊富なデータとユニークな考察の連続で、大変にエキサイティングな読書体験ができる。
・脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-742.html
・形の美とは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005144.html
・美について
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005145.html
・デザインにひそむ〈美しさ〉の法則
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004944.html
・黄金比はすべてを美しくするか?―最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004272.html
・美の呪力
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005223.html
・瞬間情報処理の心理学―人が二秒間でできること
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000624.html
・音楽する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004148.html
・快楽の脳科学~「いい気持ち」はどこから生まれるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000897.html
・共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000533.html
・感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004238.html
・脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003736.html
「今からおよそ500年前に、レオナルド・ダ・ヴィンチは「すべての色の組み合わせで最も心地よく感じられるのは、相対立する色から成り立っている場合である」と述べた。このとき彼は、意識することなく生理学的事実を述べていたことになる。しかしながら、それが事実であることは、今から40年ほど前に、反対色特性が発見され、そこで初めて生理学的に証明されたのである。赤で興奮する視覚系の細胞は緑で抑制され、黄色で興奮する細胞は青で抑制され、白で興奮する細胞は黒で抑制されること(その逆もすべて正しいこと)が生理学的に確かめられたのである。」
美術の目的は脳機能の延長にあるという科学的美術論。ピカソ、フェルメール、ミケランジェロ、モネ、モンドリアンなど古今東西の美術作品を、脳はなぜ美しいと感じるのか、脳科学の研究成果と結びつけて解説していく。美とは何かという哲学的問題ととらえられてきた難問に対して、著者は明解な科学的な回答を提示する。
たとえば、脳の生理学の研究によって、特定の傾きの線に選択的に反応する脳細胞の一群があること。抽象絵画と具象絵画では脳の活性化する経路が異なること。描かれた人間の顔や表情の小さな相違を脳は敏感に検出し反応すること。そして、それらの細胞の発現は多くが遺伝的要因によってコントロールされている。いわば美意識というのは進化の過程で遺伝子に埋め込まれて「先在」しているのだと著者は主張する。
それがものすごく複雑なものであるがゆえに現段階では技術的障壁あるにせよ、著者らの研究は、脳のツボをうまく押せば人は美を感じるのだと言っている。そして「脳内の細胞は紫外線には反応しないので、紫外線美術は存在していない。美術は結局のところ、脳の法則に従わねばならないのである。」と美術の限界も指摘する。
もちろん、美は脳細胞の反応に100%還元できるものではあるまい。背景知識や十分な経験、卓越した境地を得たうえでしか味わえない深いレベルの美もあるはずだ。視覚系の研究だけでは美を完全解明することはできないだろう。しかし、生物としての人間に先在する視覚脳の存在こそが、人類共通の美的価値を保証するものでもあるのだともいえるわけだ。
本書には脳の反応パターンとの絡みで有名な芸術作品が多数カラーで掲載されている。天才芸術家たちは、意識的にせよ、無意識的にせよ、脳のツボを効果的に押す手法を編み出してきたことを著者は次々に例示していく。
「画家は視覚脳の体制化を独自の技法で研究している神経科学者であり、科学的に調べてみると、その作品は科学者がそれまで知らなかった脳の体制化の法則を明らかにしていることがわかる」
脳科学によって究極の美がつくりだされる時代が近づいているのかもしれないなあ。
「私たちの感覚世界へのアウェアネスは、実際に起こった時点からかなりの時間遅延することになります。私たちが自覚したものは、それに先立つおよそ0.5秒前にすでに起こっていることになるのです。私たちは、現在の実際の瞬間について意識していません。私たちは常に少しだけ遅れていることになるのです。」
認知科学で有名な意識の遅延に関する理論を、研究の第一人者の認知心理学者ベンジャミン・リベット自らが一般向けに語っている。この理論によると。私たちが意識の上で「今」だと感じている瞬間は正確には0.5秒くらい前なのである。
「自由で自発的なプロセスの起動要因は脳内で無意識に始まっており、「今、動こう」という願望や意図の意識的なアウェアネスよりもおよそ400ミリ秒かそれ以上先行していることを私たちは発見し、明らかにしました。」
何かを意識にのぼらせるには、脳の電気的な準備プロセスが必要で、それに必要な時間だけ意識は遅延する。0.5秒というのはかなり長い時間なので、「人それぞれの性格や経験が、それぞれの事象の意識的な内容を変えてしまう可能性」もあるのだという。認識の個人差、感受性の違いの根本原因は、この意識の遅延にこそあるのかもしれない。
リベットらの意識の研究によって、人間の行動には無意識が支配している部分も多いことがわかってきた。たとえば自転車を走らせていて子どもが飛び出してきたとする。この場合、人間は150ミリ秒くらいでブレーキを踏んでいる。危ないからブレーキを踏まなければと意識が思うのは500ミリ秒くらいの、実際に踏んだ後なのである。
なんだか不思議に思えるが、さらに日常の発話も無意識におう所が大きいらしい。確かに私たちは次に何を話そうか、どんな単語を使おうかと意識で考えないでも、自然にぺらぺら言葉を繰り出している。
「発声すること、話をすること、そして文章を書くことは、同じカテゴリに属します。つまりこれらのことはすべて、無意識に起動されるらしいということです。単純な自発的行為に先行して、無意識に始まる脳の電位変化は、また話したり書いたりといった類いの他の自発的行為にも先行するという、実験的な証拠がすでにあります」。
「話された言葉が話し手が意識的に言おうとしていたこととどこか異なる場合、通常話し手は自分が話したことを聞いた後に訂正します。実際に、もしあなたが話をする前に一つ一つの単語を意識しようとすると、あなたの話す言葉の流れは遅くなり、ためらいがちになります。流れがスムーズな話し言葉では、言葉は「ひとりでに」現れる、言い換えれば、無意識に発せられるのです。」。楽器の演奏もおなじだそうである。
表現行為の多くが無意識の創作を意識が追認していくプロセスだというのは、私たちの経験に照らして正しそうに思える見解である。自然な動作はたいがい「ひとりでに」おきる。自由意志、顕在意識が行う行為は人間の行動の中では案外、限定的なのであるということがわかる。私たちは自由意志で生きていると思っているが、無意識の結果を追認しているだけのようにも思えてくるのである。
当然のことながら、このテーマを突き詰めると「人間に自由意志はあるのか」という哲学的な問いに収斂する。第6章の「結局、何が示されたのか」ではリベットと心脳論の祖デカルトが仮想的な対話をする趣向が用意されている。ここで意外にもリベットは自由意志や魂の存在を否定せず、理論的にその存在の余地を残そうと努力している。
リベットは脳科学、認知科学の本にしばしば研究内容が引用されているが、本人の著作も実験結果の分析にとどまらず、哲学的な問題意識で書かれていて、相当面白いものであった。
・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html
リベットらの研究をベースにして意識科学を総合する大傑作。
・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html
・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html
・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html
・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html
・神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003679.html
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http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004977.html
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http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000134.html
「心理テストはウソでした。」の著者の最新作。
日本では知能について真正面から語ることがほとんどタブーになっている。この本の冒頭で紹介されているように、多くの人はIQという言葉は知っているが、何十年も前の古い知能検査法のイメージでとらえている。知能については漠然としか知らない。書籍もほとんどない。今の日本は、世界の知能研究の最新情報がほとんど入ってこない暗黒時代であると著者は嘆いている。
この本の前半では知能研究の歴史が語られている。
「1908年のビネ・シモン検査は、検査問題の難易度を年齢別にそろえるだけで、知能が1次元的に序列化できることを示したが、序列化を避けるために、精神年齢という言葉を使った。一方、スピアマンは知能が一般知能gと特殊知能sから構成されるという数学モデルを提案した。この一般知能を具体的に表現したのが知能指数という概念である。」
この一般知能gは、短期記憶や決断・反応速度、読み書き、視空間能力、数学的能力など何十項目もの個別の能力テストの値を因子分析することで確認される最上位因子である。最新の知能因子理論のCHC理論では、一般知能gの下に16の因子があり、さらにその下に多数の特殊な因子が配置されている。
多数の課題の成績を相関分析することで、課題ごとに特殊な因子と、ほとんどの課題に共通の因子をみつけることができる。一般知能gが具体的に何なのかは諸説があるわけだが、俗に言う「頭の良さ」は測定可能であるということになる。
一般知能gは測定可能である。それが世界の常識なのに、日本では、知能は複雑で測定はできないとする、多重知能理論が人気があるそうだ。これに対して著者は「マスコミや教育関係者には、知能が1次元的ではないという主張が心地よく響く。序列化の必要がなく、各自の個性が尊重できるからである。しかし、gは統計的に分離可能で、かなりの影響力がある。」と述べている。
知能を脳という臓器のはたらきだと考えれば、身体能力と同じように、能力を測れてもおかしくはないかもしれない。測れないことにしておいたほうが社会的には都合がよいということなのだろう。遺伝と知能の関係も近年、明らかになってきているそうだが、これも差別や偏見を助長するからか、おおっぴらには語られない。
英国での60年に及ぶ大規模なIQ追跡研究の結果は興味深い。IQは生涯にわたって安定していたのだが、驚くべきはIQが高かった人は長生きし、低かった人は早死にしている事実である。原因はわかっていないが、頭の良い人は健康的な環境や行動を選び、その結果、長生きするのではないかと言われているらしい。
あまり知られていない知能研究の実態を知ることができておもしろい本だ。
・「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003417.html
円周率22500桁を暗唱し、10ヶ国語を話す天才で、サヴァン症候群でアスペルガー症候群で共感覚者でもある著者が書いた半生記。これらの病は稀に天才的能力を持つ者を誕生させるが、自閉症やその他の精神障害を併発することが多いため、こうした本を書ける人が出てくることは稀である。
まさに天才の頭の中がのぞける貴重な内容。
「ぼくが生まれたのは1979年の1月31日、水曜日。水曜日だとわかるのは、ぼくの頭のなかではその日が青い色をしているからだ。水曜日は、数字の9や諍いの声と同じようにいつも青い色をしている。ぼくは自分の誕生日が気に入っている。誕生日の含まれている数字を思い浮かべると、浜辺の小石そっくりの滑らかで丸い形があらわれる。滑らかで丸いのは、その数字が素数だから。31,19,197,79,1979はすべて、1とその数字でしか割ることができない。9973までの素数はひとつ残らず。丸い小石のような感触があるので、素数だとすぐにわかる。ぼくのあたまのなかではそうなっている。」
カレンダー計算や素数の判別を行うには高度な計算が必要だ。著者は累乗などの難しい計算を、瞬時にイメージ上の操作で行うことができるのだ。「ある数を別の数で割ると、回りながら次第に大きな輪になって落ちていく螺旋が見える。その螺旋はたわんだり曲がったりする。割る数が違えば、螺旋の大きさも曲がり方も変わる。ぼくは頭のなかで視覚化できるために、13÷97のような計算も小数点以下第100位くらいまで計算できる」。
複数の感覚が連動してしまう共感覚者が稀にいることは知られているが、著者はその中でも極めて珍しい数字と色や形、感情が結びついているタイプである。数字を見るとイメージが頭にあふれてしまうらしい。
自閉症である著者は、この数字を感情にむすびつける能力を使って他者の感情を理解するという離れ業でカバーしていると告白している。たとえば友達が悲しい、滅入ったと言ったら、6の暗い穴に座っている自分のイメージみたいなことかなと想像する。怖いは9のそばにいる感覚だそうだ。
サヴァン症候群ではない普通の私たちも直感でかなりの高度な判断ができるわけだが、そうした直感の隠れたレイヤーには似たような脳内の情報処理が隠れているのかもしれない。そのプロセスをかなり明瞭に言語化できる著者は脳の仕組みの解明に役立つ重要な存在になる可能性がある。
なお、2007年8月にNHK番組「地球ドラマチック選」で「ブレインマン」として著者が登場する番組が放映される予定。同ドキュメンタリは世界40カ国で放映されて話題を呼んだ。今読んでおくと話題を先取りできる旬な一冊である。
このブログではこの種の話題については何度も取り上げてきたので関連書の一覧を掲載。
・火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004319.html
・脳のなかの幽霊
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003130.html
・脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003736.html
・共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000533.html
・脳のなかのワンダーランド
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002735.html
・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html
・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html
・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html
・快楽の脳科学〜「いい気持ち」はどこから生まれるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000897.html
・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html
・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html
・喪失と獲得―進化心理学から見た心と体
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002945.html
・ひらめきはどこから来るのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001692.html
・神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003679.html
・脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000134.html
・音楽する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004148.html
・天才と分裂病の進化論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001298.html
・天才はなぜ生まれるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001320.html
・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html
・超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会

とても素晴らしい先端科学ガイド。
遺伝子操作による身体能力や精神の改造、インプラント(体内埋め込み)による心身の能力拡張、脳とコンピュータの融合によるテレパシー通信の実現など禁断のテクノロジー領域に迫る。テクノロジーが人類という種を超人類に進化させる可能性を、最新の先端科学の成果で検証し、未来への展望を探る。
内容はかなり衝撃的である。特に脳とコンピュータの接続は実験レベルでは成功例が次々にでてくる。
脳に電極を埋め込んだ四肢麻痺患者ジョニー・レイは、猛訓練に取り組んだ。電極は機能していない左腕の神経に接続され、出力は無線経由でコンピュータに送られる。これは動かない左腕を動かそうと意識すれば、コンピュータを操作できるシステムだ。
「ただし、カーソルを動かす訓練は生半可なものではなかった。いつでも思った方向に移動してくれるとは限らないのだ。うまく制御しようとするのは、腕の動かし方を一から学習し直すようなもので、思考錯誤の積み重ね、とてつもなく骨の折れる作業だった。しかし、レイは少しずつコツをつかんでいった。数ヵ月後には、文字やアイコンを選んでクリックして名前や文章をタイプし、「I'm Hungry(腹がすいた)」などと伝えることができるまでになっていた。それだけではない。腕を動かそうと考えるのをやめた、と言うのだ。文字やアイコンに集中するだけで、何かを介することなしにカーソルを動かせるようになっていたのだ。ある意味、コンピュータがレイの一部になったと言える。」
心に思い浮かべたことが直接デジタルのイメージに変換されている。盲目の患者が視神経に直接信号を送ることでイメージを投影し、車を運転できるようになった例もある。強化された視覚では、肉眼では見えない赤外線やX線が見えるようになり、デジタルズームも可能になるという。
思考や視覚を脳から直接キャッチできるのだから、これを他者の脳へ直接送ることも考えられる。「次のステップは、私たちの生物学的な脳の統合である。今や、心のなかの考えや経験を解き放ってたがいに共有し合い、それらを紡ぎあげてワールド・ワイド・マインドをつくり上げていくべきときなのだ。」
脳とコンピュータの接続によって、人類は記憶を拡張し、認識力を強化することができる。さらに自身の信念や感情を、電気刺激で自ら制御してしまうことも可能らしい。感情のコントロール技術はうつ病の治療で効果を上げた例が報告されている。
「これらの知見を足がかりとして二、三〇年のうちには新しい薬が開発され、人間の行動に関するいろいろな面、たとえば熱愛、カップルの絆、共感、食欲、宗教心、スリル探究、性的興奮などをつくり出したりできるようになるかもしれない。性的指向までも自由に変えられるかもしれない。もしも脳に対する遺伝子治療が可能になったときには、性格を永久にあるいは半永久に変えるという選択もできるだろう。」
この他に、遺伝子治療による寿命の延長と老化の阻止技術、身体能力やIQの強化などの、超人類実現のための技術の現状が冷静に語られる。グレッグ・イーガンのSF作品そっくりの近未来を著者は、現在位置から展望しているのである。著者は、そうした未来に対して危うさよりも、明るい世界観を見出している。
(たとえば脳が相互に接続され、考えていること、感じていることが、互いに手に取るようにわかる男女の恋愛、セックスは、素晴らしいものになるだろうと著者は書いているが、いやはや、それはどうなのであろうか。愛しているから言わないこともあっていいんじゃないのかとか思ったりするわけだが(笑)。)
著者はマイクロソフトでインターネットエクスプローラとアウトルックを開発した技術者でもある。技術を使う人を意識して科学の未来像を描いているなあと感動した。科学読み物として第一級である。脳科学、先端領域に関心がある人には自信を持ってお勧めしたい本だ。
ノーベル医学・生理学賞を受賞したジェラルド・M・エーデルマンが、クオリアと意識の科学に迫る。
脳はプログラムにしたがって動くコンピュータとは異なる。外界の情報を入力として受け取って、生存のために行動を最適化していく単純なフィードバック機械でもないと著者は述べている。
「再入力」はこの理論のキーワードである。
「再入力とは、いくつもの脳領域を結びつける並行的、同時進行的な信号伝達であり、行ったり来たりくり返し行われる信号のやりとりである。そしてこのやりとりによって、別々の脳領域の活動が時間的および空間的に協調するというわけだ。よく引き合いに出される「フィードバック」は出力された信号が出力元に戻ってきて、その間にエラー調節をするという単純なループ内の順次的な伝達であるが、再入力はそうではない。並列的、双方向的なたくさんの経路が関わった再帰的な伝達方式であり、あらかじめ決められたエラー修正機能はついていない。
こういった動的なプロセスが遂行される結果、脳のいろいろな場所で起きているニューロン活動が広範囲にわたって「同期」する。これによって機能的に異なったニューロン活動がひとつにまとまり、全体として意味をなす出力が可能になる。」
私の理解では、発生選択と経験選択によって脳にかなり複雑なシナプスの結合ができて、その複雑さの上を流れる信号が響きあってコヒーレントな状態を刻々とつくりだす。そのマクロな状態が意識のプロセスであるということらしい。ダイナミックコア仮説という。
「複数の領域が、再入力という再帰性の信号伝達で行う相互作用」は、瞬間的に、特定の出力を持つ回路を構成する。次の瞬間、この回路は消滅するが、前と同じ働きをする新しい構造の回路を構成し、同じ出力をする。これによって別々の場所にある複数の知覚機能を統合し、一貫した知覚像を維持することができる。
この仮説では、脳の機能局在や司令官(ホムンクルス)の存在を必要としない。神経ダーウィニズムと呼ばれる神経細胞淘汰の仕組みによって意識が生まれるように調整されていく。なぜ意識が必要なのかといえば、意識があったほうが個体の生存確率が高まるからだ。
脳と意識の関係については併立関係であると答えている。ある脳の状態(C´)が、ある意識(C)をもたらすのは、C´がCを識別するのに必要なプロセスになっているからだという。だからC´には必ずCが伴うわけだが2つの結びつきは強いので、随伴現象というのではなくて、CはC´の特性とみなすというのが併立の理論である。そしてC´なくしてCは識別できないのだから、有名な哲学的ゾンビの問題は、そもそも問題として成立し得ないと退けている。
この本には意識のメカニズム、心身問題について統合的な理論が述べられている。とても刺激的。ただし、内容は一般向けだが高度なので、予備知識として何冊か、クオリア関係の本は読んでから挑戦することをおすすめ。
大きくテーマは3つ。
・セルフ・アウェアネス
・心の理論
・自己認識の右脳局在
他者の心的状態を推察する能力=心の理論を調べるスマーティ・テストの話が面白い。
「
スマーティ・テストでは、子どもAにスマーティというお菓子の箱を見せて、箱の中に何が入っていると思うかとたずねる。Aは当然、「お菓子」と答える。そこで研究者は箱を開けて、実は鉛筆が入っているのを見せる。研究者は鉛筆を箱に戻してから「これからお友達のBちゃんがこの部屋に入ってくるんだけど、Bちゃんはこの箱の中に何が入っていると思うかな?」とたずねる。もしAが、「鉛筆」と答えたら、それはAがBの考え、あるいは心的状態を理解できないというしるしである。AがBの心的状態を推察できるなら、正解は「お菓子」になるはずだ。
」
このテストでは三歳児は合格せず、四歳児は合格するという一貫性のある結果が出るという。実験後、「最初にこの箱を見たとき、箱を開ける前は、なかに何が入っているとあなたは思っていた?」とたずねると、50%以上の三歳児は最初から鉛筆が入っていると思っていたと答えるという。
三歳児ではまだ自分の思考をモデル化できていない。だから他者の思考をモデル化することができない。心の理論には高度なセルフアウェアネスが必要なのである。この能力の獲得に前後して嘘をつくこと(欺瞞)も覚えるらしい。欺瞞もまた自己と他者の認識を必要とする。
こんな実験がある。数字が面白い。こどもの気をそそるおもちゃを置いた部屋に三歳前後の子どもを入れ、そのおもちゃに触ってはいけないと言い聞かせて、一人で部屋に残す。すると一人になった子どもの88%がおもちゃに触った。しかし、触ったことを認めた子どもは3分の1だけで、66%の三歳児が嘘をついたという。
さらに心の理論課題(他者の心を推察する能力)で高成績な子どもの97%が嘘をつき、成績の悪い子どもでは56%しか嘘をつかなかった。発達すればするほど嘘をつく。しかも、これほど低年齢で高率に発現するということは、人間はうまれつき嘘をつく動物なのではないかと著者は述べている。
著者は自己認識には右脳が強く影響していると述べている。左利きの人(右半球優位)は右利きの人よりも、欺瞞の検知に優れているのだという。多数の特異な脳の障害事例とともに、自己認識における右脳のはたらきが示される。
「うぬぼれる」には高度な自己認識が要る。うぬぼれることができるのは人間くらいなのである。
実におもしろい脳についてのエッセイ集。
トゥレット症候群の外科医は、普段は身体をねじり物を物をいじりまわす衝動に抗うことができないが、手術中は発作が止み、一流の手術を施せる。
サヴァン症候群の画家は数秒で見たものを記憶し精確に絵に描ける特異な能力を持つ。
30年前の故郷の記憶にとらわれた画家はその過去世界の記憶の強制想起に悩まされ、現実と過去との二重の人生を生きる。写真的な記憶から描いた風景画は高く評価され故郷の名誉市民となった。
事故で脳を損傷した全色盲の画家は、白と黒しか見えなくなった。苦悩の果てに白黒の世界を更なる芸術に昇華させ、色のある世界に戻るつもりがなくなった。
30年間の全盲状態の後、手術で視力を取り戻した患者は、頭の中のイメージと視覚イメージの対応がとれず、「見えているが、見えない」。
極端な健忘症患者は、注意が途切れると数分前のことも忘れてしまう。
映画「レナードの朝」の原作者としても知られる脳神経学者のオリバー・サックスが、7人の脳の機能障害患者の人生を語った医学エッセイ集。障害はハンディだが、ときに超人的な能力と創造性の源になる。著者は患者の病を欠点としてではなく、ユニークな個性の一部として見ている。
博士号を持つ自閉症の動物学者は自ら発明した抱きしめ機械に癒されながら、研究開発の仕事をすすめていく。研究対象の動物の行動は理解できても、人間の心の動きがわからない。感情のドラマが把握できないから物語を味わうことも出来ない。感情とはどういうものか、経験から得た知識を使って他者の心を意識的にシミュレーションする毎日。彼女は自分は「火星の人類学者」みたいな気分で社会生活を生きているのだと言う。
世界の認識方法には多数のバリエーションがありえて、健常者を名乗る者たちの認識もそのひとつに過ぎないことがわかる。「その他大勢」の私たちを冷静に眺めている火星の人類学者たちの持つ世界観が、古い世界観を壊し、新しい変化を生み出していく原動力にさえなるのではないかと思った。
・脳のなかの幽霊
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003130.html
・脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ
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・共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000533.html
・脳のなかのワンダーランド
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・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html
・脳の中の小さな神々
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・脳内現象
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・快楽の脳科学〜「いい気持ち」はどこから生まれるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000897.html
・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html
・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html
・喪失と獲得―進化心理学から見た心と体
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002945.html
・ひらめきはどこから来るのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001692.html
・神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003679.html
・脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000134.html
・音楽する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004148.html
・天才と分裂病の進化論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001298.html
・天才はなぜ生まれるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001320.html
・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html















