Books-Brain: 2004年4月アーカイブ

天才はなぜ生まれるのか
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■天才を生むもの

知的障害が天才の秘密であると言う、先日書評を書いた本と極めて似たテーマ。6人の著名な天才の人生について一章ずつ語られる。この6人には脳に何らかの異常が認められ、その結果、

トマス・エジソンは注意欠陥障害でいつもうわの空
アルバート・アインシュタインは読み書きと計算ができず
レオナルド・ダビンチも同様で
グラハム・ベルは他人の気持ちが理解できない
クリスチャン・アンデルセンは文法が理解できず、
ウォルト・ディズニーは多動症で落ち着きがない

という機能障害を抱えて生きていたという。だが、脳は、その欠陥をカバーするために他の能力が異常に発達した。注意が狭いことが逆に人並みはずれた集中力につながったという説。だから、天才たちを語る上で、「障害があったにも関わらず」という表現は正しくなくて、「障害があったからこそ」天才になったのだという仮説を著者は展開する。


障害というのは必ずしも能力が劣ることだけを意味するわけではない。機能が不全の箇所が生ずると、それを代償して機能の亢進も起こる。生涯を持ったゆえに、障害を持たない場合には、生じえなかった能力が開花することを、無視してはならないだろう。それは個性にほかならない。

弱さが強さの秘密という見方は勇気付けられる半面で、障害を持つ人のうち、天才になる人の数は圧倒的に少ない現実もあるだろう。多くは日常生活や社会参加が難しくて苦しんでいると思う。その事実が分かっただけでは、状況は変わらない。だが、仕組みがわかれば、いずれは障害を天才に変える魔法を、医学は作り出すかもしれないことに期待したい。

著者は、知的障害と天才の仮説を述べるだけでなく、同時に天才たちの本当の姿を、丁寧に資料にあたって調べ上げた。天才たちの伝記には事実を捻じ曲げた表記が多い。私たちが子どもの頃に聞かされた内容がいかに間違っているかがわかって、とても面白かった。

エジソンは研究の人ではなく、他人の成果の横取りも辞さない、かなり強引な戦術を使うビジネスマンであること。レオナルドダビンチは万能の天才と言われるが、実は読み書き計算もままならず、言葉にもなじめず村八分状態だったこと。ディズニーが多動症をごまかすために園内のゴミ拾いをしていたことが、清潔なディズニーランドにつながったことなど。なぜ彼らの伝記は、ねじまげられたのかの秘密。

読み終わって気になったのは、天才の彼らは幸せだったのだろうか?という疑問。真実の伝記を読む限りは総じて、他人に理解されず寂しい内面を抱えて生きていたように見える。

天才の遺伝子を発見することも重要だけれど、幸せを感じる遺伝子を発見することの方がもっと価値があることのような気がしてきた。幸福についての研究は大昔からあまり進んでいないと別の本で読んだ。肝心のことがわかっていないのだ。天才もお金持ちも、結局は幸福でなければ意味がない。

人類史上、誰が一番幸福だったのだろうか?

私たちはその疑問にはまだ答えられないが、恐らく能力や財産の量に正確に相関するわけではないように思える。少なくとも天才たちは孤独で悩み多い人生を送ったのだから。

人を幸福にする技術が次世代のテクノロジー進化の方向性になって欲しい、と思った。

そういう科学をなんと呼ぶだろう?○○の科学か。

そういえばあったなそういうの(笑)

オチがついたところでまた明日

天才と分裂病の進化論
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権威ある医学者による、大胆な仮説の発表。学術論文ではなく一般向けの著書として噛み砕かれた文章で、それをリアルタイムに読めるのはワクワクする。

■天才と名門家系に共通するもの

問題:次の天才たちに共通するものを挙げよ

ニュートン、アインシュタイン、エジソン、コペルニクス、メンデル、ダーウィン、カント、ヴィトゲンシュタイン、ハイネ、カフカ、プルースト、ベートーベン。

わかるだろうか。

答え:近親者に精神分裂病の患者がいる

この本には、精神分裂病(以下、現代的に言い換えて統合失調症と呼ぶ)を発病させる遺伝子こそ、知能を持つ人類の進化の原因である、という独創的な仮説が書かれている。

統合失調症の発病率は、世界のどの民族でも変わらず、およそ1%という興味深い事実がある。多くの病気が風土や人種によって発病率が異なるものらしい。これに対して、統合失調症は人類にとって普遍的な病なのだ。幻覚や幻聴、異常な行動がなくとも、分裂気質や軽い躁鬱病の人間ならば、もっと高い確率で誰の周囲に普通に暮らしている。また双極性障害(いわゆる躁鬱)もほぼ同じように発症するとも書かれている。

この1%という数字が、歴史上の天才や名門と呼ばれる家系では、何倍もの数字に跳ね上がっていることに著者は着目した。目立つところではノーベル賞受賞者の近親者に、患者がいることが多いと言う。稀にであるが映画「ビューティフルマインド」のモデルにもなった数学者ジョン・ナッシュのように、受賞者本人が患者と言うケースも複数ある。

■人類の進化と統合失調症の遺伝子と脂肪原因説

統合失調症の遺伝子を持つ人間に共通するのは、精神異常や知的後退と同時に、そのうちの何パーセントかに、独創的なアイデアや芸術的才能(音楽が多いらしい)、神をも恐れぬ強い意志や行動力があることにある。彼らは、凡人には不可能な偉業を精力的に成し遂げてしまう。その反面、奇行が目立ったり、社会生活が破綻したり、ひどければ犯罪を犯してしまうこともある。良くも悪くも、世の中に変化と革新をもたらす。

著者は人類の起源に強い関心を持ち、類人猿から分かれたホモサピエンスが、どのように地球上に分布を広げて、その文化を進化させて行ったかを、フィールドワークで調べた。そして、人類の脳が大きくなり二足歩行をはじめた時期と、技術や芸術と言う文化が花開く時期があまりに離れていることに気がついた。100万年前から20万年くらい前までの時期は文化的にはほとんど進歩しておらず、地域による同質性も高かったのに、20万年から5万年くらい前の時期になって、突然、高度な道具を作ったり、埋葬のような精神文化が地域ごとに多様に展開しているという事実である。

その時代に人の精神に何が起きたのかを探る。この仮説では、まず突然変異で統合失調症の遺伝子ができる。その時点では発病しないか、社会的に問題にならない時代が何十万年も長く続く。そして訪れた地球規模の気候の変動による食糧事情の変化。農業中心による穀物中心の食文化に移行すると、摂取する栄養の内容が変わる。発病の引き金となる脂肪酸の代謝が悪化する。それまでは発病しないか、軽症で済んでいた遺伝子ホルダーたちが顕著に発病をはじめる。それが社会に大きなインパクトを与えることになる。

そして、現れた異端者が、神の声を聞くシャーマンの役割や、真似のできない発明家の役割、あるいはカリスマ的政治指導者の役割を担った。狂気と天才が、急速に技術を革新させ、芸術を花開かせ、宗教を普及させた。ゆるやかな100万年間を急激な進歩の歴史に変えたのは、統合失調症の遺伝子であったというのだ。

■仕組みの解明と、コントロールの可能性

統合失調症は遺伝要因が強いとされ、その遺伝子の組み合わせ持った子どもは、35歳くらいまでの間に発病することがある。遺伝の発現には環境要因も絡んでいるとされる。環境しだいでは発病しないことも多いからだ。この遺伝子を持つ家系や、異環境で育った一卵性双生児、外部から長く隔絶されていた歴史を持つアイスランドの人たち、などを調べた結果、遺伝と環境の関係と同時に、やはり、顕著な業績をあげた家系に多く発生することが確認される。

著者は、ある種の脂肪酸の代謝能力を制御できれば遺伝子を持った人間を、狂人ではなく、創造性の豊かなイノベーターに変えられると考えている。マウスの実験レベルでは、既に天才マウスは誕生している。この病気は今は不幸な障害だが、やがてコントロールが可能になり、人類を豊かにする存在なのではないか、という。今は人生の破綻につながる素因が、人類の希望に見えてくる。

この仮説は、現在の科学では検証できていないが、ヒトゲノム解析はいままさに進んでいる話だ。数年というレベルの近い将来でも、根拠となる遺伝子が特定される可能性もあるかもしれないと著者は述べている。そうなれば、次はコントロールへの第一歩が進められるかもしれない。

私たちは、種の進化スピードをコントロールする技術までも手にすることになるのだろうか?

創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
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この本は粘菌の話から始まる。南方熊楠も粘菌の研究者であったが、時代の先端はいつも粘菌的なのかもしれない。

粘菌というアメーバ状の原始生物を人工的な迷路に閉じ込めて、一定の訓練を与えると、思考能力のないはずのこの奇妙な生き物は、入り口から出口までの最短ルートに広がる。粘菌を構成しているのは、何千、何万もの独立した単細胞である。細胞そのものは、思考する脳はおろか、高等動物レベルに発達した知覚器官さえ持ち合わせていない。

・粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを世界で初めて発見
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2000/000926/
理研の研究発表。

この粘菌の高度なふるまいは、近隣の細胞同士が化学物質による信号を出し合っていて、お互いが連鎖反応を起こすことを通じて実現されていることが分かったという。だが、不思議なことに司令塔やペースメーカーとなる特別な細胞がいるわけではない。ほぼ同質の単細胞が、自分の周辺の細胞の動きにあわせて、単純なルールで反応を返すだけなのだ。最短経路をみつけよという指示を出したリーダーはいないのだ。

周囲の他者の反応に対する自己の反応が、他者の次の反応を決め、さらに未来の自己に跳ね返ってくる。多重のフィードバックネットワーク。これが膨大な数の細胞の群れによって作動すると、その群れ全体は、観察する人間からみて、一見知的な振る舞いを見せることがある。

「一見」と書いたが、人間の脳の神経ネットワークもまた同じ構造であることが解明されてきている。ローカルな相互作用からグローバルな秩序を生む創発。それは一見どころか、それこそ知性そのものである可能性もある。この本では、アリの群れ、都市、ワールドワイドウェブ、オンラインコミュニティなどにも、粘菌と同じ創発性を見出して、未来の世界での応用可能性を探る。

■スティーブン・ジョンソン+山形浩生の最強タッグで挑む複雑性への挑戦

著者は、FEEDマガジン創設者で、ニューズウィークが「インターネットで最も重要な50人」に選んだオンラインの論客として著名なスティーブン・ジョンソン。訳者は日本にオープンソース概念を紹介した山形浩生。未来のネットワーク論を語る上でこの著者と訳者は最強の取り合わせ。訳者が内容を完全に理解できているおかげなのか、訳文が非常に読みやすい。

・stevenberlinjohnson.com
http://www.stevenberlinjohnson.com/
・山形浩生はいかにして作られたか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000141.html

米国ではネット論壇的存在のコミュニティ型情報発信サイトがいくつかある。Salon、Slate、TheWellなど。著者もこうしたネット発のコミュニティの流れを汲む人物で、このテーマをインターネット論と結びつけて語るにはうってつけ。

・Salon
http://www.salon.com/
・Slate
http://www.slate.com/
・TheWell
http://www.thewell.com/

当然、後半はインターネット、ウェブ、コミュニティも大きなテーマとなる。ネット論については、権威の学者にありがちな、実情を知らない的外れ感や、過度に理念的で空疎な論議は出てこない。長年ネットを使っているユーザなら共感しながら読める土台がしっかりとある内容。

ニューラルネットや複雑系の話は、難しくなりがちである。それはこうした系が要素還元的でない性質の系であることに起因していると思う。自然言語は、比較的単純な要素同士の関係、特に二項の関係を記述するのには向いているが、全体性や多重フィードバックモデルを語るのには論理的説明の語彙が一般に不足していると感じる。

言葉と言葉が、直線的、階層的、論理的に結びついて、部分が全体を構築するのが科学の言葉。むしろ、創発のキー概念と成る全体性や多重フィードバックモデルは文学や詩の言葉が得意とする分野だろう。

要素と要素が響きあい全体として作品を織り成す世界を、科学の言葉で説明しようとすると、よほどの技量のある書き手であっても、細部まで読者に伝えることは難しいことだと思う。美しいが、わかったようなわからぬような読後感を与えてしまいがちだ。

■5つの原則

この本は中盤までは、粘菌、アリ、プログラム、歴史上の都市など実験や観測可能なデータを論拠にして書かれている。わかりやすい言葉に意味をうまく圧縮している。

例えば、創発の起きるネットワークには次の5つの原則があると著者はまとめた。

1 多いとは違うことだ
2 無知は役に立つ
3 ランダムな出会いに期待しよう
4 記号の中のパターンを探せ
5 ご近所に注意を払え

細胞の数が多く、それぞれは全体が見えておらず無知で、ある程度ランダムにつながりが起き、パターンを認知することができ、そして近隣の細胞と密接な相互反応をする。そのような性質を持つネットワークは全体として、知性があるかのように動く、ということになる。

最後の第3部は、創発の分散知性の技術が、政治、経済、社会にどのような革新をもたらすかについて語る。階層がなくフラットで、ゆるやかに繋がる個人がローカルな判断をし、それが全体とのフィードバックを起こして発展していく組織、世界。この未来論は美しいが、さすがに、文章が詩的な印象は否めない。この詩をどう味わうか、でこの本の評価は分かれるかもしれない。

無論、聡明な著者も気がついていて、こんな感慨を述べている。


... 創発システムの予測不可能性は、本の推薦やゲームには理想的名プラットホームになるが、突然、何のはっきりした理由もなく中間管理職を大量にクビにしたりするような企業をほしがる人はいない。コントロールされたランダムさは、都市生活やアリのエサ集めにはすばらしい方式だが、CEOのかわりにそんなものをおいて株主たちが納得するとはなかなか思えない。(... 中略... )自分の投資が、何百万のランダムなビジネスプランの中から長期戦略を育ててくれるまで、じっと待とうなどという投資家はいない

■ウェブはグローバルブレインになりえるのか?

私たちは自らが高度な知覚能力、意識、自由意志を持っていると考えている。個のレベルでは、粘菌の単細胞のふるまいとまったく同一の反応パターンをしているわけではないと思っている。どこまで、このアナロジーが有効なのかが、当然、疑問も生じる。

だが、都市やネットワークを分析するとマクロレベルでは、粘菌と同じような反応モデルが顕れる。都市はマスタープランがなくとも(いや、むしろない方が)自然に機能的に最適化されたレイアウトになる。管理者が不在のコミュニティも、仕組みによっては秩序ある組織になることがある。そもそも、私たちの知性の宿る身体が単純な細胞の集合で作られている。

知性は個にあるだけでなく、ある条件下では全体にも現れる。それがより広い分野に適用できるなら、、無数のノードがつながって、ユーザが反応しあうワールドワイドウェブやコミュニティもひとつの大きな脳=グローバルブレインとみなせることになる。それにはまだ足りないパーツが幾つもあるし、検証できていない部分も残されているが、歴史は創発ネットワークの方向に向かっていると著者は考えているように読めた。

知的エージェント、セマンティックWeb、ソーシャルネット、先端コミュニティシステム、自律コンピューティング、分散グリッド。そうした最先端の技術とそれを使う人間が、ネットワークを変容させていく。その先に何があるのかを、考えてみたい人にこれは自信をもって薦められる本である。

ああ、面白かった。

物凄く「今が旬」な本だと思う。興味のある人はいつか、ではなく、今、読むべき。
評価: ★★★★☆

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