Books-Brain: 2008年4月アーカイブ

・脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界
41EQZBQTXGL__SL500_AA240_.jpg

「今からおよそ500年前に、レオナルド・ダ・ヴィンチは「すべての色の組み合わせで最も心地よく感じられるのは、相対立する色から成り立っている場合である」と述べた。このとき彼は、意識することなく生理学的事実を述べていたことになる。しかしながら、それが事実であることは、今から40年ほど前に、反対色特性が発見され、そこで初めて生理学的に証明されたのである。赤で興奮する視覚系の細胞は緑で抑制され、黄色で興奮する細胞は青で抑制され、白で興奮する細胞は黒で抑制されること(その逆もすべて正しいこと)が生理学的に確かめられたのである。」

美術の目的は脳機能の延長にあるという科学的美術論。ピカソ、フェルメール、ミケランジェロ、モネ、モンドリアンなど古今東西の美術作品を、脳はなぜ美しいと感じるのか、脳科学の研究成果と結びつけて解説していく。美とは何かという哲学的問題ととらえられてきた難問に対して、著者は明解な科学的な回答を提示する。

たとえば、脳の生理学の研究によって、特定の傾きの線に選択的に反応する脳細胞の一群があること。抽象絵画と具象絵画では脳の活性化する経路が異なること。描かれた人間の顔や表情の小さな相違を脳は敏感に検出し反応すること。そして、それらの細胞の発現は多くが遺伝的要因によってコントロールされている。いわば美意識というのは進化の過程で遺伝子に埋め込まれて「先在」しているのだと著者は主張する。

それがものすごく複雑なものであるがゆえに現段階では技術的障壁あるにせよ、著者らの研究は、脳のツボをうまく押せば人は美を感じるのだと言っている。そして「脳内の細胞は紫外線には反応しないので、紫外線美術は存在していない。美術は結局のところ、脳の法則に従わねばならないのである。」と美術の限界も指摘する。

もちろん、美は脳細胞の反応に100%還元できるものではあるまい。背景知識や十分な経験、卓越した境地を得たうえでしか味わえない深いレベルの美もあるはずだ。視覚系の研究だけでは美を完全解明することはできないだろう。しかし、生物としての人間に先在する視覚脳の存在こそが、人類共通の美的価値を保証するものでもあるのだともいえるわけだ。

本書には脳の反応パターンとの絡みで有名な芸術作品が多数カラーで掲載されている。天才芸術家たちは、意識的にせよ、無意識的にせよ、脳のツボを効果的に押す手法を編み出してきたことを著者は次々に例示していく。

「画家は視覚脳の体制化を独自の技法で研究している神経科学者であり、科学的に調べてみると、その作品は科学者がそれまで知らなかった脳の体制化の法則を明らかにしていることがわかる」

脳科学によって究極の美がつくりだされる時代が近づいているのかもしれないなあ。