Books-Brain: 2009年11月アーカイブ

・忘れられない脳 記憶の檻に閉じ込められた私
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世界でも稀なハイパーサイメスティック・シンドローム(超記憶症候群)第1号認定患者の自伝。この症候群の患者は物事をすべて覚えていて、忘れることができない。著者の場合は8歳からの人生のすべての出来事を鮮明に記憶している。どんなことでも優劣をつけずにすべて保存しており、いつでも細部まで正確に呼び出すことができる。

想起は何かのきっかけで本人の意図しないときに始まることもあり、脳内の映像再生が止まらなくなるそうだ。その時、記憶に付随して当時の喜怒哀楽も追体験するため、心休まることがなく苦しい人生を過ごしてきた。自らを記憶の囚人と呼んでいる。悲しい思い出が芋づる式にでてきて止まらないのだ。またその記憶力は勉強の暗記ではまったく働かない。学校の成績に記憶能力は反映されなかったこともあって、大人になってから異常な能力が発見された。

彼女の記憶で実に不思議なのは、日付と曜日が想起のための鍵になっていることだ。

「たとえば、2007年7月4日の独立記念日は水曜日だった。その日の記憶を思い出そうとすると、それにつながって私のこれまでの人生のすべての7月4日の独立記念日のことが次々とよみがえってくる。しかもその日が水曜日である年が優先されて、1990年、1984年、1979年と浮かんでくる。」

人間がつくった文化であり後天的に学習するカレンダーが、自然に脳に組み込まれているのが奇妙だ。しかも彼女の脳内にはかなり風変りな屈折カレンダーがインストールされているそうで、そのかたちを絵に描いている。なぜか1970年を境に90度回転する。なぜなんだろうか?

そのほか著者にはかなりの度を越した収集癖と、異常なほど細部まで書きこむ日記の習慣がある。日記は記憶の補助ではなく(彼女には不要なのだ)、それを書いている間は平穏な気持ちでいられるから続けているという。

彼女と同じ症状の患者は世界にも数えるほどしかいないため、異常な記憶力の原因はまだ未解明だが、こうした症例の研究成果から、普通の人間も圧倒的な記憶力を持つ方法が見つかるかもしれない。事実、ネズミの実験では記憶力増強がすでに実現されているそうだ。

そして、想起に基づく生々しい追体験は彼女を苦しめてきたが、子供の面倒を見る仕事を得意にした面もある。いい先生をつくりだす技術としても発展する可能性があるのかもしれない。

「私の特異な記憶力は、私を扱いやすい娘や扱いやすい生徒にはしなかった。しかし、いつまでも子どもと同じ目線で、子どもの心に同化することができる感覚があることで、私は今、子どもと大人を結ぶパイプ役をつとめることができる。」

・書きたがる脳 言語と創造性の科学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/02/e-eaeniew.html

・ぼくには数字が風景に見える
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/post-602.html

・共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000533.html