Books-Creativity: 2009年8月アーカイブ

落語論

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・落語論
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たとえ落語に興味がなくてもぜひとも「買い」の大傑作である。おすすめ。堀井憲一郎、『ディズニーリゾート便利帖』でただものではないライターだと思っていたが、ほんとに凄いよこれは。教えてくれた友人のshikeさん、ありがとうございます。

落語を通して他者を魅了する芸とは何かの本質を論じている。芸人だけでなくプレゼン機会の多いビジネスマン、講師・教員、コンサルタントは必読の書である。ライヴの極意が書かれている。

ただし究極のそれは技術ではないのだ。

「東京ドームの舞台に、たった一人で立つ美空ひばりの気持ちをおもいうかべればいい。 たった一人の声だけでこの数万の客を取り込もうという、その気合いがなければ、成功しない。ただすんなりと歌をうまく歌っただけでは、客を巻き込めない。それは芸能ではない。お歌の発表会だ。すべての客の心に、美空ひばりを届けないといけない。いま、この目の前にいる客を、とにかくどうにかするんだ、という強い気持ちだけが、音をすみずみの客にまで届かせる。」

自己の面子にかけて、今この場をとにかくどうにかするんだという気迫。ビジネスの会議やプレゼンの場でも、こういう姿勢は本当に重要だと思う。ポジション、能力にかかわらず、一緒に仕事をしたいと思う人はそういう人だ。(往々にしてその手の人はポジションも能力も既に高いのだが。)。もちろんそれは才能でもあるのだが。

落語は歌だと言い切る。言語分析やオチによる分類を否定する。言葉より音なのだ。

「音は「いつもすべて心地よく」だされているのが、一番いい。知らず知らずに観客の身体が演者のほうへ反応し、好意的に受け容れる体勢を作る。心地いい音が出されると、動物はまずそちらに近寄っていく。動物的につかんでおいて、それから言葉を発すればいいのである。」

音の高低でメロディを作り、強弱でリズムを作れ。もっとも心地よく聞こえる声を把握しておくことが大事。自分の息の都合でブレスをするな。いい落語の要素を著者は次のようにまとめた。

「声の高低をきれいに使って、人心を見事に掴むメロディラインを作って喋っており」
「声の強弱によってきちんとリズムを作って噺を心地よく前に進め」
「ときにブレスしないシーンを作って客の緊張を逃がさず」
「また予想外の高い声で客を緊張させ」
「声を分けて人の違いを出さず、どの人物も声の高低をきちんともっている」

これが聞きやすくて良い落語だそうだが、スピーチや話芸全般の基本ともいえるだろう。
落語の噺家は客を切らないというのもいい指摘だ。客全員を覆う気を持つ。おれは俺の芸をやる、分からないやつにわかってもらわなくてもいいなどとは決して言わない。客との共同作業で、その場の全員が共同幻想を抱き、自他の区別がなくなるのが落語の理想なのだと説く。

「落語は和を持って貴しとなす。ただその和はその場でさえ納得できればいい。人類の発展に何も寄与しなくてもいい。人類の発展を阻害してもいい。いま、そこにいる人たちだけの和を貴いものとする。そしてその考えかたはおそらく日本の芯とつながっている。」
この著者の文体は、ひとりでボケとつっこみを繰り返しながら読者と一緒に熱くなっていき、行き過ぎの手前でスッと落とすのが特徴。文章自体が落語のような話芸として見事でもある。

評論家の発言の原動力を演者への嫉妬だと看破する、とか、メモを取ると「今までの自分が変われる可能性のある言葉をとりこぼす、とか落語論と関係のないところでの深い洞察にも感心しながら読んだ。1ヶ月半で書き上げたとは思えない読みどころ多数。話芸、場の演出、コミュニケーションなどヒントが次々にみつかる名著だ。

・東京ディズニーリゾート便利帖
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/ix.html