Books-Culture: 2004年4月アーカイブ

・インターネット的
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コピーライター糸井重里が人気サイト「ほぼ日」の運営の中で考えたインターネット表現論。なにかネットで面白いことをやってやろうという人に考えるための材料としておすすめ。

著者が言う「インターネット」と「インターネット的」は違う。インターネットの新しさ、オモシロさの部分を「インターネット的」と表現している。だから、パソコンやThe Internetがなくても「インターネット的」なことはありうる。

インターネット的は、リンク、シェア、フラット、グローバルといった属性があるという、ある意味、当たり前の部分もあったが、表現者としてさらに本質に切り込んだ箇所があるように思えて、最後までいっきに読んでしまった。

■銀と毛、機械情報と生命情報

糸井重里氏は、さすがに言葉のプロであり、言い当てるのが難しいことを簡潔に表現してみせる。

未来人のイメージには毛と銀の全身服をきたやつがあるという話。

・ほぼ日 ダーリンコラム <銀と毛>
http://www.1101.com/darling_column/archive/1_0508.html
この部分はオンラインでも全文を読める


だいたい、テクノ音楽系のものが好きなやつは、銀。
ドクターペッパーが好きだったり、
ゲームがすごく好きだったりする人が多いわけ。
一方、毛のやつは、8ビート系というか、
言葉づかい乱暴だったり、飲み物でもコーヒーとかお茶。

(中略)

たとえば、椎名林檎は銀を飾りにつけた毛、でしょうか。宇多田ヒカルは毛がついた銀かなあ。北島三郎は毛で、藤あや子は、うすい毛?パンチョ伊東さんは......これが、なんと毛なんですねえ。何言ってるんだ、オレは?

野球選手は、全体的に毛の人が多いんだけれど、イチローはけっこう銀系です。サッカーの中田英寿選手はかなり銀でしょう。飲み物でも、ビールは毛だけれど、ライトビールは銀ですよね。ごはんはもちろん毛だけれど、パンもけっこう毛。スナック菓子は銀です。


毛=野生度であり、「毛もの=獣」度のバロメーターなのではないか。それで毛の方が意味が豊かだから、「「ほぼ日」は、インターネットという、非常に銀に思われやすいメディアを、毛に使っていくという意志を持って作ってます。」とサイトの表現方針を説明している。

何かを感じて、それが毛であるとか、銀であるということは、私も直感的に判断できるが、それは生きている人間だから分かる意味作用の結果であって機械で判断するのは難しそうだ。

■WHOLEでつながる毛ものの世界

インターネット的な世界では、WHOLE(全体)で渡せる、つながることが魅力とも著者は言う。WHOLEでつながるというのは、機能だけで部分的につながるというのではなくて、全体でつながること。雑多な部分も含めて全人的につながるという意味だ。


一般的に「定義」された夫婦というものは、経済と性を共用する共同体ということになるのかもしれませんが、それで表現できるはずがないことは、誰もがわかっていたことでしょう。もっと、わけのわからない謎のような時間や経験が絡み合っています。

そのとおりだと思う。デジタル化した情報のつながりは、あまりに部分的だ。例えば最近流行のソーシャルネットワーキングサービスでは、恋人同士のA君とBさんを「恋人」という関係でリンクする。二人のデータは登録した趣味項目の2,3個でもつながっていると表示されるかもしれない。だが、そこまでである。

毛もの、ケモノ的な男女のつながりは、それだけではないはずだ。もっと有機的で全体的で、ドロドロしていたりして、とてもビットで表現できる情報量を超えている。大恋愛関係にある場合なら、リンクが切れたら、刺すの死ぬのの騒ぎになるかもしれないわけだ。割り切れないのだ。だが、そういった濃密で多重で全体的なつながりは、デジタル化された段階で、必ずそぎ落とされてしまう。

機械情報、デジタル情報が作ろうとしているのがセマンティックウェブだとすると、糸井氏が言いたいのは、生命情報の織り成す「毛ものウェブ」の方がインターネット的で面白いよということかなと思う。

■豊かな意味をひきだすもの

考えたこと。

生命情報の視点に立てば、銀の世界は意味作用が貧困な世界である。身体性だとか全体性だとか、情動やら情念やら、不条理やら、そういう人間の持つ、むせかえるほど濃密な意味が、先端デジタルエンジンでフォーマットされると抜け落ちてしまうと思う。糸井氏はそれを避けて、もっと豊かな表現を指向しているのだと読めた。

茂木健一郎氏の「クオリア」は毛の世界の情報の表現形式を言い当てた概念なのではないかと思う。それに触れた人間のこころは、化学反応を起こして、自分自身の内側から、新たな情報を生み出し始める。記憶を再構成して、A=B以上の全体的な世界とのつながりの意味を取り戻す。ちょっとした簡潔な言葉に、心から笑ったりするのは、まさにそんな現象だろう。

言うならば、どうしようもなく豊潤で、ある意味「エッチ」な毛ものに触れて、「意味をもよおす」ということだと思う。銀の世界の情報に私たち生物は、決してもよおさないのだ。銀の世界には、それを成立させる再生の場がないからだ。意味作用のためのエネルギーが弱すぎるということだ。もよおさないのはつまらないよ、と糸井氏は考えたのではないか。

近代化、デジタル化、IT化の流れの中で、私たちの表現が生命力を失っているとすれば、そういう意味作用発生の場とのつながりが薄れてきているからに違いない。毛の世界は、物が腐って発酵して匂いがムンムンするけれど、そのるつぼからは、新しい意味と差異が、再生して現れる場である。

ただ、ツールをスマートに使いこなして、かっこよくホームページをつくっただけでは、インターネットであって、インターネット的ではないから、インターネット的な感動をもよおさせることができない。

この本は、ネットの表言論として、本質に迫っている面白い作品だと思う。糸井氏のポリシーどおり「話すように書かれた」本だが、それをわかりやすく書評できない自分の技量の差がちょっと悔しい。

#最近、とあるコミュニティで、とある先生から、あなたはセンスは悪くないが、他人から意味作用をひきだす表現が下手という意味のことをずばり言われ、そのとおりだなあと自分の表現方法を反省。毛の表現方法を修行中。

二十年後―くらしの未来図
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■現場主義の未来予測 先端製品の開発者に聞くアプローチ

20年後の未来にはどのような技術、製品が出現して、私たちの生活をどのように変えているかを予想する本。著者は、今日の時点で市場に出ている最新の製品の開発者に対してインタビューして回る。

観測テーマとして選ばれたのは、トイレ、バスルーム、洗濯機、ベッドルーム、防犯、エネルギー、ロボット、テレビ、生ゴミ、冷蔵庫、クルマ、キャッシュ、キッチン、ペット、葬式、の15分野。

著者は学者でもシンクタンクのリサーチャでもなく、社会問題や教育など幅広く取材をしてきたフリーライター。その自由な立場であることが、この本の面白さ。

この本の最終章「未来予測」では過去の政府や研究者が発表した20年前の未来予測がどれだけ当たってきたか、的中率を調べている。しかし、その結果は惨憺たるもの。つまり、詳しい専門家が予想したところで20年後の予想は当てにならない。

この本は、専門家に聞くのではなく、現場の開発者やマーケターに聞くことで最低限の根拠を築き、生活者である著者自身がその上で身近な視点で考えたことを書く、という戦略を取っている。自然と著者の筆は軽くなり、20年後だったら、こうなるんじゃないかな?、こんなものが欲しいな、という自由発想が多くなる。どうせ専門家でも当たらないのだから、未来予測は分かりやすく、面白い方がいい。この本はその点、成功している。

■市場ニーズと技術イノベーション

各分野の現状や未来予測を読んでいて思ったのは、家電や生活者向けサービスにおいては、

1 技術的には可能だが市場ニーズがないから実現されない製品・サービス
2 市場ニーズはあるが技術的に不可能だから実現されない製品・サービス

のパターンがあり、前者が圧倒的に多いということ。

開発者が「基本機能を備えた製品は存在していたが○年前では需要がなかった」と語るケースが多い。携帯電話もThe Internetも20年前に存在していたが、それらは決して今の「ケータイ」「インターネット」ではなかった。今のレベルまで生活と社会に浸透させたのは技術革新というよりは、それを必要とする生活者の需要の方だっただろう。

製品が普及する順番や連関も重要なポイントであるようだ。洋式便所が普及したからウォシュレットが人気だし、パソコンやプリンタが普及したからデジカメが人気なのである。先行する製品が、市場ニーズを大きく変容させてしまう。ひとつの分野でいきなり20年後を考えることは困難だ。

企業のマーケターは目の前の市場を見るのは得意だが、その2歩、3歩先を見ているわけではない。今売れる商品を考えているだけである。シンクタンクや学者は技術的に可能な未来のパターンは把握できても、目の前の市場がわかっていない。誰にとっても、未来予測が難しいのは、これらの事情があるからだろう。

・技術予測 文部科学省 科学技術政策研究所科学技術動向研究センター
http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/rep071j/idx071j.html
リーフレット「未来への旅」が読みやすい

政府はこんな予測を出しているが、果たして、今度はどこまで当たるだろうか。

■先端製品をじっくり味わう

この本で紹介されている先端商品は、どこかで耳にしたけれど、詳細はよく知らなかった製品というものが多くて、勉強になる。

例えば、

・洗剤不要の洗濯機
http://www.sanyo.co.jp/koho/hypertext4/0106news-j/0622-1.html
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消耗品の○○が不要というコンセプトはいいかもしれない。個人的にはインク不要のプリンタが欲しい。

・ゆっくり喋るラジオ
http://www.jvc-victor.co.jp/audio_w/product/radio/ra-bf1/
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聴く時間は同じなのにゆっくり聞こえる秘密を内蔵。

・夢をコントロールするドリームボイジャー
http://www.shinchosha.co.jp/books/html/4-10-610053-3.html
このページはこの本の内容が少し読める。

このほか、割れないガラス、太陽熱発電、IHクッキングヒーターなど比較的地味な先端から、空飛ぶクルマ、パーソナルロボットまで出てくる製品は幅広い。それぞれ、どのくらい売れていて、メーカーは次にどうしようと考えているか、一般人に分かるように噛み砕いた説明がある。

関連情報:先端製品を見ながら未来生活を考えるサイト

・Popular science
http://www.popsci.com/popsci/
先端デジタル製品を中心にレビュー。同名の雑誌のサイト。日本語版もある。

・T3
http://www.t3.co.uk/
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英国の最先端技術製品紹介の雑誌。携帯やクルマ、PCなどコンセプトモデルも含めてこれから市場に出回る製品が多数取り上げられる。T3はTommorow's Technology Todayの略で同名の雑誌がある。私は洋書屋で買っているが、大きなカラー写真中心で楽しめる。

・Extreme Computing
http://www.extremecomputing.com/
コンピュータ周りの先端製品がレビューされる。

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