Books-Culture: 2008年6月アーカイブ

・J・S・バッハ
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楽聖と呼ばれるバッハの人柄や生活、職場や家庭について、この本ではじめて知ることができた。バッハは世襲の名門音楽家職に生まれたが、当時の音楽家は職人の一種であった。徒弟として師に学び職人修行の末に独立した楽士になるものだった。バッハはそうした職人気質の世界でも並外れて頑固で妥協を許さない性格で知られ、それが出世にマイナスに響いた部分もあり、高名ではあるが必ずしも時代の寵児で人気者というわけではなかったようだ。そして、そうであるが故にバッハの厳格さと倹約の精神はいっそう強くなったとらしい。

バッハの音には無駄がない。そしてポリフォニー(多声)での展開を基調とする。

「バッハは倹約を通じて、情報の豊かさを獲得した。バッハの倹約の主旨は、とくに、時間・空間の無駄を、音楽に少しも許さないことにあったと思う。したがって、単位時間当たりの情報量は、バッハの音楽は当時の他の作曲家のそれにくらべて、はるかに多くなっている。」

さらにバッハは耳に聞こえる音だけではなくて、楽譜の中にメタレベルのメッセージを隠したことでも有名だ。たとえばバッハは作曲の中で、特別な数字を音符に置き換えて暗号を織り込むことがあった。3を神の数、4を人の数、7を神の聖性、10は律法、12は神の民や教会、14はバッハの名前(BACH=2+1+3+8=14)を表す。そして楽曲の構成が神の世界のパートから人間世界のパートへ移るときには、3拍子が4拍子に変化させる。謎が多いとされる「フーガの技法」の各パートは、聖書の詩篇の各章の構成と対応しているのである。バッハはポリフォニーを超えてメタポリフォニーとでも言うべき高レベルの芸術を創り出していたのだ。

「要するにバッハは、音楽を、人間同士が同一平面で行うコミュニケーションとは考えていなかったのだと思う。バッハの音楽においては神が究極の聴き手であり、バッハの職人としての良心は、神に向けられていた。バッハはオルガンに向かうとき、また五線譜に向かうとき、理想的聴衆としての神の存在をどこかで考えて、気を引き締めていたのではないだろうか。 神が聴き手だということになれば、音楽は人間の耳を超えることができる。人間の耳にはとらえられぬ隠された意味を書き込んで、それを信仰のあかしにすることもできる。」

有名な楽曲「音楽の捧げもの」は君主に捧げたものだが、バッハの芸術はまさに神への「音楽の捧げもの」だったのである。この本のバッハの人生と時代背景の解説によって、作品の楽しみ方がぐっと深まった気がする。最終章「バッハを知る20曲」では各時代・各ジャンルから20曲が選ばれ、鑑賞のポイントとおすすめ演奏CDが紹介されている。バッハ入門におすすめである。

・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番&第2番&第3番
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1000円と物凄くお買い得。

・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html小説「カノン」を読んでからまた個人的にバッハブームなのでした。

・バッハ インヴェンションとシンフォニア
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004158.html
仕事の休憩時間によく聴く

・とんかつの誕生―明治洋食事始め
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前にも書いたような気がするが、私はとんかつが大好物で、うまいといわれる店に食べに行くのが趣味だ。本屋で見かけてこりゃ読んでおかなきゃねと思って読んだら、お腹がすいて、その日は2食もとんかつになってしまった。

この本はとんかつの誕生というエポックメイキングを中心に、明治維新が日本人の食文化に与えた衝撃的な影響を丁寧に解説している。中盤までは明治維新がいかに料理維新であったかが語られる。とんかつの誕生の章は3分の2くらいのところでやっと出てくる。

天武天皇が675年にだした肉食禁止令以来、実に1200年間も日本人は一部の例外を除いて肉というものを口にしなかったそうだ。それが変わるのは、欧米諸国から開国を迫られ、近代化を余儀なくされた幕末のことだった。政府は西洋の肉食文化の輸入によって、日本人の体位の向上と体力的な劣等感の払拭を目指した。まずは明治天皇自ら肉食をデモンストレーションしてみせることから、洋食輸入がはじまる。

庶民は馴れない洋食を米飯にあうようにローカライズしていった。牛鍋(すき焼き)、あんパン、ライスカレー、コロッケといった現在の日本の洋食の原型がこの時期に生まれていく。しかし、それは簡単な道のりではなかった。先人たちの試行錯誤が紹介されている。

「『女鑑』(1904~05年〔明治37~38〕)にはカレーの味噌汁・牛乳入り汁粉・ハムの粕漬。刺身のマヨネーズかけ・マスタードつきのカバ焼き・牛乳入りのマグロぶつ切りが紹介されている。『紀伊毎日新聞』(1910年〔明治43〕)に、和歌山の宴会料理屋が、ハムの切り方がわからず、マグロの刺身のように分厚く切っている、と出ている。同じ頃の『婦人の友』には、牛肉吸物・牛肉酢味噌和え・牛肉飯・豚味噌汁・豚肉ぬた・豚肉刺身・豚肉茶巾絞り・豚肉飯・豚肉サラダがある。」

肉食解禁から60年の試行錯誤の時代を経過して、ようやく「とんかつ」が登場する厚いパン粉で厚切りの豚肉を揚げる調理法、生のキャベツの千切りをつけあわせにする工夫、ウスターソースの組み合わせも、欧米のカツレツにはない斬新な工夫であった。

「米飯は淡泊な味であり、さまざまな外国産の料理とも相性が良く、醤油や味噌の味付けにもなじみやすい。このような特色が、日本の食の多様性を可能にしたのだろう。」

米飯で食べるおいしさという方向性があったことで、日本ローカライズは成功を収める。かくして日本の洋食というジャンルが確立された。現在の日本人の食生活の約3割が洋食となっている。明治と比べて体位の向上も著しい。明治政府の料理維新は日本をまさに国家百年の計で大きく変えたのである。

とんかつとカレーライスはその偉業達成の象徴なのである。すばらしい。

で、最近、職場のある中目黒でうまいとんかつ屋をみつけた。一見すると古いビルの2F喫茶店風の内装で、大衆食堂のような雰囲気なのだが、味は一級のとんかつを出す。うまいので、値段はちょっと高めのメニューを頼もう(経験からすると1500円以下では本当にうまいとんかつは食べられない。)。塩で食べるロースがおすすめ。

・たい樹
http://www.tontei.com/taiju.html#menu

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