Books-Culture: 2009年2月アーカイブ

・芸術崇拝の思想―政教分離とヨーロッパの新しい神
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ユニークな芸術論の本。

「十八世紀末から十九世紀初頭にかけてヨーロッパでは宗教と芸術の位置は完全に逆転する。宗教は個々人の内面の慰安、今日のわたしたちの言葉でいえば「癒し」の領域にとり込まれ、代わって「芸術」が市民社会の公共の典礼となる。美術ミュージアムや芸術展覧会、あるいは古寺巡礼の訪問者達が「芸術」に癒しを求め、作品との美的交流、魂の対話をおこなっているというのはひとつの幻想であって、真実は「芸術」という観念に身をゆだねるのである。政教分離が確立されていく西欧近代社会にあっては宗教はかつてそうであったような不可抗力的な社会制度ではない。まさに「芸術」こそが近代社会の不可抗力な制度となっているのである。」

「芸術」とは過去200年前にヨーロッパで創出された観念、発明品に過ぎなかった。だが政教分離や科学の台頭の時代に、芸術は宗教に代わって独自の崇高さと聖性を帯びていく。

天才的な芸術家は人々に神のような存在として伝説化、神話化される。たとえば前近代の人々は「今にも夜ごと抜け出てきそうな」幽霊や獣の絵画を見て、超絶技巧や本物そっくりという職人技を賛美してきたわけではなかった。今にも抜け出てきそうなバーチャルリアリティを導出する魔術に驚いたのだ。

「この完璧な「伎倆」伝説が伝えようとするのは、実物に酷似させる画工たちの伎倆への無条件名賛美ではなく、画人たちが真に迫真性のある現実とは別の現実世界、いいかえれば別世界や未来の世界、過去、現在、未来に制約されない自由な時空世界を出現させることに対する賞嘆の念だということである。それはまさに「魔術」の世界であり、「魔術師としての芸術家」の伝説だったのである。」

だが皮肉なことにこの「聖性」を確定させてきたのは、その絵を極めて高値で買い取った俗物たちであると著者は指摘する。金銭という世俗的欲望の象徴が聖なる絵にかかわることで、芸術は近代資本主義と結びついた。「合理的な価値算出を大幅に逸脱し、一般的な常識を裏切って、法外な高値を付けられれば付けられるほど作品は「芸術」的価値を高めるのである。」。

そして現代において真の芸術家は反権力的、反社会的でなければならない。芸術家はもはや君主やパトロンに奉仕する従属的な存在ではなくなった。「制作者の自由な想念と遊び心のなかで感性をみた作品の美は「自由美」「純粋美」と呼ばれ」現代の自由思想と相性が良かった。

こうして「かつての「テクネ」「アルス」は啓蒙主義を通じて「芸術」「技術」「科学」に分化し、それぞれが「宗教」と「神」を押しのけて、みずからが神となり、みずからが新しい「伝統」と「権威」となっていった」。著者はこの本で、その高みにのぼりぎた芸術思想を、民族、歴史、文化の問題とからめて論じて、絶対的な価値の解体、相対化を試みる。制度化された芸術はつまらないのである。

「本書は西欧中心に組み立てられてきている「芸術」の概念を一度でもよいから白紙に戻し、非西欧圏の芸術も西欧の「周縁」芸術としてではなく、それぞれが「中心」を構成しうる芸術作品の新しい評価体系を再構築すること、そしてそのような思考を育てあげていくべき時期にきていることを提唱する書である」と著者の志は高い。

小林秀雄の芸術論批判だとか、ミュージアム論、民族と歴史と芸術思潮の関係論など各論部分にも読み所の多くあってとても面白い本である。


・美学への招待
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/03/post-710.html

・限界芸術論
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/11/post-878.html

・アウトサイダー・アート
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-739.html

・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/post-612.html

・美の呪力
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/01/izo.html

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