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日本人のお金持ちの奥さん達はどんな人たちなのかを真面目に研究した本。「日本のお金持ち研究」の番外編。大量のアンケートと統計分析から隠れた実態を探る。家庭における消費の主役である主婦、しかも富裕層の妻のプロフィール、考え方、行動パターンというのは、ビジネスマンとして気になるところだ。
庶民が想像するお金持ち夫人の典型イメージがある。専業主婦で豪邸でお手伝いさんを雇い、ブランド好き、教育熱心、優雅だがお高くとまっている、など。だが実像はかなり違った姿であることが判明していく。
まず彼女たちがお金持ちの妻になったきっかけである結婚を徹底分析する。俗説から次のような3つの仮説も立てて検証していく。
・玉の輿仮説:彼女たちは容姿端麗でお金持ちに見初められたのか?
・同類リッチ婚仮説:お金持ちの家に生まれてお金持ちと結婚したのか?
・糟糠の妻仮説:貧乏だった夫を支えて成功させたのか?
一般人との違いで目立つのが妻たちの学歴の著しい高さだった(夫たちも当然、高学歴が多い)。妻から見て学歴は同じか、より上の男性と結婚する「上方婚」が多い。世代間の富の連鎖は存在していた。夫も妻も両者がハイクラスの環境の家に育っている場合が多い。貧しい家から美貌で見初められてお金持ちの家へ嫁ぐという玉の輿の典型パターンは実際には少ないようだ。
中流家庭に生まれ勤勉堅実な生活と高い知性をみにつけた女性が、キャリアウーマンを経て富裕層の妻へ転身していく。妻の潜在的な能力の高さがその後の家の経営を成功に導くということらしい。富裕層の家計を見ると月々の生活費は平均200万円。うち消費するお金が110万円、貯蓄や生命保険70万円、ローン返済20万円となる。比率を見ると貯蓄や投資が多い。「消えてなくなってしまうような使い方ではなく、さらに増えてしまうような使い方をしているのである。」。
多くの妻がファミリービジネスの会社の経営者に就任している。専業有閑マダムというわけではないことが多い。これは節税就労の側面もあるが、妻が高いファイナンシャルリテラシーを身につけているということでもある。子供に倹約精神を教えたいという家庭が多い。でも儲かる投資、節税行動も忘れない。
わかりやすい事例が紹介されていた。見栄っ張りではないのでブランドものを買い集めたりはしない。だが衝動買いしたものを尋ねたところ「「割安だったので(ある有名な土地の)別荘を、つい買っちゃいました。」と答えた。この別荘に支払った代金は、後々別荘を売却した時に、ほとんど同額が回収されるか、さらに増えて戻ってくる」だろうという話だ。
統計にでてきた富の世代間連鎖はお金持ち優遇の諸制度も一因であろうが、お金を増やす知識を持つ妻を迎えることで、一族のファイナンシャルリテラシーが代々引き上げられていくことにもあるのだろう。
・美貌を磨くよりも知性を磨いた方がお金持ちの妻になりやすい。
・多くの富裕層が収入より遙かに低い支出で生活している。
・投資と節税にポイントを置いた経済活動の具体例
などの興味深い事実を知ることが出来た。
ちなみに逆玉ってどうなんでしょうね?次はそのテーマで書いて欲しいなあ(笑)。
・新世代富裕層の「研究」―ネオ・リッチ攻略への戦略
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/11/post-491.html
・日本のお金持ち研究
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003412.html
・最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?

元世界銀行の開発研究グループのリーダーで、アフリカ問題のイギリス政府顧問をつとめた著名なオックスフォード大教授の経済学者が、世界の貧困問題の本質を語る。開発をめぐる状況はこの40年間で大きく変化した。かつて開発問題とは10億人の豊かな世界と50億人の貧しい世界の問題であった。しかし、発展途上国の多くが経済成長をはじめた今、世界人口の8割、50億人の大部分は開発が急速に進んでいく国にくらしているという。
その一方で開発に失敗した国々(主にアフリカの小国)は国家経営に破綻しており、今後も自力改善の見込みがたたない。「なんらかの対策が立てられないかぎり、この10億人のグループは今後20年間も世界経済から取り残され、窮乏と不満のゲットー的状況を形づくることになるだろう」。
著者は最貧国の多くがはまった罠に共通点を見いだす。紛争の罠、天然資源の罠、劣悪な隣国に囲まれている内陸国の罠、小国における悪いガバナンスの罠の4つだ。「人々の73%は内戦を経験し、29%は天然資源の収入に支配される国に住み、30%は資源に乏しい内陸国で劣悪な近隣諸国に囲まれている。さらに76%は長期にわたる劣悪なガバナンスと経済政策を体験してきた。」。
最貧国には天然資源に恵まれた国も多い。しかし、掘れば出てくる天然資源のレントに依存することで通常の経済活動の成長がとまる。通貨レートが上がると他の輸出項目が国際競争力を失い。採掘利権を巡って腐敗や紛争が起こる。天然資源の発見によって成長できない「資源の呪い」と呼ばれる失敗パターンに陥っている。サウジアラビアやクエートのように膨大な石油資源で成長できた国は例外的なのである。
従来型のばらまき援助では効果がないという。それを受け取って効果的に使うスキルを持つ人材が最貧国にいないからだ。「独立前夜にある国の小中学校の生徒」のたとえ話がわかりやすかった。クラスの聡明な子供達は国家建設に従事するため行政機関に入る。一方頭の悪いいじめっ子の同級生は軍を志望する。クーデターが勃発し政権を軍が掌握する。将軍達はかつての優等生達を好まないから追い出してしまう。優秀な頭脳は国外へ脱出していく。内発的な改革や成長の道が閉ざされる。
貿易を通じた近隣国との関係も国家建設には重要な環境だ。世界的に見ると隣国経済が1%成長すると自国も0.7%成長するスピルオーバー効果が期待できる。本来は低所得国は安いコストを武器に貿易で格差を縮めていくことができるはずである。EUで低所得国が高所得国に急速に追いついた「収斂」効果として知られる。ところがアフリカの最貧国では近隣国経済も絶望的に貧困であり、利用すべき格差も小さいため、相互的な経済発展もゼロに等しい。
著者はG8各国の政策担当者に向けて、最貧国救済のための、(1)新しい形の援助、(2)軍事介入を含む安全保障、(3)法整備と国際基準や憲章の設定、(4)貿易政策の見直しの4つの提案を掲げる。一時的な援助は焼け石に水だから、最貧国が自力で内側から成長できるように、環境のパラメータを積極的に変えてみようという内容。
最貧国の状況改善のために強硬な介入オプションを辞さないという著者の強い意志が特徴である。ソマリアで米軍に18人の犠牲がでて以降、米軍は軍事介入に消極的だがルワンダでは大虐殺が放置されたが故に50万人が殺された。割ってはいるべきときは入るべきだというのが論拠である。
世界銀行時代の観察とデータにもとづいており論旨明確である。この本はニューヨークタイムズやエコノミスト、タイム誌などが「必読の書」と推薦している。その一方で長期的軍事介入の積極検討などは、著者の経歴もあって白人インテリ・エリートの新たな植民地主義として批判する人もいるようだ。それは本人も意識するところのようで、冒頭で学生時代に自分は「オックスフォード革命的社会主義学生同盟」という、「今ではパロディにもならない」組織に参加していたと告白している。
私は良書だと思う。貧困の悲惨さを感情的に訴えるだけで、現実的施策を示さない開発読本が多い中で、著者の分析的態度には、冷静な外科医のような印象を持った。世界の貧困の病にどうメスを入れるか、権威の意見がわかりやすく示されている。
・Paul Collier
http://users.ox.ac.uk/~econpco/
ポール・コリアー教授のサイト。
地域や人間に深く根ざした分散型経済「ディープエコノミー」をつくるべきだと説く環境ジャーナリストの本。資本主義一辺倒でもなく、環境絶対主義でもなく、その中間に持続可能な経済と魅力的な生活が両立できるゾーンがあると著者は力説する。人間にとっての生活満足度、幸福感をいかに高めるかという視点でかなり説得力のある議論が展開される。
米国でも日本でもヨーロッパでも戦後にGDPは何倍にも伸びたが、生活満足度は変化がない。経済は豊かになったにもかかわらず、アル中、自殺、鬱病の割合は激しく上昇した。研究によると人間は貧しいうちは一貫して幸福を金で買うことができるが、一定の収入を超えると幸福との相関関係がなくなる。その一定の収入を先進国の住民はほぼ全員が上回った状態にある。そしてさまざまな生活の質指数の調査が示しているのは「(裕福な世界では)人に対する気持ちは、消費、貯蓄に関係なく金銭に対する気持ち以上に、主観的な幸福感を決定するものだ。」という事実だった。
資本主義経済の発展は地域コミュニティの人間の絆を破壊し、いままさに環境を破綻させようとしている。しかし、考え方を少し変えると経済と環境の両立のオプションもあると著者は世界中のコミュニティ経済の成功した試みを紹介する。
たとえば、アメリカの農業では現在は小規模農家の方が生産性がずっと高い、という話はわかりやすい。小規模な生産者は土地の特性を細かく把握しているので、単位面積当たりの収穫が大規模農園よりずっと多くなる。そして小規模農家が栽培した有機野菜は、地域の市場(ファーマーズマーケット)で大規模農業の野菜よりも高く売れる。ファーマーズマーケットはこの10年で数も売り上げも倍増しているそうだ。
こうした地域経済においては人々のコミュニティも発達する。精神的な絆が復活することで、生活満足度が上がっていく。アーミッシュのような共産主義コミュニティではなくて、個人主義の基本は維持したまま、心地よいレベルのコミュニティを形成していくフィジビリティスタディがある。
アメリカ人が口にする平均的な食べ物は6回の乗り換えを経由して2400キロも輸送されている。この長距離輸送などに伴い地域で生産された食物を食べる生活と比べて5~17倍の二酸化炭素を放出することになる。日本でも地域農業ベースの食生活に切り替えると二酸化炭素排出は2割も削減されるそうだ。
もちろん壁となるのは人々の意識である。
「しかしながら、地元産食糧への取り組みが直面している最も根深い問題は、私たちがどほんのわずかしか食べ物に払わないことに慣れてしまったことだ。どれだけの石油を使っているか、どれだけの温室効果ガスを大気中に放出しているか、どれだけの補助金が税金から出ているか、どれだけの損害を地域社会に与えているか、どれだけの移民労働者が障害を負っているか、どれだけの汚水が溜まっているか、どれだけの距離の高速道路が必要か。そういう意味では高くついているのかもしれない。しかしまあ、カートを押してレジへ進むと、かなり安いのだ。」
経済合理性という観点では個人レベルでは今のスーパーマーケット経済が合理的に見えてしまう。環境が経済の外部性として扱われてしまい、個人のお財布に影響を与えないからだ。グローバル経済レベルでこの外部性を内部化するという政策が今まさに議論されている。各国は排出した二酸化炭素を買い取るような取り決めを作ろうとしている。税金や価格にいずれ負担は反映される。もちろん、そういう強制的解決の方法はありそうだ。
しかし規制があるから仕方なくという論理よりも、ファーマーズマーケット経済の楽しさ、幸せを実感して自然に変わるということが、持続型経済への移行の近道である気もしてきた。「地域社会に、そして力を合わせて働く人々に充填を置くこと」で「エネルギーは10分の1、会話は10倍」の幸福な生活を作ろうという、著者のフューチャージェネレーションのアプローチは、○○を環境のために止めよう、というのではなくて、幸福な生活のために○○をしようというロジック。ポジティブで受け入れやすいと思う。
環境と経済の両立を考える上で洞察に満ちた一冊。
・人類が消えた世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/06/post-765.html
・+6℃ 地球温暖化最悪のシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/02/6-4.html
・成長の限界 人類の選択
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003701.html
・地球のなおし方
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003752.html
・世界の終焉へのいくつものシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004729.html
・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004210.html
・文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004218.html
著者は国家より企業が強大な力を持つ時代になったことを次のような事実で指摘して見せた。
・世界の経済主体の規模を比較すると、上位100位に含まれる51の組織は企業であり、国家ではない。
・海外資産の20%を、多国籍企業の最大手100社がコントロールしている。
・世界の総資産の25%は、多国籍企業の大手300社により所有されている。
・世界貿易の40%もが多国籍企業の間で行われている。
・国内総生産(GDP)が、世界最大手六社のそれぞれの年間売上高を上回る国は、二十一カ国しかない。
もはや世界経済の主役は国家ではなく大企業であり、それらの企業の持続的成長の最大の課題は社会ニーズへの対応にあるとする。アダム・スミスの国富論的経済学の終焉と新しい経済社会原理への転換が起きようとしていると説く。
新しい世界では、企業は従来の「価格の引き下げ」「品質の向上」という目標に加えて「社会のニーズへの対応」が強く求められる。政府の規制によって取り組むのではなく、自ら社会ニーズを追及していく姿勢が消費者に高く評価され、強力な社会ブランドとなる。それが新しいワールドインク時代のゲームの勝者は、社会対応の前線=Sフロンティアで勝利をおさめなければならないと著者はいう。
社会やエネルギーに対する配慮をハイブリッドカーに織り込んで世界をリードするトヨタ、社会のデジタルデバイド解消(e-inclusion)のイニシアチブをとるHPの2社について、章を割いてのケーススタディがある。
世界経済を揺るがしたエンロン・ショックの後に、投資家もまた考え方を変え始めている。キャップジェミニ・アーンスト&ヤング社は「今日の経済は、ナレッジやR&D、イノベーションなどの資産を基盤としており、これまでにない課題を提示してくる。それは無形資産を評価するという課題だ。」という考え方で、新しい企業価値の評価方法バリュー・クリエーション・インデックス(VCI)をつくった。
VCIは「ブランド開発やりーさーシップ教育、研究開発への企業による投資は、いまや有形資産への投資の総額を上回る。」とし無形資産を定量化する指標だ。現状より遅れて現れる(売上や利益のような)遅行指標ではなく、環境対応や労働政策、企業ガバナンスへの対応のような先行指標の比重が高い指標である。
著者が語るような社会対応型資本主義が実現されれば、世界を良くしようとする消費者、企業、投資家たちが自然と経済的に勝者となり、世界はバラ色になっていくように思える。重要なのはその前提となる「グローバル・エクイティ文化」が社会に広く浸透するかどうかだろう。そのためにもこの本に数例あげられたような成功企業の事例分析がなされることが、まずは説得力になるのではないかと思った。
ガンダムのプラモデルはいかにして生まれたのか。
30代から40代でガンプラファンならば、懐かしいエピソードとカラー写真も満載でページをめくるのが本当に楽しい本である。バンダイ模型の元社員で、ガンプラブームの仕掛け人と設計者の二人が、ガンプラ絶頂の栄光の日々を振り返る。
以前にも書いたが、私も小学校時代にかなりのガンプラ・ファンだった。
・ガンダム・モデル進化論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003091.html
この本はデータブックとしてもよかった。
・機動戦士ガンダム THE ORIGIN、MGアッガイ、ターゲット イン サイト
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004854.html
そして今年の正月にはアッガイをつくった。
テレビ放送の「機動戦士ガンダム」は当初は不人気だったことはよく知られている。しかし、実際の番組を見てヒットの可能性を予感した二人は、当時は競合他社がおさえていた版権の獲得に乗り出し成功する。半信半疑の設計開発。そして視聴率低迷で番組打ち切りになった半年後にガンプラの第1弾が発売された。当時キャラクターものとして異例の144分の1、100分の1という統一スケールを採用した。
「万人向け」にとらわれず、投書や電話をしてくるマニアの意見を丁寧に聞いて、短期間で製品にフィードバックする。たとえば足首が動かなかったザクを出荷分のモデルでは動くようにする。当初はなかったビームサーベルのおまけをつけるなど、マイナーチェンジにもこだわった。
ファンの熱い支持により、それまでの業界の常識では考えられないほどの大ヒットとなり、現在までにシリーズは900点に及ぶモデルを発売してきた。世界的に見てもプラモデルのここまでのヒットは例がないようである。
「好きな仕事をしているからヒット商品が生まれるのではない。その仕事を好きになるほど熱中しているからこそヒット商品は生まれるのである。」その後のビジネスで経営者として成功を収めた著者の二人は、当時を振り返って、そう成功哲学を総括している。
「この本は統計を使って人をだます方法についての入門書のようなものである。どちらかといえば、サギ師のための手引書のようなものであるが」とまえがきにあるように、統計にだまされないために、だます方法を教えた本。原著は1954年出版、邦訳は1968年出版だから半世紀のロングセラー。
「統計というものは、その基礎は数学的なものであるが、科学であると同時に多分に技術でもあるというのが、本当のところである。」。たとえば「平均」には平均値(算術平均)、中央値(中位数)、最頻値(並み数)の3種類がある。どれも「平均」として使うことができるが、大きく数字が異なることがあるという基本や、グラフ化することで差異を拡大して印象づけるテクニックなど、実例をたくさん使って説明している。
「米西戦争の間、米軍の死亡率は1000人につき9人であった。一方、同期間のニューヨーク市における死亡率は、1000人につき16人であった。さて、米海軍の徴募官たちは、最近、この数字を使って、海軍に入隊した方が安全だと宣伝していた。」
軍隊には頑丈な成人男子しかいないが、都市部には老人や赤ん坊がたくさんいる。なにもなくても都市部では人が亡くなっている。
「今日では、次のような事柄のどの二つをとってみても、その間にプラスの相関関係を認めることは容易にできるのである。それらはすなわち、大学生の数、精神病院の収容者数、タバコの消費量、心臓病患者数、義歯の生産量、カリフォルニア州の学校教師の給料、ネバダの賭博場の儲け。」
風が吹くと桶屋が儲かる式の三題噺がいくつも作れそうだ。
統計を見るときには
1 誰がそういっているのか?
2 どういう方法でわかったのか?
3 足りないデータはないか?
4 いってることが違ってやしないか
5 意味があるかしら?
というポイントに気をつけよとまとめられている。著者が取り上げた事例は、新聞やテレビ、政府や大学が発表する数字が多かった。権威の発表する数字を鵜呑みにしてはいけないわけだ。
ところで最近、統計で疑問を持ったのが、新聞社発表の、この記事である。
・大学発VBの経営厳しく、55%が経常赤字・06年度日経調査
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20071010AT1C0900409102007.html
「 大学発ベンチャー企業の経営が厳しさを増している。日本経済新聞社が9日まとめた大学発ベンチャー調査では、回答企業の55%が2006年度の経常損益が赤字で、7%は「3年内に会社を売却する可能性がある」と回答した。政府が2001年に1000社育成計画を打ち出した大学発ベンチャーの数は1500社を超えたが、社員や営業ノウハウの不足から事業を採算に乗せられない姿が浮き彫りになった。(詳細を10日付日経産業新聞に)」
詳細な記事を読んでいないので恐縮だが(これは同じ発信者による要約記事)、この記事は統計を使ったミスリードではないか。
一般的に大学発ベンチャーは技術開発系であろう。営業系と違って初年度は赤字になるのがふつうである。また、そうしたベンチャーの多くは大企業への「売却」が目標である。「3年以内に売却」見込みがある企業の中には、成功が見えている会社も含まれているのではないか。さらに言えば、55%が赤字を裏返せば、45%もの企業が黒字なのである。ベンチャーキャピタルの投資成績として考えたら、悪くない数字であろう。そもそもベンチャー市場は多産多死、競争淘汰の中から、少数の大きな成功者がでてくる世界である。平均成績が悪いからといって、全体が悪いと言うことは言えないと思う。
「日本でふつうに暮らしているような生活者が、自分なりに楽しく生活するためには、経済のしくみをどう理解したらいいのか」を、経済学者がスターバックスのメニュー体系のような、身近な事例を使って解説する本。
ソフトバンクに携帯を乗り換えたばかりの私は、第4章の「携帯電話の料金はなぜ、やたらに複雑なのか」と最終章のケーススタディが、特に面白かった。店頭では絶対に教えてもらえなさそうな携帯電話各社のサービスモデルの背景が書かれている。
私の携帯乗換えの直接の決め手は、特定のソフトバンク利用の家族間が無料の割引になるからだった。トータルで見ると家族や親族間の通話がほとんどだったので、一族郎党で一斉に切り替えた。なぜソフトバンクはこれが実現できて、ドコモはできないのか。それはソフトバンクのシェアが低いから、大半のユーザの通話は、他社携帯との有料通話になるからだ、と著者は指摘する。シェアが高いと実現しにくい割引というものが存在するわけだ。規模の経済を逆手に取ったような戦略なわけで、後発参入者の攻め方の例として興味深いと思った。
携帯電話の料金体系が異様に複雑になった原因は、利用者が料金プランを変更する際の取引コストが高くなると、利用者は料金プランを最適化せずに放置するので、携帯電話会社にとって利益をもたらしやすなるから、らしい。取引コストとはすなわち情報を調べる手間のことだ。
この本には多数のビジネスのしくみが紹介されているが、ほとんどは取引コスト、情報コストが最終価格差の原因になっている。消費者はしくみを知っていれば得をする、というケースが増えているということでもある。
あとがきでは「つまり、他人と同じ好みや行動パターンの人は、産業の技術進歩や経済のしくみの変化によって、取引コストを節約しやすいのです。この点だけをみると、他人と異なる好みや行動パターンの人は、取引コストの節約の面で損をする可能性があります。」と著者は書いている。
特に人と異なるパターンの人ほど、経済のしくみを勉強する価値があるということである。
サービスの料金設計を考えるビジネスマンにもおすすめ。
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とにかく面白い視点が満載でいっきに読めた。
経済学を使って、世の中の仕組みをひもとく。副題の「お金がない人を助けるには」だけではなくさまざまな話題がある。
・16歳の時の身長が現在の賃金に影響している「身長プレミアム」の理由
・重役の美男美女度が高いほど企業の業績がよいのはなぜか
・「イイ男は結婚している」のか、「結婚してイイ男になる」のか
・プロスポーツチームは強ければ強いほど儲かるのか?
・野球の勝敗における監督の力ってどれほどあるのか?
などなど。
気になる俗説の真偽究明や、意外な事実の深追いという導入が多いので、興味を持って読みやすい。そして、ちゃんと最後は経済学的な説明をつけて読者を納得させる。
年功賃金と成果主義について真正面から考える部分が特に個人的には勉強になった。「年功賃金はなぜ存在するのか」について、著者は4つの仮説があるという。
1 人的資本理論
「勤続年数とともに技能が上がっていくため、それに応じて賃金もあがっていく」
2 インセンティブ理論
「若い時は生産性以下、年をとると生産性以上の賃金制度のもとで、労働者がまじめに働かなかった場合には解雇するという仕組みにして、労働者の規律を高める」
3 適職探し理論
「企業のなかで従業員は、自分の生産性を発揮できるような職を見つけていくのであり、その過程で生産性が上がっていく」
4 生計費理論
「生活費が年とともに上がっていくので、それに応じて賃金を支払う」
5 習慣形成理論
「人々は賃金の増加を喜ぶ」「生活習慣に慣れてしまって、その後生活水準を下げることがつらいことを知っているから、生活水準を徐々に上げていくことを選んでいる」
この年功賃金は実は世界共通の傾向でもあり、日本企業だけの制度ではない。労働者にアンケートを取ってみると、賃金がだんだん上がっていく年功賃金が好まれたという報告もある。総合的に考えると多くの職場で年功型賃金が与える満足度はとても大きなもので、年功賃金を単純に廃止すれば労働意欲を大きく損ねることになるという分析があった。
これに対して、成果主義が機能するケースとして、
1 どのような仕事のやり方をすれば成果があがるかについて企業がよくわからない場合2 従業員の仕事ぶりを評価することが難しいが成果の評価が正確にできる場合
の2つがあげられている。成果主義を見直す良い材料になるパート。
この本の面白さは「ヤバい経済学」に似ている。経済学だが、需要と供給の話はほとんどでてこなくて、インセンティブや人々の生活思考を研究の対象にしている。新書だが単行本なみに内容が詰まっている。
・ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004611.html
「自覚と決意をもった人々が集まれば、どんな小さなグループでも世界を変えられる。それを疑ってはならない。それだけは絶対に信じなくてはならない。」マーガレット・ミード。
この本の著者である若い二人は、2003年6月、440日間に渡る世界旅行に出発した。「自覚と決意を持った」を訪ねるために。そして、彼らは113人の社会起業家と対面し、そこから選り抜き80人のプロフィール紹介とインタビューを書籍にまとめた。
バングラデシュ人の経済学者ムハマド・ユヌスは貧者のための銀行、グラミン銀行を設立した。「多くの場合、貧困の原因は、個人の問題や、怠慢、能力不足ではなく、わずかな元手すら手にできない状況にある」というのがユヌスの経済学者としての持論である。グラミン銀行は、貧困にあえぐ人たちに低利で小額の融資を行い、自主性に任せた返済の約束をしてもらう。担保も保証も取ることがなかった。返済が滞っても取り立てはしない。
彼の銀行は、そんな性善説の仕組みがうまく機能するはずがないという金融界の常識を覆した。貧者を救う助け合いという趣旨を深く理解した借り手たちは、融資をもとに生活を立て直し、責任を持って期限内に返済をした。返済率は一般行を上回り、銀行として大きな利益さえ出してしまった。ユヌスは1千2百万人の生活を救うと同時に、4万6千600の支店を持つ一大勢力に成長させた。ユヌスはこうした成功を背景に、次は安価な携帯電話と自家発電システムを貧困層に提供しようとしている。
フランス人のトリスタン・ルコントはフェアトレードのリーダーだ。不利な立場の小規模なコーヒー生産者たちと契約して、コーヒーを販売した。国連の規定する取引条件を守り、従業員の教育、住居、医療のための費用を上乗せした「正当な価格」で同社のアルタエコ・コーヒーは販売される。製品ラベルには「ようこそ、消費が行動につながる時代へ」と書かれている。
良き意図を持つアルタエコの仕組みは、クチコミが機能するので、巨額の広告費が不要であった。意外にも最終価格は、競合製品と比較しても高くならなかった。何より同社のコーヒーは質が高かった。製品として魅力的であった。ルコントは「幸せな生産者が美味しい食材をつくる」と確信している。
生産性を維持しつつ、環境にやさしい農法を広める合鴨農法、地球にやさしいハイブリッド車両、企業の社会性を指標に投資する社会責任投資ファンド、自然にかえるプラスチック素材の開発など、80人の社会起業家たちは社会性と市場性を同時に満たすビジネスを創造し、人々を幸福にしながら、大きな利益を出している。
今まで、社会起業家は特殊な事例というイメージがあったが、読み進めるうち、これが企業のあるべき姿なんじゃないか、と思える話がいっぱいあった。需要と供給のメカニズムを最適化する利益追求のみの企業よりも、そこで働く従業員や経済基盤としての社会の未来のことまで考えた持続可能な企業が、最終的に勝つのは、当たり前なのでもある。
インターネットによって社会や経済の仕組みは一層透明になってきている。製品も会社も市場のグローバル化によって選択肢は増える。消費者や従業員に選ばれるサービスをつくるものが勝つという新ルールでの、最先端の勝ち組みがこの80人なのだろうなと思った。
日本人も何人か取りあげられている。
日本の格差、世界の格差を多数の統計データを使って解説する。世界と国内の経済状況を把握するための、とても有益な情報源。
国際比較というと気になるのは購買力平価である。マクドナルドのビックマックの価格を比較する、有名なビックマック指数というのがある。日本のビックマックは280円、米国では3.1ドル。この本の執筆時点でビックマック指数で為替レートをつくると、1ドル=90.3円になる。ビックマックで経済をはかると、東京は一人当たりの可処分所得でトップになる。
しかし、より広い商品・サービス(2500品目)で比較した場合、日本は10位に後退する。世界の可処分所得1位はスイスのチューリヒ、最下位がインドのデリーだそうで、そこには16倍の格差がある。住宅や教育などの支出も大きな差がある。これらの国々でのお小遣いとしての1万円の使い手は、何十倍も違いそうである。
国際間と同時に国内にも格差はある。所得の分配における不平等さを表す指数「ジニ係数」が紹介されている。発展途上国の多くはジニ係数が極めて高い。この係数は0〜1の間の値をとる。1は一人がすべての富を独占している状態で、0は全員が平等な状態だ。1位のナミビアは0.7を超える。0.2〜0.3が普通の所得分布らしい。0.3を超えると格差の大きい社会に分類される。現在の日本は0.314。まさに格差社会に突入していることが国際比較でも明確になった。
世界のGNI(国民総所得)を見ると日本は第2位の経済大国である。しかし国民一人当たりのGNIを出すと11位に転落する。日本人は勤勉で労働時間は国際比較でも長い。にもかかわらず、一人当たりGNIが低いということは、労働生産性が低いということである。OECDの労働生産性を調べたデータでは加盟30カ国のうち20位に位置する。
ホワイトカラーの生産効率を高めるIT化は日本は世界のトップクラスである。研究者も数は多くて世界第3位。研究費もそこそこある。しかし、実績評価のレベルでは日本の研究者は自慢できる状態にない。つまり、恵まれた労働環境にあり、いっぱい働いていているのに、生産性が悪いのである。
だらだら働いている日本の会社、最適化されていない経済構造が、日本の伸び悩みの最大の原因であると、データで再認識することになった。
この格差データブックを読んで、可能性を感じるのが今、大人気の仮想世界セカンドライフである。セカンドライフでは、世界中のプレイヤーが仮想通貨リンデンドルでバーチャルな不動産や動産を売り買いしている。労働して稼ぐこともできる。そしてリンデンドルを実世界のドルや円に交換するサービスがある。
考えてみるに、日本人の1万円が途上国の数十万円に相当するのであれば、仮想世界内での労働は、圧倒的に途上国のプレイヤーに有利である。セカンドライフで必死に働いて一万円を得ても日本ではお小遣いに過ぎないが、途上国のプレイヤーにとってそれは一か月分の生活費に相当してしまうのだ。これからは仮想世界へ出稼ぎという発想も生まれてくるかもしれない。
逆に考えれば、日本のプレイヤーは手持ちの1万円をセカンドライフへ投資することで、数十倍の労働力(ゲーム内の、だが)を手に入れることができるのだとも言える。アウトソースの場としてのインターネットという発想は、仮想世界でこれから盛んになったりするかもしれない。
しかし、結局のところ、このモデルでも途上国は出稼ぎができて助かるが、手持ちの金額の初期設定が多い先進国プレイヤーが最終的には儲かるという格差拡大の図式は変わらないわけで、世界の格差の解消にはつながっていかない気もする。
セカンドライフに限らず、インターネットこそ、世界の格差解決の手段になりうると思うのだが、そのためには市場メカニズム以外の発想が求められているのだなあ。この本にも何項目がでてきたが、生活の質、幸福感、価値観といった要素がカギを握っているような気もするのだが。
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意外な事実がたくさんあって、とても面白い経営学の本。日本版エクセレントカンパニーとは何かがテーマである。
日本には創業100年を超える老舗企業が10万社以上あるのだという。世界最古の会社は日本にある。西暦587年創業で1400年の歴史を誇る金剛組という建設会社だ。寺や神社の建築と修復を請け負う会社で飛鳥時代から今日まで存続している。この本でも取材されていたが、検索したらホームページまで見つかった。
・世界最古の企業 金剛組
http://www.kongogumi.co.jp/
100年以上続く店舗や企業はお隣韓国には1社もなく、中国やその他のアジア諸国にもほとんどない。ヨーロッパでさえ老舗の数は日本に及ばず、最古の企業の歴史は600年程度である。日本の老舗企業の多さは世界で飛びぬけた現象であると書かれている。
ただ歴史が長いというだけでなく、そうした老舗の中には、携帯電話の開発やバイオテクノロジーの研究へ転進して成功し、現代でも成長を続けている企業がある。事業の継続という観点からみたとき、超優良企業は日本に集結している。
この本では著者が多数の老舗企業の経営者にインタビューしてまわり、老舗の歴史や経営哲学をまとめている。共通しているのは以下の5つのポイントであった。
1 同族企業だが外部の優秀な人材の登用を躊躇しない
2 時代の変化に対応して事業内容は変化させてきた
3 創業以来のコア家業は譲らない
4 分をわきまえ好景気でも投機をしない
5 「町人の正義」を実践してきた
1の代がわり問題について
「日本の老舗企業にも、一族経営は多いのだが、血族にさほどこだわらない融通性をあわせ持っている。たとえ長男でも、娘婿が経営者として優秀であれば跡継に選んだり、養子や赤の他人に家業を任せる場合も珍しくない」
と述べられている。そして中国や他のアジア諸国の商人文化は家族とカネしか信用しないので、優秀な人に経営を譲る発想がなかったのではないかと分析されている。これに対して日本人は長い間、国家(お上)を信頼してその庇護の元に、職人文化を発達させることができた。老舗10万社のうち4万5千件は製造業なのである。儲け主義の商人発想ではなく、職人発想であったことが、事業の長期の継承を可能にしていたと著者は述べている。
日本人の精神性と企業経営の関係を歴史的に実証しているきわめて面白い新書。
大量発生しているITベンチャー企業はどれくらい長く続くのだろうか、とふと思う。私の会社は創業7年目。今年度決算はおかげさまで黒字で好調です。70年とか700年とか続く、かなあ。
「はたらけど はたらけど 猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」 石川啄木
フリーター、ニートが社会問題になって久しいが、職を得たら幸せなゴールとも言えない現実がアメリカにはあった。働いても働いても貧しい生活から脱出できないワーキングプアという階層が近年、大きな問題として浮上している。
著名な女性コラムニストである著者は、米国の低賃金労働を体験するために、身分を隠し僅かな生活資金だけを持って、長期潜入取材を敢行した。「頂点から20%の階層」から「底辺から20%の階層」へ。時給6〜7ドルの劣悪な長時間労働の環境で、食費や医療費も切り詰めながら、土日も働く日々を体験した。
低賃金労働とはいえ職を得るのに一苦労する。性格的問題がないことを証明するために馬鹿馬鹿しい数十の質問リストに答え、従順な従業員になることを経営者にアピールしなければならない。麻薬をやっていないことを示すために、担当者の目前での尿検査まである会社もある。
単調な労働に創意工夫は期待されない。一人がちょっと頑張ると「みんながそうしろって言われちゃうでしょ」と同僚から叱られる。できる従業員は酷使されるだけ。仕事ができたからといっても1年後に時給が1ドル上がるくらいの将来しか用意されていないのだから、専門の技能を伸ばすことなど考えられはしないのだ。
最低水準の生活を維持することに精一杯な状況では、よりよい職場へ転職することもできない。貯金が無いので職探しのために仕事を休めないからだ。人間関係も職場に閉じているので天職のための情報や人脈もない。
ウェイトレス、掃除夫、スーパーの店員として会社の奴隷のように、身を粉にして働いた著者だったが、どの職業でも生活の向上など実現できなかった。安売りで有名なウォルマート(大手スーパー)の労働者の給料では、ウォルマートのシャツが買えないのである。
米国でおとな一人とこども二人の家族の生活に必要な実質的な年収は3万ドルで、それは時給にすると14ドルだそうである(これには健康保険や電話料金などを含むが娯楽の費用は入らない)。しかし、米国の労働者の60%は時給14ドル以下で働いている。ブルーカラーの労働に対して企業は前述のように6,7ドルで雇用しているわけだから。
多くの先進国では企業が負担できない費用を政府が健康保険や各種の補助金、税金の控除でカバーしているから、国民の生活は成り立っている。自助努力が原則の米国ではそれが期待できない。自力で3万ドル全部を稼ぐしか生きる道は無いのだ。「通勤用の車まで持っている健康な独身者が、額に汗して働いているにもかかわらず、自分一人の生活を維持するのさえままならないというのは、どこかが間違っている」。
著者は、自らの取材体験やそれらの職場での同僚たちの実態をレポートし、貧困から這い上がれない低賃金労働者の不幸の原因も指摘した。彼らは技能がないから、やる気がないから、低賃金労働をしているわけではないのだ。そこから抜けられない社会構造があるのである。そして貧困の再生産構造は強化され、持つものと持たざるものの格差は年々大きくなっている。
低賃金労働の多くは、いわゆる3K労働であるが、これらは中流や上流の階層が快適を味わうためのサービスである。誰かが掃除をして、誰かがお茶を運び、誰かがマーケットの棚を整理しているから、快適な消費が促進されるのである。
「私たちが持つべき正しい感情は恥だ。今では私たち自身が、ほかの人の低賃金労働に「依存している」ことを恥じる心を持つべきなのだ。誰かが生活できないほどの低賃金で働いているとしたら、たとえば、あなたがもっと安くもっと便利に食べることができるためにその人が飢えているとしたら、その人はあなたのために大きな犠牲を払っていることになる」と著者は訴える。
日本でも格差社会の問題が取り上げられているが、こうした本で、アメリカの暗い現状を知っておくことは、課題の解決に役立つかもしれない。能力主義や資本の論理は経済を最適化するものであるが、バランスを考えない施策では、人間に最適化ができないということなのかなと思った。
ブランド文化論の専門家が書いたブランド入門。ルイ・ヴィトン、エルメス、シャネルについて創業から現在にいたる栄光の歴史を紐解くことで現代消費のキーワードのブランドを解題する。
ルイ・ヴィトン、エルメスをはじめ多くの高級ブランドは、起源においては顧客にフランス皇室を持つロイヤルブランドであった。ナポレオン三世の奢侈産業振興政策を背景に、ルイ・ヴィトンは貴族のドレスを鉄道輸送するための高級な木箱をつくった。それはひとつずつ手作りの特注品であり、貴族が召使いに持たせるものであった。顧客のオーラを受けてブランドは輝いた。
馬具商エルメスは自動車の時代、大量生産の時代になることを理解し、だからこそ逆にハンドクラフトを「少なく、高く、売る」、つまり「売らないことによって売る」の戦略が大切になると考えた。希少性の戦略の前提には大量の消費がある。安物、贋物が多く出まわれば、むしろ少数の本物の価値があがると考えて、過剰生産の陳腐化を避けてきた。ひたすらに永遠に変わらないものを追い求めた。
皇室のオーラと少量生産のロイヤル・ブランドの時代に革命を引き起こしたのがシャネルであった。シャネルは皇室のオーラをまったく必要としなかった。孤児であった創業者自身の成功と華やかな生活が、メディアで取り上げられ、彼女自身の姿や生き方のオーラがブランドパワーの根源となった。ココ・シャネルは晩年、ジャーナリストの取材に対して「彼女たちが私の真似をしたのは、私が素敵に見えたからよ。もし時代のなかで何かはやったものがあったとしたら、それはショートカットじゃないわ。流行したもの、それは私よ」と答えたという。
シャネルは本物主義さえ否定した。自分のデザインがそっくりコピーされることを許した。型紙を買っていった業者たちはシャネルの名前を使って自分達の服を世界中に大量に売った。デザインは機能性を重視し、流行(モード)をつくりだした。ロイヤルブランドの永遠に変わらないものの価値を否定した。
シャネルの偽者主義はイミテーション・ジュエリーを自らデザインし販売したことにも現れている。本物の宝石と偽者の宝石を混ぜて使い、ココ・シャネル自身が身に着けて見せた。だが価格は高額のままであった。これは本物の宝石だから高いのではなく、シャネルだから高いのだと言った。
そして王家の血筋よりも有名性がブランドパワーの根源となり、メディアが伝説を作り出す時代になった。モード(流行)とブランドは本来は対立するものであったが、現代はモードなブランドの時代である。ルイ・ヴィトンは「ファッショナブルであってもファッションブランドにはならない」と宣言している。貴族の贅沢がストリートに降りてきてバッグを働く女性に売っている。
女性向け高級ブランドについて名前は知っていても、それぞれがどういう位置づけや価格帯なのかは私はよく知らなかったのだが、この3社が高級御三家で、ルイ・ヴィトンとシャネルはまるで違うものだと基本がわかってまず勉強になった。
・ブランド王国スイスの秘密
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004359.html













