Books-Economyの最近のブログ記事

・情報楽園会社
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『情報楽園会社 TSUTAYAの創業とディレクTVの起業』(徳間書店刊・1996年)に加筆して復刊。カルチュア・コンビニエンス・クラブ社長の増田宗昭氏が語るCCC成功の原点。14年前の本であるが、現代のネットビジネス文脈でも活かせる知恵が書かれている。

前半のTSUTAYA創業の回想録では、増田社長がドキドキしながら、一店舗目を開業した思い出を語る。当時の小さな店舗の写真や、手書きの企画書が、千里の道も一歩からだったのだなあと思わせる。

当時、自分が何を考えていたかが語られる。増田流はとにかくわかりやすい。たとえばコア事業のレンタルビジネスの説明。

「レンタル業とは、一言でいってしまえば金融業である。八百円で仕入れたCDが、レンタル料金百五十円を生む。このレンタル料金百五十円の実態は、金利に他ならない。なぜならお客さんに貸し出されたCDそのものは、翌日に返却され、また次の人に貸し出されて、店の手元に一日分の利子としての百五十円が残る仕組みだからである。お客さんが払う百五十円は、利率になおすと二十%弱になる。しかもこれは一日である。銀行はおよそ年間四パーセントの金利だから、レンタル業のコストと収入の関係は一日で銀行の五倍、年間にして銀行の千八百倍くらいになる。」

だから、CCCは急成長したのか、と納得。そしてビジネスモデルもさることながら、増田社長の企画力重視の姿勢が印象的だ。マルチメディア時代に生き残れるのは、もはや企画会社だけであるとして、その組織の条件を3つ挙げている。

1 情報の共有化
2 個人のプログラムの強化
3 インセンティブシステムの導入

優秀な企画は個人の発想からしか生まれない、と断言する。もちろん自身がその筆頭なのだろう。組織よりも個人を重視して、社員一人一人を独立した経営者としてみなし、それをサポートするのが会社なのだという。

復刊にあたって、「2010年、新しい「楽園」づくり」という章が追加されている。おもにディレクTVの失敗で学んだことの総括である。天才経営者は一度の失敗から、より多くを学ぶのだなあ。

CCC、TSUTAYAに興味がある人は読むとよさそう。

・トレードオフ―上質をとるか、手軽をとるか
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「上質さと手軽さ、どちらも秀逸ではない商品やサービスは、「不毛地帯」に追いやられかねない。消費者にどっちつかずの経験しか提供できないのだ。不毛地帯には冷めた空気が充満している。そこそこの質の商品やサービスは誰の心をも揺り動かさず、何となく手に入りやすいというにすぎない。<中略>商品やサービスは、テクノロジーの発展に見合った改善がなされないかぎり、広がりゆく不毛地帯に呑み込まれる運命にあるだろう。」
グローバル化と情報化の進展によってプロダクトのライフサイクルはかつてよりも短くなっている。ヒット商品もほうっておくとすぐに不毛地帯に追いやられて、売れなくなる。クロックスのシューズ、スターバックスのコーヒー、COACHのバッグなどが、大成功して大失敗した事例として挙げられている。こうしたブランドが陳腐化したのと同じように、iPhoneも放っておけば危うい、とも。

上質さか手軽さか。ポジショニングの戦略で重要なのは、どちらかを潔く捨てることだというのが著者の結論である。上質でかつ手軽という、いいとこどりもまた失敗の原因になるというのだ。たとえばCOACHやティファニーが一時目指した上質で手軽なブランドをこう批判する。

「上質か手軽かの二者択一というコンセプトが示すように、「マス・ラグジュアリー」は砂上の楼閣にすぎない。マスとは手軽であり、ラグジュアリーとは上質である。この二つは共存できない。ラグジュアリーを謳ってはいても、誰もが手にできるならそれはありきたりな商品である。「マス・ラグジュアリー」とはじつのところ、一般の人々の期待水準を押し上げ、身の回りの商品やサービスの質的向上をもたらすものだ。こうなると、その成り立ちからしてもはやラグジュアリーの名には値しない。」

トレードオフを見切ること、陳腐化に対して次の手を打つこと、上質さとは経験、オーラ、個性の足し算で決まること。現代のグローバル市場でサバイブするための、ポジショニング戦略が簡潔にまとめられている。

本書にでてくる多数の米国のケースが参考になった。日本ではあまり知られていないブランド、商品が多数出てくるのだ。たとえば革新的な本屋のタッタードカバー、クレイマーブックス、ザ・ブックストール。1億台近く売れたという携帯Motorola RAZR。ラスベガスのホテル王スティーブ・ウィンなど。ちなみに著者によると、日本ではまだ先端的製品と思われているアマゾンの電子書籍デバイスのキンドルは終わっているらしい。何度もダメだししている。

・ガラパゴス化する日本
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「筆者は日本の独自性を否定するわけではない。むしろ日本の独自性は強みになる。ガラパゴス諸島に多くの観光客が集まるように、希少性は差別化要因になる。本書でガラパゴス化という場合には、過度の垂直統合ビジネスによるデメリットや閉鎖性を強調しているのであって、希少性、独自性を否定しているわけではない。ただ狭いガラパゴス諸島の中で独自進化していても仕方がない。世界に向けて、独自進化した種が生き延びていかないといけない。」

欧米のグローバル・スタンダードに合わせないと日本は没落してしまうぞという、私が嫌いな単純グローバリズム論ではなくて、日本は脱ガラパゴス化してグローバルのゲームのルールづくりに積極的に関わるべきだという内容の本。これは結構、納得だった。

米国もガラパゴス化しているが、日本と違って人口が増えており、どんどん拡大するガラパゴス諸島として繁栄できる。一方の日本は人口が多いからガラパゴスでやってきたが、これからは減少に向かう運命にある。必要な分野は脱ガラパゴス化や「出島」戦略で、状況の変化に対応しなければ生き残れない。

脱ガラパゴス化のキーワードとして以下の6つが挙げられている。

1 リーダーシップ
2 形式知化
3 ゲームのルールをつくる、ゲームのルールをかえる
4 水平分業、モジュール化
5 新興国における新しい生態系の構築
6 ハイブリッド化

産業界ではとりわけ3のルールづくりへの関与が重要なのだと思う。結局のところ、国際標準を決めているのは少数の権威者や専門家エリートたちの密室政治だ。日本の技術力は高いのに、政治に関与しないから、国際市場では取り残されてしまう。携帯、テレビ、医療、教育、会計などのガラパゴス化の経緯が紹介されている。

「国際政治学では、時にこのような人々のことを知識共同体(エピステミック・コミュニティ)という。そして、知識の「もっともらしさ」は、このエピステミック・コミュニティの了解事項として、生み出される場合が多いのである。日本における問題は、エピステミック・コミュニティに属する人々が、相対的に少なく、またこれらの人々が日本の政策決定と直接結びつく割合が少ないということである。」

一足飛びにそうした国際交渉のできる人材は育たないので、まずは日本初のインデックス(指標)やランキングを世界に発信してみてはどうかと著者は提言している。日本の得意分野であれば効果はあるのかもしれない。

で、なんにせよ英語力は必要である。

今年に入って楽天とユニクロは社内公用語を英語にすると発表している。極端だがこれはこれでベンチャーとしては英断なのではないかと思う。成功すればこの本で言う「出島」として機能するだろう。特に海外中心へ移行するユニクロは、社員のダイバシティも高めるらしいので(13年には社員の4分の3が外国人)相当本気だ。

・三木谷浩史・楽天会長兼社長――英語ができない役員は2年後にクビにします
http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/810ee47297d49033c2a4b43a0a5216e0/page/1/

・<ユニクロ>新世界戦略 英語公用化...12年3月から
http://mainichi.jp/select/biz/news/20100624k0000m020123000c.html

・「分かち合い」の経済学
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競争原理ではなく協力原理こそ、現在の経済危機を乗り越える思想であるとする、新自由主義批判と再生ビジョンの提示。民主党に強い影響力を持つといわれる経済学者 神野直彦教授著。

「これまでの大量生産・大量消費に代わって知識社会では、知識によって「質」を追求する産業、より人間的な生活を送るために必要なものを知識の集約によって生み出していく産業、すなわち知識産業が求められる。それと同時に、人間が機械に働きかける工業よりも、サービス産業という人間が人間に働きかける産業も主軸を占めるようになる。」

農業社会から工業社会を経て知識社会の時代が来る。知識社会の創造の原理には「奪い合い」よりも「分かち合い」が有効であるという主張がある。創造的な場は、競争だけではつくれない。知識は共有することで深まる。日本は国際比較でみると、対人信頼感がかなり低い社会であり、情報や知識の流通がうまくいっていない。

「知識に所有者を設定して、市場で取引しても、知識による知識産業は効率化しない。真理を探究する知識人にとって、真理を探究することそれ自体が喜びであり、インセンティブとなる。知識は他者と共有し合うオープンな集合財と考えるほうがよい。知識へ支払われる報酬を目的として他者を蹴落とすような虚層が繰り広げられるような社会では、知識産業は活性化していくことはない。」

グーグルとかIDEOとかザッポスとか、知識を成長の源泉にしている会社の組織風土は、知識の共有と協力関係をベースにしている。そのうえで切磋琢磨の競争が遊ばれる。市場にまかせると経済は最適化されるが、人間関係は最適化できないということなのだろう。

「「市場の神話」では人間が他者と接触するのは、他者が自己の利益になる時だけであると信じ込ませようとする。市場における契約関係とは、まさに他者が自己の利益になると、双方が思った時に成立する。ところが、他者の利益は自己の利益であると人間が考えるようになると、「市場の神話」は成立しなくなってしまう。他者の利益が自己の利益だという原理は協力原理と言う「分かち合い」を支える論理である。協力原理は「仲間」の形成によって成立する。つまり、「私」の利益ではなく、「われわれ」の利益を求めるようになるからである。」

インターネットのことは触れられていないのだけれども、読めば読むほど、これはネット時代の知識創造原理であると思う。

・競争と公平感―市場経済の本当のメリット
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競争と公平感に関する経済学者の論考集。面白い。

「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる?」

市場経済への信頼を問う、この質問に対して日本人は49%しか賛成していない。アメリカでは70%以上が賛成している(Pew Research Center)。日本の賛成の率は主要国の中でも顕著に低い。日本人は貧富の格差がつく競争を嫌う。

国際的な調査によれば資本主義への支持と相関するのは「人生での成功を決めるのは運やコネではなく勤勉である」という価値観であるそうだ。日本では、人生での成功を決めるのは運やコネである考える人が、90年で25%、95年では20%と少数派だったのに、2005年には41%と急増している。アメリカでは22.6%に過ぎない。

年齢別にみると若い世代ほど、この傾向は強い。長期の不況によって、努力しても就職できず、出世や成功もできない状況が続き、若年層の価値観に影響を与えているのではないかと著者は分析している。

所得はどう決まるべきか?を問う調査もある。

「アメリカでは、「学歴が所得を決定する」と考えている人の割合は77%であるのに対し、日本では43%にすぎない。また、アメリカでは「才能が所得を決定する」と考えている人が60%であるのに対し、日本では29%である。アメリカ人が重要だと考えているのは努力、学歴、才能の順番であるのに対して、日本人は努力、運、学歴の順番である。」

両国ともに1位は努力だが(アメリカ84%、日本では68%)、アメリカでは学歴と才能で所得が決まるべきと考える人が50%を超える。日本では10から15%にとどまる。日本の競争力が低下している理由、競争的な市場を形成することに失敗している大きな理由が、こうしたマインドの変化にあるのかもしれない。

最近、学生と会話していて、中学や高校でのテストの答案の返し方の違いが話題になった。私の子供時代は、テストは成績順で返していた記憶がある。少なくとも90点台や満点の生徒は誰なのかわかった。これはいまどきの、ゆとりの学校では考えられないことらしい。学生に驚かれてしまって私が驚いた。難関校の学生なのに。

この本は新書としては盛りだくさん。男女での競争マインドの違いや、薬指の長さと社会的成功の相関など、身近で興味深い話題から、国際的な統計をベースにした競争と公平感の比較、そして働きやすさの研究、最低賃金や外国人労働者問題への政策提言など、多くのわかりやすく、示唆に富む論考がいっぱいある。

・日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学
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これは、日本はなぜ貧しい人が多いのか?を語る本ではない。多くの人がとらわれている思い込みを、事実によってそうではないとただす本である。「はじめに」にこの本の要旨は圧縮されている。

「少年犯罪は増加している、若者は刹那的で貯蓄もしなくなってきている、若者の失業は自分探し志向の強い若者の問題である、日教組の強いところは学力が低い、グローバリゼーションが格差を生んでいる、日本は平等な国である、人口が減少したら日本は貧しくなる、昔の人は高齢の親の面倒をきちんと見ていた、高齢化で医療費は増える、中国のシステムが優れているから高成長ができる、中国はすぐに日本に追いつく、円は安すぎる、経常収支黒字を溜め込めば損をする、国際競争力は豊かな日本のために必須のものである、07年まで企業は経営効率化に成功したから利潤を上げていた、90年代の停滞は日本が構造改革しなかったからである、低金利が続いているのは日銀が低金利政策をしているからである、銀行に資本注入をすれば経済は回復する、第2次世界大戦がなければ大恐慌は終わらなかった、国債の減額は何より大事である、日本のエネルギー効率はダントツに高い。」

巷で流布しているのは誤った認識であるとして、事実によってそれを否定していく。大きなテーマは格差、年金、少子高齢化、国際競争力、教育など。具体的な論点は60以上もある。政策提言にまで結び付けた意見も多い。

たとえば格差問題の本質は主に高齢化なのだ。「もともと高齢者は他の年齢層に比べて格差が大きい。高齢化で所得のばらつきが大きい人々が増えれば、社会全体の格差も広がる」という事実があって、高齢化の影響を抜くと格差はあまり広がっていない。給食費を払えない家庭は実際には多くない。

経済環境が好転すれば若年失業率も回復するのであって、若者の資質うんぬんの問題ではないとする教育観は特に共感した。それよりも著者は儲かっていないのに莫大な報酬をもらっていたアメリカの金融機関の経営者らを、ああなってはダメだと批判する。

「ある程度の知識とそれに基づく知を備えた人間が社会全体の生産性を高めるなら、そうした人間は必要である。また、勉強や学校が、このような意味での"有能な人間"を造ることができるなら、勉強や学校は必要だ。しかし、"有能な人間"が社会全体の富を拡大するのではなく、自分たちの取り分を増やしているだけなら、教育は社会にとってはプラスとは言えない。」

世界の一流大学を出て、ロジカルシンキングとプレゼンテーションと教養があっても、それを社会のために使わない人を育ててはだめなのだ。就職率が低下すると即戦力型の人材を育成しようという話になりがちだが、高等教育の就職予備校化は長期的には社会にとって有害でさえあるかもしれない。

そして日本経済をどう立て直すべきか。自動車や電子産業という"ストライカー"産業に対してシュートしやすい絶妙なパスを出すことではないかと提言している。

「ストライカー産業をどう育てただ良いかは、実は分からない。分からないことに予算を使うべきではない。ストライカー産業のコストである投入産業(運輸、通信、電力、金融、工業団地、工業用水などを提供する産業)の効率を高め、そのコストを引き下げてはどうだろうか」

国内コストが下がることで国内企業にとって有利になるが、海外企業にとっては有利に働かないので、望ましい結果になるのではないかというわけ。投入産業コストが劇的に下がれば、ベンチャーにとっても、これまで資本がなければ無理だと諦めていた市場参入が増えるかもしれない。

・エアライン敗戦―格安航空来襲とJAL破綻
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JALの経営破綻と敗戦処理は大きな問題だが、これからのグローバル市場での格安航空会社(LCC)の市場競争でも、日本は敗戦濃厚のようだ。

「日本の航空自由化が遅れたために、日経キャリアのコストは世界のレベルからかけ離れてしまった。キャセイやシンガポール航空など、アジアの大手に比べて2倍、エアアジアに比べて5倍も高い。2割、3割ならばコストの削減で対応できるが、コストを2分の1や5分の1に引き下げるには、コスト構造や仕事の仕組みを変えなければならない。」

国内の格安航空のパイロットの平均年収が800万円に対して、JAL、ANAのパイロットの平均年収は2000万円前後。就労時間も少ないし、通勤は送迎タクシーがつく。一方で、人件費をはじめとする低コスト体質を活かしたマレーシアの格安最大手エアアジアは、格安どころか「400万席無料」という無料キャンペーンで話題をさらっている。それでも利益が出る。

「エアアジアの売上高はスカイマークより23%多いだけだが、営業利益は3.5倍もある。販売単価は58%低いにもかかわらず、1座席当たりのコストが63%も少なく、特に採算分岐点は、スカイマークが搭乗率72%であるのに対して、エアアジアは60%だ。」

このエアアジアXが10年度に日本に就航する。日本から世界へのハブ空港クアラルンプールまで1万円、そこからは世界のLCCに接続されている。世界の主要都市への格安旅行が可能になる。

・激安航空、エア・アジア日本へ マレーシア便1万円も
http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010012301000357.html

日本の格安航空会社はグローバルの"激安"を見るとまだまだ割高であるという視点が勉強になった。日本の国際化を進めるのに、これまで高かった渡航費を限りなく安くするというのは効果的な政策になると思う。渡航先の国に富と情報をもたらす人は、航空券を無料にする、くらいでいいのじゃないか。

格安航空のデメリットとしては、

・座席のスペースが狭い
・キャンセル料が高い
・座席指定を行わない
・機材繰りによる遅延が多い
・機内サービスがない
・手荷物の無料枠が少ない
・トイレが少ない
・欠航時のフォローがない

などが挙げられているが、バスや地下鉄みたいな気軽な交通機関にするには、まずは安ければいいような気がする。

・金融危機後の世界
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ジャック・アタリが「21世紀の歴史」で示したビジョンから、金融危機後の世界を予測する。金融危機を2007年2月から時系列で追ったドキュメント「世界金融危機」と、近い将来に発生しうる最悪の事態の描写、それを避けるための提言からなる。

「危機へと導いた一連の出来事は、アメリカをはじめとする、すべての先進国における社会的不平等の拡大からスタートした。すなわち、社会的格差の拡大こそが、需要にブレーキをかけたのだ。こうした事態が進行したのは、アメリカが、自国の金融システムを「公正なる」所得分配制度として採用することについて、社会から暗黙の了解を取り付けたからである。 さらにはアメリカの金融システムの潜在能力により、監視(規制)されることのない新たな金融商品が開発された。これらの金融商品により、アメリカの金融システムは、儲けまくると同時に借金を膨らませることができた。こうして自らが抱える諸問題は隠ぺいされ、問題を、ロンドン市場・ウォール街・オフショア金融市場などを経由して、他に移し変え、また輸出することができた。」

アタリは現代の金融危機とはアメリカと金融業界の節操のなさが原因であり、結果として「若年層の相対的な減少と所得の偏りによる危機」を招いたと要約している。このまま社会的不平等の拡大と無軌道な金融商品の開発が続くならば、ハイパーインフレや世界大戦という最悪の事態が訪れるぞと警鐘を鳴らす。

今、各国政府は民間機関の債務を政府(納税者)の債務につけかえることで、問題を先送りしているが、それではカタストロフは避けれれない。じゃあ、どうするというところで、

「世界的危機を回避するためには、グローバル化した市場を政治化することが必要であり、地球規模の法整備が求められる。また、経済の主役の座から金融を降板させる必要がある。」

というのがアタリの考え方だ。そのための改革プログラムが後半ではいくつも提案されている。国際金融システムへの規制と、世界統治システムの構築、地球規模の大型公共事業...。フランス大統領顧問だけに政策提言のスケールは大きい。

アタリは前著「未来の歴史」に詳しいが世界を動かす根本原理に、自由に向かう人類の普遍的な性質をおいている。"アメリカ"も金融市場も、自由を求める欲望がつくりだしたものだ。意思も持たない目的ももたない「ゴーレム」としての市場原理や民主主義が暴走した場合、誰がそれを止めるのか?という難問とアタリは格闘している。

感想としては、道徳でそれを制するというのは、かなり難しいことなのではないだろうかと思った。欲望を欲望で制するような、したたかなプラン、欲望経済のオルタナティブな(しかもエコな)収束点を未来ビジョンとして提示してみせること、それができるリーダーの登場が必要なのだと思う。オバマではまだ足りない。

・21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/21-1.html
名著

・図説「愛」の歴史
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/11/post-1104.html
これもアタリ

・「嫌消費」世代の研究――経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち
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嫌消費とは、1979年から83年までに生まれた(現在20代後半)バブル後世代に強く現れた消費行動パターンのこと。彼らの生活を調べると、収入が十分にあって、さらに増えても、消費を増やさない傾向が顕著に出ている、という。独自の大規模調査により、欲しがらない若者たちの実態を明らかにし、企業が彼らに物を買わせるにはどうすべきか有効な戦略を分析する。

嫌消費世代の62%は独身社会人で、22%は子育て中、14%は既婚子なし、全体の58%は親と同居している。正規雇用は48%。平均年収は300万円未満が62%を占める。ただし、嫌消費傾向が強いのは、中でも300万円~400万円の常時雇用層であり、必ずしもお金がないから物を買えないというロジックでの消費抑制ではない。むしろ彼らは買い物好き、みせびらかし好きという傾向が認められるそうだ。

嫌消費世代が買わないのは3K(自動車、家電、海外旅行)。逆にゲーム、ファッション、食、家具インテリアなど日常性、必需性、ローリスク性の高いモノを積極的に求める。衣・食・住が3種の神器だ。本書後半では彼らの停滞した消費意識に対して需要刺激の方法論を著者は提案している。

劣等感と、上昇志向、他者指向、競走施行が彼らの世代意識だと著者はいう。14歳で阪神大震災、地下鉄サリン、17歳で金融ビッグバンと相次ぐ金融機関の破たん、大学卒業時に就職氷河期を迎えた彼らは、未来に明るい希望を持てない。10歳以降インフレ体験がなかったため、物価はゆるやかに下降するもの、発売後すぐ買うより待った方が得という経験知を体得してしまった。物を売りたい企業にとっては難敵であり、こうした層がさらに拡大していけば、日本経済の発展に影響する。

「嫌消費は、企業や産業に市場の量的な縮小をもたらすが、変革の機会ももたらす。そして製品革新、売り方やマーケティング革新、産業イノベーションによって、過少消費を最適消費へと変えることができる」と著者は前向きなとらえ方も示している。

嫌消費は恋愛市場における「草食男子」に通じるものを感じる。良い悪いというよりは、もはやそういうものなのであり、がんばって肉食を売るのでなくて、洗練された草食食品をつくってうるべきなのだ。彼らに売れるものは外の世界でも通用するものかもしれない。

ところで本屋でこの本をみたとき、嫌消費というネーミングは、著者やこの本の想定読者層(おじさん、おばさん)の消費は美徳という価値意識を表しているなあと思った。「堅消費」とか「賢消費」だったらだいぶ印象が異なっただろう。余暇と浪費の世代と比較したら、彼らのほうが道徳的に(地球環境的にも)まっとうなのだから。

・フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略
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ワイアード編集長で「ロングテール」概念の提唱者のクリス・アンダーソンが、ネットビジネスの「フリー」戦略を分析した。

「そして二十一世紀はじめにいる私たちは、新しい形のフリーを開発しつつあり、それが今世紀を定義づけるだろう。新しいフリーは、ポケットのお金を別のポケットに移しかえるようなトリックではなく、モノやサービスのコストをほとんどゼロになるまで下げるという、驚くべき新たな力によっている。二十世紀にフリーは強力なマーケティング手法になったが、二十一世紀にはフリーがまったく新しい経済モデルになるのだ。」

実体のあるモノをフリーにするのは限界があったが、デジタルコピーは何百万本でも無料で配ることができる。しかも現実世界の流通と違って、何百万人に配布してもたいしたコストにならない。少数の有料顧客や、ビジネスの受益者が支払うコストによって、大勢に無料で商品やサービスを提供することが可能になった。

著者はフリー戦略を経済学でいう相互補助(他の収益でカバーする)の概念で説明している。フリーではあってもコストは誰かが負担しているのだ。そして相互補助概念による4つのフリー分類と、それらを利用した50のビジネスモデルの具体例をおく。

4つのフリーとはこうだ。

1 直接的内部相互補助
 DVDを一枚買えば、二枚目はタダ
 フリーで消費者の気を引いてほかのものを買わせる

2 三者間市場
 広告などある顧客グループが別の顧客グループの費用を補う。

3 フリーミアム
 無料版と有料版など一部の有料顧客が他の顧客の無料分を負担する。

4 非貨幣市場
 対価を期待しない活動。ウィキペディアや不正コピーなどいろいろ

そしてフリーはネットビジネスの必然の帰結である。

「競争市場では、価格は限界費用まで落ちる。インターネットは史上もっとも競争の激しい市場であり、それを動かしているテクノロジー(情報処理能力、記憶容量、通信帯域幅)の限界費用は年々ゼロに近づいている。フリーは選択肢のひとつではなく必然であり、ビットは無料になることを望んでいる。」

だが相互補助である以上は誰かがコストを支払う必要があるはずだ。

「まず経済面での答えはイエスだ。最終的に、すべてのコストは支払われる必要がある。。ただそこには変化が起きている。それらのコストが「隠されたもの」(ランチのときに、ビールを頼まなければならないといった小さなこと)から、「分散されたもの」(誰かが払うが、たぶん皆さんではない。コストはとてもこまかく分散されているので、個人は、まったく気づかない。)に変わりつつあるのだ。」

少数の有料会員がたくさんの無料会員のコストを負担していたり、無数のユーザーのアクセスが広告運営を可能にしていたり、今は無料で会員を増やし将来の有料化で回収したり、さまざまなフリーのモデルは巧妙に、無料の理由をわかりにくくする。

ネットビジネスではしばしば「ビジネスモデル」が議論されるが、多くの場合、このフリーのバリエーションが、ビジネスを複雑化しているからなのだと思う。フリーを深く理解しておくことが、ネットビジネスの深い理解につながるはずである。

この本には無料のルールが10個紹介されている。9個目は、

「9 フリーは別のものの価値を高める

潤沢さは新たな稀少さを生みだす。100年前には娯楽は稀少で、時間が潤沢だったが、今はその逆だ。あるモノやサービスが無料になると、価値はひとつ高次のレイヤーに移動する。そこに行こう。」

というわけで、とりあえず、これを読んでそこへ行こう。

・実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択
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ナッジ(NUDGE)の本だ。ナッジとは、何らかの選択において、特定の選択肢を選ばせようとする示唆のことである。たとえば、カフェテリアではラインの最初の方に選ばれた料理が自然と多く選ばれる。選挙では投票用紙の一番上に名前が載っている候補者は有利になることが知られている(3.5%増えるそうだ)。特に複雑でまれにしか直面しないような重大な選択(医療や投資、結婚など)において、ナッジはよく効く。

「われわれの言う「ナッジ」は選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素を意味する。純粋なナッジとみなすには、介入を低コストで容易にさけられなければならない。ナッジは命令ではない。果物を目の高さに置くことはナッジであり、ジャンクフードを禁止することはナッジではない。」

行動経済学が明らかにしたアンカリング、利用可能性、代表制などのヒューリスティクスや認知バイアスが解説される。そして、そうした知識の活用法として、社会の重要な場面の選択アーキテクチャーに、人々を好ましい方向に導くナッジを配置することを、著者は提案している。人々の自由選択に任せるリバタリアンと、政府が最良を提供するパターナリズムの中間に、自由選択とナッジによる「リバタリアン・パターナリズム」という方法を提案する。

選挙の前日に投票するつもりかどうかを質問すると、その人が投票に行く確率を25%も高める。今後6カ月以内に新車を買うつもりですか?と質問すると、対象の購入率が35%も高まった。次の週に高脂肪食品を食べるつもりかと聞かれた人々がそうした食品を食べる量は減る。多くの人々はデフォルト(初期設定)をカスタマイズしない。ちょっとした選択アーキテクチャーの工夫で人々は簡単に誘導されていく。

良い選択アーキテクチャーをつくる6原則として、

・インセンティブ
・マップングを理解する
・デフォルト
・フィードバックを与える
・エラーを予期する
・複雑な選択を体系化する

の6つがあげられている(英語で書くと頭文字がNUDGEになる)。

本書では貯蓄、社会保障、信用市場、環境政策、健康・医療、結婚などのテーマで、最良のナッジのあり方が議論されている。社会政策において、ナッジすべき良い方向とはどっちかというのは、一概に決められないのではないかという気もする。だとすると、ナッジという方法論は、為政者のコントロールの道具にもなるものだ。政治の参謀が持つべき策略の知識であるともいえる。それを見破るための市民の持つべき見識でもある。

著者が最後に結論したように、「一定の原則に基づいた選択の自由が尊重されると同時に、緩やかなナッジ」があるような穏健な状況がベストな社会なのだろう。

・人は勘定より感情で決める
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/11/post-1111.html

・アニマルスピリット
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1036.html

・ねじれ脳の行動経済学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-980.html

・世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-955.html

・予想どおりに不合理
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-891.html

・人は意外に合理的 新しい経済学で日常生活を読み解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/post-896.html

・オークションの人間行動学 最新理論からネットオークション必勝法まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-862.html

・ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/07/post-411.html

死体の経済学

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・死体の経済学
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映画『おくりびと』をDVDで見た。感動。山崎努の名演が光る。

・おくりびと [DVD]
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で、この『死体の経済学』は映画で予習してから読むとよくわかる本だ。葬儀業界に詳しいライターによる現代葬儀業界事情。

数年前に祖母が他界した際に、私ははじめて納棺師の仕事を見た。その15年くらい前の祖父の葬式では、そうした儀式はなかったはずで不思議に思っていたのだが、実際、この職業がスキマ産業として成り立ってきたのが10年ほど前からなのだという。葬儀の世界は意外にも"時代の流れ"で変化していくものであることがよくわかる本だ。

日本の葬儀費用は平均231万円だが我々はそれが高いのか安いのか判断ができない。棺桶やドライアイスや祭壇や会場費は、葬儀社のメニューにある金額を払うしかないが、本当の原価はいくらなのか。ちょっと驚いてしまう定価が、この本には書かれている。

「原価の数十倍を請求することが唯一許されたビジネス、それが葬儀なのだ。」

何もないことに意味を持たせるのが儀式であり、お金を払うからこそ意味が出てくるものともいえる。"知らない方がいい"という業者の声も引用されている。葬儀業界には「葬儀屋は月に1体死体がでれば食っていける。月に2体死体がでれば貯金ができる。月に3体死体がでれば家族揃って海外旅行ができる」という有名な格言があるそうだ。

近年は低価格帯の新規参入や、現代のニーズにこたえる新規サービスが次々に登場している。エンバーミング(遺体保存と死に化粧)業者、死臭消臭剤開発にかかわる人々、チェーン展開する遺品整理屋など、業界人へのインタビューと著者の考察がある。ぼろ儲けというわけにもいかなくなってきたのかもしれないが、高齢者の増加は確実で、今後も成長マーケットであることは間違いないだろう。

死体を扱う仕事というのは、必ず誰かがやらばければならないのだけれど、大多数の人はやりたくない仕事だ。この業界は遺族を満足させなければやっていけない。有望ビジネスという視点で参入するにせよ、結果として、遺族を慰めて幸せにする仕事が増え、それに従事してやりがいを感じる人が増えて、さらに関係者が儲かるビジネスが続くなら、いいことだなと思った。

・遺品整理屋は見た
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004753.html

・人は勘定より感情で決める
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今年は行動経済学の本が大流行した。人間の不合理性を明らかにするものが多くてどれも興味深い。しかし多くは学者が書いたものだから、読んだあと仕事にどう活かす?が問題だった。その点、この本は日産の現役マーケターが書いている。行動経済学の諸理論を、実際のビジネスシーンにどう応用するか、実践のヒントが多数示されている。学者の本とは一線を画する実用指向が特徴。

たとえばメールの書き方。同じ事実を伝えるにしても、

「調査で4人に3人が選ばなかったことがわかった」
「調査で4人に1人は選んだことがわかった」

前者だとネガティブな印象、後者だとポジティブな印象になる。物は言いようである。人間の心理バイアスをうまく利用して、交渉を有利に進めたり、対立をうまないですます方法が、数十個の理論に基づいて、提案されている。オークションで同じものをより高く売る説明文の書き方(しかも詐欺的でない)なんてノウハウまで。

諸理論というのは、データの一貫性幻想、コントロール幻想、平均回帰、少数の法則、プロスペクト理論、損失回避性、参照点依存性、感応度逓減性、反転効果、フレーミング効果、属性フレーミング、ゴールフレーミング、リスク選択フレーミング、メンタルアカウンティング、利用可能ヒューリスティック、代表制ヒューリスティック、連言錯誤、アンカリングなどなど。

「それはこういったほうがいいよ、こういう理論があるから」という風に実践で使えば、なんだか賢そうである。(深く突っ込まれたらキビシイが)。営業交渉、宣伝広報などの現場で働くビジネスパースンが、行動経済学から学べるヒントを、手っ取り早く把握したいという人によさそうだ。

・アフリカ 動きだす9億人市場
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かつて暗黒大陸と言われたアフリカが、「施しの対象」としてではなく「世界で最も重要な新興市場の一つ」として、世界経済に台頭する勢いを見せ始めている。アフリカはかつての中国やインドのような、未来の成長市場に変わるという確信で書かれたアフリカ経済の展望の書。

急成長する市場のミドル層「アフリカ2」、人口マジョリティを占める若年層の「チーター世代」、ナイジェリア映画「ノリウッド」の勃興、人間性の経済「ウブントゥ市場」など、アフリカ経済のキーワードを学べる。現地で持続可能な経済を作り出すには、内部に棲みこんだ視点が重要だ。アフリカの国々の個別で特殊な事情は、発展のメリットにもデメリットにもなる。

たとえばアフリカは、通信も金融もインフラが未整備な地域だが、世界でもっとも成長の早い携帯電話市場であるという。2005年にはサハラ以南の人口の60%が携帯電話の通信圏内に入った。2010年には85%まで増える見込み。アフリカ10カ国で携帯電話市場は年間85%以上の成長率を示している。携帯が固定電話やFAXよりも先に来てしまったのだ。

「アフリカなど多くの発展途上地域では、携帯電話こそが初めて手に入れる通信インフラであり、零細企業に事業基盤を与え、地法と世界をつなぎ、知識を広める道具となる。一言でで言えば、携帯電話は経済発展の根幹なのだ。」

アフリカでは全家庭の20%しか銀行口座を持っていない。送金費用は高く、為替レートが不安定だ。金融インフラが未成熟な中で、人々はプリペイド式の通話時間を通貨として流通させているという。携帯で通話時間を購入したり、別の携帯に電子的に送る仕組みを使って、取引を実現しているのだ。携帯があれば銀行店舗やATMがなくてもビジネスができてしまう。

ローカルな習慣に合わせる、利用することが、アフリカ進出の成功の鍵のように見える。モロッコではハヌートと呼ばれる小さな家族経営の雑貨屋が8万店舗あり、地域住民と付け払い制度で信用取引をしているため、外部から大手資本のチェーン店が参入することができなかった。そこへ頭のいい起業家が「ハヌーティ」と名づけた近代的なハヌートのブランドチェーンを組織し、銀行の近代的な金融サービスの窓口として展開して成功している。

韓国のLG電子は、イスラームの犠牲祭という祭日に的を絞ったプロモーションを行った。敬虔なイスラム教徒が子羊を屠る日である。この期間中にLGは年間販売台数の30%を販売した。ラマダンという断食週間にテレビの新番組が始まることに目を付けて薄型テレビを宣伝すると年間売上25%が集中した。里帰りにも着目して成果を上げたりもする。それまで有力ブランドだったソニーを押しのけて年50%近い成長率で拡大してきているという。

インフラの未整備、古い伝統の残存、混沌とした市場環境など、アフリカ経済の特殊な事情は、すべてをアイデアで解決しようとする起業家の魂をくすぐるものがある。アフリカは全人口の41%が15歳以下で(インド33%、ブラジル28%、中国20%)世界でもっとも若い地域だ。現在の人口9億人は次の世代で倍増する見込みである。爆発的成長の素因はそろっている。この混沌とした闇市経済から21世紀後半の大企業が生まれてくるのかもしれない、そんな予感をさせる未来志向の一冊。

・クレイジーパワー 社会起業家―新たな市場を切り拓く人々
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「常識のある人は、自分を世間に合わせようとする。非常識な人は、世間を自分に合わせようとする。ゆえに非常識な人がいなければ、この世に進歩はありえない。」。BOP(経済ピラミッドの底辺)市場でビジネスを興すことで世界を変えようとたくらむクレイジーな社会起業家たちの現状をまとめた本。

BOP市場はアジアだけでも低所得人口が人口28億6千万人で総所得3兆4700億ドル、世界では40億人で5兆ドルといわれる巨大市場だ。しかし、その消費者たちは貧困や飢餓、戦争やテロ、格差や差別、組織の腐敗に苦しむ国の人々であり、先進国の常識的ビジネスモデルはそのままでは通用しない。社会や政治の変革を伴う、非常識なビジネスモデルが必要とされるのである。

市場経済型のアプローチを使って持続可能な発展を作り出す社会起業家たちが30人以上も、次々に登場する。グラミン銀行のムハンマド・ユヌスやノーベル平和賞のワンガリ・マータイなど著名人もいるが、この本ではじめて知ったクレイジーも多い。

性の話がタブーだったタイで、ミーチャイ・ウィラワイタヤは「コンドーム膨らませ大会」や「ミス・コンドーム美人コンテスト」を企画して「コンドーム王」の異名をとり、人々がコンドームのことを「ミーチャイ」と呼ぶまでにもなった。そして、この間にタイの出生率は彼の思わく通り驚異的ペースで低下した。天才である。この事例では、「深刻な問題を早期に発見することと、その明るい面を示すこと」が重要であると著者は総括している。それには型破りな発想が必要なのだ。

起業家オルランド・リンコン・ボニーヤはコロンビアの貧困地域の若者をIT起業家集団に変身させるイノベーションパーク「パケルソフト」を立ち上げた。「パルケソフトで行われているのはあくまで社会的活動で、たまたまその手段に科学技術を使っているだけです。」。社会的な影響力を持つ仕事に従事しながら、起業のチャンスが与えられる環境に多くの有能な若者が群れている。

持続可能なビジネスを強く意識しているのが最近の社会起業家の特徴のようだ。クリーンテクノロジー投資会社の幹部は「ひと昔前の環境起業家を動かしていたのは『地球を救え』の精神でした。それが悪いわけではありませんが、彼らは起業家ならではの規律や厳格さ、投資利益率に対する意識などに欠けている傾向がありました。」と違いを言っている。

ビジネスを意識する人間は自らの報酬だって意識すべきである。「「持つ者」と「持たざる者」の格差は毎日のようにニュースになるが、営利企業と社会的企業の給与格差がニュースで取り上げられることはほとんどない。誰もが「見て見ぬふり」をしているのだ。」と著者が書いているが、報酬は起業家自身の持続可能性の大きな問題でもあるだろう。

新世代の社会起業家によって、システムの転換が行われている重点分野としては、透明性、説明責任、認証、土地改革、排出権取引、価値の評価・測定の6つが挙げられている。営利のビジネスモデルはやりつくされた感があり、新たなビジネスモデルを考案するのは至難の業だが、社会起業、環境起業の領域はまだ手つかずの領域が多いのかもしれない。アイデアが数年間で大きく実るケースが多いように思えた。

・最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/08/10-10.html

・絶対貧困 世界最貧民の目線
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1037.html

・世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/11/post-1105.html

・いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/04/post-964.html

・未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/05/80.html

・誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-821.html

・ビジョナリーカンパニー【特別編】
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/post-403.html