Books-Economy: 2008年8月アーカイブ

・最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?
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元世界銀行の開発研究グループのリーダーで、アフリカ問題のイギリス政府顧問をつとめた著名なオックスフォード大教授の経済学者が、世界の貧困問題の本質を語る。開発をめぐる状況はこの40年間で大きく変化した。かつて開発問題とは10億人の豊かな世界と50億人の貧しい世界の問題であった。しかし、発展途上国の多くが経済成長をはじめた今、世界人口の8割、50億人の大部分は開発が急速に進んでいく国にくらしているという。

その一方で開発に失敗した国々(主にアフリカの小国)は国家経営に破綻しており、今後も自力改善の見込みがたたない。「なんらかの対策が立てられないかぎり、この10億人のグループは今後20年間も世界経済から取り残され、窮乏と不満のゲットー的状況を形づくることになるだろう」。

著者は最貧国の多くがはまった罠に共通点を見いだす。紛争の罠、天然資源の罠、劣悪な隣国に囲まれている内陸国の罠、小国における悪いガバナンスの罠の4つだ。「人々の73%は内戦を経験し、29%は天然資源の収入に支配される国に住み、30%は資源に乏しい内陸国で劣悪な近隣諸国に囲まれている。さらに76%は長期にわたる劣悪なガバナンスと経済政策を体験してきた。」。

最貧国には天然資源に恵まれた国も多い。しかし、掘れば出てくる天然資源のレントに依存することで通常の経済活動の成長がとまる。通貨レートが上がると他の輸出項目が国際競争力を失い。採掘利権を巡って腐敗や紛争が起こる。天然資源の発見によって成長できない「資源の呪い」と呼ばれる失敗パターンに陥っている。サウジアラビアやクエートのように膨大な石油資源で成長できた国は例外的なのである。

従来型のばらまき援助では効果がないという。それを受け取って効果的に使うスキルを持つ人材が最貧国にいないからだ。「独立前夜にある国の小中学校の生徒」のたとえ話がわかりやすかった。クラスの聡明な子供達は国家建設に従事するため行政機関に入る。一方頭の悪いいじめっ子の同級生は軍を志望する。クーデターが勃発し政権を軍が掌握する。将軍達はかつての優等生達を好まないから追い出してしまう。優秀な頭脳は国外へ脱出していく。内発的な改革や成長の道が閉ざされる。

貿易を通じた近隣国との関係も国家建設には重要な環境だ。世界的に見ると隣国経済が1%成長すると自国も0.7%成長するスピルオーバー効果が期待できる。本来は低所得国は安いコストを武器に貿易で格差を縮めていくことができるはずである。EUで低所得国が高所得国に急速に追いついた「収斂」効果として知られる。ところがアフリカの最貧国では近隣国経済も絶望的に貧困であり、利用すべき格差も小さいため、相互的な経済発展もゼロに等しい。

著者はG8各国の政策担当者に向けて、最貧国救済のための、(1)新しい形の援助、(2)軍事介入を含む安全保障、(3)法整備と国際基準や憲章の設定、(4)貿易政策の見直しの4つの提案を掲げる。一時的な援助は焼け石に水だから、最貧国が自力で内側から成長できるように、環境のパラメータを積極的に変えてみようという内容。

最貧国の状況改善のために強硬な介入オプションを辞さないという著者の強い意志が特徴である。ソマリアで米軍に18人の犠牲がでて以降、米軍は軍事介入に消極的だがルワンダでは大虐殺が放置されたが故に50万人が殺された。割ってはいるべきときは入るべきだというのが論拠である。

世界銀行時代の観察とデータにもとづいており論旨明確である。この本はニューヨークタイムズやエコノミスト、タイム誌などが「必読の書」と推薦している。その一方で長期的軍事介入の積極検討などは、著者の経歴もあって白人インテリ・エリートの新たな植民地主義として批判する人もいるようだ。それは本人も意識するところのようで、冒頭で学生時代に自分は「オックスフォード革命的社会主義学生同盟」という、「今ではパロディにもならない」組織に参加していたと告白している。

私は良書だと思う。貧困の悲惨さを感情的に訴えるだけで、現実的施策を示さない開発読本が多い中で、著者の分析的態度には、冷静な外科医のような印象を持った。世界の貧困の病にどうメスを入れるか、権威の意見がわかりやすく示されている。

・Paul Collier
http://users.ox.ac.uk/~econpco/

ポール・コリアー教授のサイト。