Books-Economy: 2009年2月アーカイブ

・21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
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38歳にしてミッテラン政権の大統領特別補佐官になり、ヨーロッパ復興開発銀行初代総裁にもなったフランスの知識人ジャック・アタリ。「ヨーロッパ最高の知性」による21世紀の政治、経済を予測した未来の歴史書。本書はヨーロッパで大ベストセラーとなり、感銘を受けたサルコジ大統領は諮問機関「アタリ政策委員会」を設置した、そうである。

「いかなる時代であろうとも、人類は他のすべての価値観を差し置いて、個人の自由に最大限の価値を見出してきた」とする。自由主義は市場経済を選んだ。歴史上、市場の秩序は9つの都市における9つの形式(ブルージュ、ヴェネチア、ジェノヴァ、ロンドン、ボストン、ニューヨーク、ロスアンジェルス)をたどってきたと総括する。そして、その行き着く先は徹底した個人主義であり、金が全ての市場観である。

アタリによると21世紀には大きな波が3つやってくる。

第一の波 マネーが全てという究極の市場主義が支配する「超帝国」の世界
第二の波 多極化構造における様々な暴力衝突の起きる「超紛争」の世界
第三の波 市場民主主義と利他愛に満ちた「超民主主義」の世界

21世紀はノマド(遊牧民)の時代である。エリートビジネスマン、学者、芸術家、芸能人、スポーツマンなどの超ノマド、貧困者達が生き延びるために移動を強いられる下層ノマド、定住民だが下層ノマドになるのを恐れてバーチャル世界に浸るバーチャルノマド。国家は彼らを誘致し一時的にとどめておく囲い程度に過ぎなくなる。

「超帝国の支配者とは、サーカス型企業の所有者、ノマドとしての資産を保有する者、金融業や企業の戦略家、保険会社や娯楽産業の経営者、ソフトウェアの設計者、発明者、法律家、金融業者、作家、デザイナー、アーティスト、オブジェ・ノマドを開発する者といった人々であり、筆者は彼らを<超ノマド>と呼ぶ。 彼らは男女ほぼ同数で、人数は数千万人ほどである。その多くの者は自営業者で、劇団型企業やサーカス型企業と関わり合いをもち、情け容赦ない競争を勝ち抜いてきた者たちであり、雇われる側でも雇う側でもない。しばしば、同時に複数の職をもち、自分の人生をあたかも株式資産運用管理のように仕切っていく。」

こうした徹底した個人の時代はわがままで自分勝手な人たちの時代でもある。それが超紛争の混沌を呼び、その反動として超民主主義が育ってくるというのが大筋だが、その歴史観のもとに多数の歴史の法則を提唱している。

・巨大勢力がライバルに攻撃されると、勝利するのは、しばしば第三者である
・勝者は、しばしば、打ち負かした側の文化に傾倒する
・世界の権力は、主な富が東側に残っていたとしても、西に向けて移動していく
・専制的な国家は市場を作り出し、次に市場が民主主義を作り出す。」
・テクノロジーと性の関係は、市場の秩序の活力を構造化する
・多くの革新的な発明とは、公的資金によってまったく異なった研究に従事していた研究者による産物である。
・「新たなコミュニケーション技術の確立は、社会を中央集権化すると思われがちだが、時の権力者には、情け容赦のない障害をもたらす。」

21世紀は保険産業と娯楽産業の時代だという予言がある。

「すべての企業と国家は、保障と気晴らしという二つの要求の周辺に組織される。つまり、世の中の不安から守ってほしいという要求と、世の中の不安から解放されたいという要求である。」

最も希少なリソースは時間である。

「市場は<蓄積された時間>よりも生きた時間、工業製品よりもサービスに対する評価を高める。つまり、蓄積された時間の見世物は無料となり、ライブショーが有料となる。例えば、映画は無料となり、映画ファンは劇場の舞台で同じ俳優が演じるシーンに対してマネーを払う。同様に音楽ファイルは無料となり、音楽ファンはコンサートを観に行くためにマネーを払う。本や雑誌も無料になり、読者は著者の講演会や討論会に出席するために編集者にマネーを払う。こうして次第に生活必需品すべてが無料になる。」

テクノロジーは人間の行動を記録する。ユビキタスコンピューティングとライフログデータベースが「超監視体制」を実現する時代には、人の動き、製品の履歴がすべてが企業や政府に把握される。ビジネスとして「監視財」市場は巨大化する。

「隠しごとは一切できなくなる。これまで社会の生活条件であった秘密厳守は、存在意義を失い、全員が全員のことをすべて知ることになる。社会から秘密を知ることへの罪悪感は減り、寛容性は増す。」

かなり過激で奇抜な部分もあるのだが、全般的に深い洞察と刺激に満ちた予言の書である。これまでソ連崩壊や金融バブル、インターネット普及などを言い当ててきたアタリの予測では、2050年頃までの世界や日本の未来は明るくはない。せめてアタリのようなビジョナリが日本にもいてくれるとよいのだが。

どこに未来の市場があるかというビジネスマンの視点で読んでも、かなり面白い本である。

・未来ビジネスを読む 10年後を知るための知的技術
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/03/10-4.html

・二十年後―くらしの未来図
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/04/post-68.html

・歴史の方程式―科学は大事件を予知できるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000778.html

・22世紀から回顧する21世紀全史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000419.html