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「ソーシャルラーニング」入門 ソーシャルメディアがもたらす人と組織の知識革命
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複数の人間が一緒に学ぶことをソーシャルラーニングと呼ぶが、この本はソーシャルメディアを活用した「新しいソーシャルラーニング」を定義、提案する本である。CIA、インテル、IBM、デロイト、シェブロンなど海外の大企業、大組織の事例が多数ある。

「専門家が1回限りのセミナーを行ったり、1日まるごとの研修を行ったりする古典的な企業研修のモデルは、近代化されようとしている。他者との対話から、あるいは業務の中で学びを得るには偶発的なチャンスを最大限に生かすような仕組みが必要である。」

私は企業研修の企画を仕事のひとつにしているが、よく提案するのがワークショップだ。社会人は皆なにかしらのプロだから、インタラクションによって、持っている経験知を引き出しあうことが、一番効果的な実践的学びになると考えている。ワークショップ未経験の企業では、従来の講義形式と違って「上司から遊んでいるようにみられてしまうのでは?」と担当者が懸念する場合がある。しかしそこで意思決定者たちを集めて一度体験してもらうと皆納得する。遊びに熱中するように学ぶのが一番効果的だとわかるからだ。ワークショップではひとりも居眠りをする者がいない。

「学習に関する研究レポートで明らかにされているように、学習者は深く関与すればするほど、学びが効果的になる。言い方を変えれば、学習者が質問をすればするほど、学習が強化されることになる。ソーシャルラーニングは、人々にとって(自分の)質問と、(自分の)答えの両方を容易に見つけることのできる手段であると言える」

いまならばITを活用することでソーシャルラーニングの効果は倍増させることができる。その具体例やキーワードが本書にはたくさん取り上げられている。たとえば社内でネットを活用している企業だったら「メディアシェアリング」や「マイクロシェアリング」の効果は体験しているのではないだろうか。Web上の記事をネタに、ネット上で情報交換をすることだ。

「バックチャネル」という言葉をこの本ではじめて知った。「ライブ・イベントなどの場において聴衆がツイッターやチャットを使って行うリアルタイムのテキストコミュニケーション」を指す。セミナーを聴いている聴衆が、ツイッター上でリアルタイムに議論をするあれである。

「多くの発表者は自分の話を聞かないで他のことをしている聴衆を見ると、発表者を無視しているのだと思うかもしれない。しかし、これは必ずしも実証されていない。多くの人は副次的なことをすることで主目的に集中するものである。"Applied Cognitive Psycology"の調査では、「ながら族」はそうでない人たちに比べて29%多く電話の会話を思い出すことができると報告している。」

教える方と学ぶ方をわけずに、皆でインタラクションして学ぶというスタイルがソーシャルラーニングである。バックチャネルにこそ本質があるような教育もでてくるかもしれない。講師は場のデザインとファシリテーション能力が求められるようになっていくのだろう。

そしてとても響いたのは「学ぶとは、自分のネットワークの質を最適化することである」という一文。ソーシャルメディアによって、より一層、知は人と人の間で創造されるものになっていくのだなあと予感させる内容。

この本の出版記念イベントやります。

「ソーシャルラーニング入門」出版記念「ソーシャルラーニング元年!学びで加速するソーシャル世界」セミナー開催
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/01/post-1569.html

・高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院
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ひたすら"無職博士問題"を世に訴え続ける僧侶で博士の水月昭道氏の本。2007年にベストセラーとなった本書だが、いまだによく話題になるので、読んでみた。

大学院博士課程を修了した人の就職率は約50%。この20年で大学院生は7万人から26万人と約4倍に増え、博士とその予備軍が毎年5千人、その出口からでてくる。しかし、大学にも企業にも博士を迎える就職口は少ない。せっかく頑張って博士になったのに、路頭に迷ってしまうケースが増えているという。

なんだかんだいっても高学歴で恵まれた人たちの話じゃないかと片付けるには状況が厳しいようだ。なんと博士課程修了者の11.45%が"死亡・不詳の者"になっている。人文・社会科学系では19%にもなるという。(日本の自殺率は0.03%程度)。10人に1人が自殺したり行方不明になっているのだ。

博士が就職できないと社会的コストも無駄になる。ポスドク1人育てるのに1億円の税金がかかるという試算が示されているが、社会にとっても宝の持ち腐れ状態になっている。就職できない個人の問題ではなくて、国の大学院重点化政策がつくりだした構造的問題だ、どうにかしなければならないというのが著者の主張である。

アメリカでは博士は専門家として大学以外の公的機関や企業へ就職する道が開けているという。社会に出た後で、時間とお金に余裕ができると博士を取得しにいく人も多い。日本の博士課程は、フルタイムの教員か研究職になる以外の道が狭い。入学時にそれ以外の見通しが与えられていないから、学生側も人生設計をたてにくいのだろう。

「博士号は、大学院で学んだ若者が専任教員の口を得るためのキャリアパスとしての位置づけから、市民社会における豊かさを個々の市民が実現していくことを間接的に助けうるものとして、その姿を変化させていく過渡期に現在があるのかもしれない。」と著者は書いている。少子高齢化の時代、人生を豊かにするための学びの場、生涯教育としての大学院は、学生にとっても大学にとっても、たいへん魅力的だ。学問分野にもよるが、博士の社会的な位置づけを変えていくことが重要か。

それからどうせ不安定な雇用ならば、ベンチャーとのマッチングもよさそう。シリコンバレーのITベンチャーでは、チーフサイエンティストなどの役職で、理系の博士人材が活躍している。以前米YAHOO!やGoogleを見学しに行ったら、説明に出てくる人が、情報系の博士で元○○大の先生だったという人が珍しくなかった。日本のベンチャーでは専門を活かした博士人材の登用が非常に少ないように思う。

企業側が博士を受け入れるための研究職をわざわざ作るというのは難しい。博士の側が、専門性を応用すると具体的に何ができるかや、研究活動における能力の高さ(情報収集や分析、プログラミングなど)を、企業の側にもっとアピールする必要があると思う。

・新書で大学の教養科目をモノにする 政治学
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公務員試験対策に使われていた人気テキストに加筆修正して新書化。コンパクトながら政治学全体の流れをつかめる構成。ポスト3.11やら総理交代やらで、改めて政治について考えてみたくなるときに、ちょうどよいと思って手に取った。

政治とは何か、権力とは何かという基本的な概念の説明から始まって、マキャベリ、ホッブズ、ロック、モンテスキューら近代国家の原理を造った思想家たちの政治思想の整理
、そして議会主義、権力分立の原理と具体例、日本及び諸外国の特徴、近代国家の理念が建前と化した現代大衆国家の特徴といった解説が並ぶ。

たとえばイデオロギーという概念の説明は、「イデオロギーというと、一般に政治思想、それも社会主義や共産主義あるいはファシズムといった急進的な思想について用いられることが多い。しかし正しくは、イデオロギーとは私たちの誰もがなんらかの形で抱いている世界観のことである。もう少し厳密に定義するならば「人間、自然、社会等についての一貫性と論理性をもった表象(イメージ)と主張の体系」ということになる。」と、とてもわかりやすい記述。

そして、そうした解説を受ける形で、要所要所に「例題」「ポイント」がおかれており、「現代民主政において、正常な政治と腐敗した政治を区別する基準は何か、またそれを正す手法について、その有効性と限界を述べよ。ただし、歴史と現状にも必ず触れること」のように大学の一般教養試験問題のような出題もなされる。新書であるが参考書みたいな形式だ。

ブログやツイッターで国民総評論家時代の今、無用で的外れな発言をしないためにも、今の政治を批判する前に、前提となる基本知識を整理することって重要だと思う。

・読書感想文がラクラク書けちゃう本―宮川俊彦のオタスケ授業 (日本一の教え方名人ナマ授業シリーズ)
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ドラえもんとのび太くんととっちゃまんによる小学校中・高学年向きの参考書。低学年の息子に読書感想文の書き方を教えてやろうと思って父親視点で読み始めたが、読書感想ブロガーの私が参考になってしまった。なかなか、いいことが書いてある。

書きだしのテクニックや「感想ワード」や「展開ワード」を使って、子供たちがまずは原稿用紙を埋める方法を教える。「本との出会いから入る」「もしも」「主人公への手紙」「ベタボメ」「セリフ抜き出しの術」「表紙がいいとかまわりからせめる」など。

そして、起承転結的な、たくさんの構成テンプレートを紹介している。11項目からなる「とっちゃまん式組み立て理論」など、大人でも本の紹介に役立ちそうな形式がある。

小手先のテクニック指導だけじゃないのも好印象だ。

たとえば、例文として

「ぼくは『マッチ売りの少女』を読んだ。こいつってばかじゃん、と思った。」

とか

「『桃太郎』は、みんながよく知っているむかしばなしで、桃太郎がおにたいじに行く話だ。 この本のテーマは、「おにたいじをすることが正義だ」「正義の味方の桃太郎はエライ」ということなのかな。ぼくはちがうと思う。桃太郎は、みんなにほめてほしかっただけで、正義の味方なんかじゃないと思う。」

で始めていいんだよ、自分なりの感性を伸ばしていく延長にいい感想文があるよと教えている。巻末FAQの「先生にほめてもらえる感想文が書きたい!」という質問への答えが気が効いている。著者の答えは「「いい子ちゃん感想文」を書くか、書きたいように書くかだ」。ちなみに「いい子ちゃん感想文」とは、たとえうそでも感動したと書いて、自分の気持ちと主人公の気持ちをかさね合わせ、反省と目標を書く。テーマは家族、友情、自然破壊などにし「これから~したい」という文章を入れて、いちゃもんをつけないことだよ、と、ちゃんと教えている。

ドラえもんがあんまり活躍していないのが気になるが、とっちゃまんはなかなか為になることをいう。正体は国語作文教育研究所所長らしい。なるほどね。

・国語教科書の中の「日本」
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いやあ、おもしろいなあ、痛快だな。子ども時代からのもやもやがすっきりしていく。昔からそうだったよ、国語の教科書は。

著者は、小中学校の教科書を精査し、国語教育が「古き良き日本」ばかりを教える偏った道徳教育になっている実態を批判する。私の頃もそうだったがトップシェアの光村図書の教科書を中心に、そこは保守イデオロギーの塊なのだ。

「光村図書の『こくご 上』を読んでいたときのことだ。小学校に入学してはじめて手にする国語の教科書である。だから、「あいうえお」を学ぶことになる。それに例示されているものが気になったのだ。「あ」は「あめ・あり・あひる」、「い」は「いす・いるか・いのしし」、「う」は「うし・うみ・うちわ」、「え」は「えき・えほん・えんとつ」。いまの子供が「うちわ」や「えんとつ」にどれだけのリアリティーを感じるだろうか。しかし、もっとおかしいのは「おけ・おに・おの」。どれも「古い日本を象徴するものばかりなのである。」

「動物に関する教材」が多く、全体として「自然に帰ろう」で「都会生活の無視」は国語の教科書のパターンのひとつだそうだ。高学年になってくと保守イデオロギーは、どんどん顕著になっていく。いまだに母親は「かっぽう着を着て、白いてぬぐいをかぶっている母」のイメージがまかり通っており、戦争中や戦後は「物の豊かさ」はなかったが「心の豊かさ」はあったことになっている。そして「過去から現代、そして未来へと暮らしは変化していくが、人々の心は同じはずである」という「心」に関するメッセージ。

私の小学校時代の国語の記憶といえば井上靖の『しろばんば』だが、あれも田舎で昔はよかったという話だ。教科書に頻出する「少年時代の思い出」や「父親の不在」「田舎の生活」で典型的要素たっぷりの作品だった。

著者はこうした偏りを指摘するが、出版社の編集者や教科書の編集委員を批難するわけではない。「おそらく意識しないで「自然」な感覚で編集したらこうなってしまったことこそが大きな問題」だとしてイデオロギーの恐ろしさを指摘する。

相対化し、客観化し、批判的に見る能力を養うべきだというのが著者の教育への提案のようだ。曰く日本語に「正しい」も「美しい」もないし「乱れ」もない。基準がないのだから主観に過ぎない。「古き良き日本」の保守イデオロギーは教科書に浸透し、子供たちに偏ったパラダイムを植え付けるている。さらには受験勉強で求められる正解としての答えとして、思考回路に刷り込まれていき、多様な解釈の可能性を阻む。

国語に置いては「論理的思考力」もまた相対的なパラダイムのひとつに過ぎないという。
「「論理的思考力」は普遍的なものだと思い込むと、「あなたは論理的ですね」「あなたは論理的じゃあありませんね」という振り分けが必ず起こってくる。そうではないのだ。パラダイム・チェンジによって「論理も変わるということが理解されていれば、「あなたの言っていることはこういうパラダイムの中でならば論理的ですよ」という教育ができるはずだ。」

ここに著者の教育観の真髄がみえる。いろいろな道徳がある、いろいろな価値観がある、ということこそ教えるべきことだという意見に、天の邪鬼な子供だった私(今でもか)はものすごーく共鳴してしまうのである。

正解はひとつじゃないと教えるのが難しいという教育の現場の問題はきっとあるのだろうけれども。

・おそらに はては あるの?
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子どもを理系に導くならこの絵本がおすすめ。小学生くらいがいい。

"おそらに、はてって あるのかな。
 それとも、はては なくて
 どこまでも どこまでも つづいているのかしら。
 よるの ほしぞらは
 はてしなく どこまでも どこまでも
 つづいているのかしら。

 あなたは どちらだと おもいますか?"

もしも宇宙が無限の広さを持ち、星が無限にあるならば、夜空は星の光りでみたされてしまうのではないか。1826年に提唱された"オルバースのパラドックス"を材料にして宇宙論の研究者 佐治晴夫教授がつくった子供向けの絵本。

オルバースのパラドックス自体は現代ではその前提が否定されているが、この本では、こどもに宇宙の果てがあるかもしれないことを理論的に想像させる、知的な道具として実に見事に使っている。親もいろいろと考えることができて名作だとおもう。

うちの息子も小学生になって、理系の資質をあらわしはじめている。先日の寝る前の質問は「4次元とか5次元とかはあるの?」だった。私は得意になって「いや実はだな、最新の物理学によると、この世界は11次元なんだ。3次元+時間で4次元あるよね、で、残り7次元はすごいミクロのレベルで折りたたまれていて、人間にはわからないんだよ」と本で読んだ知識を答えてやったら不満そうな顔で寝た。この疑問をすっきりわからせる絵本ないかなあと探している。

・日本のすがた 2011―日本国勢図会ジュニア版 表とグラフでみる 日本をもっと知るための社会科資料集
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世の中全体が日本再生を考えるムードですが、まず日本の基本的なすがたを俯瞰することが重要であると思います。

この本は小学校高学年から中学生を対象にした社会科資料集。日本の産業、経済、社会の各分野の基本的な成り立ちと現在のすがたをデータで示します。小学生の学ぶ情報ではあるのですが、不勉強な私は結構な再発見、再認識がありました。

たとえば、

1 農業就業人口の平均年齢は66歳

農業就業人口は1955年から2005年までの50年間で5分の1の261万人にまで減りました。驚くべきはその年齢構成で、65歳以上が全体の62%を占めて、平均年齢で66歳になるという事実。就業人口は減り続けており、少数ながらあらたに農家を始めた人も、半数が60歳以上という状況。

2 日本の国土は70%が森林におおわれています

そんなに広かったかと思いました。3分の2が針葉樹で3分の1が広葉樹。輸入木材におされて価格下落し伐っても採算がとれない状況。国土の7割が有効に使われていないという見方もできます。どうしましょうか。

3 2008年に世界で生産されたパソコンのうち97%は中国製

グラフを見ると2000年くらいから中国が急激な成長カーブを描いて、他国を抜き去りました。2008年時点で中国2.7億台、日本780万台。日本製のパソコンはもはや激レアなのですか、私使ってますが...。

4 1950年、発電エネルギー源は水力81.7%、火力18.3%だった

今話題のエネルギー源ですが過去を振り返ると60年前は水力が圧倒していたのですね。1960年になると水力と火力が半々になり、1980年代にやっと原子力が10%を超えて登場します。2009年では水力7.5%、火力66.7%、原子力25.1%。火力の6割台という数字は80年くらいから大きくは変わっていなくて、水力が減った分、原子力が増えたという構図。

小中学生向けの参考書なのに、メモをいっぱいとって、考え込んでしまいました。

専門家の解説よりも前に、事実をみて、ひとりで考えてみることができる大人にも勉強になる本です。

しかし、なんで表紙がiPadなんだろう。内容はまったく関係ないのですが...。

・こんなに違う!世界の性教育
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「人と人との基本的な関係を教える性教育には、その国で国民一人ひとりがどう扱われているかが投影されます。また、きれいごとでは済まされない、その国の背負ってきた歴史や切実な現実も反映されています。つまり、ある国の性教育を見れば、その国の歴史や文化、社会のなりたちなどが透けて見えてくるのです。」

アメリカ、オランダ、フィンランド、イギリス、ドイツ、オーストラリア、カナダ、タイ、中国、韓国、日本。各国の性教育に詳しい日本人研究者が一章を担当して丁寧に執筆している。各国の性教育の教材、教科書も紹介される。

世界の性教育の先進国はオランダである。5歳から性教育を学校で教える。同性愛と結婚、ドラッグ、尊厳死、セックスワーカー。オランダはこれらすべてを合法化した自由の国。だが透明化して、情報をきちんと与えることで、10代少女の出産・中絶率、マリファナ使用率も実は低い。超早期の性教育は「寝た子を起こす」にはならなかった。

性教育はお国柄が表れる。推進派と反対派がぶつかるイギリスでは性教育は義務にも関わらず親が授業を退席させる権利を持つ。ドイツには東西格差がある。禁欲教育をめぐり揺れるアメリカ。オーストラリアではインターネットサイトが性教育をサポートする。中国では専門誌「人之初」が国民的人気。マイノリティに優しいカナダでは性の多様性教育に力を入れる。

HIV大国でもあるタイはコンドームキャンペーンが有名だが、エイズ予防キャンペーンで実施した「水の交換」もわかりやすいワークショップだ。参加者数と同じ数だけ水の入ったカップを用意し、そのうちの2つだけに無色透明の水酸化ナトリウムを入れておく。これがHIVウィルスの代わりだ。そして皆でカップを手に持って3人の相手と数滴だけ水を交換する。フェノールフタレインをたらすと水酸化ナトリウムが入ったカップの水は赤くなる。ほんのわずかな回数の交換でHIV感染が全体に広まっていくリスクを実感できる。

日本は性教育ではどちらかというと遅れている国だ。ヨーロッパ諸国の15歳の性交経験率は男子平均30%、女子24%だが、日本では男子7.2%、女子9.4%と遅いからということもあるだろうし、同性愛や性同一性障害に対する認知の低さも原因にあるようだ。中学校での性教育の時間は保健の授業内でたった3時間しかない。そういえば私もあまり受けた記憶がないのだ。

日本は貧しい性教育にも関わらず、中絶やHIV感染はさほど社会的な問題となっていない。メディアを通した接触でどうにかこうにか中学高校あたりで独習しているということなのだろうか。同性愛者の受容度は高いとは言えないあたりが問題といえば問題ですかね。

・ワークショップ―新しい学びと創造の場
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「「ワークショップ」とは、まだまだ聞き慣れない言葉かもしれない。もともとは「共同作業場」や「工房」を意味する英語だが、ここ数十年の間に、「先生や講師から一方的に話を聞くのではなく、参加者が主体的に論議に参加したり、言葉だけでなくからだやこころを使って体験したり、相互に刺激しあい学びあう、グループによる学びと創造の方法」として欧米から世界中に広がってきた。」

今のように未来の不確実性が高いときほど、分析的アプローチよりも創造的アプローチが活きてくるものだと思う。教育や企業活動の場で、ワークショップ=参加体験型グループ学習の人気が高まってきたのを感じる。私もこの本が出た2000年初めころから、ワールドカフェなどのイベントを主催するようになった。最近特に頻度が増えている。

コミュニケーションの中に解決を見出すワークショップを、著者は「人にとっての根源的な喜びを内在した魅力的な方法」と説明しているように、参加者の満足度が高く、アイデアも広く受容されやすいものが多く出てくる。こたえをつくりだすワークショップは、数学の問題は解決できなくても、社会的な解決法は話し合いで作りだすことができる。


アート系、まちづくり系、社会変革系、自然・環境系、開発教育系など、国内、海外のさまざまなワークショップが紹介されている。「絶望と再生のワークショップ」「つながりを取り戻す」などドラマチックで精神性の高いワークショップ、瞑想や野外体験を含めた体を動かすワークショップも多くあって、もうちょっとビジネス系のワークショップしかみていない私には新鮮だった。

ワークショップにおける議論による創造には「共有」、「拡げる」、「混沌」、「収束」という4プロセスがあることや「知恵も力も関係の中から生じる」に深く納得。ワークショップを活動に取り入れてみたい人、ファシリテーションに悩んでいる人におすすめ。

・「言語技術」が日本のサッカーを変える
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日本サッカーに足りないのは自己決定力と、その基盤となる論理力と言語力。「ディベート」や「言語技術」の講義、各界著名人の講演などの体験を通して、賢いサッカーエリートを育成しようという、日本サッカー協会副会長の画期的トレーニング論。

先日、ご本人の講演も拝聴したが言語技術の教育は「サッカー以外でも役立つから」というのではなく「サッカーに直結するから」やっているのです、という言葉が印象的だった。世界で勝つためには、論理思考とコミュニケーション能力が必須なのだそうだ。

「論理力も表現力もない選手とは、語弊があるかもしれませんが一言でいうなら「スポーツバカ」です。かつての日本のスポーツ界は、たしかに考えることや表現することを、あまり重視してきませんでした。根性や体力で勝負すればいい、という雰囲気が蔓延していました。たとえば中学から高校に上がる時には、「おまえ勉強するのか、それともスポーツを選ぶのか」という二者択一を迫ったし、進学校は進学校で、「うちは勉強ができる生徒たちの学校だから、スポーツは弱くてもいい」と開き直ってきたのです。」

日本の選手はいざというときに監督に指示を仰ぐが、強豪国のエリート選手は各自の論理的判断で自律的にプレーをすることができる。言葉を使って論理的に考えることができるかどうかが試合での決定力につながって差がでる。

「いまの若者たちは、すぐに"きもい""エロい""うざい"といった簡単なことばを使ってコミュニケーションを取ろうとします。普段は、どこが、どのように「気持ち悪いのか」、誰が、どのように「エロティック」なのかを、論理的に突き詰めて考えるという習慣を持っていません。」

あいまいさを指摘する「問答ゲーム」、状況分析や論証力を鍛える「絵の分析」、耳で聞いた物語を要約する「再話」、ディベート。言語技術のトレーニングを、ジュニア選手や指導者に行う実践ドキュメンタリがある。

そしてエリート教育論。2001年に著者がU17日本代表監督としてヨーロッパ大会にでかけたときの話。合宿で朝食のテーブルに髪ボサボサでポケットに手を突っ込みながら「チーッス」という日本選手。びしっと整髪して、揃いのポロシャツをズボンにきちっとしまって礼儀正しい強豪国の若者たち。この時点で「勝負あった」と負けを悟ったそうだ。そして、日本に欠けているエリート教育の必要性を実感し、礼儀作法から意識改革を開始した。

日本のサッカーが強くなったのは、こうした十年以上にわたる教育トレーニング方法の改革の成果といえるのだろう。本来はサッカーを強くするための教育論だが、ビジネスマンや親が読んでも参考になる内容が多くて面白かった。

昨日紹介した漢字を拡大表示する、でか文字は便利ですが、形はわかっても、書き順はわかりません。ホワイトボードでせっかく難しい漢字を書けようになったのに、筆順がおかしいなどとつっこまれては残念です。

常用漢字筆順辞典は、漢字の筆順を教えてくれるiPhoneアプリです。実は常用漢字以外も収録していて5648字に対応しています。

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漢字を指でなぞると、次はココというように筆順をインタラクティブに教えてくれてわかりやすいです。

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漢字に関するデータもあります。音読み訓読み、例、部首名など。習得学年情報もありますから、漢字が書けない友人をみつけたら、それって「小学校(中学校)で習う漢字だよ~」、と正しく愛の鞭を入れてやることができます。

直接入力、部首や字画数などから漢字を選ぶことができますが、読みも部首名もわからない漢字の場合には、手書き入力をすることもできます。

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結構この漢字の認識率が高い。パナソニック株式会社の手書き文字認識エンジン"楽ひら"というエンジンを採用しているそうです。

常用漢字筆順辞典 | 5648漢字 音訓読みデータ追加版 - NOWPRODUCTION, CO.,LTD

・どんなかんじかなあ
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やられた。これは凄い。大人が感動する子供向けの絵本。

目が見えないってどんなかんじかなあ

耳が聞こえないってどんなかんじかなあ

主人公の少年ひろくんは、障害があるって、どんなかんじかなあと疑問に思った。

それで、目が見えないまりちゃんの気持ちになって、目をつぶってみる。それまで意識しなかった音が聞こえる。耳が聞こえない友達のさのくんの気持ちになって、耳をふさいでみる。それまで見えていたのに気がつかなかったものがみつかる。

"だからまりちゃんにあったときいったんだ。
「みえないってすごいんだね。
あんなにたくさんきこえるんだものね。
みえるってそんだね。
ちょっとしかきこえてないんだものね」
まりちゃんはわらって、こういった。
「ひろくんって、かわってる」"

障害という難しいテーマ。

この話に、教育的見地からは、どういう落とし所をみつけるのだろう?と大人の読者の私は、メタな関心で途中から、ちょっとハラハラして読んでしまったわけですが、アクロバチックに見事な着地点を見出します。ぐっときました。これは純粋に子供向けの絵本ですが、深い意味は大人にしかわからないかもしれません。

著者は元女優、テレビタレント、歌手、声優、元参議院議員の中山千夏。女性問題、反差別・反戦などの市民運動に取り組んだ経験を持つ作家ならではの、考え抜かれたメッセージの作品化に、思わず唸ります。

・iPadで教育が変わる
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中学受験進学塾の経営者でカリスマ講師の著者が、iPadを早速教育現場で実践してみましたというレポート。自分はITに詳しい人間ではないと最初に白状しているが、実践した経験を生徒の感想と合わせて、良い点も悪い点もオープンにしているところがよかった。仮説や予想ではなく迅速のフィードバック第一波なのだ。

実際にやってみた経験から、

・授業が紙の資料を使った時より早く終わってしまう
・画像や動画で子供たちの理解が進んだ
・子供たちが「紙に書かないとおぼえられない」という意見を出した
・小学校低学年には向かない
・見る、聴くに優れるiPad、書く、読むは課題
・重い紙の教科書を持ち歩かないで済む

などたくさんの事実や判断がでてくる。こどもたちの授業後のアンケート結果も公開されている。教員たちはデジタル教科書導入による負担の増加を不安に思っていたり、それらを使った理想的な授業を思い描けないでいることなどが明かされている。

本書でも紹介されているが、有識者が組織するデジタル教科書教材協議会では、次のような目標を掲げているそうだ。

デジタル教科書・教材の3つの目標と 10 の条件(試案)16
http://ditt.jp/about/aim

■デジタル教科書・教材で実現する3つの目標

全ての子どもに与えよう。
1 どこに住んでいても世界中の知識に触れる機会を。
2 創造力、表現力、コミュニケーション力を育む最高の環境を。
3 友人、先生、家族とつながる手段を。

■デジタル教科書・教材の機材が備えるべき 10 の条件

1 小学一年生が持ち運べるほど軽く、濡らしても、落としても壊れにくい。
2 タッチパネル。
3 8ポイントの文字がしっかり読めて、カラー動画と音楽が楽しめる。
4 無線でインターネットにアクセスできる。
5 学年別に全ての教科書が納まる。
6 作文、計算、お絵かき、動画制作、作曲・演奏ができる。
7 学校でも家庭でも使える。
8 学校でも家庭でも手に入れやすい価格。
9 電池が長持ちする。
10 セキュリティ・プライバシー面で安心して使える。

試案としてだいたいよいのではないかと思うが、本書の内容のように、今は実践とフィードバックで、方向性を探っていくことが大切なように思った。

デジタルハリウッドも参加する

電子書籍を活用した教育スタイル創造研究会
http://blog.study.jp/digitalbook/

という団体もあって、実践とフィードバックで研究している。

・ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命
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梅田望夫氏とMIT教育イノベーション局シニアストラテジストの飯吉透氏によるウエブを使った開かれた教育=オープンエデュケーションの可能性に関する論考と対談。教育者が必読なのはもちろんだが、ITビジネスに関心のある人にもおすすめ。

梅田氏の本はよく読んできたし、進化論の信奉者なのだが、この本で遂に梅田3.0への進化を感じたのが次の一節である。米国で起きたことが日本に時間遅れで波及するという原則について語った部分。

ちょっと長く引用すると、

「しかし最近になって思うのは、「経済のゲーム」で牽引される娯楽(エンタテイメント)、メディア、ビジネス、コミュニケーション、生活の利便性向上(ショッピングなど)といった分野おおむねそうだと考えてよいのですが、どうも「知と情報のゲーム」については、これまで抱いていたアメリカ発「時間遅れ」普及仮説が働きにくい、ということなのです。

そしてそれは、「知と情報のゲーム」のけん引力となっている信念が、欧米の「表現の自由」「学問の自由」「教育を受ける権利」といった人権思想や民主主義思想、特にアメリカ建国以来の思想を強く踏まえてのものだからです。普遍を身にまとってはいても、この信念は欧米近代以来のイデオロギーそのものと言えます。ですから、「知と情報のゲーム」については、「アメリカで起きることは「時間遅れ」で他の国々でも起こるだろう」という仮説から離れなければならないと、いまは考えるようになりました。」

梅田氏は、かつて「ウェブ進化論」で自らが予言したような2.0化が日本で起きないことに「日本のウェブは残念」といって、日本のネットコミュニティで顰蹙を買ってしまった事件があった。その残念だと嘆いたのが、まさに例外の分野だったのだと思う。

オープンコースウェアの実態、教育向けのマネジメントシステム(しかもオープンソース)、オンラインの高等教育機関、メタユニバーシティとクラウドカレッジ構想、iPadの活用状況、など、多くが初耳の米国の教育の最新動向がびっしり詰まっていた。

オープンエデュケーションとは、オープンテクノロジー、オープンコンテンツ、オープンナレッジの3つの要素からなる。ウェブで教育資源を誰もが使えるようにすることで、いま起きつつある変革について書かれている。

世界の一流大学と同じシステムやコンテンツ、ノウハウが誰でも自由に使えるというのは、凄いチャンスだと思った。つまり誰でもウェブ上で大学のようなものを作れるということではないか(入学者がいるかどうかはともかく)。メーリングリストやSNSのグループを作る感覚で、個人が大学をボコボコつくりだしたら、ブログと一緒で珠玉混交だろうが、中には凄いのも現れるのではないか。

たとえばこの著者の二人による梅田・飯吉教育大学とかあったら入学してみたいなあ。

・ホワイトハウス・フェロー―世界最高峰のリーダーシップ養成プログラムで学んだこと
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「ホワイトハウス・フェロー制度は、アメリカに存在する研修制度のなかで明らかに最良のものだ。世界で最も優れた研修制度と言ってもいいかもしれない。この表現はまったく誇張でない。私たちフェローがどういう経験をするか考えてみてほしい。私たちはアメリカ政府の中枢で一年間過ごす。どこへでも好きな場所に出張し、誰でも好きな人物と会える。週に三日はアメリカの最重要人物たちと食事をし、質問したいことはなんでも質問できる。こんな制度は世界のどこにもない。まったくない。」元国務次官補、元ホワイトハウス・フェローのダニエル・サリバンの言葉

とてつもなく厳しい選考試験で選ばれたアメリカの若きエリート十数人が、一年間、政府の最高レベルの中枢で働く機会を得る。彼らは大統領や省庁のトップを補佐しながら、本物のリーダーシップを学ぶ。

研修期間終了後フェローたちは政府や民間から引く手あまたであり、多くが若くして要職についている。フェロー時代につくったVIP人脈とフェロー同士のつながりが、彼らの人生を強く後押しして行く。米国のエリート高速道路の最たるものだ。

ホワイトハウス・フェロー制度で、二十五年間、最終選考会「セレクション・ウィークエンド」に関わった委員によると、審査では、

第一に明晰な文章力、第二に協調性、第三に自己中心的でないこと

の三つの資質を注意してみていたそうだ。一つめは、明晰な文章を書く人間は明晰な思考能力を持っているからだそうだが、意外にも二つめと三つめは人間的な資質が問われている。能力の優秀さは選抜過程で十分に証明されているから、あとは人間性を、ということなのかもしれない。

コリン・パウエルを補佐したフェローは、「ワシントンには、頭のいい人間などいくらでもいる。大事なのは、人々にどういう感情をいだかせるか。リーダーが成功するかどうかのカギを握るのがその能力だ。自分の有能さを見せつける必要などない。リーダーに必要なのは、部下とコミュニケーションを取り、部下のやる気を引き出し、部下に気を配り、参加意識を持たせることだと、パウエル長官は教えてくれた。」と語っている。

元フェローたちが大統領や要人たちから学んだことが、彼らが体験した緊張と感動のエピソードとともに、たくさん紹介されている。やはりそこには非凡なリーダーがいるからなのだろうが、ホワイトハウスのオーラも関係がありそうだ。『教育力』で斉藤孝氏が「教育の根底にあるのはあこがれの伝染である」と書いていたが、学ぶ側の高揚感、緊張感というのはなににもまして教育効果を高めている気がする。

・教育力
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/04/i-1.html

・ホワイトハウスの職人たち
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/11/post-486.html

・ホワイトハウスの超仕事術―デキるアシスタントになる!
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/08/post-432.html