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人形浄瑠璃や歌舞伎で有名な近松門左衛門『曽根崎心中』を角田光代が翻案、初の時代小説として発表した。素晴らしい出来。まずはこれを読んでから浄瑠璃や歌舞伎を見るといい。感情移入しやすくなる。
曽根崎心中は江戸時代の大阪で起きた事件がもとになっている。天満屋の遊女の初と、醤油屋の手代・徳兵衛が出会い、激しい恋に落ちる。徳兵衛は働いて、初を身請けしようとするが、悪い友人に騙されて、すべてを失ってしまう。絶望した二人はあの世で結ばれようと心中をする、という内容。
この小説は主役の初の主観視点で描かれている。背筋に電気が走るような二人の出会い。男に惚れるなど愚かしいと思っていた初が、すべてを投げ出してもいいと思う運命の恋に落ちていく、女心の変化。現代小説の手法で、300年前の作品を現代人の共感を呼ぶ作品として見事につくりかえてしまった。
ふたりが育む愛情や天満屋や女郎友達とのそれなりに温かい関係の明るい部分と、逃亡女郎の陰惨な折檻や、少女時代の厳しかった人間関係、剃刀を使った心中のシーンなど暗くてじめじめしたシーンのコントラストがすごく官能的。
冗長に思える部分がまったくなくて、とてもピュアに短く激しい悲恋を描いている。原作の翻案が大成功している。
・ツリーハウス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/post-1498.html
角田光代の大傑作長編。
ディズニーの映画化が決まっているのでトワイライトやハリーポッター的な大ブームを起こすかも。
娯楽性と哲学の両方があってたいへんおもしろいSFファンタジー。
地球温暖化で一度滅びた人類は、同じ過ちを繰り返さないように、すべてをコンピュータと官僚機構が決定する完璧な管理社会をつくりあげている。人々は人生のすべてを決められた通りに生きる代わりに、予期せぬ不幸、病気や事故はなくなった。この世界では人は定められた日に生まれて、定められた相手と結婚し、定められた職業に就いて、やがて子を生み、そして80歳の誕生日に死んでいくのだ。あらゆる行動は監視され過度な自由意志と一切の私有は法律で禁じられている。
決められた法律、役人の命令には絶対に従わねばならない。公共の場所を走ってはいけない。紙に絵や文字を書くことさえ禁じられている。違反行動を繰り返すものは逸脱者、異常者に分類され、重労働を割り当てられたり、野蛮な"外縁州"へ追放される。この世界の住人は必ず青、緑、赤3つの錠剤を携帯することを義務づけられている。青と緑は気持ちを落ち着かせる薬。赤は役人が命じたら飲まねばならない薬。その効果は知らされていない。秩序は人々が権威を信じ、規則を守ることによって保たれている。
結婚相手を知る儀式の季節を迎えた17歳の少女カッシアは、マッチングを管理するシステムの手違いで、一瞬間違った相手の顔写真をみてしまう。その後、本来の相手との幸せな交際期間が始まるが、カッシアの心は、一瞬だけみた男性のことを忘れることができない。少女の心に芽生えた小さな違和感は、やがて選択の自由と、本当の愛を求める苦しい旅のはじまりにつながっていく。
あらかじめ敷かれたレールを歩かされることへの反発の時代でも、最初から個性的であることを求められて困惑する時代でも、若者が真に自由に生きるというのは難しい永遠のテーマだ。ユニークな舞台設定と魅力的なキャラクターがそろっており、3部作の第1作だそうだが、今後の展開に超注目のおもしろ作品。
私を離さないで
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/09/post-449.html
映像化されたディストピア小説としてはカズオ・イシグロの『私を離さないで』と似たようなテーマ性であるが、カッシアのほうが軽やかで希望がある。こちらのほうが流行るのではないか。
これは大傑作。
南北戦争前のヴァージニア州マンチェスター郡で黒人奴隷のオーガスタスは一生懸命に働いて金を貯める。所有者の白人ロビンズから、自分と家族の自由を意味する解放証明書を買うために。そして家長の必死の思いが実って一家は自由の身になった。しかし、少年の頃、ロビンズに可愛がられて育ったオーガスタスの息子ヘンリーは、成長すると黒人奴隷を購入し、奴隷制を嫌う両親と激しく対立する。(黒人が黒人を奴隷として所有することができたという史実にもとづく)。
独立した青年ヘンリーは奴隷を増やし、農園経営で経済的な成功を手にするが、ある日、妻カルドニアと大勢の奴隷を残して突然に他界してしまう。残された妻も彼らを解放することはせず、古くからいる黒人奴隷のモーゼズと逢瀬を楽しむようになる。
人間が人間を所有することが公に認められている世界。白人が黒人を奴隷として所有するだけでなく黒人が黒人を奴隷として所有する。親が子供を奴隷として所有する。愛人を奴隷として所有する。所有者が別の所有者へ商品として売り飛ばす。そんなことが平然と行われていた世界で、ヘンリー周辺の数十人の黒人奴隷たちの過酷な人生を描く壮大な群像劇。
奴隷制度というのは人類史上あらゆる地域で古代から、最近まで一般的に存在していた。人が人を所有しない歴史の方が短いのだ。ここに描かれた奴隷達の境遇は人間にとって何千年間も普遍的にあったドラマなのかもしれない。そして著者は、法律と観念に縛られた不自由な人間たちの人生を、時空を俯瞰した神の視点から物語を記述する。それはまるで私たちが信じている自由や意思もまた相対的なもので、運命から逃れることはできないちっぽけな存在なのだとでもいうように。
長編だがこれといった歴史的な大事件と言うのは起きない。淡々と奴隷の日々を綴っていくだけだ。だが所有者に生殺与奪の権利を持たれている奴隷にとっては、手際が悪くて主人を怒らせたり、命令書を持たず外出して逃亡と間違われたり、などという小さな過ちが命取りになることもある。日常がずっしり重たい。
ピュリツァー賞、全米批評家協会賞、国際IMPACダブリン文学賞受賞作品。
マッカーサー賞受賞の鬼才ジョージ・ソーンダーズによる大人の寓話。テーマは国家の独裁と虐殺と重たいのだけれど、設定がおそろしくシュールで、ユーモラスな語り口で進むので、読みやすい。
こんな風に物語は始まる。
「国が小さい、というのはよくある話だが、<内ホーナー国>の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は<内ホーナー国>を取り囲んでいる<外ホーナー国>の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならないほどだった。 外ホーナー人たちは、<一時滞在ゾーン>にこそこそ身を寄せあって立っている内ホーナー人たちを見るたびに何となく胸糞がわるくなったが、同時に、ああ外ホーナー人でよかったとしみじみ幸せをかみしめた。見ろよ、内ホーナー人の卑屈でみじめったらしくて厚かましことといったら。」
国土がものすごく小さくて、痩せてひ弱な国民が、数学の証明問題を解いている内ホーナー国。それを取り囲む大国外ホーナー国の国民たちは、大きく太っていて色つやがよく、カフェで高級なコーヒーを飲むのが楽しみ。
あるとき、外ホーナー国で革命が起きて、新しい大統領に就任したフィルは、弱小の内ホーナー国を軽蔑しており、国民がうちの領地へはみだしたと言いがかりをつけて弾圧を始める。常に外ホーナー国に言い分はあるが、強者が弱者を力で従わせる構図に正義はない。
後半で第3の国を登場させることで、2つの国の関係を相対化してみせるのも鮮やか。世界認識や価値観がまったく異なる同士では、コミュニケーションがかみあわず、相互理解は極めて難しい。現実の国際関係というのも結局はこどもの社会のいじめみたいなものかもなあと思えてくる。
内政干渉、侵略、虐殺、マスメディアの腐敗、宗教問題...。さまざまなテーマが含まれているが、それらすべてを寓話化して、相対化して、笑い飛ばしていく。真の多様性の時代に必要なのは、こういう軽やかなメタ視点なのかもしれない。
スティーヴン・キングの短編集。原著は85年の出版。キングが18歳の時に書いた『死神』などごく初期の作品も含めて6編。
映画『ミスト』の原作となった中編『霧』が収録されている。これ目当てで読んだ。
突然の嵐の後、湖畔の町に白い霧が降りてくる。主人公と幼い息子は車でスーパーマーケットへ買い物に行き、商品を見ている間に、店は視界を閉ざすほど濃い霧に包まれる。外から血まみれの男がかけこんできて霧の中に何かがいるぞと叫ぶ。不気味ななにかによって外へでた人々が惨殺されていく。閉じ込められた数十人のお客と店員たちは、恐怖の数日間を過ごす。得体のしれない怪物が襲ってくる怖さに加えて閉じ込められて追い込まれた人間たちが、派閥に分かれて争う様子がリアルに描かれていて怖い。
それからアメリカ人にとってのサバイバルというのは銃と車がポイントなのだなと改めて思う。このふたつがないと物語が成り立たない。日本のホラーパニックとの大きな違いをうんでいる気がするなあ。
この映画はパニックものとして傑作。エンディングほかいくつか変更もあるものの進行は原作のとおりにつくられている。女教祖は映像の方が怖い。テキストでは想像力にまかされていた怪物をこれでもかとばかりに映像化しているVFXも素晴らしい。監督は『ショーシャンクの空に 』『グリーンマイル』のフランク・ダラボン。
「一介の武士にすぎなかった清盛が、いかにして太政大臣にまで昇りつめ、歴史を動かすに至ったのか。その人物像を具体的なイメージとして描きたいというのが、この作品を書こうと思い立った動機である。この作品は小説のようなスタイルとなっているけれども、なるべく史料に沿って歴史的な事実を再現し、政治的なメカニズムが読者に伝わるように配慮した。従って完全なフィクションではなく、評伝といっていいものになっている。」(文庫版あとがきより)
大河ドラマの予習はしたいがネタバレするから原作は読みたくない。別の小説で清盛について理解を深めたいという人におすすめ。芥川賞作家 三田 誠広が2000年に史料重視で書きあげた作品。権謀術数で入り乱れる多数の登場人物たち、めまぐるしく変転する政治状況を、長編歴史小説にまとめた。人物の内面を描くことは重視されていないが、かなり正確に人間関係や事実関係が反映されている。院政や摂関政治とはそもそも何かという知識も自然に頭に入るように書かれている。
清盛の時代、頂点であるはずの天皇は名ばかりで、天皇の母方の祖父の関白、天皇の実の父の上皇、武家の長である清盛らの駆け引きで政治は動かされている。彼らが頼りとする陰陽道の学者や寵愛を受ける女御たちも大きな影響力を持っていた。
日本という国は昔からひとりの独裁者というのを許さない国だったのだなと思った。アレキサンダーとかナポレオンとかチンギスハーンみたいな強すぎる独裁者は出てこない、調整能力と集団意思決定が好きな国なのだ。そんな複雑な人間関係の力学の中で、天皇の御落胤かもしれない自身の出自を巧妙に使ってセルフブランディングして、権力の階段を登りつめていったのが清盛であったようだ。
・平清盛 -栄華と退廃の平安を往く-
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/post-1565.html
・平家の群像 物語から史実へ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/10/post-1533.html
・「平家物語 あらすじで楽しむ源平の戦い」と「繪本 平家物語」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-823.html
・安徳天皇漂海記
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/09/post-445.html
平家物語のバリエーション。
・琵琶法師―"異界"を語る人びと
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1034.html
・小説 ファイナルファンタジーXIII-2 Fragments Before

ファイナルファンタジーXIII-2のファンで小説が好き向け、相当に読者を選ぶ作品であるが、ゲームのノベライズ作品としては品質が結構高いので、期待して読む人は満足できる内容。
XIIIのときに出版された『エピソード0 -約束-』と同じで、XIII-2の本編ゲームシナリオが始まる直前のエピソードを描く。だからこれを読むことでゲームのネタバレはなくて、むしろ感情移入がしやすくなるように設計されている。
ファイナルファンタジーの物語は独自の世界観が構築されていてとても複雑である。XIIIは特に話がややこしかったが、XIII-2はさらにタイムトラベル要素が加わる。前作の終盤部の復習からはいるのにこの小説がいいと思う。相当、本編に対する伏線も隠されていそう(これを執筆時点で私はXIII-2は導入部分2時間程度やった段階なのでよくわからない。)
ヴァニラ、セラ、スノウ、ホープの父、ノエルの視点で語られる5本のエピソードが収録されている。ホープの父と臨時聖府代表のリグディの章は、ゲーム本編ではあまり扱われなさそうな政治ドラマが印象的だった。
この小説は、最後が
"To be continued
Final Fantasy XIII-2 Fragments After"
という記述で終わっているがAfterも出るのだろうか?
・小説 ファイナルファンタジーXIII エピソード0 -約束-
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/-xiii-0.html
・ファイナルファンタジーXIII-2 ワールドプレビュー
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/iii2.html
・ファイナルファンタジーXIII オリジナル・サウンドトラック(初回生産限定盤) [Limited Edition]
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/05/xiii-limited-edition.html
・ファイナルファンタジーXIII
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/2010xiii.html
京極夏彦のデビュー作。京極堂シリーズはここから始まった。
雑司ヶ谷の古い産院の娘が20か月も妊娠したままでいるという。そして夫は自宅の密室で謎の失踪を遂げている。事件の解決を依頼された主人公らが、病院に巣食う魑魅魍魎と対決する推理ミステリの傑作。
「仮想現実と現実の区別は自分では絶対につけられないんだよ、関口くん」
冒頭で主人公の関口と、その友人で古本屋を経営する陰陽師 京極堂の小難しい哲学問答が延々と100ページも続く。なかなか事件の話にならないのだが、この問答が心脳問題に深く踏み込んでいて、小説の一部だということを忘れて読みふけるほど読み応えがある。
「つまり人間の内に開かれた世界と、この外の世界だ。外の世界は自然界の物理法則に完全に従っている。内の世界はそれをまったく無視している。人間は生きて行くためにこの二つを巧く添い遂げさせなくちゃあならない。生きている限り、目や耳、手や足、その他身体中から外の情報は滅多矢鱈に入って来る。これを交通整理するのが脳の役割だ。脳は整理した情報を解り易く取り纏めて心の側に進呈する。一方、内の方でいろいろ起きていて、これはこれで処理しなくちゃならないのだが、どうにも理屈の通じない世界だから手に負えない。そこでこれも脳に委託して処理して貰う。脳の方は釈然としないが、何といっても心は主筋に当たる訳で、いうことを聞かぬ訳にいかない。この脳と心の交易の場がつまり意識だ。」
こういう議論が好きな人で、怪奇ミステリが好きな人にはたまらない600ページの超長編だ。最初の100ページ読んでみて好きなら最後まで読んで間違いない。逆にぴんとこない人はそこで止めるのが正解。
文士の関口、古本屋の京極堂、探偵の榎木津らが奇怪な事件の複雑な全容を解明していく。3人とも主役を張れるくらいキャラが立っていて、その後のシリーズ化は既定路線だったのかもしれないなあと思った第一作。
・化けものつづら―荒井良の妖怪張り子
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/09/post-630.html
京極夏彦の表紙と言えばこの作家。
すごい傑作が誕生する予感の第一巻。
『がきデカ』の山上たつひこが原作、近年は『アイ』や『かむろば村へ』で傑作を出している『ぼのぼの』のいがらしみきおが作画。ふたりのギャグ漫画巨匠が取り組んだ青年漫画。
かつては海上交易で栄えた魚深市。いまは住民の高齢化、企業の撤退、過疎化、人口流出が進み人口は13万人に減っている。
魚深市長は、凶悪事件の受刑者11人を市に受け入れることを決めた。公共事業が減る中で出所者の社会復帰にかかわる事業は成長を見込めると考えたのだ。受刑者の更生政策をすすめたいという国の思惑もあり、受け入れ自治体への特別交付金も見込める。市長の先祖は江戸時代に多くの囚人の更生の面倒を見たことで知られる地元名士でもあったこともあって更生促進に特別な使命感を持っている。
極秘の試行プロジェクトなので、受刑者を受け入れることは市民には一切知らせない。受刑者にも誰が他の受刑者なのかは教えない。市長は親しい友人の市民3人に世話役としての協力を依頼して、密かに受け入れを開始する。
市にやってくる受刑者たちは表面的には更生しているものの、強盗殺人、強姦魔、詐欺、恐喝傷害、覚醒剤、窃盗、誘拐、殺人死体遺棄など、ひとり残らず相当ヤバイ過去を持っている。情緒不安定が露見するものもいる。
受刑者たちは知ってか知らずか、町のあちこちでつながりはじめる。性質のよくない新聞記者も、市長まわりになにかあるなと嗅ぎつけてきた。愛を持って取り組んだプロジェクトであったが、しだいに不穏な空気が漂い始める。そしてもうすぐ運命の「のろろ祭り」の日が近づく。
ということで、まだ物語の本筋もみえないが、極めて面白そうな展開が期待できる予告編みたいな一巻であり、二巻は2012年の夏ごろとのこと。
・かむろば村へ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/09/post-1513.html
・【アイ】 第1集
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/i-1-1.html
人づきあいが苦手な校閲者の女性が主役の恋愛小説。
校閲というのは他人が書いた文章から間違いを発見する地味な仕事。校閲者は読むだけであり、自分の言葉で語ることは決してない役割。孤独な主人公の冬子は暇つぶしにカルチャーセンターへ出かけ、そこで初老の教師三束と出会い、自分の仕事をこう説明する。
「はい。つまり、...どんな場合であっても、その文章にのめりこんだり入りこんだりすることは、校閲者には禁じられているんです。」
「...なので、わたしたちは物語をどれだけ読まずに...、もちろん校閲ですから、あらすじや前後関係や時系列なんかは徹底して読まなくちゃいけないんですけど、とにかく、感情のようなものはいっさい動かさないようにして、...ただ、そこに隠れてある間違いを探すことだけに、集中しなくちゃいけないんです。」
冬子は三束が異性として気になるが、彼は教師らしく紳士的な態度を崩さない。指一本触れずにときどき会って喫茶店で上品な会話をするだけの二人。表面上は何も起きないが、抑制された感情の水面下で、少しずつ芽生えていくプラトニックな恋愛感情を、静かに淡々と描く。展開が速い恋愛小説が多い中で、とてもスローなのが逆に新鮮に感じる。
ただでさえ他人との距離の取り方がわからない主人公が、年の差のある異性との関係に、不器用にふるまう様子は、誰にもある初恋の頃を思い出させる。
不思議な文体で話題になった芥川賞受賞作『乳と卵』、壮絶ないじめを描いた『ヘヴン』、そして純粋な恋愛小説の『すべて真夜中の恋人たち』。川上 未映子の引き出しの多さにおどろき。
・乳と卵
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/12/post-1552.html
・ヘヴン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/12/post-1132.html
文字がない大人の絵本の大傑作『アライバル』のショーン・タン最新作。
今回は長文のテキストとイラストの短編集だ。
町のはずれに住んでいて人間が相談すると向かうべき道をおおざっぱに指し示してくれる水牛の話。異次元から来た影絵の小人のような姿をした交換留学生のホームステイの話。町をうろつく潜水服の男の話。みんなが書いて読まれずに終わった詩の言葉が集まって、雪だるまのようにふくらんでいく話。家の庭に突然巨大なジュゴンが寝転がっていた話。家の屋根裏が別世界の中庭とつながっている話。どこかで当たり前のように異世界とつながっている日常を描く幻想譚。
一番印象深かったのは『棒人間たち』。町のそこかしこにいるけれど大人は気にとめない謎の生物 棒人間。こどもたちは正体不明の存在が気になって、いたずらしたり壊したり。人はふと「何の理由があってここにいるのだろう?」と棒人間をみつめるが、実は棒人間たちだって人間に対して同じ問いかけをしたいのではないか?という考察で終わる。
ショーン・タンは中国系マレーシア人の父とアイルランド・イギリス系移民3世の母を持つ1974年生まれのオーストラリア人。前作『アライバル』と同様に異文化体験、多様性と包摂の本質を語っている作品が特に素晴らしいなと思う。
額に入れて飾りたい絵が素晴らしいが、岸本佐知子氏の翻訳による名文も光っている。
・アライバル
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/post-1499.html
余命幾ばくもない父だけが残った実家で、息子の亮介は誰が書いたのかわからない古いノートをみつける。「ユリゴコロ」と名づけられたノートには、一人称で猟奇殺人の記録がびっしりと綴られていた。なぜ父はこんなノートを隠し持っているのか。これは誰が書いたものなのか。ここに書かれているのは事実なのか。亮介は4冊にわたる内容を読み進めるうちに、忌まわしい家族の秘密を知ってしまう。
心の闇を抱えた子供時代から次第に邪悪な猟奇殺人鬼へと変化していく手記「ユリゴコロ」ノートが、読者を暗い闇に吸い込む。家族の狂気は自分にも宿る。倫理も法律も超越した絶対的な愛。亮介は裁けない罪があることを知る。この劇中劇だけでもかなりミステリとして高評価に値するが、さらに亮介の現実と内容がリンクしていき、後半で物語は予測不能な展開を見せる。
最初から最後まで不穏な緊張感が持続する。ミステリとしての驚かせる仕掛けも成功している。間延びすることなく一気に読めた。系統としては湊 かなえ『告白』みたいなかんじといえるか。映画化しても面白いかもしれない。
・猫鳴り
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/post-1373.html
こちらも沼田 まほかる。作品。
昔、小説の原作を読んだ時以上にマンガ版で興奮している自分に驚く。
木星の衛星・ガニメデで発見された謎の宇宙船を目指す第一線の科学者たち。長い旅程で地球に5万年前まで月がなかったというとてつもない仮説を検討する。そして太陽系にもうひとつの幻の第5惑星ミネルヴァの存在が浮かび上がる。第1巻、月面で見つかった深紅の宇宙服をまとった死体はミネルヴァに由来するものなのか。前半は科学者たちの議論が長く続くが、圧倒的な画力で飽きさせない。
ついにこの巻では、科学者チームがガニメデに到着して、100万年前に消えた宇宙人ガニメアンと遭遇する。そのガニメアンの造形が素晴らしい、素晴らしすぎる。西洋、東洋の古代神話の異形の神々や魑魅魍魎を描き続けてきた作家だけあって、いかにも人類の神話に巨人伝説として残っていそうな、深層意識を刺激するデザイン。星野之宣が描く理由が十分にあると思った。
原作小説。
・星を継ぐもの

この物語は雑誌ビックコミックで連載中だが、7月に第1巻、12月に第2巻が出た。次は春か。来年内には完結する、かなあ。楽しみ。第一巻を読んで傑作の予感がしたが、第二巻で傑作確定である。
星を継ぐもの
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/07/post-1470.html
2008年に新たな言語感覚で話題になった川上 未映子の芥川受賞作。今頃ですが文庫で。
東京に棲むひとりぐらしのわたしのところへ大阪から姉の巻子とその娘の緑子がたずねてくる。もうすぐ40歳の巻子は、ホステスをしながら母子家庭の生計をたてているが、この夏、豊胸手術がしたくて上京してきた。久々に会う緑子は言葉を話さず、親と筆談でコミュニケーションをしている。親子関係はうまくいっていないらしい。
「卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのか、っていうのは、精子、という言葉にあわせて子、をつけてるだけなのです。図書室には何回か行ったけど本を借りるためになんかややこしくってだいたい本が少ないしせまいし暗いし何の本を読んでるのんか、人がきたらのぞかられうしそういうのは厭なので、最近は帰りしにちゃんとした図書館に行くようにしてる。パソコンも好きにみれるし、それに学校はしんどい。あほらしい。いろんなことが。」
一文が数ページも続く文章。最初は読みにくいのでは?と思ったが、独特のリズムを持っていて、慣れてくるとユーモラスで親しみやすく感じた。標準語の"わたし"の地の文と巻子の関西弁の会話、言葉を話すことができない緑子の、幼くて少し情緒不安定な手紙の文体。標準語×関西弁×こどもの内面の不思議語のリミックス文体がこの作品の魅力。朗読作品にしても面白そう。
併録された『あなたたちの恋愛は瀕死』は都会で疲れた女と、ティッシュ配りの男の不可能な関係性を描く滑稽な短編。人間がいっぱいいるのに、関係性が希薄な都会の雑踏では、一方的な思い込みで、話したこともない相手に対して、恋愛感情とか敵対感情とかを持ってしまう。つながりまくりの時代には、逆につながらないことがドラマになる。
うまいなあ。駄作、普通作がない。傑作のみで構成された心霊恐怖短編集(8本収録)。日本的怪異をテーマにしたホラーが好きな人にはとてもお買い得な文庫本だと思う。
人の死をきっかけに見えないものが見えるようになってしまう人たちの話が多い。
一人称の緻密な心理描写にひきこまれていくと、中盤で実は現実に起きていることは違うとわかったり、見えないものが見える自分が正気なのか狂気なのかわからなくなったり。読者の感情移入先の状況が二転三転して、何が本当なのかわからなくなる。そんな巧妙なストーリーテリングが味わえる。短編とは思えないしっかりした物語感。
こういう心霊ホラーって一般的には、霊が出るか出ないかくらいが一番怖くて、出ちゃってからの展開はあんまり怖くないのが普通である。だから出るか出ないかで止めておくホラーって多いのだ。だが、この作家の場合、モロに出しちゃってからも、別の次元での怖さを醸し出していく。
私は家を捨てた女が子供の死をきっかけに里帰りする『彼岸橋』が好きだなあ。古い田舎の村の因習にとらわれて渡れない橋というモチーフが魅力的。それからヨット遊びに興じる都会のヤンエグたちが、海辺で障害を持つ青年と出会う『ジェリーフィッシュ』は、単なるホラーに終わらず現代人の深層心理を描いていていい。そして冒頭の『かっぱタクシー』は、どんでんがえしのどんでんがえしみたいな感じで完璧にヤラレマシタ、降参です。1998年第37回オール讀物推理小説新人賞をとったデビュー作『雨女』も収録されている。表題作の『澪つくし』はその続編。受け継ぐシャーマンの血のもたらす因果が悲しい。
冬だけどホラー。おすすめ。















