Books-Fiction: 2005年1月アーカイブ

年末年始の特別企画ということで普段は書かない小説の書評。

大作と中短編を一冊ずつ。

・万物理論
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現代SF最高峰の呼び名高い、グレッグ・イーガンの最新邦訳。

年末に読んだのだが2004年度の最高SF小説作品だと思った。感動。

本の扉の紹介文。


すべての自然法則を包み込む単一の理論、“万物理論”が完成されようとしていた。ただし学説は3種類。3人の物理学者がそれぞれの“万物理論”を学会で発表するのだ。正しい理論はそのうちひとつだけ。映像ジャーナリストの主人公は3人のうち最も若い20代の女性学者を中心に番組を製作するが…学会周辺にはカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が。究極のハードSF。

現代の物理学の世界には、世界を構成する4つの力、すなわち電磁気力、弱い力、強い力、重力の4つの力を、ひとつの方程式で説明しようとする統一場理論がある。今のところ、最新の超ひも理論仮説では、この4次元宇宙(3次元空間+時間)は、本当は10次元である。隠れた6次元は”折りたたまれて”人間には見えないことになっている。そして、複雑怪奇な10次元折り紙の、皺が量子として観測可能となり、世界の最小構成単位として、質量のある物質を形作っていく。だが、まだ4つの力の成り立ちや量子の振る舞いについては謎が多い。

この小説の舞台は2050年。人類は統一場理論を超えて、ついに天才科学者によって、宇宙の成り立ちすべてを説明する万物理論が発表されようとしている。自然科学の頂点に立つ究極の理論。その内容は、実際に読んでいただくとして、万物理論の内容自体が小説のプロットと深く絡み合っているのが見事だ。情報理論と物理理論の統合のその先に人類を待ち受けているものは?。

この小説には、今後50年の人類の技術の進歩を予測する記述が無数にある。主人公は映像を視神経に接続したカメラで記録し、腹腔に内蔵した記録装置に蓄積する。情報を身体にインプラントしたエージェントソフトウェアから引き出す。バイオ、ナノ、ネットワーク技術がこれからの50年間でどう人類の社会に影響を与えていくのかが、筋とは無関係に詳しく語られるのも興味深い。グレッグ・イーガンの予言はどこまで当たるのだろうか。

コンピュータ産業の未来に関連する記述が見つかった。筋とは関係ない部分なので、長めに引用してみる。


シドニーち近郊の人口の中心は、少なくとも半世紀以上前からパラマッタ地区より西にあるし、たぶん現在はブラックタウンにまで移っているが、都心部の衰退が本格的にはじまったのは二〇三〇年台、オフィスや映画館、劇場、物理的実体をもつ美術館、公立博物館などがみな、ほぼ時を同じくして廃れたころのことだ。広帯域光ファイバーは一〇年代から大半の居住用建造物に接続されていたが、ネットワークが成熟するにはその後二〇年を要した。コンピュータと通信の世界における世紀末の遺物が堆積させた、互換性のない標準、非効率なハードウェア、原始的OSといった不安定な体系が、二〇年代に完膚なきまでに破壊され、そのときはじめて ─── 長年の時期尚早な誇大宣伝や、それが招いた反感から来る皮肉や嘲笑の末に ─── ネットワークを利用したエンターテイメントやテレコミュニケーションは、精神的拷問の一形態から、以前ならオフィスや映画館等々へ出かける必要があったケースの九割の、自然で便利な代用手段へと脱皮できたのだった。

なるほど。OSが退治されるのは2020年代か。

技術だけでなく、政治や宗教、環境、ジェンダー、医療といった分野でのイノベーションも多数登場し、未来史を読んでいる気分になる。

かつてSF小説といえば、古くは海底や地底、その後は宇宙や時間旅行が主なテーマだったと思う。最先端の作家グレッグ・イーガンはこの小説以外にも、情報理論や量子力学をテーマにした作品を幾つも発表している。人類の本当のフロンティアは宇宙から、内なる情報の地平へと動いてきているということなのかもしれない。

文庫本とはいえ600ページの大作で理論説明の記述も多いため、読了するまでかなりの時間を要するが、その価値は十分にあった。究極のハードSFの呼び名に恥じない大作。おすすめ。

#ところで読んだ方にしか分かりませんが、この小説には情報カルト?みたいな宗教がいくつか登場します。どうやら私は”AC主流派”です。


そして、もう一冊。こちらもヒューゴー賞、ネビュラ賞を何度も受賞したテッド・チャンの中短編集。

・あなたの人生の物語
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地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者ルイーズは、まったく異なる言語を理解するにつれ、驚くべき運命にまきこまれていく…ネビュラ賞を受賞した感動の表題作はじめ、天使の降臨とともにもたらされる災厄と奇跡を描くヒューゴー賞受賞作「地獄とは神の不在なり」、天まで届く塔を建設する驚天動地の物語―ネビュラ賞を受賞したデビュー作「バビロンの塔」ほか、本邦初訳を含む八篇を収録する傑作集。
全8編だが、受賞作を3作抜き出して紹介すると以下のようなラインナップ。

・「バビロンの塔」
バビロンの塔の建造末期に働いた職人が見た宇宙の不思議。

・「あなたの人生の物語」
宇宙人とコンタクトした言語学者が綴った新しい世界理解の物語。

・「地獄とは神の不在なり」
天使の降臨を目撃した人たちが神を愛する意味を求める物語。


テッド・チャンは中短編の中に壮大な奇想を組み込んで提示してくる。中心となるのは理解の不可能性。神や異星人を私たちは理解しようとするが、高次の神や異星人は私たちを意識さえしていないのではないか?というようなテーマ。グレッグ・イーガンの万物理論がすべてを知ることがテーマだとすれば。テッド・チャンはすべてを知ることの不可能や無意味さで読者を突き放し、ゾクゾクさせる。こうした神の顕現は映画「プロフェシー」にも共通するものがあるなあ。

この二人の新世代の作家が今年はどんなものを書いていくのか期待。