Books-Fiction: 2006年12月アーカイブ

順列都市

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・順列都市 <上>
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・ 順列都市<下>
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1994年に書かれてキャンベル記念賞、ディトマー賞を受賞した名作。

人間の記憶や人格といった精神活動のすべてが脳という物理的システムの上にある情報であるならば、そのコピーを作成することが可能なはずである。コピーを別のシステム上で走らせれば、それはもう一人の自分である。

肉体を持つオリジナルと違ってコピーは不老不死でいることができる。しかし、ソフトウェアである彼らは、それを走らせるハードウェアなしには存在し得ない。ハードウェアが停止されたり、破壊されれば終わりである。

物語の舞台は21世紀半ば、ソフトウェア化してスーパーコンピュータの中へ移相し、肉体の死を逃れた大富豪たちの前に、彼らの究極の願いである、未来永劫の生を約束する男が現れる。一方で男は人工生命のアマチュア研究者のマリアに接触し、謎の研究依頼をしていた。

人工知能や情報論の先端知識を駆使してハードSFの最高峰作家グレッグ・イーガンが書いた壮大な仮想世界の未来物語。物語の枝葉の部分でも深い考察をベースに書かれており、読み込み始めるとずぶずぶと深みにはまっていく感じがする。

上巻冒頭の奇妙な詩や各章題は、本書の英語の題名のアナグラムになっているそうで、イーガンの超人的な構想力には毎度のことながら圧倒される。

グレッグ・イーガンの邦訳作品(単著)をこれで全部書評したことになる。次がはやくでないかな。

追伸: 仮想世界といえばセカンドライフ。試してみました。レポートです。
それからコメント欄で最新邦訳がでたとの情報。感謝。買いました。

・セカンドライフ体験記 - PukiWiki
http://glink.jp/wiki/index.php?%A5%BB%A5%AB%A5%F3%A5%C9%A5%E9%A5%A4%A5%D5%C2%CE%B8%B3%B5%AD

・ディアスポラ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004111.html

・万物理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002774.html

・祈りの海
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003779.html

・宇宙消失
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003824.html

・しあわせの理由
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003869.html

・グレッグ・イーガン全小説
http://www.tsogen.co.jp/web_m/yamagishi0603.html

姉飼

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・姉飼
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こんな衝撃の出だしで始まる表題作は第十回ホラー大賞大賞受賞。他に短編3作を併録。


ずっと姉が欲しかった。姉を飼うのが夢だった。
脂祭りの夜、出店で串刺しにされてぎゃあぎゃあ泣き喚いていた姉ら。太い串に胴体のまんなかを貫かれているせいだったのだろう。たしかに、見るからに痛々しげだった。目には涙が溢れ、口のまわりは鼻水と涎でぐしょぐしょ、振り乱した真っ黒い髪の毛は粘液のように空中に溢れだし、うねうねと舞い踊っていた。近づきすぎる客がいれば容赦なくからみつき引き寄せる。からみつく力は相当なもので大の男でも、ずりずりと地面に靴先で溝を掘りながら引き寄せられていく。ついには肉厚の唇の内側に、みごとな乱杭歯が並ぶ口でがぶり。とやられそうになるのだが、その直前に的屋のおやじたちがスタンガンで姉の首筋をがつんッ。とやるので姉は白目を剥いてぎょええええッとこの世のものならぬ悲鳴をあげる。

猟奇的で、凄惨で、偏執的で、官能的で、救いようがない世界へと読者をずるずると引き込む。

姉は人生の何を象徴しているのか?なんて考える隙を一切与えない底なし沼のような文体が際立っている。ホラー映画には必ずといっていいほどセックスシーンがあったりするものだが、官能とホラーは相性がいいのかもしれない。この作品はスプラッターポルノ小説だともいえる。泣き叫ぶものを切り刻む。

・独白するユニバーサル横メルカトル
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004775.html

作風はこの本と似ている。

最初から最後まで残酷奇譚であるが、徹底しすぎていて、逆にコミカルさも感じられる不思議な作品。こういう作風は、一歩間違うとただの猟奇趣味になってしまうのだが、読ませる文体によって、一級のB級ホラー("B級"はいまや階層ではなくジャンルだと思う)として完成している。

博士の愛した数式

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・博士の愛した数式
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元数学教授であった老博士は事故で短期的な記憶力を失った。「私の記憶は80分しかもたない」と書いたメモをいつも袖に貼り付けている。毎日きてくれるお手伝いさんの親子との関係も、毎回、玄関で初対面の挨拶から始まってしまう。博士は子供が好きでお手伝いさんの息子の少年に「ルート」となづけて可愛がる。奇妙な記憶喪失の博士との生活が静かに綴られる。

博士は親子二人に、素数、完全数、友愛数、フェルマーの最終定理、オイラーの法則など、数学の不思議を語る。数学の知識が博士と現実世界の間をつなぐ唯一の接点なのだ。博士は本物の野球は見ないのに、スコアの分析にはこだわる、おかしなタイガースファンだ。

この物語、これといって何が大事件が起きるわけでもないのだが、記憶障害の博士のコミカルな言動と優しさ、それに答えるお手伝いさん親子のコミュニケーションの暖かさが魅力である。お互いがわかりあえる能力的限界を知りつつも、あきらめずに分かり合おうとする人たち、築いた友情を80分間隔で更新していく人たちの話なのである。

数論と阪神タイガースが好きな人におすすめ。

映画になった。

映画「博士の愛した数式」公式サイト
http://hakase-movie.com/

・博士の愛した数式: DVD: 小川洋子,小泉堯史,寺尾聰,深津絵里,齋藤隆成,吉岡秀隆,浅丘ルリ子,加古隆,上田正治
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関連書籍:

・四色問題
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004223.html

・フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004192.html

・数学と論理をめぐる不思議な冒険
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004631.html

・なぜ数学が「得意な人」と「苦手な人」がいるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003518.html

・数学的思考法―説明力を鍛えるヒント
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003395.html

・確率的発想法~数学を日常に活かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001290.html

・あたまのよくなる算数ゲーム「algo」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001072.html