Books-Fiction: 2007年12月アーカイブ

閉鎖病棟

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・閉鎖病棟
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最近、過去の傑作小説の発掘に凝っている。これは10年前発表の作品。「閉鎖病棟」とは重い症状の精神病患者のための病棟のこと。

「とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった…。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?その理由を知る者たちは―。現役精神科医の作者が、病院の内部を患者の視点から描く。淡々としつつ優しさに溢れる語り口、感涙を誘う結末が絶賛を浴びた。山本周五郎賞受賞作」

殺人や自殺未遂など、暗い過去を持つ登場人物たちが、閉鎖された空間の中で展開する人間再生ドラマ。心を病むに至った患者たちの苦悩の半生はそれぞれ印象深い物語であり、登場人物たちのキャラクターに感情移入しやすくなる。そして静かな病院生活の中で起きた小さな波紋が、次第に緊張感を高めて、大きなカタストロフへ向かっていく。

精神病院を舞台にしたドラマというと映画「カッコウの巣の上で」を思い出した。

・カッコーの巣の上で
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「刑務所の強制労働から逃れるために精神疾患を装って精神病院に入所させられた男の巻き起こす騒動と悲劇を描いた、ケン・キージーのベストセラーを映画化した作品。 」

この映画も最高だったが、カッコウが動だとすれば、閉鎖病棟は静の物語として素晴らしい。なおテイストが似ているので東野圭吾の「手紙」が好きな人に特にお勧め。

・手紙
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004787.html

高熱隧道

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・高熱隧道
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昭和42年に出版された吉村昭の傑作。

昭和11年から15年にかけて行われた黒部ダム第三発電所の難工事を、綿密な取材と調査で再現したドキュメンタリ小説。建設予定地は地元民でも近づかない険しい山奥であることに加えて、温泉湧出地帯で岩盤温度は165度にも達する。その超高熱の地下にダイナマイトを持った人間が入っていってトンネルを掘る。過酷な作業環境に加えて、厳しい大自然の脅威が彼らを襲う。

当然、日常的に人が死ぬ。

つぎつぎに300人の犠牲者をだしながらも、国策の名のもとに大工事は強行されていく。そんな状況のなか、悲壮な覚悟で工事完遂を目指した技師たちの視点で物語は語られる。プロジェクトの前に立ちふさがる技術的な難問を創意工夫と協力で、幾度も乗り越えていく様子は男のロマン、プロジェクトXのよう。

その一方で技師たちの判断を信じて、悲惨な死に方をした労働者たち屍の山が積みあがっていく。それでも工事を進めなければならない技師の心の葛藤。記録文学として淡々と語る文体だが、数ページおきに一人死亡するような内容の過激さに、手に汗握る感じであっという間に読める小説だった。

吉村昭の代表作のひとつに数えらるだけあって、歴史的傑作と思った。ついでに感動するのがコストパフォーマンス。これだけのドラマを420円で買えるのだから文庫本ってえらいとおもう。

ちょうど本の雑誌が文庫特集号を発売している。買ってきた。面白そうな本を正月に読もうとリストアップ中。

・おすすめ文庫王国2007年度版
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「年末恒例の本の雑誌増刊「おすすめ文庫王国」。今年はとことんベストテンにこだわり、人気の桜庭一樹のオールタイム文庫ベストテンから、ブーム到来警察小説ベストテン、はたまた藤沢周平の作品からベストテンを決めちゃう大胆な展開。もちろん企画ものも健在で「文庫版元番付をつくる」や「都内2書店売上ベスト100比較」など。これ1冊で読みたい文庫本が10冊は絶対見つかるでしょう。 」

円朝芝居噺 夫婦幽霊

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・円朝芝居噺 夫婦幽霊
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著者の「辻原登」は作中で、明治の噺家 三遊亭円朝の幻の傑作「夫婦幽霊」口演の速記原稿を発見する。古い速記法の解読を進めるうちに、物語の内容だけでなく、その原稿に隠された秘密が明らかになっていく。その顛末の報告と「夫婦幽霊」現代語訳の公開がこの話の主な内容である。

フィクションであるから、著者が原稿を見つけたというのがまず嘘だし、幻の傑作も作者の偽作なのである。しかし、作中人物の多くは実在した本物であり(作中の著者自身もそうだが)、他の文学作品や史実の中に名を残している人もいる。どこからが真でどこからが偽なのかわからない宙ぶらりんの中での「夫婦幽霊」の語り。

語りの次元がいつのまにか変わっているような、地と思っていたら図であったというような、構成の妙という点では「アサッテの人」、さらに時代モノという点では「吉原手引草」などの最近の文学賞作品に共通する。

・アサッテの人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005112.html

・吉原手引草
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005110.html

こうした知的からくりの面白さと同時に、幻の作品「夫婦幽霊」の出来が本当に素晴らしいことが、この作品を傑作にしている。作中で芥川龍之介が言う「先生、およしなさい。論(セオリイ)はいけません。物語(ロマンス)をお書きなさい。円朝をやりなさるんならセオリイだけではいけません」。これはこの作品についてのメタ言説なのだろう。
たいへんな知識量と書き手としての技芸がないと、この作品は書き得ない。この小説は「これはすごい」である。

死者の書・身毒丸

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・死者の書・身毒丸
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「古墳の闇から復活した大津皇子の魂と藤原の郎女との交感。古代への憧憬を啓示して近代日本文学に最高の金字塔を樹立した「死者の書」、その創作契機を語る「山越しの阿弥陀像の画因」、さらに、高安長者伝説をもとに“伝説の表現形式として小説の形”で物語ったという「身毒丸」を加えた新編集版。 」

高名な民俗学者 折口信夫が書いた歴史小説のようなもの、である。本文は旧かなづかいで書かれていて、本格の学者が偽書を敢えてつくろうとしたようにも思えるが、研究の間の手すさびというには終わらない作品としての完成度を持っている。

併録された自身による小説の解題「山越しの阿弥陀像の画因」で、著者は執筆動機と意図についてこう書いている。

「渡来文化が、渡来当時の姿をさながら持ち伝へていると思はれながら、いつか内容は、我が国生得のものと入りかはっている。さうした例の一つとして、日本人の考へた山越しの阿弥陀像の由来と、之が書きたくなった、私一個の事情をここに書きつける。」

「まづ第一に私の心の上の重ね写真は、大した問題にするがものはない。もっともっと重大なのは、日本人の持って来た、いろいろな知識の映像の、重なって焼きつけられて来た民俗である。其から其間を縫うて、尤もらしい儀式・信仰にしあげる為に、民俗々々にはたらいた内存・外来の高等な学の智慧である」

「死者の書」というと古代エジプトのそれが連想される。実際、昔の単行本版の表紙絵はエジプトの壁画風なものだったようだ。この物語に出てくる霊のイメージは、最初は死者の魂なのだが。顕現するときには阿弥陀という仏教の姿で出てくる。死んだら仏。日本の死生観は神仏習合なであり、和・漢・洋の死生観の重ね焼きでもあり、多くの外来要素が詰め込まれている。しかし、それが全体として調和して、日本の霊性の世界を作り出している。

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