Books-Fiction: 2008年5月アーカイブ

高野聖

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・高野聖
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篠田節子のが「レクイエム」のあとがきで、影響を受けた作品として泉鏡花の「高野聖」をあげていたのがきっかけで手に取った。明治時代の幻想小説集。特に「外科室」「高野聖」が印象的だった。

「外科室」
胸を病んだ美しい伯爵夫人が病室で頑なに手術を拒む。切られることが嫌なのではなく「私はね、心に一つ秘密がある。麻酔剤は譫言を謂うと申すから、それが怖くってなりません。」という。夫に麻酔を打つことを請われても「いやです」という。切らなければ夫人の命はない。高峰医師は夫人のいうままに麻酔なしでの手術に挑むのだが...。

「高野聖」
峠道に迷い込んだ旅の僧が山の奥深くに人の住む小屋を見つける。そこには美しい女と痴呆の夫がひっそりと暮らしていた。僧は女にもてなされて"花びらに包み込まれるような"隠微な体験をして、人里へ帰ってくるが、後に女の正体を聞かされる。

二編とも女性の優しさ(魅力)と怖さ(魔力)が主題にあるように思う。ふたつが合わさって妖しい美しさを醸し出している。このことについて、日本文学研究者の山田有策が充実した巻末の解説を書いている。

「先述もしたが、鏡花文学が現代においてますます魅力を増大させている最大の理由はその世界の底に流れる<女性的なるもの>への限りない憧憬にあると言ってよい。それが<フェミニズム>の時代たる現代にフィットしている所以であろう。しかし、それがその深層にしまい込んで忘れはてている何か、あるいは自然界の秩序の裏側に潜む何かとクロスし合っているからこそ、それは私たちの胸奥を刺激し、なつかしさをかきたててやまないのだ。」

泉鏡花の描く女性は、現代にはないほど、慎み深く、嫉妬深く、怨みがましく、慈愛に満ちている。心にある秘め事をうわごとで言ってしまうのが怖くて麻酔を拒む女性という設定が現代では成り立ちそうにない。明治から現代にいたるまでの間に、女は強くなったが怖くはなくなったということか。

・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html

・蟹工船・党生活者
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プロレタリアート文学の名作 小林多喜二の「蟹工船」が、例年5倍の異例の売れ行きで、2万7千部を超える増刷がかかったと読売新聞が報じている。1929年世界大恐慌のころの作品だ。死ぬまで船の上で働かされた労働者たちの姿が現代のワーキングプア層の共感を得ているということらしいのだが...。アマゾンで売り切れていたので、丸の内の丸善で平積みになっていたのを購入。

・「蟹工船」再脚光...格差嘆き若者共感、増刷で売り上げ5倍
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20080502bk02.htm

蟹工船は実によくできた小説だ。貧しい労働者たち400人が高級カニ缶詰をつくるため蟹工船に乗って北の海へ行く。蟹工船は工場だから航海法が適用されないオンボロ船。遠方の海洋上にあっては労働法も平気で無視される。劣悪な環境下で徹底的に搾取される日常と、死の制裁によって殺されていく同僚の姿を見て、労働者たちは遂に戦う決意をする。暴発するまでじわじわと高まっていく集団の緊張感がリアルだ。

格差社会の文脈と重ね合わせるのが適切かどうかはよくわからないが、人間心理や群集心理をスリリングに描いた迫力あるドラマだから、なにかのきっかけで再読されると人気が出るのだと思う。

・マンガ蟹工船―30分で読める...大学生のための
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小林多喜二の死というメタ視点から漫画が始まるが、ストーリーは「おい、地獄さ行ぐんだで!」という有名なセリフから、とても小説に忠実に物語を描いている。解説なしでは小説で理解しにくかったシーンが、ビジュアライズされていてわかりやすい。小説や作家の背景を扱う巻末の解説もとても充実している。まさに大学生のための、という作品。

・旬がまるごと マザーフードマガジン 「かに」
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-741.html

レクイエム

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・レクイエム
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朝起きると居間で妻がどんよりとしているので、どうしたのかと聞くと午前3時頃目が覚めてしまったので、私が机の上に置き忘れた篠田節子の短編集「レクイエム」を読んだのだという。1本目の「彼岸の風景」を読んだら人の生き死にの話で重たかったので、このままじゃ寝れないと思ったそうだ。ラストの標題作「レクイエム」が短かったので口直しのつもりで読んだら一層重量級でとうとう朝まで眠れなくなったという。

長編が得意な篠田節子だが、短編も完成度が高い。世界観が確立されているから、一本読むと次にひきこまれる。不吉なムードの作品ばかりなのだけれど朝まで読みたくなってしまう気持ちはよくわかる。

あとがきで短編のあるべき姿を自らこう語っている。「優れた短編小説は決して小さく愛らしく洒落たミニアチュールではない。優れた短編小説の要件とされる、鋭い切れ味、驚き、人生の一断面を切り取る鮮やかさ、人情の機微、といったものに私は関心がない。短い物語の中には、人生の一断面ではなく、複雑な世界を丸ごと封じ込めることもできると信じている。」

設定は6編ともまったく違ってバリエーションが豊か。

・死期の迫った夫との里帰りで起こる不思議「彼岸の風景」
・神様に翻弄される女性の忙しい一生「ニライカナイ」
・仕事人生に挫折した中年女性が迷い込む都会の迷宮「コヨーテは月に落ちる」
・橋の下のテントに暮らす老人たちの人生をのぞきこむ不動産営業マン「帰還兵の休日」・隣家の幼児虐待を発見してしまった独身女性の葛藤「コンクリートの巣」
・死んだら腕を一本パプアニューギニアに埋めてくれと遺言した大教団幹部の伯父の真意を探る「レクイエム」

共通しているテーマは喪失と鎮魂ということ。人間は若さや可能性と引き換えに、人それぞれに違ったなにかを手にして、自分の人生を飾っていく。そうした飾りにあるときふと虚しさを覚えた人たちが主役の物語だ。30代後半以上の人におすすめ。

・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html

・弥勒
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005292.html

・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html

・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html

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