Books-Fiction: 2010年7月アーカイブ

・オーディンの鴉
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ネットワークセキュリティがテーマのサスペンス小説。

東京地検特捜部が家宅捜索を予定していた朝、疑惑の国会議員が謎のメッセージを残して自殺した。主人公の特捜部検事たちは、ネット上に議員のプライバシーが悪意を持ってばらまかれていたことを知る。それは議員の移動、メール内容、買い物履歴、外出時に盗撮された写真など、異常なほどの詳細さの情報だった。

YouTube、ニコニコ動画、ブログ、検索エンジンなど、インターネットのサービスが実名で出てくるのが面白い。事件の捜査を続けるうちに、闇の勢力は主人公にも脅迫の手紙を送る。エシュロン、カーニヴォーのような巨大監視システムを持つ謎の組織の正体とは何なのか?。検察と犯罪組織の間に、ネットワーク技術を駆使した緊迫した攻防が始まる。

ITの専門家の視点で見れば、技術考証面ではやや甘い面も見られる(おそらく暗号化技術を考慮していないように思える)が、最新のネットワークテクノロジーが構築する監視社会の恐怖をうまく伝えていて、非常に面白い。

・水野真紀登場の作品紹介動画

・運命のボタン
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スピルバーグ、キング、クーンツらがレスペクトするというカリスマ作家リチャード・マシスンの13作品収録の短編集。

表題作の『運命のボタン』は最近映画化された(まだ観ていない)。

突然訪ねてきた男が、夫婦にこんな申し出をする。

「そちらでボタンをお押しになりますと、世界のどこかで、あなたがたのご存じない方が死ぬことになります。その見返りとして、あなたがたには五万ドルが支払われます」

あなたなら押しますか?という究極の選択の結末はいかに、という話。

ネタのユニークさとバリエーションに驚かされる。日本の作家で言えば星新一が近い。星のショートショートをちょっと長くして、寓話性よりも小説性を強くした感じといったらよいだろうか。読みやすさと意外な結末が魅力。

ジャンルとしてはSF、ミステリー、ホラー。

『二万フィートの悪夢』は米TV番組「ミステリーゾーン」と「トワイライトゾーン」(リメイク)の両方で見たことを思いだした。マシスン作品は映画やテレビドラマの原作をいっぱい書いている。読んでおくと語れる蘊蓄になる。

『四角い墓場』が超大作SF映画 Real Steelとして制作が進行中とのこと。公開は2011年クリスマスとのこと。スティーブン・スピルバーグとステイシー・スナイダーが製作総指揮、ナイトミュージアム2」のショーン・レビ監督で期待できそう。

・モノクロSFX作品にハマる アウターリミッツ、ミステリーゾーン、ウルトラQ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/07/sfxq.html

・エレンディラ
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ノーベル賞作家ガルシア・マルケスが書いた"大人のための残酷な童話"6つの短編と表題作の中編を収録。

「大きな翼のある、ひどく年取った男」
「失われた時の海」
「この世でいちばん美しい水死人」
「愛の彼方の変わることなき死」
「幽霊船の最後の航海」
「奇跡の行商人、善人のブラカマン」
「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」

やなぎみわのアート写真がきっかけで、原作を読んでみようと思ったのだけれども、写真家の創作意欲をかき立てた理由がわかった気がした。エレンディラだけでなく、他の6つの作品もイメージ喚起力が衝撃的だった。

特に「大きな翼のある、ひどく年取った男」が強烈。下界に落ちてきた天使が村人たちに監禁虐待されてボロボロにされる悲惨な話。大江健三郎の「飼育」を思いだした。あちらは第二次世界大戦中に日本の山中に米軍の飛行機が墜落して、黒人兵が捕まって、村人たちに"飼育"されてしまう話だった。異質→恐怖→排除。いつでも一番怖いのは無知な人間なのだ。

「この世でいちばん美しい水死人」は、浜辺に流れ着いたハンサムで肉体美の男の水死体があまりに美しかったので村の女も男も群がって弔うという話。「奇跡の行商人、善人のブラカマン」はどんな毒にでも効くという解毒剤を売るイカサマ師の話。死と笑い。ラテン系らしいメメントモリなメッセージがすべての作品に織り込まれている。

短編集だが幻想的、神話的、宗教的なマルケスの魅力がよくでている。

光媒の花

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・光媒の花
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これは抜群に面白い。おすすめ。

「この全六章を書けただけでも作家になってよかったと思います。」と、ベストセラー連発の道尾秀介にとっても、これは会心の作品であるらしい。

ある街を舞台に、表向きは普通に見えながら、心に深い闇を抱えて生きる人たちの連作群像劇。6つの物語の主役たちは年齢性別や職業はさまざまで、同じ街に住んでいるという点をのぞいて深いつながりはない。前の作品の脇役、端役だった人間が続く作品では主役になる。次は誰の視点に飛ぶのかなあと想像しながら読むのが楽しい。

「光媒の花」は、「風媒花」(風が花粉を運ぶ花)や「鳥媒花」(鳥が花粉を運ぶ花)から連想した造語らしい。人生の光と闇を媒介として、6つの物語の花を受粉させていく一匹の蝶の目線で、読者は前の花から次の花へと跳んでいく。

悪い人だと思っていた人にもそれなりの理由があったり、事故だと思っていたことが事件だったり、ひとつの現実を異なる視点から見ることで、世界の重層感が増していく。全体的に殺人、レイプ、虐待、少年犯罪と暗いエピソードがならぶが、希望や救いを必ず描いているのがいい。

山本周五郎賞受賞作。

・千年樹
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/05/post-1215.html違う作家だが、最近読んだおもしろい連作短編と言えばこれもよかった。

花伽藍

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・花伽藍
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主にレズビアンの恋愛を官能的に描いた短編集。

「たづさんの中で射精したい。二人の赤ちゃんがほしい。ゆずちゃんの代わりにあなたに授けてあげたい」

身体の構造でも結婚という制度でも、結局結ばれることができない宿命の女同士が、激しく愛し合う。排除された者の孤独が精神的なむすびつきを異性以上に強いものにする。そして一度は2人だけの愛の世界を作り上げるけれども、構造と制度の問題は、やがて二人の世界にもひび割れをもたらしてしまう。

とりわけ夏祭りの夜に太鼓をたたく女が自分を熱く見つめる浴衣の人妻と、底なしの穴に落ち込んでいくような恋愛をする『鶴』が鮮烈。

この短編集の5つの作品には年齢の異なる女性がでてくるが、全体として同性愛の女性たちの一生を描いている。最後の作品『燦雨』は高齢のカップルが、それぞれの家族の反対を押し切って、2人で暮らして、互いの最期を看取るという内容。高齢化が進めば、同性愛者の高齢化というのも進むわけで、ここに描かれた物語は現実にも増えるのかもしれない。

切羽へ

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・切羽へ
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先日、ある会議でゲーム「ラブプラス」に抱くバーチャルな恋愛感情は、本質的にプラトニック・ラブであり、本物の感情と何も変わらないと熱く論じたところ、プラトニック・ラブという言葉をわかってもらえなかった。それくらいプラトニック・ラブの概念は死に瀕している。この作品はそんな時代に真正面からプラトニックの価値を追究している。

のどかな離島の小学校で養護教諭をしている主人公セイは、画家の夫と平和で幸福な日々を暮らしていた。ある日、セイは島に新しく赴任してきた新任教員の男と出会う。男にどうしようもなく惹かれてしまう自分にきがつく。何の不満もない夫との愛情生活と、秘めた男への感情が並行しながら、しだいに緊張感を高めていく様子が描かれる。

タイトルの切羽(きりは)とは、トンネル工事の最先端部のこと。両側から掘っていって二つの切羽がつながるとトンネルが開通する。切羽がつながるまで、地の向こう側の、相手の存在を思いながら掘り進むわけである。掘る人は相手の存在と向こうもこちらに向かっていることを闇雲に信じているのである。

恋愛というのは2人でするものとは限らない。男女関係の開通にいたる前は、切羽の先に相手がいることを信じて、1人で思いを高ぶらせているだけだ。心にうかぶ相手の姿はどこまでもバーチャルである。で、それは高嶺 愛花や小早川 凛子や姉ヶ崎 寧々と何が違うのか?という冒頭のラブプラスの話になる。ふたりで燃える前にはひとりで萌える段階があるのだ、必要があるのだ。

この切羽へはプラトニック・ラブでありながら、やたらと官能的で、なまめかしい小説になっている。田舎生活でこれといった事件は何も起きないのにスリリング。文章は読みやすくて美しい。この作家の力量は凄いなあとしみじみ実力を納得させる第139回直木賞受賞作。

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