Books-Fiction: 2010年10月アーカイブ

切れた鎖

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・切れた鎖
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「不意の償い」は、妻と初エッチしている間に両親を火事で亡くし、セックスと死がわかちがたく結びついてしまった男の話。

「蛹」は知性を持ったカブト虫の蛹の話。なぜかなかなか地上に出られず悶々とする。川端康成文学賞受賞作品。

表題作「切れた鎖」は、隣にある大陸系の教会を憎悪しながら何十年も暮らす富裕な一族の話。三島由紀夫賞受賞作品。

断ち切れないものを背負いながら、ずっと憎悪して生きていくものたちの物語。

3作品とも妄想のイメージが膨らんでいっていつのまにか現実を離れていく文体が見事。
人間の内にこもった怨念をおもいっきり増幅してビジュアル化していて不気味。たいしてなにも起きないのだが、不吉で不穏な空気を描くのもうまい。ストーリー的にはホラー映画ではないが、日本的なホラー映画にできるのでは。

個人的に一番良かったのは「蛹」。井伏鱒二の「山椒魚」のようなひきこもり想像力の傑作。社会的なメッセージを読みとることもできそうだが、一回目はあまり深く考えずにどっぷり奇想の世界観に浸るのがよさそう。

羆嵐

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・羆嵐
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吉村昭作、新潮文庫。新刊でもなんでもないが、店頭で表紙買いした。大当たり。

黒地に白で浮かび上がる人食い羆(ヒグマ)の顔。どう見ても凶暴極悪系である。舞台は大正時代の北海道の開拓地。酷寒の暗闇の中で、こんな凶暴な羆に自宅に押し入られ、家族が骨をかじられる音を聞きながら、なすすべもなく絶望に震えるしかない村人たちの恐怖。史上最悪と言われた羆の襲撃事件をベースにしたドキュメンタリである。

冬眠の穴をみつけられなかった羆は村に降りてきて容赦なく村人に襲いかかる。一度女体の味を覚えた羆は女ばかりを食い散らす。原形をとどめない遺体に村人たちは震え上がる。武器もなく非力な村人は追い払うことさえできない。次々に犠牲者が増えていく。圧倒的な力を前にしたときの恐怖と無力感を、これでもかとばかりに味あわされる小説だ。

やがて到着する警察や隣村からの応援も所詮は素人集団であり、圧倒的な力をもつ羆の前には役に立たずに烏合の衆ぶりを露呈する。組織の無能という点では新田次郎の「八甲田山死の彷徨」と似た学びがある本だ。リーダーシップの失敗が描かれる。

ああ、どうなちゃうんだこりゃという中盤までから、後半は一転してドラマチックな展開で読ませる。救世主の登場。本当にこんな人がいたのですかね。いやいたのでしょうね。実はこれはハードボイルド小説として読んでもいいのかもしれない。まさに事実は小説よりも奇なり。

抜群に面白い中編小説。

・高熱隧道
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-678.html
吉村昭のドキュメンタリと言えばこれもすごい。

・デンデラ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/10/post-1095.html
熊の襲撃の現代の傑作と言えばこれ。

・嘘つき王国の豚姫
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岩井志摩子が現代を舞台に凄いのを書いている。また負の情念に圧倒された。

「「このままじゃあ、殺される」

いつからか私はそんな強迫観念に囚われ、囚われているのに追われ続け、追われ続けているのに逃げないでいた。逃げられないのではなく、逃げない。もはや強迫観念は私にとって、安らげる揺りかごや寝床ですらあった。強迫観念、なんて言葉も概念も知らない頃から。

私がいじめられっ子になったのは、幼稚園児の頃。つまり、物心ついた頃、大人になって過去を振り返ったとき、一番最初の記憶や最も古い思い出がある頃。私にとっては、いじめられていた記憶が一番最初の記憶。いじめられっ子だった自分が、最も古い思い出。自分の原点は、いじめられっ子。世界の、被害者。」

救いようのない転落人生の物語。弱い自分に対して嘘を重ねてやり過ごす主人公。残虐ないじめや虐待を経験してねじまがった彼女はぶくぶくに太って、容姿も醜い豚女になる。実家2階の部屋=王国に閉じこもり、自分は本当は可愛くてデキル子、自分は悪くない、仕方がないと言って、言い訳しながら生きていく。そしてレイプ、家出、売春、悲惨な末路...。こんな風にだけはなりたくないという最悪の女の半生を描いている。

転落人生シミュレーターみたいな小説である。途中ちょっと浮き上がることもあるのだけれど、それはさらなる深みへの転落の始まりだったりして、これでもかとばかりに苛められる豚姫のりか。でも見栄っ張りで性格が悪いので誰にも同情もされない。だから一層、溜め込んだルサンチマンが歪んでいく。

誰しもどこかに「本当の自分はもっとできる人間、自分は悪くない」という豚姫的根性は持っているわけで、ありえたかもしれない自分の転落した姿を、怖いものみたさで読む。止められない止まらない。そんな人間性ホラーの悪趣味小説として傑作である。

・魔羅節
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/10/post-1082.html

・ぼっけえ、きょうてえ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1066.html

・瞽女の啼く家
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/09/post-1061.html

・べっぴんじごく
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-843.html

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