Books-Fiction: 2010年12月アーカイブ

・KAGEROU
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とりあえず水嶋ヒロって凄いなあ、小説も書けちゃうんだなあ、という読み方が正しい楽しみ方だと思う。

「『KAGEROU』――儚く不確かなもの。
廃墟と化したデパートの屋上遊園地のフェンス。
「かげろう」のような己の人生を閉じようとする、絶望を抱えた男。
そこに突如現れた不気味に冷笑する黒服の男。
命の十字路で二人は、ある契約を交わす。
肉体と魂を分かつものとは何か? 人を人たらしめているものは何か?
深い苦悩を抱え、主人公は終末の場所へと向かう。
そこで、彼は一つの儚き「命」と出逢い、
かつて抱いたことのない愛することの切なさを知る。
水嶋ヒロの処女作、
哀切かつ峻烈な「命」の物語。 」

同時代的なキーワードと問題意識を盛り込んで軽やかな文体。アタマのよさを感じる。

タレントが書いた処女作としてはまずまずなのだけれども、賞金2000万円の文学賞の大賞としては物足りない印象。心理描写が浅くて、主人公である自殺志願40歳男の、複雑で暗いはずの心のうちが見えてこない。ストーリーも詰めが甘い。やりたかったのは筒井康隆的なウィットに富んだショートショートなのだろうと思う。著者の構想や筆力に対して尺が長すぎたのかもしれない。ミステリアスな序盤は期待させたが後半で緊張感を失ってしまった気がする。

テーマの類似性ではカズオイシグロの大作『わたしを離さないで』が思い浮かぶ。だが、作品の雰囲気は対照的だ。KAGEROUは、それと同じ生命倫理という重いテーマなのに、ライトノベル的ケータイ小説的に軽い文体で語られる。そこで好き嫌いがわかれて一部で酷評につながっている。

でも重たければいいというものでもないだろう。軽いということは、読みやすい、わかりやすいということでもある。現代の書籍市場では大切な要素だ。カズオイシグロの何十倍もKAGEROUが売れる。数字的には2週間で百万部を突破した。ふだん小説を読まない読者に小説を読ませた。ポプラ文学賞は"エンタテイメント小説"の賞である。結果的にはこれを選んで大成功だったといえるのではないか(選考委員会が本当に水嶋ヒロだと知らなかったのか疑惑は残るが...)。

単体で評価するとまずまずの作品だが、有名なタレントが書いたという話題性で、本を買って読み、家族や仲間と、ああだこうだ感想を言いあって、読書体験全体ではかなり楽しめた。

次回作の書きおろしに期待したい作家だ。これ一作だけだと才能がよくわからない。好意的にみると、KAGEROUは応募に間に合わせるために焦って書いたのじゃないかと思える雑な部分がある。後半で失速しなかったらかなり高得点の作品になっていた可能性も感じる。他にどんなテーマを抱えているのかも知りたい。

人間小唄

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・人間小唄
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緻密なストーリーで読ませるか、文体で酔わせるか、作家の戦略は大きく2種類あるが、パンクロック出身の町田康は、ひたすらにリアルタイムの歌声で酔わせる文体派の作家だと思う。もはやストーリーやプロットなんてなんだっていいとさえ思わせる説得力をもった声を持っている。

特異な言語感覚で操られる町田節がこの作品でも炸裂している。

「情熱だよ、やむにやまれぬ情熱だよ」。

主人公は、愛読していた作家に言いがかりをつけて拉致監禁する。解放されたければ「短歌を作る」「ラーメンと餃子の店を開店し人気店にする」「暗殺」のどれかをちゃんと実行しろと要求する。作家は仕方がないので無難な順番で実行していくが、成果にいちゃもんをつけられて、なかなか帰してもらえない。

執着的な言いがかりやいちゃもんだけでできているような小説だ。徹頭徹尾、木を見て森を見ない。神は細部に宿るのが楽しい。その場しのぎの妄想妄念でドライブしていって、全体の辻褄合わせなんでものはどうでもよくなる。今読んでいる行の、前後2,3ページで語っていることがすべてなのだ。歌の1番と3番で実は筋が通っていなくても、メロディが良ければ名曲といっていいじゃないか、みたいな。

話の内容が支離滅裂の荒唐無稽でよくわからないのだけれど、聞く体験が心地よくて、この人の話をずっと聞いていたいなと思わせる、そんな話し手が町田康というすごい作家である。『宿屋めぐり』『告白』みたいな長編代表作には及ばないが、比較的短く、相変わらずの町田節を再確認したい人におすすめ。

・俺、南進して。
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-953.html

・東京人生SINCE1962
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/since1962.html

・宿屋めぐり
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-828.html

・告白
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-474.html

・フォトグラフール - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-745.html

・土間の四十八滝 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-733.html

SARU 上・下

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・SARU 上
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『魔女』を読み五十嵐大介という才能を知った。これは最新作SFファンタジー漫画。

「1999年、7か月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモワの大王を蘇らせマルスの前後に首尾よく支配するために。」ミシェル・ノストラダムス

ノストラダムスの大予言に登場する「アンゴルモワの大王」=斉天大聖 孫悟空=超常的パワーの破壊者という設定なので「SARU(猿)」。1999年の危機はとりあえず回避されたが、大王はこれから降ってくる、ということになっている。

恐怖の存在の復活を前に、バチカンのエクソシストが暗躍し、インカの征服者ピサロやフランシスコ・ザビエルらが蘇って、現代の主人公たちの前に現れる。キリスト教、ユダヤ教、中国の伝説、陰陽道など、世界の宗教や神話伝承が散りばめられて、独特の世界観をつくりだしている。終末的な世界を描いた絵が素晴らしい。

・SARU 下
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壮大な構想を上下2巻におさめたため、展開がちょっと急ぎ過ぎの感じと説明口調が多いのが惜しいところ。10巻位の長編で描きなおしたら傑作になりそう。なお、本作のSARUというテーマは、売れっ子作家の伊坂幸太郎と競作企画になっており『SOSの猿』という小説も出ている。

なんとなく中嶋らもの『ガダラの豚』を連想させる作品でもあった。

・ガダラの豚
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/06/post-762.html

パレード

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・パレード
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東京のマンションの一室で共同生活をする4人の若者たちの姿を描く。『悪人』の吉田修一、第15回山本周五郎賞受賞作。

会社員の直輝、自称イラストレーターの未来、学生の良介、恋愛依存の無職の琴美というバラバラの男2人、女2人が、2DKをルームシェアするという奇妙な生活空間。登場人物たちは狭い部屋で、互いを傷つけないように自分を演じて、表面上はわきわいあい、優しい関係を続けている。そこに男娼のサトルが加わり、5人の視点が1章ずつ交代で、彼らの共同生活の実態が立体的に映し出される。

居住者の1人の未来は、他の居住者も自分がそうしているように「この部屋用の自分」という仮面をかぶって暮らしているのではないかと思っている。だとしたら、この部屋には、この部屋用の自分が5人いるだけで、本当の自分は誰もいない、無人の部屋と言うことになるなあと内心、考えている。しかし、そんなことは居住者のだんらんでは口にせず、わきあいあいとした楽しい生活のパレードを続ける。

実はこの明るく楽しい共同生活には恐ろしい事実が隠されているのだが。

読み進むにつれて、なにかひっかかる感じ、小さな違和感が読む者の心の底に蓄積されていく。最後でその意味がわかって、つい読み返して再確認したくなる。

パレードは『世界の中心で、愛をさけぶ』で有名な(しかし私は『今度は愛妻家』(2009年)のほうがよいと思う)行定勲監督で映画化されている。最近DVDが発売された、というのが読書のきっかけ。さてDVDを観るか。でも筋を知ってしまったから忘却のため2年くらいおいておこうか、悩ましい。

・パレード
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・悪人
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/post-603.html

ガラシャ

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・ガラシャ
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来年の大河ドラマ『江 ~姫たちの戦国~』でも重要な役割を果たしそうな細川ガラシャの生涯を描いた小説。『花宵道中』の宮木あや子なので、官能的な恋愛小説かと思ったら、意外にも抑制が効いた歴史小説。フィクションもちょっと入ってますが、読みごたえあり。

明智光秀の娘で信長のすすめにより細川忠興の妻となった女性 明智(細川)玉子。父が起こした本能寺の変により、逆臣の娘として味土野山中に長期幽閉される。秀吉の世になって大阪に戻るが、夫の浮気や周囲の冷遇に苦しみ、密かにキリシタンに改宗してガラシャの洗礼名をもらう。関ヶ原の乱の直前に石田三成に屋敷を包囲されるが、人質になることを拒む。キリスト教は自殺を禁じているため、家老に自分を殺すように命じて、最期を遂げたと伝えられる。

玉子とそっくりの姿をした侍女の糸(芥川龍之介『糸女覚え書』)や、光秀の親友でガラシャの舅の細川幽斎(藤孝)の視点が重ね合わされて、非情な時代の中で、それぞれの叶わぬ恋や友情、神への愛を貫いた女たちの物語が語られている。がんじがらめの束縛閉鎖環境を舞台とする作風の宮木あや子は、この時代の不自由な女たちの描写にも才能を発揮している。

実はガラシャの物語としては異例の?ある種のハッピーエンドになっている。ガラシャが詠んだとされる辞世の句「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」も、それによって別のものに書き換えられている。そこらへんが評価が分かれるところかもしれないが、戦国時代の純愛物語として私はかなり好きだな。

・太陽の庭
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/12/post-1137.html

・白蝶花
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-996.html

・花宵道中
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/02/post-936.html

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