Books-Fiction: 2011年6月アーカイブ

・アクアリウム
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新作でもなんでもないが、夏の娯楽読み物としておすすめ。

ダイビング仲間が遭難した奥多摩の地底湖に単独で潜る主人公の正人。遺体捜索で洞窟の中を泳いでいるとき謎の大型生物に遭遇する。その生物は言語を使わず、正人の心に直接的に働きかけ、不思議なビジョンを見せる。正人はイクティとなづけたその未確認生物との交流に魅了されていく。

一方で地底湖周辺地域では森林開発が進行し、イクティの静かな生息環境に致命的な影響を与えようとしていた。正人は環境保護活動団体に加わって、イクティを取り巻く自然環境を守ろうとするが、そこに群れる活動家や政治家の権謀術数の闇にも巻き込まれていく。

幻想ファンタジーと社会派フィクションが絶妙なバランスで融合している。イクティの描写は魅惑的。ストーリーから懸念してしまう安っぽいエコ的メッセージはなくて、なんでもありのしたたかな人間たちの怖さが語られている。篠田節子の初期の傑作。

篠田節子の作品の過去の書評。

・薄暮
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/07/post-1026.html

・夏の災厄
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-802.html

・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html

・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html

・弥勒
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005292.html

・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html

・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html

民宿雪国

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・民宿雪国
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これはすごい(笑)。抱腹絶倒。しかし癖あり。

40代以上で洒落のわかる小説読みにのみ強くおすすめ。

「丹生雄武郎は2012年8月15日に亡くなった。享年97歳だった。彼は国民的画家として愛される一方で、長年にわたって寂れた民宿のあるじであったが、その人生は多くの謎に満ちている。本人が鬼籍に入ったため、憚りながらその直前まで彼の軌跡を追っていた私が、多数の証言と彼の死後発見された三十七冊の日記などを用いて、数奇に彩られた人生を明らかにしたいと思う。」(矢島博美)

というプロローグで、丹生雄武郎という男と民宿雪国をとりまく人間模様が語られるのだが、そこに起きるさまざまなエピソードが、無理やり昭和の大事件と接続されていく。あれもこれも黒幕は丹生雄武郎だったのか、壮大な我田引水的風呂敷が広がっていく。

あまりに荒唐無稽な展開に、小説としてのリアリティは物語前半で早々に破綻するが、著者の悪ノリこそが、この本の真髄である。『日本のセックス』同様に日本文学を下品にレイプするかのような破壊力と、日本の現代史を批判的に読むインテリジェンスとが同時にある。ひでえ小説だなあと思うと同時に、昭和について結構な見識がないと楽しめない内容でもある(だから40歳以上におすすめ)。

ひねりと笑いの効いた怪小説。私はかなり好きだな、この作家。

・日本のセックス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/08/post-1280.html
同じ樋口毅宏の作品。これもまた色モノだけど大傑作。

・ポトスライムの舟
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・退職理由のホンネランキング
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/01/honne/honne1.html

リクナビが退職理由のホンネをアンケート調査したところ第1位は上司との人間関係。

労働の内容が嫌で悩む人よりも、職場の人間関係が嫌で悩む人の方がずっと多いと思う。仕事はある程度選べるけれども、上司や同僚は選べないからだ。職場の関係が楽しければ、自然と仕事を覚えるし、周囲に支えられて才能だって開花させやすくなる。

特定の職業にこだわって絶対俺は大工になるんだとか、私はアナウンサーになるのよというプロ志向の人間は、多少は厳しい人間関係でも耐えられる。だが、それが漠然とした多くの新入社員にとっては、最初の上司や同僚との関係性は"すべて"といっていいくらい大きい。

そう考えると「職業教育」が取り組むべきは、

1 コミュニケーション能力や処世術を身につけること
2 特定の職業へのこだわりをインストールすること

の2点に重点を置くのが就職率、定着率を高める上で効果的ということになるだろうか。それで今の大学では「社会人基礎力」と称して1を強化する教育が増やされているわけだが、本当に必要なのは2の方なのではないかと観察していて思うのだ。

彼らは空気を読む世代だからコミュニケーション能力はもともとある程度備えている。空気を読めるグループ内では、お互いの要求レベルが高くなる。空気が読めない集団の中で空気が読めれば、「よく気の利く人」「優しいいい人」にもなれようが、優しい人間関係指向の集団で、そうした有利なポジションをとれるのは、高度に洗練された資質を持つ一部の人ということになってしまう。一部のメンバーを排斥することでコア集団は安定を保つというのも真理だと思うし、人間関係の悩みは悩みだしたらきりがない。

一般的に古い職種には憧れのロールモデルがあり、試練とそれを乗り越えた栄光への長期のキャリアパスが見えやすく、職業への特別なこだわりが形成されやすい。だが古いだけあって、そろそろ斜陽が多い。一方で勃興している新しい職種では、こだわりがなかなか芽生えにくい。10年前、20年前にはなかったわけだから。何が何でもWebマーケッターになるぞとか、石にかじりついてもiPhoneプログラマになるんだというマインドはまだ育つ土壌が用意されていない。

現代の若者の働き方がテーマで芥川賞受賞作のこの本の主人公には、やっぱり職業へのこだわりがない。1より2だと思うんだよなあ。

ちなみにポトスライムというのはこれ。地味な観葉植物。

・ポトスライム6寸吊
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・教科書の詩をよみかえす
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1993年前後の教科書に掲載された詩31篇を、詩人の川崎洋が選んで、その詩に触れて考えたことを綴っている。登場する詩人は、

川崎 洋 , 石垣 りん , 吉野 弘 , 草野 心平 , 黒田 三郎 , 中野 重治 , まど・みちお , 辻 征夫 , 萩原 朔太郎 , 室生 犀星 , 山本 太郎 , 谷川 俊太郎 , 栗原 貞子 , 伊藤 比呂美 , 島田 陽子 , 大岡 信 , 三好 達治 , 山田 今次 , 青木 はるみ , 中原 中也 , 土井 晩翠 , 茨木 のり子 , 小海 永二 , 村野 四郎 , 松井 啓子 , 北原 宗積 。

で、民謡やわらべ歌なども含まれている。

教科書に出る詩というと、古い価値観で、教条的で、優等生的なものを想像してしまうが、選者のせいかもしれないが案外にそうでもなくて、幅広い。さすがに恋愛や享楽をテーマにした詩はほとんどないのは仕方ないか。

一番気に入ったのは、これ。

---
紙風船 黒田三郎

落ちて来たら
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう

美しい
願いごとのように
---

今読むと復興のメッセージのようにも響く。

31の詩のうち3分の1くらいはすんなり入ってきて、3分の1は何も感じなくて、3分の1は違和感を感じる。第一印象で違和感を感じた詩を何度も何度も読み返していくと、新しい世界を発見して自分の感受性を拡張できたように感じられるときがある。

蝶のゆくえ

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・蝶のゆくえ
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橋本治 第18回第18回柴田錬三郎賞受賞の短編集。

19歳の短大生、20代のOL、中年の主婦、58歳の未亡人まで、現代に生きるさまざまな年齢層の女たちを主人公にした6編。著者は、巻末収録の自作解説で本作を「女にとって家とはどういうものなのか」という疑問を中心軸にした作品集で「Aによって見られるBと、Bを見ることによって現われるAの姿」という鏡構造を持ち、「普段はあまり意識されてはいない関係が浮かび上がる物語」と書いている。

登場する女たちはなにかしらの関係性にとらわれていて不幸だ。定年退職したばかりの夫がオヤジ狩りにあって殺されてしまったり、連れ子を新しい夫と一緒に虐待してしまったり、二股をかけられた男に呼び出されて関係をぐずぐず続けてしまったり、夫の経済的困難で身を寄せた実家で姑との関係に悩んだり。

昔の女の一生と違うのは現代の女たちは自分で人生を選択できるところ。そうではない道も選べるのに、怠惰や欲望やなにものかにとらわれて、ずるずると不幸へはまっていってしまう。その様子にすごくリアリティがある。平穏な日常に潜む闇が怖い。

・巡礼
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/post-1142.html
近隣住民との対話を頑なに拒否するゴミ屋敷の主人の屈折した半生をたどる。

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