Books-Fiction: 2012年3月アーカイブ

共喰い

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・共喰い
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田中 慎弥作。第146回(平成23年度下半期) 芥川賞受賞

芥川賞受賞時に辛い点数をつけた審査員の石原慎太郎とメディアで舌戦を繰り広げた際の反論映像は好感がもてて、人物的にファンになってしまったが、作品を読んでみると石原慎太郎が批判的だった理由もよくわかるのであった。まず第一印象として車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』あたりが近いなあと思った。読ませる小説ではあるが、今を描いていない。まるっきり昭和が舞台の暗くて湿っぽい小説なのである。

下水のにおいが漂う町で、主人公の少年は、女を殴ることに快感を覚える父と、その再婚相手である継母と一緒に暮らしている。愛想をつかした少年の実母は近所で魚屋を営んでいる。女性との交際をはじめた少年は、やがて自分にも女を殴る性癖の血が流れていることを知り愕然とする。ドブのような川に棲む鰻を喰って精をつけては女を殴る父と同じになってしまうのか。性と暴力にまみれた狭い人間関係が鬱屈をため込んで行って遂に暴発するまでを描く。緊張感があって短編にしては読みごたえがあった。

全体としては面白い小説であった。テーマ性が古い感は否めないのだけれど。

切れた鎖
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/10/post-1321.html

夢宮殿

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・夢宮殿
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アルバニアを代表するノーベル文学賞候補作家による反ユートピア小説。やっと文庫化された。寓意に満ちていて非常に面白かった。

19世紀のオスマントルコらしき世界で、国民の見る夢を収集する巨大な官僚機構 夢宮殿。そこは何千人ものエリート官僚が働く秘密主義の機関だった。全国から集まる膨大な数の夢の報告を<受理>は受け取り、<選別>課は重要性で分類し、<解釈>課は隠された意味を読みとる。そして夢宮殿の最高機関<親夢>は、上にあがってきた夢の中から、帝国の運命にかかわる予兆を含む「親夢」をひとつだけ選びだして、皇帝に伝える。それが戦争や平和、国家プロジェクトや政治的粛清の意思決定につながることもある重大な仕事だ。

国の名門キョプリュリュ家に生まれたマルク=アレムは縁故で夢宮殿に就職し、大臣や知事を親戚に持つ家柄の力で、順調に出世の階段を昇っていく。国家に奉仕する巨大官僚機構の恐ろしさ、滑稽さがこの小説の主題。マルク=アレムは眼の前の仕事に没頭しているうちに、夢宮殿をめぐる権力の謀略に巻き込まれていく。

セクショナリズムと秘密主義に覆われた組織の中で働く官僚たちは、自分の仕事が全体に置いてどのような役割を果たしているのかわからない、そして知るつもりもない。夢宮殿に限らず、現実世界の多くの官僚組織も同じように腐っている。無意味に情報を集め、無意味なルールで選別し、恣意的に解釈して上へあげる。為政者はそれに基づいて決定を行う。

異世界の幻想的な空気の文学作品。権力機構の不気味さな正体が霧の中から浮かび上がってくる。テーマは重いが、語り口は重苦しくなくて、ミステリー的展開で楽しめる。原語がアルバニア語なので翻訳が数少ないみたいだが、他の作品も全部読んでみたいと思わせるとても魅力的な作家だ。

恍惚

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・恍惚
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異なる時代の女たちの官能をテーマにした坂東 眞砂子の連作短編集。

「海は未知への扉であり、山々には精霊が宿っていた太古・弥生時代。男の心に狂おしい愛情の念を残しながら、魂が肉体を離れ飛び去って行く女の哀しみを描く「緑の女の還る地は」、室町時代に山城国の有力領主に嫁いだ誇り高き女と、京の遊里で名をなした女が都で儚き運命を交差させ、性を開花し散って行く「乱の徒花」、江戸を訪れた阿蘭陀(オランダ)商人に性の悦びを教えられ身も心も崩壊する町女を描く「伽羅の魔」...他4編。」
時代の幅が広い。弥生、鎌倉、室町、江戸、昭和、平成と時代順に並んでいて特に古い時代の作品が幻想的で良かった。

山々に精霊が宿っていた弥生時代。海賊の黒魔蜂が倭国の平和な村を襲い、「緑の女」たちを連れ去っていく。村に住む若い男の兎足は、思い人の若菜を賊に奪われる。『緑の女の還る地は』。大陸から波状的に人々が日本に押し寄せてきた頃というのはおそらく、こんなドラマがあったんじゃないかと思わせる。

この作品は当初、梟森南溟という筆名で出版された。当時の坂東 眞砂子のパートナーのフランス人との共作だったそうだが、「共作というのは二人でテーマについて話し合い、だいたいの路線が決まると、ミッシェルがエロティックな描写部分を英語で書き、私がそれをできるだけ忠実に日本語に翻訳し、さらに物語としての形を整えていった」という。どことなくエキゾチックな感じがあるのは外国人の感性が混じったからかもしれない。

・くちぬい
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/10/post-1530.html

・異国の迷路
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/post-394.html

・ギヴァー 記憶を注ぐ者
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未来SF『カッシアの物語』の原型になったといわれる名作。ちょっとアイデアを借りただけというのではなく、原作といっていいほど世界の設定は似ている。3部作というのも同じ。カッシアがよかった人におすすめ。初版は93年で、これは2010年に出た新訳版。

未来世界で人々は、あらゆる苦痛が取り除かれた完璧な"コミュニティ"に住んでいる。貧困も格差もなく平穏に暮らす代わりに、人々は自由やプライバシーを手放し、与えられた規則を厳密に守らなければならない。決められた時間に決められた仕事をする毎日。頭の中で考えたことや、感じたことまで、わかちあう"感情共有"も義務とされていた。

国家の管理と市民の相互監視によって完全に予定調和の理想郷。隠しごとや嘘など規則を破るものは"解放"されてコミュニティからいなくなる。超えてはならない川の向こうへ追放されるらしい。

少年少女は"12歳の儀式"で各々の能力や性格に最適な職業を任命される。言語への感受性が強い主人公のジョナスはその儀式で、数十年に一人しか任命されない特別の役割「レシーヴァー」を与えられた。

コミュニティにはただ一人の「レシーヴァー」(記憶の器)がいて、コミュニティの過去のあらゆる記憶を受け継いでいる。「レシーヴァー」が老いると、「ギヴァー」(記憶を注ぐ者)となり、次の世代の新たな「レシーヴァー」にすべての記憶を渡す。「ギヴァー」が「レシーヴァー」の背中に手をおき念じることで、生の記憶が直接的に「レシーヴァー」に注ぎ込まれるのだった。

その過程で自分が生まれ育ったコミュニティの正体を知ったジョナスは故郷からの脱出を考え始める。

この作品の出版から約20年。国家権力のビッグブラザーによる管理社会ではなくて、グーグル的なライフログ全共有とソーシャルネットワークによる相互監視という形で、"コミュニティ"は現出してきている。


・カッシアの物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/2012/01/post-1586.html

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