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・テレビ進化論 映像ビジネス覇権のゆくえ
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経産省メディアコンテンツ課課長補佐出身で、早稲田大学准教授としてコンテンツ産業理論、情報経済論、産業政策論などを教える境真良氏の放送と通信の融合論。新書一冊で放送と通信の融合の現状が俯瞰できる良書。

メディア・コンテンツ産業が未来の日本の基幹産業だと言われる割に、旧態依然とした体制がなかなか変わらないのはなぜか。著者は元官僚としての正直な感想を吐露している。
「しかし、経験者の実感と言えば、最大の問題は、メディア・コンテンツ産業が本質的に娯楽産業だという点にあるのではないだろうか。メディア・コンテンツ産業は、国の興亡や国民の生死に直結しないし、伝統技術や舶来の芸術のような権威とも距離がある。だから、いくらGDPを増やすから、情報通信産業の発展に資するからといっても本気で取り組む気になれない。「娯楽の価値」を認められない官僚の心理傾向が、問題の奥底には潜んでいるようにも思える。」

新しい価値は中心ではなくて周縁から生まれる。サブカルチャーからカルチャーが育つ。むしろ中央の官僚が認められない価値だからこそ、これは本物なのかもしれないと思う。
この本にも紹介されているようにかつて映像の世界には実験市場があった。二本立て映画、ピンク映画、深夜番組という傍流とみられた市場から、後の名監督や名プロデューサーが生まれてきた。ゲームやアニメからヒットコンテンツが誕生してきたのも、新しい才能が生まれる実験的な市場だったからだろう。今ならニコニコ動画やYouTubeがそうした傍流の実験市場になるのだろう。

当面の課題はそれらをマネタイズする方法を考えることだが、情報の価値についてこんな記述があった。

「慶應大学の坪田知己は、情報そのものは無価値であり、情報はその情報を利用できる人間に出会ったときに初めて価値を生むと説明する。 これにしたがえば、情報のビジネスで最大の課題は、その情報を受け取って価値を見出す人間をいかに抽出するかということになる。だからこそ、ウェブ2.0系事業者はどん欲に消費者に関するあらゆる情報を集めようとする。」

つまり大勢を楽しませるコンテンツを作る時代から、それを面白がる人を大勢探す時代になるということかなあと考える。年頃の娘は箸が転がるのを見ても笑い転げるというが、転がる箸と年頃の娘をデータベース上で結婚させるのが、新しいコンテンツビジネスの可能性として考えられる(もちろんこれまで通り大勢を楽しませるものと並行して)。

グーグルや楽天などのプラットフォーム型ビジネスの特徴として「ずらし」の技法があると著者は指摘している。グーグルが広告で収益を上げながら無償でサービスを提供するような例のこと。

「つまり、直接収益のように単一の受益者に金銭対価を要求するのではなく、複数の受益者を想定し、ある受益者には無償で利益を与え、そこから、獲得した情報と引き換えに別の受益者から金銭を回収するというやり方であり、「情報の三角貿易」とでもいうべき技法だ。」

この本は、映像ビジネス世界で、テレビ業界、制作者・権利者、IT業界などのプレイヤーが新しい「情報の三角貿易」の組み合わせを模索している様子を、元官僚で研究者である著者が、一般人にも分かりやすいように平易に、でも斬り口は大胆に分析している。

・テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代
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「8時だヨ!全員集合」、「欽ちゃんのどこまでやるの!」、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「太陽にほえろ!」「熱中時代」「スター誕生」「夜のヒットスタジオ」。1970年生まれの私は、まさに70年代テレビを見ながら物ごころがついた。子供だったからテレビを批判的にみることはしなかった。家族と一緒に見るテレビ視聴は、ただただ楽しい体験だった。

まず面白さの原点をテレビに学んでいた気がする。そして画面に映る社会や未来はいずれ自分がその中に入って行く世界の予告編に思えた。今思えばテレビは子供の私に最大の影響を与えた学校だった。だから、70年代テレビを客観的に解体しようとするこの本は、自分の思考や感性を批判的に見直す機会にもなった。

「本書は、何よりもこの「情報」と「演出」の亀裂を埋めるようなテレビ的言説の構築を目指すものである。そのために本書では、「自作自演」を分析のキーワードとして捉えることにしたい。私たちがテレビを「面白い」と思うときには、そこに必ず「自作自演」性が存在するのではないか。」

ここでいう自作自演性には、いわゆる「やらせ」番組も含まれるが、本質的にはもっと宿命的で、メタレベルの自作自演性である。たとえば一般人や関係者にカメラを向けたとき、そこにありのままの自然はない。

「そのときテレビカメラはただ客観的に目の前の出来事を伝えるだけでなく、自分たちがいま取材していること自体から生じた現場の空気をも伝えていることになる。つまりテレビが自らつくり出した雰囲気を、他人事のように客観性を装って(=演じて)伝えているという意味で、そこには「自作自演」性が存在するのである。」

「テレビの外部」を透明に映していたそれまでのテレビが、この自作自演のうまみに気がつき変容していく。「誰かの意図や戦略には回収されない、不透明な出来事としての「自作自演」性が、70年代テレビにはあったのではないか」という問題設定のもと、7人のメディア研究者が、さまざまな切り口で70年代テレビを徹底分析する。バラエティ番組、歌謡番組、ドキュメンタリ番組、ドラマ番組、コマーシャル、テレビと大晦日、女子アナ、やらせ問題の8つの章から構成される。

「テレビと大晦日」の章は、大晦日のテレビ番組表の変遷を、新聞のラテ欄の複写を見ながら分析するもので、個人的にはたいへんおもしろかった。国民的王道となったレコ大→紅白ラインを打倒しようと、毎年あの手この手で大作戦を仕掛ける民放各社の戦略に時代性がはっきり表れている。私も毎年、どれを見ようかと迷ったが、結局レコ大→紅白だったのだ。

70年代とは、国民の半数が毎週決まった時間にテレビの前に座った最後の時代だった。それが自作自演だったにせよ、みんなが同じ文化を共有できた最後の時代だったともいえる。今の子供はチャンネル争いなどしていないだろう。ゲームもあるし、インターネットもあるし、携帯もある。テレビはもはや選択肢の一つだ。ロングテールなメディアに育った世代は何を共有していくのだろうか、とこの本を読み終わって考える。

不許可写真―毎日新聞秘蔵

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・不許可写真―毎日新聞秘蔵
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・不許可写真―毎日新聞秘蔵 (2)
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毎日新聞社が戦後まで保管していた第二次世界大戦中の報道「不許可写真」が2冊の本になったもの。軍部の検閲により写真には「検閲済」「不許可」などのハンコや赤ペンでの修正指示がびっしり書き込まれている。「検閲済」は新聞掲載がOKという意味で、不許可はダメということである。

実はこれらの不許可写真の多くは物凄い秘密が写っているわけではない。そこに写っているのは戦争の日常で、戦闘シーンだけでなく休息する兵士たちのようなのどかな写真も含まれる。

検閲には明文化された規則があって、全文が掲載されているが、要約すると

・飛行機や飛行機事故の写真
・旅団長(少将)以上の写真
・軍旗が写った写真
・多数の幕僚の集合写真
・司令部、本部名などの名称がわかる写真
・装甲車や戦車、艦船や戦闘機の写真
・輸送・移動の様子がわかってしまう写真
・捕虜や敵兵を逮捕尋問している写真
・死体の写真

などがダメだった。現場の検閲官の裁量で微妙な判定が行われるケースもある。

修正すれば可というのもある。たとえば山の稜線が写っている写真は場所の特定に結びつくのでそこを削るように指示される。肩章が映った兵士の写真は肩章部分を修正で消すように指示される。

何百枚もの写真と検閲理由の解説を見ていくと、読者の眼は当時の検閲官の眼になる。途中からは9割くらい、次の写真が許可なのか不許可なのか、修正を入れるとしたらどこに指示をするかが、わかるようになってしまう。

テリー伊藤が解説で面白いことを書いている。「不許可にした写真でも、軍はネガを没収しなかったというのは、多分、「お役所」なんですね。許可をしない、掲載しない、というお役所仕事だったから、ネガを没収するというのは別の「仕事」なんですよ。」。検閲するほうも、されるほうも、なんだかんだいって同じ民族だから信用していたのではないかという。

当時の新聞社は軍の検閲を受けて、この写真は不許可という指示を与えられていたが、この写真を使えとは言われていなかった。民間企業として残された新聞社は、軍の検閲と馴れ合いながらも、軟禁状態の言論機関として情報を発信していた。国家のプロパガンダ機関として徹底しなかったのが日本の情報統制の弱さだったという指摘があった。

なにか歴史をひっくり返すような中身があるわけではないのだが、戦時中の検閲そのものを体験できる貴重な写真集であると思う。

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麗しき男性誌

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・麗しき男性誌
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斎藤美奈子が男性雑誌を斬る。かなり痛快。

取りあげられた雑誌は週刊ポスト、プレジデント、日経トレンディ、文芸春秋、週刊新潮、週刊東洋経済、ダカーポ、ナンバー、週刊ゴルフダイジェスト、サライ、日経おとなのOFF、ダンチュウ、ニュートン、メンズクラブ、エスクァイア、ブリオ、ナビ、ブルータス、レオン、ホットドッグプレス、東京ウォーカー、週刊プレイボーイ、週刊スパ、メンズノンノなど。さらに普通の男性雑誌に加えてヤンキー御用達の「ヤングオート」、ヘラ釣り専門の「月刊へら」、バス釣り雑誌の「バサー」、「山と渓谷」、軍事雑誌「丸」などの特殊な男性雑誌もレビューしているのが愉快。

論旨明快に男性雑誌のイタいところを突いてくる。当たり前といえば当たり前だが、男性雑誌というのは、その時代の男性の欲望やコンプレックスの反映なのだ。たとえば一件、対極にありそうなアエラとスパも、基本的にやってることは一緒だという指摘は鋭いとうなった。

「どちらも20代〜30代の「ちょっとハミ出たヤツ」に関心を持ち、その条件に合致する人を何人か取材し、あたかもそれが「日本の普遍的な大問題」であるかのうような分析を加える。関心領域といい切り口といい、この二誌は意外にも親戚同士だったのだ。ただし、両誌の間には決定的な差がある。自虐の「スパ」とは裏腹に、「アエラ」には上昇志向の強さがあることだ。この差は読者層の差を反映しているともいえる。「S」が偏差値低め、自虐度高しのサラリーマンを相手にしているとすれば、「A」が意識してるのは偏差値高め、プライドも高めのお姉さま方だ。」

この本の本文は2000年5月から2002年12月にアエラに連載された内容なので、変化の激しい雑誌の評論としては古くなった部分があるが(廃刊した雑誌も複数ある)、文庫版では2007年時点での追記があって、その間の誌面の変遷をフォローしてくれている。こうした雑誌の編集方針の比較や歴史については情報があまりないので、非常に参考になった。

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趣味は読書。

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・趣味は読書。
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本好きにはベストセラーを敢えて読まない人も多いと思う。

しかし、自称・他称の”本好き”は、人からベストセラーの感想を聞かれることが多いため、目を通しておかなきゃいけないかなと気になっている。だから、「わたしが代わりに読んであげました」というのがこの書評本である。

取り上げられているのは「声に出して読みたい日本語」「五体不満足」「買ってはいけない」「永遠の仔」「冷静と情熱の間」「ザ・ゴール」「iモード事件」「チーズはどこへ消えた」「ハリーポッター」「世界がもし100人の村だったら」「金持ち父さん、貧乏父さん」など40数冊。2003年の出版なので歴史的にもベストセラー評価確定の本ばかりである。

見事なのは、どの書評も面白いのだが一冊も読んでみる気にならないということ(笑)。
この本全体を通しての著者の批評姿勢として、ベストセラーには内容に厚みがある本が少ないという嘆きが感じられる。わかりやすいが薄っぺらなのだ。中学二年生にもわかりやすい内容の本が大人に受けている。単純なメッセージは単純な感想しか生まないのに、という著者の指摘は鋭いと思った。読むものを深く考えさせるものが売れないのである。

本の作り方と売り方にも問題はありそうだ。現在のベストセラーは作られていると思う。ある知人の編集者曰く「初版でちょっと売れたら、○○万部のベストセラーと次の刷からは帯に書くと凄く売れるんです。」。数万部を超える初速が出たら、それを宣伝文句にして数十万部ヒットへの加速ができるらしい。みんなが読んでいるものを読んでおきたいという読者の心理を刺激するマーケティング手法である。

この本で取り上げられるベストセラー本は、実際、初速でたくさん売れた本が多い。初速の背景には、著者の有名性やテーマの時事性、大手メディアのタイアップ企画などの要素があって、純粋に文章の力がきっかけで売れたのではない本が多いのである。そこには「読者」が育っていないからという事情もあるようだ。

統計データを多角的に見て、「日本の読書人口」を著者が計算した数字が面白い。日本でまともに本を読む人は1割強でマイナーな趣味なのであるという。さらに毎月一冊以上単行本を買い、日々書店に通い、新刊情報を気にする人など500万人か600万人くらいしかいないだろうと結論している。そして、他の趣味と同様に読書人口の大半は善良なビギナーであり、単純なベストセラーに、素直に感動、涙してしまう。

だが、ここ数年でブログに書評を書く人が増えて、本探しの状況は変わってきているかもしれない。かなりマイナーな本でもブログ検索に書名を入れると多面的な感想や書評エントリが複数出てくるようになった。知る人ぞ知る本を自力で探して、自分なりの評価を表明するということが誰にでもできるようになった。

仕掛けられたベストセラーをみんなが読むのではなくて、みんなが読んだ結果ベストセラーになるという本来の姿になると、こういうベストセラーの書評本も、読んでみたい本でいっぱいになるはずなのだが。

・【書籍になりました】 情報考学―WEB時代の羅針盤213冊(主婦と生活社、1600円)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004789.html

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・新聞なんていらない? 記者たちの大学講義
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これから新聞記者になりたい人にとって最適の本。朝日新聞社の記者、営業、編集委員らが大学で講義した内容を書籍化。

新聞は中身の55%が記事で残りが広告。記事の量は400字詰めの原稿用紙でざっと450枚で新書一冊分に相当する。編集の過程でボツにされるため、この記事の倍の量が書かれている。編集に関わる人2500人、そのほか印刷や販売流通などに関わる人4000人。総計6500人が130年の歴史を持つ、830万部の朝日を支えている。

新聞記者による新聞の特徴は総合性、一覧性、詳報性、保存性の4つで、すなわち、「何でも載っている」、「一目で見られる」、「詳しく伝えている」、「そのままとっておける」である。

新聞の収益は販売5、広告4、その他1.90年代前半以降、値上げはしていない。広告比率を抑えて独立性を維持し、広く読んでもらうために値上げを行わないでやってきている。

新聞とはなんだろう?と言う自問にある記者はこう答えた。「歴史のある一日を、ワールドワイドで(宇宙まで含め)、ある明確な判断と意思のもとに切り取り、刻印し、それを日本中に配り、伝えようとする、それを受け止めようとする人々が列島の隅々までいる、そういう人間たちの」意思のすさまじさなんじゃないかと。

視点と哲学を持って自律するメディアというのは、”勝手なメディア”全盛になるインターネット時代において、まだまだ活きる価値だと読みながら思った。紙の新聞をあまり熱心に読まない私でも、ネットで新聞社の記事は当てにして読んでいる。「新聞なんていらない」わけでは決してないと思っている。

「古い酒袋に新しい酒を注ぐ」という諺があるけれど、このすさまじい意思を受け継ぎつつ、紙以外の新しいメディアとどう融合するかが、当たり前だけれども課題だろう。映像のテレビ、考えさせる新聞、スピードのインターネットという組み合わせで情報を見ることが大切なのではないかと訴える編集委員もいた。知る権利とならんで考える権利があると言った人もいた。

読者が「考える」メディアという位置づけは面白い。書籍・新聞という紙メディアは、他の媒体に比較して、読者を考え込ませるアフォーダンスがあるメディアだと思う。考えたことをネットに吐き出させ、フィードバックするという仕組みがあると、ネットと両立する紙の新聞の付加価値になるのではないかと思った。

各講師の講演テーマは以下。

1 新聞へのアプローチ―面白がる力、社会力、意見力をつけよう
2 「経済記事」の読み方―事件の背後の時代相
3 球界再編とメディア―スポーツライティングの立ち位置
4 被害者と記者―なぜ「事件取材」からスタートするのか
5 アメリカ大統領選挙と特派員―自国の利益と世界の利益
6 首相と番記者―特異な宰相・小泉純一郎を報道する
7 営業マンと販売店―新聞ってインテリが作ってヤクザが売るの?
8 広告は語る―メディアによる違い、魅力
9 新聞の未来―言葉への感度を取り戻そう
闘う社説
科学記者と地球
文化記者の志

大学生に語りかける内容なので、どちらかというとタテマエが多いのだが、現場仕事の面白さを語る際に本音もでてくる。古い考え方と新しい考え方が世代や役職によって入り混じっており、保守的なメディアという印象があるが、変革の必要性を現場も意外に強く感じているのだなあと思った。

・図説 日本のマスメディア
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003900.html

・新聞がなくなる日
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003811.html

・メディア裏支配―語られざる巨大マスコミの暗闘史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003332.html

・日本経済新聞は信用できるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002805.html

・図説 日本のマスメディア
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とてもよく書かれた本である。実用書として5段階評価なら5つ星。

企画提案や調査の仕事にすぐ使える最新データが満載で、動向を把握するための丁寧な解説がつけられている。図表とグラフが多数収録されていて出典も明らか。この一冊を手元においておけば、ネット検索するよりも、メディア関連の大きな数字はすぐみつかる。

全体像を把握するデータだけでなく、「切り口」を持った統計調査の引用も多い。たとえば、テレビについて面白いデータがあった。(以下、各データの出典についてはこの本を参照ください)

テレビは依然メディアの王様で90%以上の人が視聴しており、一番「役に立つメディア」として筆頭にあがっている。1日の平均接触時間は3時間を超える。この5年間の変化では「くつろいで楽しめる番組」を期待する人よりも、「世の中の出来事や動きを伝える番組」を求める人の割合が多くなり、報道と娯楽の逆転、もしくは娯楽のなかにも情報を求める融合現象が起きている。

視聴スタイルの変化がある。「テレビは一人だけで見たい」という視聴者は1985年の32%から05年は39%に増加、「実際、一人で見ることが多い」は90年の36%から05年の42%に増加している。

「テレビ番組は自分で選ぶか」には「自分で選ぶことが多い」が増加傾向であり、家庭内で「チャンネル権」を争う場面は減っているようだ。背景には家族人数の減少、テレビの複数台所有(半数の世帯が3台以上を保有)などがあると推測される。

実態としてはまだ他の人と見ることが多いが、その差は縮まってきており、テレビは家族そろって見るものから自分の好きな番組を一人で見るものになりつつある。

ながら視聴の割合のメディア別比較も興味深い。テレビ38%、ラジオ71%、新聞52%、雑誌・マンガ43%、本33%、CD・テープ60%。テレビはつけたままにしておき、気になったときだけ目を向ける人が6割。

私はテレビをつけながら、MP3を聞きながら、ネットサーフィンをするというのが常態なのだが、3種以上のメディアに同時接触する超ながら率なども今後は調査してみたら面白いかもしれない。

この本は新聞、放送、出版、広告、映画、音楽、インターネット・携帯電話の7章で構成されている。各章をそれぞれの専門家が担当執筆している。全体の監修も的確で、日本のメディアの各論から、総論が浮かび上がってくる。2000年に出版された第一版に音楽、インターネット・携帯電話の項目を付加した上で2005年度秋に抜本的に改訂した内容なので、フレッシュな情報が多い。

ちらっと関心のある項目を読んでおくだけでも仲間内で「メディア通」を気取れる。

・出版社は4300社くらいあるんだよ
・100万部以上の雑誌のトップ10のうち9誌はコミック雑誌なんですよ
・発行部数 読売新聞1007万部、朝日新聞827万部、毎日新聞400万部、日経新聞302万部
・04年の書籍の新刊点数7万7千点、発行部数13億冊、雑誌44億冊、出版は2.4兆円市場
・インターネット広告費はラジオの広告費を上回り04年に1814億円
・年間映画観客数1,6億人、03年で国民一人当たり年に1.28回。全盛期の58年は12.3回。
・カラオケ参加人口は4780万人で横ばい
・新聞を一面から読む人49.5%、最終面から読む人31.2%、決まってない13.2%
・04年の書店の数は17716、出店数370に対して閉店数1114、小規模書店減少の一途

こうした何千ものデータから動向を把握する見方を与えてくれるので、読み物としても十分楽しかった。

・新聞がなくなる日
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毎日新聞社に30年いた元記者が書いた新聞の未来。

■紙 VS 電子情報 新聞を上回るインターネット

2004年の新聞協会の発表では、1世帯あたりの新聞の発行部数は1.06部。駅売り分を引いても0.98部でほぼ世帯数に等しい。この数字だけを見ていると、新聞はまだ安泰ではないかと思える。

だが、陰りが見える。

総務省の「情報流通センサス」が日本で流通する全情報を、デジタルとアナログで計量している。10年前は書籍や新聞のアナログ情報が多かったのに、平成15年度では、デジタル情報の30分の1しかない。紙のメディアは近年、圧倒的に流通の比率面では小さくなっている。

・情報流通センサス 平成15年度 報告書
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/linkdata/ic_sensasu_h15.pdf

この本には、日本新聞協会の調査が引用されている。首都圏に住む18歳から35歳の男女に「自分に深く関わるメディア」を聞いたところ、1位 テレビ 87%、2位 インターネット 41%、3位 新聞 34%、4位 雑誌 21%、5位 ラジオ 10%、という結果が出た。若い世代のマインドシェアでは既にネットが新聞を上回ってしまっている。

接触時間でも、1日平均でテレビ188分、インターネット91分、新聞15分。回答者の7割が新聞を月極め購読しているが、朝刊を毎日読む人は37%と低率で、半数の人が新聞が自分に「影響を与えていない」と答えている。

まだまだ惰性で新聞を定期購読している人は多いのだが、既に新聞は真剣は読まれなくなっている。一般社会人の情報生活においてマストのメディアではなくなってきている様子がうかがえる。インターネットの無料新聞が主な原因である。ブログのような参加型ジャーナリズムも競合として現れた。

■発行部数低下により新聞の流通を支える宅配網が危うくなる

定期購読の率が高いのは、他の国にはない新聞の宅配システムがあるからである。新聞販売店は全国に2万1000店舗あり、これは交番・駐在所の数より多く(1万6000)、郵便局の数に相当するという。

新聞販売店の年間販売収入は約1兆7500億円もある。新聞社と販売店の取り分は9500億円対8000億円。新聞は売り上げの4割以上が販売店に回る販売経費という構成になっている。これに加えて販売店は1世帯当たり年間3000枚もの折込チラシを挿入するビジネスを行っている。この折込みチラシ広告のビジネス規模は雑誌よりも大きい。折込みチラシはテレビ、新聞に次ぐ第3位の広告媒体なのだ。この部分はほとんど販売店の丸儲けになるという。数十万人がこの仕事に従事している。

日本の紙の新聞が他国と比較して値段が高いのは、この巨大な全国宅配システムの維持コストのせいなのだった。著者はいくつかの係数で方程式をつくり、2012年の新聞の発行部数を予測してみせる。すると新聞メディアの崩壊とはいかなくても、この販売店網の維持が危うい水準にまで低下するだろうと予言する。


■紙、電子、電波のメディアミックス、放送+通信のコングロマリットの時代へ

電子新聞をやれば自社の紙の新聞が減るという共食いのジレンマ(カニバリ)が、今の日本の新聞社の課題である。米国では新聞のネット部門は単独で黒字化し、今後も拡大が見込まれている。ネット広告の市場規模が急成長しているからだ。

だが、ネット広告の成長だけでは日本の新聞産業を維持できない。日本の新聞の広告収入比率は36%に対して米国の新聞の平均85%。日本は販売が主で、米国は広告が主という違いがあるからだ。

伝統的に販売収益モデルで運営してきた新聞社の現場には、広告の客寄せとして新聞コンテンツを作ること、ジャーナリズムをやることに、違和感を持つ人も多いようだ。

著者は紙(新聞)、電子(ネット)、電波(テレビ)のメディアミックス、放送+通信のコングロマリットの時代がやってくると考えている。冒頭でアナログ情報の30倍にまでデジタル情報が増えているという数字があったが、メディアの複合化やグローバル化は確実に進んでいきそうだ。

これは新聞メディアにとって、機会でもあり、脅威でもある。IT業界では「コンテンツ不足」とよく言われる。新聞社のつくるニュースの需要自体は増大しているはずだ。草の根ブログだけでは代替できない情報を新聞社は生み出している。新聞やジャーナリズムのコンテンツの価値が疑われているのではないと私は思っている。

メディア複合化の組み合わせの中で、多様な収益源を作り出していくことが、企業としての新聞社に求められている気がする。日本の大きな新聞社は長い間、特殊な立場にあって、そうした当たり前の企業努力をしてこなかっただけのように思えるのだ。

産業としての新聞は、従来の特権的位置から徐々に後退するが、未来においてもプロのジャーナリズムは生き残る、というのが著者のビジョンのようである。

■関心事を拾い読みすること、全体を俯瞰すること、ネットリテラシー教育

先日、ある大きな新聞社の方々と新聞の未来をディスカッションする機会があった。自分なりのメディアの未来をお話した後の質疑で、「私はネットがあるから自宅で紙の新聞は読んでいません。それでも、社会人として必要な世の中の動きはわかっているつもりです」と生意気な意見を言ってみた。

するとベテランの記者の方からは当然、反論もあった。趣旨は、自分の関心のあるニュースを拾い読みするだけでは、世の中の大勢を把握することができないのではないか?という疑問であった。

「そういうあなたも、子供の頃は紙の新聞を読んで育ちませんでしたか?」と問われた。私は元新聞記者の息子なので平均以上に読んで育ったので答えは「はい」ということになる。「あなたはできるのかもしれないが、紙の新聞を読んで育つという経験がない世代に、ネット情報だけで世の中を俯瞰する能力が育つと思いますか?」という鋭い切込みにはうまく答えられなかった。次の世代のことは正直わからないからだ。

大新聞が描く世の中の見取り図がすべて正しいとは思わない。不偏不党の透明な報道という謳い文句が、実現できているとも思わない。「神の視点」など論理的にありえないと思うからだ。私が読みたいのは、どのような立場であれ、確固たる視点を持って書かれた文章だ。ネットワークを使って、複数の視点を比べて読むことで、自分なりの意見をつくるのがネットリテラシーなのだと考えている。

しかし、ベテラン記者氏から指摘されたように、ゼロから比較の土台を作れるかと言われると私の根拠が怪しい。毎日読んではいなくても、私も物事の判断基準に、大新聞的な見方を意識しているからだ。叩き台、基点となる枠組みとして、新聞の視点がなかった場合、次の世代はどうやって、自分の視点を築いていくのだろうか。

ここでBGM: The time they are a changing' (Bob Dylan)

・日本経済新聞は信用できるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002805.html

・出版考、ふたつの知、情報の適者生存、金儲け
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001061.html

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http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002377.html

・アカデミー賞を買った男―夢を追いかけて映画バイヤーになった
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ラストエンペラー、アマデウス、シカゴ、ミリオンダラー・ベイビー、キル・ビルなど、誰もが知っている30作品以上のアカデミー賞受賞作品を買い付けた凄腕映画バイヤーの自伝的な業界ガイド。

そもそも映画バイヤーとはどんな仕事なのか。


独立系映画製作会社、あるいはそこが作った映画の海外セールスを代理するセールス会社から、日本での配給権(劇場配給、その6ヵ月後のビデオ発売、さらに6ヵ月後の権利行使になるテレビ番組放映セールス権等)を一定の期間(通常8年から12年)独占的に買う仕事。この日本での劇場、ビデオカセット・DVDのビデオグラム、フリー・ペイTV配給権のいわゆるオールライツ(全権利ベース)の交渉をする

劇場公開用映画のオールライツのほとんどはMG(ミニマムギャランティー、最低保障取り分)を、先に支払う構造。その金額は製作費の7〜12%。ハリウッド映画超大作を買う場合には、400万ドル〜1500万ドルが相場で、これに加えて公開には宣伝費用が4億円から10億円必要だそうだ。この10億、20億の一大プロジェクトの命運を左右しているのが、映画バイヤーということになる。

年々、バイヤー間の競争が激化していて、映画が出来てから買うでは遅いそうで、脚本レベルで買う必要がある。そこで映画バイヤーは英語の脚本を読みながら、頭の中で出来上がりを想像して、巨額の投資を決めるそうだ。想像を膨らませる感性が求められる。

著者はインタビューの中で感性についてこう答えている。


感性とはフィーリングですか?センスですか?

梅原 両方。一般映画は100万人規模のお客さんを相手にするじゃないですか。バイヤーは1人で100万人の相手をするのですが、共通項を考えたらダメで、自分の感受性を信じるしかない。自分が監督しているつもりでやらないと。

有名作品の買い付けエピソードや、具体的に数字入りの買取金額や採算の内訳、アクの強そうな業界人同士のビジネスバトルが、次々に出てくる。関係する会社の概要にも詳しく、業界地図が把握できる。文章は独白メモ的だが、情報量は多く、本音が書いてあるのがいい。映画バイヤーの仕事はシード段階のベンチャー投資にも似ているとも思って興味深かった。

とても参考になったのが巻末付録のWebリンク集。映画業界のプロが見ている海外情報ソースがたくさん開示されている。3つほど紹介。

・Variety.com - Entertainment news, movie reviews, industry events - Variety Magazine Online
http://www.variety.com/index.asp?

映画業界人必須の雑誌のサイト。

・ROTTEN TOMATOES: Movies and Games, Reviews and Previews
http://www.rottentomatoes.com/

世界的に著名な映画批評家のサイトで好きな上位60%をFresh、59%以下をRottenとして斬る。

・Ain't It Cool News: The best in movie, TV, DVD, and comic book news.
http://www.aintitcool.com/
スニーク試写の感想サイト。多少(良い意味で)偏っているらしいが、米国の新作映画が公開数ヶ月前にチェックできる。


映画バイヤーという、まったく知らなかった仕事の内幕を知ることができた。この著者は劇場映画専門だが、インターネット公開の動画専門バイヤーというのも、将来、花形職業として登場するのかもしれないと思った。やってみたい気もする。

・私の好きな映画たち(1)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000734.html

・私の好きな映画たち(2)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000735.html

・メディア裏支配―語られざる巨大マスコミの暗闘史
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著者は元TBS記者で政治や番組「報道特集」を担当した後、独立。国会をありのままに中継する専門チャンネル国会TVの創業し、苦戦を強いられながらも、インターネット放送を続ける。

・国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/
国会TVは2001年12月に放送電波を停止され、現在はWebで有料配信中。

この本では記者時代の生々しい経験をベースに政治とメディアの抜き差しならぬ癒着関係が語られる。田中角栄、中曽根、金丸、竹下と歴代総理のメディア裏支配から、郵政族のドン野中広務の暗躍から引退、そして小泉政権の巧妙なメディア戦略や最近のNHK問題まで。

■1千万人が見ないと打ち切りに、視聴率の弊害

おおざっぱに計算すると地上派テレビの視聴率1%とは100万人の意味だが、視聴率1%の番組というのは現在のCMベースのモデルでは継続することはできない。合格点をもらうには、およそ10%程度は必要になる。

著者はこういう。


考えてみれば、百万人が見た番組を「低視聴率」という理由で切り捨ててしまう世界とは一体何なのであろうか。書物もCDも映画も百万人に支持されれば大ヒットである。もちろんわざわざ出かけていって金を払って手に入れるものと、家にいてチャンネルを回すだけで見ることのできるテレビとでは、数のスケールに違いが出てくるのは当然である。しかしそれでも一千万人が見ないと評価されない世界というのが果たして正常な世界なのだろうか。

10%の視聴率を求めれば、自然と番組内容は娯楽的、ゴシップ的なものになる。バラエティ番組や、過度に単純化した内容を伝える短絡的ニュース番組などが高視聴率をあげて幅を利かせる。それ以外の、1%向けの番組は、いくら高品質でも経済的に淘汰されてしまう。

■揃って間違えるマスメディア

複雑怪奇な記者クラブ制度がこの国の報道の元凶のひとつとして批判されている。

特ダネを一社だけが落とすことを特オチといって、放送局、新聞社にとっては最悪の避けねばならない事態ということになっているらしい。一方で各局揃って誤報を流すことは、問題視されない。著者は一社が特ダネを落とすより、全局が誤報を流すことのほうが遥かに視聴者にとって悪影響を及ぼす大問題ではないかと、問題提起する。

馴れ合いは記者同士だけでなく、著者が所属していた政治部では根が深い。記者は情報を得るためには、政治家や官僚に取り入って子飼いになることが求められている。この本ではそうした癒着の現場が政治家やメディアの実名で、生々しく紹介されている。政治家の思うように操られる記者、逆にマスコミ上層部の思惑に操られる政治家。

メディアは現代政治の基本であり、政治報道は政治そのものと化している。中立で公平で、不偏不党の報道などどこにもないことが良くわかる。いや、そもそもその中立公平な報道という理想が誤っていることもはっきりしてきた。

■成立しなかった日本の多彩な多チャンネルモデル

日本にはいまだに放送法に不偏不党の原則がある。米国では1980年代に連邦法で、マスメディアに「公平の原則(フェアネスドクトリン)」を課すことは憲法に違反しているという判決が出ている。特に民放の役割は、画一的な見方を広めることではなく、多彩な見方を提示することにあるのだから、公平中立な画一報道の仕組みは、一見、正しそうで間違っているのだ。

結局、記者は神様でもない。どんなにがんばっても、すべての報道が誰かの意見、偏った見方に過ぎない。むしろ、偏った見方がいっぱいあって、視聴者は比べながら判断するというのが、これからのメディアと視聴者のあるべき姿なのだろう。インターネットではそうした関係は一部で成立し始めている。

こうした多彩な内容を成立させるのが、多チャンネルのモデルである。米国の多チャンネルが成功したのは、視聴者全員が有料で加入する数十の基本チャンネルセット「ベーシックサービス」の存在が大きいと、著者は述べている。ベーシックパックに含まれた多彩なチャンネルは、視聴者の払う料金を分配して利益とできる。だから小資本でも、1%の層にとって質の高い番組を作れれば、運営を続けられる。

日本の多チャンネル(CSなど)では、オプションで申し込む「ベーシックパック」はあったが、米国流ベーシックサービスは存在しなかった。だから、小資本のニッチなチャンネルは有料読者獲得が不可能で、9割が赤字という状況になってしまった。残ったのは既存のマスメディアや大企業の資本が入った系列会社ばかり。これでは多チャンネルの意味がない。地上波の2軍に成り下がっている。

■高画質よりも多彩な情報を提供するテレビが求められている

先日、参加した放送業界最大のカンファレンスNAB2005で、おそらく最も使われたキーワードはHDだった。HighDifinitionの略で、新しい高画質規格を意味する。この傾向は日本も変わらない。だが、日本の場合、多彩な多チャンネルがないので、結局は現在の地上波系の番組が高画質になるだけだ。メディアと視聴者の関係を何も変えないように思える。
著者は、国民に利益をもたらすのは高画質のテレビより、多彩な情報を提供する多チャンネルだと結論している。CNN、アルジャジーラのような独立系のメディアが、日本でも生まれてくるようになれば、やがては政治も変わってくる。この本のテーマであるメディアの裏支配も難しくなるだろう。

多彩な多チャンネルの実現にはおそらくインターネットが深く関わってくるはずだ。ライブドアを超えて次にメディアでなにが起きるか、何をすべきかを考えるのに良い本。

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