Books-Miscの最近のブログ記事
・デモいこ!---声をあげれば世界が変わる 街を歩けば社会が見える

ああ、やはり、こういう本でたか。
「世の中を変えたければ、デモへ行こう
声をあげたければ、デモへ行こう
仲間を見つけたければ、デモへ行こう」
「デモは楽しい」から始まるデモ実践のパンフレット。デモに参加したい人、デモを主宰したい人にむけて情報を提供する。3.11以降、東京ではデモが増えた感じがする。反原発や反格差のデモでは従来とは違った、政治色が薄い、普通の若者の参加も増えているように思う。ツイッターやブログとの連動もよくみる。
デモ情報の探し方、はじめてのデモ参加のアドバイスなど参加したい人向けの情報の次に、ちょっとディープなデモの主催の仕方コーナーが興味深かった。
警察へのデモ申請のやり方
集合場所の確保の仕方
横断幕、フライヤー、プラカードの作り方
デモ情報の広め方
まったく知らないことがいくつか書かれていて勉強になった。たとえば警察へのデモ申請は72時間前までに。担当の警察官と打ち合わせが必要。人が集まれる場所を確保しなければならない。一般的には集合場所として公園が使われる。この際、管理者に占有許可を取る必要があるが、無料ではない。一人当たり区立公園だと24円とかお金がかかるのだそうだ。
デモ参加者の声(写真、プロフィールつき)、デモ主催者体験談など、最近のデモのトレンドがみえてくる。政治活動家という風貌は少なくて、もっとライトな感覚の人が多い。ツイッターがきっかけでというタイプも。
ネットでアピールの時代だからこそ、リアルの示威行動が、逆に目立つようになってきたということかもしれない。私はデモ、参加したことがないが、デモをすることは権利のひとつなので国民としては知っておいていい知識だと思った。
楳図かずおの貸し本作品時代の傑作『やまびこ姉妹』シリーズの第一弾が復刻文庫化。『山びこ姉妹』『へびおばさん』の2作を収録。1963年少女漫画雑誌の「なかよし」に連載された民俗ホラーで、この時代ならではの、おどろおどろしいタッチが気になっていたが、小学館クリエイティブの単行本は、四方田犬彦らの解説がつく価格が2625円とやや高額だったので手を出しにくかった。文庫化は嬉しい。
『山びこ姉妹』。奈良県の山奥に暮らす姉妹さつきとかんな。姉のかんなは、村に伝わるきつねの迷信を夏休みの自由研究のために調べている。そこへ同じテーマを調べに、村長の娘 奈美子が東京からやってくる。きつい性格のミステリアスな少女の登場。奈美子の不思議な言動に、ふたまたぎつねが憑依しているのではないかと疑うが、なかなかしっぽがつかめない。
『へびおばさん』。祖母から村のうわばみ伝説を聞いた姉妹。おつねの滝で怪しい女をみる。友達の冬子の継母が「へび女」なのではないかと疑惑を持つ。やがて冬子を邪魔者扱いする継母は恐ろしい本性をむき出しにして冬子に迫る。
スクリーントーンではなくベタ塗りで表現される黒髪、瞳、夜の闇、影が不気味。血や死体は出てこないのに怖い。映画的なナレーション解説と予告編的な導入。その後の楳図かずお作品には見られない、昭和貸し本時代ならではの表現が堪能できる。
ドラゴンクエスト25周年記念で、シリーズ作品を大量のスクリーンショット中心に振り返る内容。私は7と8以外はクリアしていることを確認。予習してから、六本木で開催中のドラゴンクエスト展 に行ってきた。
休日午後は混むので午前中がお勧め。25年間でシリーズ累計出荷本数5800万本。戦いで経験値をためてレベルアップ、スキルアップしながら最終目標に近づいていくという人生観を子供たちに植え付けた。何十時間も遊ぶのだから本や映画より刷り込みの影響大きいかも。モンハンやラブプラスはまだそこまでいってない。ウィズとウルティマがあるけど文化にしたのはドラクエでありFF。日本文化としてもっと評価すべき。上の階で開催中の「メタボリズム展」の時代錯誤よりずっと意味があると感じた。丹下健三より堀井雄二。

堀井雄二の手書きのドラクエ企画書に感動。パワポにはない表現力が新鮮。マップの上にトレーシングペーパーをのせて情報を書き込んだり戦闘の計算式が並んでいたり。堀井雄二のラフスケッチと鳥山明のデザインは全く違うのも発見だった。

堀井雄二のラフスケッチのスライムは、明らかにウィザードリィの影響を受けている劇画的な絵なのに、鳥山明のデザインは雨の雫をモチーフにした可愛らしい絵になっている。ゲームデザインとキャラクターデザインの創発。それから堀井雄二はポートピア連続殺人事件まではプログラマでもあり1人でゲームを作っていた。マイコン時代の処女作のラブマッチテニスはテニスゲームなのにすでにストーリーやキャラクター要素が入っている。最初からプログラマでありプロデューサーだつたから、ドラクエで分業体制になった時、中村光一にも的確な指示を出せた。やはりドラクエにおいて堀井雄二の存在は大きいと確認することができた。
映画『コクリコ坂から 』の原作となった少女漫画。映画との違いをみるのが面白い。設定も物語も、かなり違う。映画のカルチェラタン保存運動は、漫画では制服自由化運動であるし、性別や性格が異なるキャラクターもいる。
宮崎吾朗監督はあとがきで、コクリコ坂からの企画が示されたときに、映画化に対して後ろ向きだったと心情をこう告白している。
「1963年といえば、日本は高度経済成長の只中にあって、その当時高校生だった人たちはいわゆる団塊の世代だ、現代社会が行き詰っているとするなら、その原点である時代を描いても、昔は良かった式の映画にしかならないのではないかという疑念がついて回った。」
何を悩んでいるのだろう。私は映画版の『コクリコ坂から』がかなり好きなのだけれども、それはまさに、文科省推薦のとれそうな「昔は良かった式」だからいいねと思った。
あんなに純真無垢な少年少女は現実にはいないし、舞台となった横浜や新橋の街並みももちろん今はもうない。古き良き時代を懐古調で描き、ある世代に対してストレートに心温まるファンタジーをつくった。ジブリの得意技である、それでいいじゃないか。へんに未来へのメッセージなんて折り込まなくてよいのではないか。
ファンにはたいへんおすすめのビジュアルガイド。カルチェラタン新聞の中身が読めたり(実際に細部までつくっていた)、作品の舞台となる横浜ロケ地ガイドは横浜が近い人にはうれしい。物語を最初から最後まで追った解説が充実しているのだが、ネタバレしてしまうので、この本は映画を観た人向け。
道士の五行先生とその弟子の阿鬼(成人して燕見鬼)が活躍する中国伝奇漫画。
諸星大二郎版「聊斎志異」といわれる『諸怪志異』。ずっと未完のままであったが、ついに完結した。『西遊妖猿伝』が好きな人はこれも必読。
堂々の完結と売り文句にあるが、実際には、未完だったところへ、描下ろし50頁「再び万年楼へ」を加えていっきに終わらせた唐突な感じではある。特に終盤は諸星大二郎の持ち味とは言えない大味なアクションが延々と続いていて、終わり方としてはいまいちだったかもしれない。このシリーズは続き物の長編の話よりも、一話完結的な話のほうに傑作が多いのだ。
あとがきを読んだらご本人が
「初めは燕見鬼を主人公にした伝奇的読み切りのつもりだったのだが、途中から活劇の要素が強くなり、方蝋の乱に焦点を合わせた中国武侠もののような様相を呈していった。」「考えてみると、伝奇ものの短編読み切りとして始まったはずのシリーズ物がいつの間にか連載活劇になってしまった訳で、その時のノリとは言え、勝手なことをしたものである。」
と自覚していたことが判明。
と、最終話のことはぶつぶつ書いてみたが、この作品はやはり傑作である。カラー含むイラストやあとがきのおまけも含めて、こうして大型の愛蔵版で改めてじっくり読めるのが本当にうれしい。
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN VII ルウム編

ガンダムオリジン愛蔵版7巻はルウム編。5,6,7と過去編三部作。
オリジンは連載誌ガンダムエース上では完結しているわけだが、私は愛蔵版で読んでいるために、まだ物語は中盤である。これまで愛蔵版は毎年一冊のペースで六月ごろに刊行されてきたが、今年はこのルウム編が2月に、オデッサ編が8月に、年二冊出ている。
ルウム戦役はアニメでは描かれなかった過去の部分。アムロはほとんどでてこない。シャアとセイラやジオン側のサブキャラ達の視点で、アニメでは深い説明がなかったコロニー落としだとか、そもそもシャアがマスクをかぶっている理由が明らかになっていく。こうした細部は後付けで加えているはずなのに整合性が完璧に思える上に、ドラマとしても成立していて、見事だなあと感動してばかり、安彦良和は絵がうまいだけでなく構想力の見事さに感動させられる。
オリジンは、毎巻思うのだが、安彦良和が思い入れがあったのはやはり主人公のアムロじゃないんだなあ、と。アムロは若くて単純で、陰影をつけにくいから、魅力的に描きにくいのだと思う。アニメにはちょっとしかでなかったザビ家の将軍達とか士官たちの、抱えている複雑な感情の方がずっと魅力的だ。アムロはもはやどうでもいいというくらいになってきた。つまり、サイドストーリーを描きましたというよりも、ガンダム自体を脇役達の群像劇として再構成したのがオリジンなのだろう。
次の巻は年末に読む予定。
・「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/09/post-1503.html
・機動戦士ガンダム 光芒のア・バオア・クー 機動戦士ガンダム デイアフタートゥモロー ―カイ・シデンのメモリーより― 俺は生ガンダム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/03/post-1400.html
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN VI 開戦編 と MG 1/100 MS-09R リック・ドム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/01/vi-mg-1100-ms09r.html
機動戦士ガンダム アッガイ北米横断2250マイル
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/04/-2250.html
・愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN V シャア・セイラ編
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/-the-origin-v.html
・MG 1/100 ゴッグ MSM-03
http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/01/mg-1100-msm03.html
・ラーメンズ・片桐仁のガンプラ戦士ジンダム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/06/post-1007.html
・ザク大事典 All about ZAKU
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/-all-about-zaku.html
・MG 1/100 ズゴック MSM-07と愛蔵版 機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV ジャブロー編
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/01/mg-1100-msm07-the-origin-iv.html
・HGUC 1/144 MSM-10 ゾックと機動戦士ガンダムTHE ORIGIN
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/02/hguc-1144-msm10-the-origin.html
・機動戦士ガンダム THE ORIGIN、MGアッガイ、ターゲット イン サイト
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/the-originmg.html
・ガンプラ・パッケージアートコレクション
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/08/post-820.html
・俺たちのガンダム・ビジネス
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-662.html
・ガンダム・モデル進化論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003091.html
面白い。全4巻の漫画だがいっきに買っちゃっていいと思う。
東北らしい田舎の村に、都会で夢破れてお金アレルギー(お金に触れただけで失神する)になった青年タケが移住してくる。タケの信念は、何も買わない、何も売らないで、ただ生きていくこと。現金を一銭も使わずに理想の自給自足ができると思って村にやってきたのだ。だが農村の生活にだって現金はいるし、農業のやったことがないタケには、ひとりでいきていくことができない。そんなタケの哀れな姿を見かねた村長や優しい村人たちの好意にすがることで、村での生活が始まる。
この村には神様と呼ばれる老人(目が光る)だとか、村長と謎の関係のゲイでもぐりの食堂経営者だとか、動くカミサマの石像だとか、奇妙な存在がいっぱい登場する。ドタバタギャグであり、ミステリーであり、ファンタジーである。(ちなみに全4巻でおよそ伏線や謎の設定は説明される。)。
主要な村の登場人物たちは、それぞれがかなり複雑な過去を持っており、その過去から現在までの線は複雑に折り重なっている。村の実像をひもといていくパズルみたいな漫画である。ぐうたらなタケが引き起こす村でのトラブルを描いていて、これといって大事件は起こらないが、登場人物が魅力的なので4巻がとても短く感じられた。
先日から、いがらしみきお作品を読んでいるが、かむろば村 → アイ → Sinkの順で読むのがおすすめ。同一人物の作品とは思えないほど作風のバリエーションが広い。
・Sink
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/sink.html
・【アイ】 第1集
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/08/i-1-1.html
「『たとえ間違えているとしても、今、描こう』と思いました」しりあがり寿。
震災から一か月頃に発表された朝日新聞夕刊連載の4コマ『地球防衛家のヒトビト』と月刊コミックビーム発表作の読み切り中編からなる漫画作品集。すべて地震、津波、原発という難しいテーマを扱う。
ナンセンス四コマ漫画は、震災と原発にあたふたとする人々の姿を軽く笑い飛ばす。
主人公が「地球防衛家」なのに被災地復興へいかないのもおかしいだろうと、著者自身がボランティアへ行ってきて、そこで体験したことを漫画で報告するシリーズがある。
主人公は被災地から帰宅すると「3日か4日いただけだし、被災地は広いし、簡単にどうだったなんてとても言える事じゃないけど...」と前置きしながらも「いやまあ、ホントに大変でこんなこと実際にみるまでは...」としゃべりまくる、しゃべりたくなる。人間ってそんなもんだという可笑しみを4コマで表現する。
原発放射能をナンセンスに笑い飛ばした川下りシリーズも「セシウムちゃん」とか「危険な女」としてのゲンパツとか、きわどい擬人化で、フクシマ時代のシュールな笑いをとる。そして笑いの底の意味を読者に考えさせる、問題提起する。
なんといっても圧巻は中編の読切り漫画である。震災から50年後の日本の姿をSF的、寓話的に描いた『海辺の村』、震災後を懸命に生きる女性を描く『震える街』、死と再生をひとこともせりふを交えずに美しい映像にした『そらとみず』。この3作品は目頭が熱くなった。すばらしい傑作である。
東北の地で神様を探す。いがらしみきお渾身の大作漫画 第1集。
大傑作になるかもしれない。断定しないのはまだ序盤だから。だがここまでは完璧。
昭和29年、宮城県の田んぼだらけの田舎の村に生まれたイサオは、酒乱の叔父に虐待されながら豚小屋で育てられた。不気味な雰囲気を持ついじめられっ子のイサオは小学5年生の時、その叔父が謎の死を遂げて身寄りを失う。そして河原で独り暮らしをするが、生き倒れになって、医師の家に引き取られる。その家の長男で同い年の雅彦がもうひとりの主人公。
雅彦は一緒に育てられるうちに、イサオの特異な能力にきがつく。イサオは触れたものの魂を乗り移らせるような不思議な現象を起こすことができた。見えないものを見る力を持っていた。幼少のころから魂とは何かに強い関心を持っていた雅彦は、イサオに強く惹かれて、二人で家出の旅にでる。イサオがうまれたときに見たというカミサマ「トモイ」を探すために。
第1集発売記念として『いがらしみきお特別インタビュー』という紙がはさまれていた。
ここで「宗教というものは科学と同じで、いつも「1」から始まってると思うんですね。でも、私がずっと問い続けているのは「0」のことなんです。」と著者は言っている。
キリスト教の「○○はこういうふうに言った」ではなくて、科学の「宇宙はビッグバンで始まった」でもなくて、じゃあ神様やビッグバンが世界を創造する前はどうだったのだ?というレベルで、存在論に近い探究が、雅彦とイサオの行動によって描かれていく。
東北仙台在住で被災者でもある著者が「幼い頃からずっと考えてきた、生と死のこと。命の意味。その先にある"答え"を、今なら描ける気がする」と満を持しての表現であり、壮大な予告編的な第1集のつづきが大変気になる。
ついに出ました、ぴあの最終号。準備に時間をたっぷりとっただけあって、完全保存版の特集が素晴らしい。
学生時代は大変お世話になった雑誌であり、休刊は本当に残念で仕方がないけれど、よく考えてみると私自身が10年以上買っていなかったわけで、そりゃあ、続かないのも当たり前である。チケット情報誌として、強力な競合インターネットが登場してから、約15年間は持ちこたえたのだから、健闘したといえるのかもしれません。おつかれさまでした。
内容的には、
・メモリアル企画1:表紙を飾った「ぴあの顔」
奥田民生、爆笑問題、広末涼子など著名人約20名のメッセージと
撮り下ろし写真で表紙イラストを振り返ります。
・メモリアル企画2:表紙イラストから考察する洋画40年史
『ロッキー』『地獄の黙示録』『E.T.』......表紙を彩った圧巻の洋画作品!
・メモリアル企画3:マイ・ベスト・ぴあ
表紙作品1300点一挙公開!
みうらじゅんの私的ぴあ表紙ベスト10発表&読者の選ぶ表紙ベスト10発表!
・メモリアル企画4:及川正通ロング・インタビュー(後編)
ぴあの時代、そして未来へ。
・メモリアル企画5:ぴあMAPで振り返る「東京」
70年代「新宿」、80~90年代「渋谷」、00年代「六本木」
・メモリアル企画6:「今週の客人」プレイバック!
ゆず、ウルフルズ、ロンドンブーツ1号2号...... 編集部を訪れた若かりし日をプレイバック!
・メモリアル企画7:復活! はみだしYOUとPIA
で、
特別付録に「1972年「ぴあ」創刊号<復刻版>」がついてくる。これがすごいのだ。
なんとロードショー情報に「ゴッドファーザー」が紹介されている。シネコンなんて存在しない。まだまだ場末の映画館が数としてはいっぱいあって、ピンク映画と一般映画が混在して紹介されていたのも時代を感じるところです。
かつて情報がなくて飢えていた昔と、情報が多くて迷う現在とどっちがよいかといえば、やっぱり現在の方がいいのだが、雑誌を食い入るようにみて、内容を想像したあの頃も楽しかったなあと懐かしく思える復刻版なのでした(そうはいっても72年は私にとっても古すぎる年代だけど)。
大震災が大都会を襲ったときに生じる「高層難民」「帰宅難民」「避難所難民」という震災の新しい顔について実態を解説した新書。
日本で高層建築が始まったのは、建築基準法で高さ制限が撤廃された1963年。高層ビルが立ち並ぶ東京は、関東大震災以来80年間、巨大地震に襲われていない。阪神淡路大震災は被害は甚大だったが規模はM7.3の直下型で短周期振動の「大地震」であって高層ビルの被害はほとんどなかった。だがM8級で高層建築の弱点である長周期振動を起こす巨大地震に見舞われた場合、高層ビルが大きな損壊をする可能性もあるという。
そしてエレベーター閉じ込めが30万件発生し、閉じ込め1万2500人以上が長時間、運が悪いと数日間も、エレベーターに閉じ込められたままになる。なんとか知恵を使って脱出すれば?いやいや。「エレベーター内に脱出口があると思っている方があるかもしれませんが、あれは映画の世界の話で、エレベーターのカゴに外側から中に入ることはできても、内側から外側に出ていくことはできません。」とのこと。
そして揺れが収まった後には長期間エレベーター、電気・水道が停止して生活が困難になる「高層難民」が発生する。5階以上のマンション住民は生活物資の調達に昇り降りさえ大変な困難が伴うことになる。水洗トイレタンクと冷蔵庫の製氷ボックスで合計10~12リットルの飲料水が貴重な水になる。カロリーメイトも常備しておきなさい、と。
そしてビルの外では、交通がストップしてオフィスから帰宅できない帰宅難民が大量発生する。東京駅(14万2000人)、渋谷駅(10万3000人)、新宿駅(9万1000人)、品川駅(8万9000人)、池袋駅(8万5000人)。こうした事態は東日本大震災でも現実になった。もしも大地震が直接首都圏を襲ったら1日後に540万人~700万人の避難者が発生し350万人~460万人の避難所生活者が出ると想定している。避難所の小中学校が崩壊することも予想されるため、避難所にさえ入れない避難所難民もでてきて街はあふれかえることになる。
こうした大都市の大震災直後の世界をシミュレーションして、個人や組織で取りうる対策を教えてくれる。なるほどと思うサバイバルのノウハウがいくつも見つかった。都市住民は必読の内容。おすすめ。
・東北・関東大地震。揺れる新宿の高層ビル 2011年3月11日
3.11 東北地方太平洋沖地震発生時の新宿高層ビル群(Earthquake in Japan)
民主主義の共和国であると同時に世界に君臨する帝国、アメリカの抱える矛盾。
「もともと共和国は、啓蒙主義思想に基づく自治精神を基盤とするとともに、啓蒙主義の持つ普遍性・普遍化への意思を内包している。かたや、古典的帝国の特徴は「完結した一つの世界」として自らの統治を提示する態度にある。それゆえ、帝国の内部では民族・宗教・言語的な多様性について比較的寛容なのに対し、帝国の外部については、その存在を積極的に認めることはなく、しばしば制服や略奪の対象にすらなった。共和制と帝政では政体の主体がまったく異なることは自明だが、実は、動作原理そのものは類似している。」
ゲーテッド・コミュニティ、メガチャーチ、ストリート・ギャング、カラーライン、恐怖の文化、オーディット文化、...。自由市場と民主主義、多文化主義、個人主義が行きつくところにある歪みを著者は取り上げていく。日本人はいまだに米国に模範を求めがちだが、米国の抱える闇は深い。
オバマが大統領になれる多様性の国でありながら、いまだに肌の色は見えない壁をつくっている。全米では230万人、成人100人に1人が服役中であるという。収監者の7割は非白人で、人口の13%に過ぎない黒人が全体の半数を占めるという。黒人の3人に1人が生涯に一度は収監される計算になる。そして監獄の運営は民間に委託され巨大な獄産複合体を形成している。
個人主義や契約と訴訟の文化も社会に大きな弊害をもたらしている。
「アメリカでは幼い子どもが自らの親を告訴することも珍しくないが、結婚前に財産の割り振りや互いの義務、責任の所在などを事細かに取り決めする婚前契約書(prenuptial agreement)を交わすケースも1980年代以降増加している。これらは公的領域の論理と力学が私的領域を包摂していることを示唆する例であると同時に、アメリカの訴訟社会化と密接に結びついた現象でもある。」
多文化主義の原理主義化として少数民族の優遇政策の行きすぎ事例などが紹介されているが、要は米国と言うのは中庸という美徳を知らないのだ。この本では米国の主義や原理を追究しすぎるあまりに、人間が疎外されている様子を、いくつもの「逆説」にみることができる。
チェルノブイリ原発の事故に際して書かれた食物の放射能汚染に関するガイドのアップデート新装版。原発事故が起きたら食に対してどのように対応すればいいのか。
著者は高木 仁三郎(タカギ ジンザブロウ)
「1938年生まれ。理学博士。核化学専攻。原子力の研究所、東京大学原子核研究所助手、東京都立大学理学部助教授、マックス・プランク研究所研究員等を経て、1975年「原子力資料情報室」の設立に参加。1997年には、もうひとつのノーベル賞と呼ばれる「ライト・ライブリフッド賞」を受賞。2000年 10月8日に亡くなるまで、脱原発を貫いた市民科学者。」
放射線がどの程度人体に悪い影響を及ぼすのかは、専門家の間でも大きく違う。この本でも紹介されているが、権威ある機関や専門の科学者の出した数字を並べると、
■ガン死の危険率(1万人・シーベルトあたりのガン死数)
国際放射線防護委員会(ICRP) 100
BEIR III 報告 77~226
ロートプラットの評価 800
ゴフマンの評価 3700
放射線影響研究所(1998) 1300
ということで最小と最大では40倍くらいの大きな開きがあるのだ。そして小さな方の数字をベースにして、現在の日本の基準値は設定されているということは覚えておかないといけない。
「ヨウ素-131に関して、日本の防災対策で採用されている制限値は、牛乳1リットルあたり6000ピコキュリー(約222ベクレル)、野菜1キログラムあたり20万ピコキュリー(約7400ベクレル)、飲料水では3000ピコキュリー(約111ベクレル)ときわめて高い(90ページ参照)。 西ドイツ連邦政府がチェルノブイリ事故直後採用したヨウ素-131の制限値は、野菜1キログラム当たり250ベクレル、牛乳1リットルあたり500ベクレル、西ドイツのヘッセン州では、牛乳1リットルあたり20ベクレルを制限値として採用している。」
国際的にみると日本の防災対策で採用されている制限値は高めなのだ。しかも外部被曝については1989年に一般人の年間許容被曝線量を5ミリシーベルトから1ミリシーベルトへと引き下げたのに、なぜか内部被曝の基準値は370ベクレル/キロに据え置いた。本来はこの基準値も5分の1にしないのはおかしいと著者は訴えている。
チェルノブイリ事故の際には食については自衛することが重要だという結論が書かれている。「興味深いのは、食生活に気をつけた人(汚染の高いものを避けた人)と食生活に気をつかわなかった人の汚染度の差が歴然としていることだ。」として西ドイツのハンブルクでの調査結果が示されている。
じゃあ、どういう食べ物に注意すべきなのか、一覧表や対処法が詳細に書かれている。
チェルノブイリ事故の際に、放射能汚染の検査でひっかかった食物は香辛料・ハーブ・きのこがワースト3、そしてヘーゼルナッツ。きのことナッツはセシウムを取り込みやすい。香辛料やハーブは取り込みやすいのに加えて乾燥、濃縮させるから高い汚染値になるという。
動物では最も高く放射能汚染されたのは淡水の魚類であった。スウェーデンの湖に棲むスズキ科の淡水魚バーチからは、チェルノブイリ事故から2年後に最高82000ベクレル/キロが検出されている。湖は雨によって運ばれるセシウムの吹き溜まりになっていた。
チェルノブイリ事故では国境を越えて被害が及んだ。1300キロを超えた地域でも高汚染地域があったくらいだ。当時のヨーロッパは大混乱に陥った。
「国によって、また同じ国内でも地域により汚染状況は大きく異なったが、基準値の設定をめぐる各国政府の放射能への対応は、それぞれの国の体制や原子力政策に対する姿勢が反映された。しかし、ほとんどどの国にも共通していたことは、「人体への影響はたいしたことはない」と国民の不安と混乱をおさえるのに懸命だったことだ。」
蓄積しやすい食材、気をつけなければならない食材はこの本に一覧で紹介されている。最近は食材の宅配サービスなどでは独自に放射線を計測して出荷している業者もある。健康被害も風評被害も最小限にするには、正しい情報をベースに食に対して行動することだ。「危ない」、「いや大丈夫」。書き手の立場によって、現状への判断はどちらもありえるが、専門家の書いた本を複数読んで、消費者が正しいと思うものを選び、自己責任で判断するしかない。
ウクライナ系アメリカ人ジャーナリストによる長年のチェルノブイリ訪問取材をまとめた渾身のルポタージュ。ロシア、ウクライナ、ベラルーシにまたがる原発事故の地の意外な真の姿がわかる。
視覚的にはチェルノブイリは死の街などではない。
「ところが事故の十年後の1996年に初めてチェルノブイリ地区を訪れると、驚いたことに、いちばん目につく色は緑色だった。このときの取材記録を見ると、「原野」や「森」や「野生生物か!?」などの語句を下線で強調したり、丸で囲んだりした説明がびっしりと書きつらねられている。通説や想像とうらはらに、チェルノブイリの土地は独特の新しい生態系に生まれ変わっていたのだ。悲愴な予言などものともせず、ヨーロッパ最大の自然の聖域として息を吹き返し、野生の生物で満ちていた。動物は、思いもかけず魅力的な棲みかとなった森や草原や沼と同様に、放射性物質ですっかり汚染されている。しかも、誰もがあっけにとられたことに、繁栄してじもいるのだ。」
かつての原発周辺の地域には、ジブリ・アニメのナウシカの世界のような「不自然な自然」「意図せぬ自然公園」が広がっている。もともと森だった土地だけでなく、放棄された耕作地も、現在は森になっているのだ。車も少ないので空気も新鮮で、放射能汚染地帯と言う事実を知らなければ、素晴らしい自然環境にみえる。高レベルの汚染場所は、枝ぶりのおかしな松の木が生えている「赤い森」でわかる。放射性核種が木に固定された森では、火災が発生すると燃えて舞いあがり、汚染を拡げるので、現在は森林火災に注意をしているという。
高レベルの汚染地域では放射能によって枯れる植物はあるが奇形の動物はいない。遺伝子は丈夫にできているとか、遺伝子を破壊された個体は淘汰されるとか、放射線に強い個体が生き延びたという説がある。理由はともかく動物天国だ。そこらじゅうを野生化した家畜が走り回っている。イノシシに気をつけないといけない。
避難地区は無人ではなくて結構な数の「サマショール」と呼ばれる居住者がいる。元の暮らしを求めて戻ってきてしまった高齢の人たちだ。長期的な被曝の住民への影響はどんなものだったのか?。チェルノブイリ事故ではその影響で数千人が癌になったと考えられるが、同じ時期に癌は同じ地域で別の要因でも増えているために、二十年もたってから特定の癌を事故と関連づけることが難しく、影響はうやむやになっているのが現実だ。
ただひとついえるのは、当初の悲観的な予測ほど白血病や癌は増加しなかったらしいということ。事故直後の子供の甲状腺癌が増えた以外は、80万人を超える除染作業者でも増加がみられていないという。しきい値なし仮説の確率的影響は絶対値としては大きくなかったようなのだ。
もちろん不透明な部分は残される。こうした統計をややこしくする社会的要因がある。数十種類もある"チェルノブイリ手当"を受給するために、実際には作業をしていなかったのに、手当を要求する人が少なくないこと。実際にはそうではないのに、病気になったのは事故のせいだと思い込んでいる人も多いことなど。
要するに犠牲者の数は未だによくわからないのである。
この統計の誤差の向こうにうやむやにされる死者数というのは、日本の原発事故でも同じことが予想される。もともと日本の死因のトップが癌であり、全死因のおよそ3分の1を占めるといわれる。つまり原発事故がなくても33%は癌で死亡する。人口の高齢化が急速に進んでいるので、画期的な治療法が発明されない限り、ベースとしての癌の死亡率は数パーセントは増える。いや下手をすると数十パーセントは上昇するかもしれない。そんな中で原発の影響に起因する死者が1%とか2%増えたとしても、本人も医者も区別ができないのである。原因がわからなければ補償もされないだろう。低レベル放射線の長期被曝に対しては、自衛するしかないということかもしれない。
豊かな自然環境の描写、管理地域(ゾーン)に暮らす人々との交流と和やかな記述が続くが、常に人々は線量計をつけている。原発そのものは依然として強い放射線を出している。20年前に作った石棺は劣化し始めており、目下、新しい防護施設の工事中だという。
時は2036年。20年前のお台場原発事故で東京は放射能汚染され人間が住めなくなっている。封鎖された街の生存者を救助するため、自衛隊は特殊部隊コッペリオン部隊を派遣した。遺伝子操作によって放射能に耐性を持った新人類コッペリオン(女子高生)は、廃墟と化した街の中で、謎の敵対勢力と戦いながら、生存者を救出する。
「シーベルト」「石棺」「セシウム」など原発事故関係のキーワードが頻出する。3.11後の現在では、見方によっては相当に不謹慎な内容だが、連載は2008年開始なので
福島第一とは何の関係もない想像力によるもの。
内容は、超能力を持った女子高生が、放射能で汚染された東京で繰り広げるドタバタアクション。現在も漫画は連載中。アニメ化も決定していたそうだが、被曝による悲惨な死も出てくるので、ちょっと難しいかもしれない、か。作者の苦悩は深そうだ。
コッペリオンは遺伝子操作で放射能耐性をつけるというが、放射能は遺伝子を破壊してしまうから、現実には難しいのではないの?と思ったが、実は放射能をものともしない生物って現実にいるのですね。
体長0.5ミリから1ミリのクマムシはなんと5700シーベルトを浴びても生存可能。
・クマムシ・ゲノムプロジェクト
http://kumamushi.net/
クマムシは、空気も水もない所で、マイナス150度、プラス150度の高温低温下でも生存可能な脅威の生物で、その遺伝子を解析すれば、何か役立つことがわかるのではないかというのが、ゲノムプロジェクト。


















