Books-Miscの最近のブログ記事
猟奇的にして耽美的な作風で知られる異才の漫画家 花輪和一。私はこの人の漫画はほとんど保有している。花輪氏は90年代、モデルガンの趣味が高じて改造銃や実銃の所持で逮捕されたことはよく知られている。出所後に懲役3年の体験を漫画「刑務所の中」として描いたら、ヒットして映画にまでなったから。
「刑務所の中」は私も読んでいたのだが...。「中」でお腹いっぱいになり、「刑務所の前」という作品はもういいやと思って、買い忘れていた。ところが、むしろ、こちらの方がずっと花輪らしくて面白いのである。
もともと花輪作品の真骨頂は時代モノ。刑務所体験漫画などではない。江戸時代とか平安時代を舞台に、陰惨でドロドロした男と女の因縁や怨念を描くことにかけて、日本有数の凄い人なのだ。自分を主人公に獄中生活を綴った「刑務所の中」のようなドキュメント漫画は飽くまで余技のはずなのだ。
「刑務所の前」は、なぜ自分が銃刀法違反で捕まり懲役3年で投獄されたのかを説明する漫画である。それなのに、どういうわけか主な舞台は江戸時代である。主役は花輪ではなくて、鉄砲鍛冶の生真面目な父のもとで暮らす娘や、良家に生まれながら己の両親の浅ましさに宗教に救いを求める少女とかの話だ。長大な時代劇の幕間に、現代に戻って逮捕に至った状況説明が挟まる。
ひと言で片付けると、逮捕は銃に魅入られるフェチシズムや規範意識の薄さが理由なわけだが、それを直接に言わずに、得意の時代劇ドラマに作品化した。要は世の中に対しての、物凄く迂回した言い訳作品なのだ。この方がなぜ刑務所に入るはめになったのかのわかりやすい説明になっている。業の深い作品を描けるのは花輪自身がドロドロの業を抱えているからなんだなあと納得させられるわけである。
「刑務所の中」は大ヒットだったが、本来の花輪作品らしい、こちらは一般人には受けないだろう。でも、こっちのほうがずっと面白いと思う。私も業が深いのか。ただの悪趣味なのか。
・「失踪日記」 「刑務所の中」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004916.html
・究極版 逆引き頭引き日本語辞典 名詞と動詞で引く17万文例

便利だと実感して使っている逸品の紹介。
動詞には名詞、名詞には動詞の組み合わせ例が見つかる文例辞典。
たとえば「趣味」という名詞でひくと、
「しゅみ【趣味】生かす。抱く。受け継ぐ。疑う。打ち明ける。重んじる。解する。超える。誇示する。探り出す。示す。高める。楽しむ。反映する。深める。【趣味と実益】兼ねる。」
という動詞が出てくる。「話し合う」という動詞でひくと、
「噂。思いつき。思い出。可能性。感想。境遇。近況。心。心の奥。事情。損害。手立て。とっちめ方。復縁。プラン。問題。話題。」
という名詞が出てくる。
これらの用例は文芸作品など300冊の文庫本で約350人の著者が実際に使ったもののうち、文章を書く上で参考になりそうなもの17万例を中心に編纂されている。
まえがきにはこの本の効能として、
・ピタッとする言葉を探す
・忘れていた言葉を思い出す
・使い方を確かめたり、別の適切な言い回しを探す
・似たような意味あいの言葉を探す
などが挙げられている。
私は普段、筆が止まってしまったときに、漠然と手遊び的にこの辞典をめくる。言葉のつながりが誘い水になって、また書き出せることがある。調べるというより、文章を書くテンポづくりに案外使える辞典だと思う。
・奇跡のハイトーンボイストレーニング―プログラムCD付き 高い声を手に入れる

現在の流行歌は1960年代と比較すると半音で6つもキーが上がっている。高音域の声はCM音楽やドラマBGMなどでよくきこえて有利という供給側の事情もあるらしい。携帯音楽プレイヤーが流行して、雑音の中でも聴き取りやすい音域でもあるからだろう。これは平井堅やMISIAのようなハイトーンボイスを出すためのヴォイストレーニング本である。
地声(オモテ声)で音程を高くしていくと、声が裏返ってしまうところがある。これを換声点を呼ぶそうである。この前後ではガラッと声の印象が変わるし、音程もはずれがちだ。この換声点を目立たなくして、ウラ声からオモテ声までが違和感なく、つながって歌えるようにするのが、このYUBAメソッドである。
「ウラ声が出ているときには、ノドの中で輪状甲状筋という筋肉が中心となって働いています。またオモテ声が出ているときには、閉鎖筋群という筋肉群が中心となって働いています。換声点では、これらウラ声とオモテ声を作る主役となる筋肉の働きが交代しています。」
トレーニングはまずウラ声とオモテ声をはっきり分けて出すことから始まる。両方でいろいろな高さの音を出せるようにする。両方で簡単なメロディを歌う。そして遂に、両方を行き来するメロディを挑戦し、混ぜて歌う完成形へ至る。
とはいっても、理屈だけでは難しい。そこで、この本にはわかりやすいレッスンCDが付属している。
付録CDには音域にあわせてそれぞれに7つのプログラムが収録されている。まずは最初のプログラム「あなたの音域はどれ?」を使って、男声・女声のどの音域なのかを確定させる。以後は該当する音域のプログラムのみを使う。
1セットは次の5種のレッスンで合計7分。
1 声の高さのチェック
2 ウラ声を出す
3 ウラ声とオモテ声を出し分ける
4 ウラ声とオモテ声を混ぜる
5 メロディーを歌う。
ウラ声で高い音程を取るのはかなり難しい。レッスンでは、わざと離れた音程が選ばれていたりするからなおさらだ。これを毎日少しずつということだが、なかなかこれだけのために時間が取れない。レッスンメロディは覚えてしまって、お風呂で練習すると良さそうである。
最近、徳永英明をカラオケで歌いたいものよ、と思っていて密かに練習中(って書いちゃったら全然密かじゃないですけど)。この練習方法は理論的に説得力があるし、レッスンに無理がないので、効果があるかも。
・VOCALIST & SONGS ~通算1000回メモリアル・ライヴ (Blu-ray Disc)

Blue-rayで初めて買ったのはなぜかこれでした。雪の華の最高音部の歌唱法がCDと違うのが印象的でした。ライブではさすがにあのファルセットで歌いきるのは徳永でも無理だったか?。
<収録内容>
1ハナミズキ
2桃色吐息
3恋人よ
4いい日旅立ち
5別れのブルース
6恋におちて-fall in love-
7僕のそばに
8最後の言い訳
9迷い道
10わかれうた
11ENDLESS LOVE
12レイニー ブルー
13壊れかけのRadio
14オリビアを聴きながら
15雪の華
16翼をください
17もう一度あの日のように
2004年から2008年までの日本文学・海外文学を中心とした書評集。
この秋に最高に楽しかったイベントはデジハリ大学の学園祭だ。「本のプロが語る、クリエイターのための読書術セミナー」というパネルディスカッションに出演した。そこで『文学賞メッタ斬り!』などで有名な書評家 豊﨑由美さんに、とうとうお会いできたことが感激であった。
・豊崎さんのBlog : 書評王の島
http://d.hatena.ne.jp/bookreviewking/
豊崎さんの歯に衣着せぬメッタ斬り書評を、私はずっと小説を読む際の参考にしてきた。だが、豊崎さんの書評本について書評を書くなどという危険な行為は避けていた。今回びびりながら書くわけだが(先方もブログをやっていらっしゃる...ゾゾゾ)、実物は想像通り、キレのある発言連発のかっこいい人であった。
当日、控室で対面するまではワクワクと同時にガクガクブルブルしていたのである。もともと私は強い女性に弱いので...、いやいや、今回はそういう性格的なことではなくて、トヨザキ社長の名前で私が強烈に連想するのが「ガター&スタンプ」だからである。トヨザキ社長が連載コラムの中で堕落した書評を表す言葉として使った言葉だ。
「ガター&スタンプ」はヴァージニア・ウルフの批評文にでてくる。「書評家は要約を抜き取り(ガター)、可の場合は*、不可の場合は別の印を押す(スタンプ)程度の仕事でもしてりゃあいいんじゃないの」という意味である。
そう。書評家の仕事というのは「要約+評価」という最低レベルからどれだけ上を目指すかという勝負なのだ。私のブログの記事は「ガター&スタンプ」に堕ちているものが多いと自覚している。書評を味わって読んでもらうというよりは、良い本との出会いを演出するナビゲーターとして、機能的に働きたいという思いもあって、ほどほどにしているんだという言い訳も、そこにはあるのだれども。
ブログを書くたびにトヨサキ社長の脳内アバターに「ほら、オマエ、またガター&スタンプを量産するな」と責め立てられている気分なのだ。
本書「正直書評。」の評価基準は3つ。
金の斧 親を質に入れても買って読め!
銀の斧 図書館で借りられたら読めばー?
鉄の斧 ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!
面白い本はベタ褒め、つまらぬ本はメッタ斬りという、いつもの姿勢は本書でも変わらない。巻末袋とじ部では6ページも使ってあの有名な大物作家を殺気満々にぶったぎっている。レベルの低い作品を容赦なく吊るしあげるが、毒舌の背後には、伸びてほしい作家への愛が感じられるのがトヨザキ節。だから読んでいて楽しい。
この本の評価を定量的に見てみると、意外な事実もわかった。この本には100冊の紹介があるのだが実は「鉄」は15冊くらいにすぎない。「銀」もほとんどない。圧倒的に「金」が多いのである。メディアでの印象に反してトヨザキ社長は辛口の批評家ではなくて、実は大甘な批評家だったのである。
ちなみに私とトヨザキ社長の小説作品の好みは類似度70%くらいだと思う。見識は3倍くらいあちらのほうが上である。よって、このブログの読者の皆さんにおすすめである。とりあえず、これから読む本が「金」かどうか(そもそもリストアップされているかどうか)確認してから読むと失敗が減らせるはずと思う。
まず色見本の美しさに感動する。歴史や文化の背景を綴った個別の解説も充実している。
「三百七十九色のうち、本文で解説した二百九色の伝統色については、一部をのぞき、すべて天然の染料で絹布を染め、もしくは天然の顔料(岩絵の具)を和紙に塗って再現した色見本を付した。」
と、注でさらっと書かれているが、大変な手間暇をかけて丁寧に作られた出版物だ。本来の色を再現するため「延喜式」の資料までさかのぼり、染色材料の処方を調べ尽くした上で作られている。書籍の限界に挑戦している。
日本の伝統色は布や和紙に使われテクスチャの質感を伴ってこそ美しいのだ。写真ベースの色見本はこれだけで鑑賞に値する。伝統色は決してRGBのような単純な情報に還元できないことを思い知らされる。なかには女郎花色(おみなえしいろ)のように、薄い藍色と黄色の色糸を緯と経に織りなした布の襲でしか再現できないパターンもある。
赤、紫、青、緑、黄、茶、黒・白、金・銀の8グループに466色が分類されている。たとえば赤グループは、
【赤】 代赭色、茜色、緋、唐紅、今様色、一斤染、朱華、赤香色、赤朽葉、蘇芳色、黄櫨染、臙脂色、猩々色など104色。
冠位十二階で最高位の深紫、黒紫を含む紫グループは、
【紫】深紫、帝王紫、京紫、紫鈍、藤色、江戸紫、滅紫、杜若色、棟色、葡萄色、紫苑色、二藍、似紫、茄子紺など46色
などがある。(数の上では茶色(107色)が多い。)
古典文学や風雅な世界で使われる色名が、実際にはどんなに美しい色なのかがよくわかる。色見本にならべて、その色が主体の文物や風景、代表的な芸術作品もカラー写真で収録されているからイメージしやすい。
読み物部分が充実しているため、実用のリファレンスというだけでなく、鑑賞して楽しむ図鑑として、一家に一冊あってよさそう。日本図書協会選定図書。
親友とメールをしていると、本の話になり「平山夢明の「異常快楽殺人」というドキュメンタリーは、ありとあらゆるホラーを凌駕する名作です。彼女はあまりのこわさに本当に泣き出してしまいました。それ以来その作家の名前を口にすると本気になって怒ります。そのぐらいこわいです。」という。
いや、でもさ、そりゃいくらなんでも大げさだろうよ、悲しい内容で泣くことはあっても、大人が怖くて泣くなんてあるかね、文章だろ?というのが素直な私の感想だった。
「昼はピエロに扮装して子供たちを喜ばせながら、夜は少年を次々に襲う青年実業家。殺した中年女性の人体を弄び、厳しかった母への愛憎を募らせる男。抑えがたい欲望のままに360人を殺し、現在厳戒棟の中で神に祈り続ける死刑囚...。無意識の深淵を覗き込み、果てることない欲望を膨らませ、永遠に満たされぬままその闇に飲み込まれてしまった男たち。実在の大量殺人者七人の究極の欲望を暴き、その姿を通して人間の精神に刻み込まれた禁断の領域を探った、衝撃のノンフィクション。」アマゾンの説明より。
読んでみた。
結論。ああ、これじゃあ確かに泣くかも。
あとがきにこの作品に関わった編集者達が情緒不安定になったり体調を崩したりしたと書かれている。これは十分にありえる話だ。著者曰く「もしも、ごく短期間に、この物語のなかに突入し無事に帰還、現在に至るも何の変調もきたさないとするなら、あなたの精神は自覚しているいないにかかわらず、相当のものであるといえる。」とあとがきで読者に警告している。
もともと平山夢明はホラーの名手であり、特に人を切り刻んだりする凄惨な修羅場をリアルに描くことを得意とする作家だ。これは、こんな筆力を持った作家が書いてはいけないテーマだっ。事件の再現描写に臨場感がありすぎて怖すぎるのだ。衝撃のノンフィクションという、うたい文句に偽りはない。
一人で何百人も殺した大量殺人鬼たちの人物像と事件の克明な描写が7本。背筋凍る。
映像より怖い文章を読んでみたい人向け。
・独白するユニバーサル横メルカトル
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004775.html
「日本推理作家協会賞を受賞した表題作含めて、最初から最後まで、人肉を喰らったり、切り刻んだり、拷問したり、洗脳したり、虐殺したりされたりの短編が8本。死体や血しぶきが飛ばない作品は収録されていないので、グロテスク、スプラッター大嫌いの人は手にとってはいけない。人間のあらゆる狂気の濃縮ジュースみたいな内容である。」
・治療をためらうあなたは 案外正しい EBMに学ぶ医者にかかる決断、かからない決断

統計的に分析すると、病気の治療や検診は受けなくても結果にたいした差はないことが多いというショッキングな内容。医学教育の専門家がEvidence-Based Medicine(根拠に基づく医療)という新しい医療の考え方で書いている。
まず数字の見方を教えられる。脳卒中の高血圧を抑える薬の効果は次のように表記できる。実は全部同じ事実を述べているわけだが印象がずいぶん変わる。私たちは医者の説明によって医療や薬の効果を過大評価(あるいは過小評価)しているかもしれない可能性に気づかされる。
・10%の脳卒中を6%に減らす
・40%脳卒中を減らす(相対危険減少でみた場合)
・4%脳卒中を減らす(絶対危険減少でみた場合)
・25人治療すると1人脳卒中を予防できる(治療必要数でみた場合)
・薬を飲んでも6%が脳卒中になる
・薬を飲まなくても90%は脳卒中にならない
EBMは徹底的に事実と数字から医療の効果を検証する。取り上げられた病気は、高血圧、高コレステロール血症、風邪、腰痛、糖尿病、風邪、インフルエンザ、花粉症、アトピー性皮膚炎、ぜんそく、胃潰瘍、虫垂炎、ガン検診、うつ病。どの病気でも、治療や検診の効果を疑問視せざるをえない、もうひとつの合理的な見方が提示される。
たとえば乳ガン検診は1039人が検診を受けると1人ガン死亡を減らすという結果が出ている。この数字はかなり小さい。検診群と非検診群での乳ガン死亡率は、50歳未満なら共に0.3%、50歳以上でも共に0.5%と、検診・非検診で"ほぼ同じ"である。
集団検診は少ない数字とはいえ母数に比例して確実に死亡数を減らせるので、実施側はやる意義がある事業だが、個人にとっては、ガン検診はほとんど効果がないのだともいえてしまう(逆にレントゲン検査がガンを増やしているという研究さえある)。受けなくても、よほど運が悪くない限り、9割9分5厘まで、死ぬことはないのだから。非検診グループで大腸ガンで死亡しない率=99.41%という数字もある。
「集団検診の目的は、正確に言うと個人個人のガン予防のためでなく、集団としてのガン死亡率を減らすことなのです。」と著者は結論する。
早期発見にデメリットもあるという。考えさせられたのは、著者が持ち出した老人のガンの話だ。
65歳で検診を受けて胃を切除したグループは「検診のおかげで10年経った今も元気だ」と考えている。一方、検診を受けずガンであることを知らず過ごしたグループも「私はこの10年元気だった」と考えている。数字的には早期ガン患者が5年後にも早期のままである確率は36%と意外に高いので、後者グループの生存者は結構多いのだ。
苦しい治療と再発の危険に怯えながら再検査を繰り返す前者のグループと比べて、完全な胃のある状態で5年を過ごした後者のグループの方が幸せな人生だったのではないかと、著者は読者に問いかける。治療や検診にかかる時間や費用のコストも両者の生活の質に影響するはずである。
統計的には病気を「放っておく」のは案外、賢い個人の選択肢である、ということがいえる。健康に異常に気をつかいストレスを溜め込んでしまう人と比べて、検診や治療を受けない人というのは、それほど愚かな決定をしているわけではないのだ。
でも、私は検診や治療を受け続けるだろうなあとも思った。人間は合理的ではないからだ。確かに統計的には深刻な病気になる人は少数なのだが、それが私ではないとは誰にも言えない。1000人に1人救われる人になる可能性があるのなら、後悔しないために治療や検診を受けるという選択肢も、それほど愚かな選択ではないだろう。
刑務所で年に一度の最高の贅沢"おせち料理"を賭けて、懲役の男達がうまいもの話バトルを繰り広げる。くじで決めた順番でそれぞれが人生で一番うまかった食べ物の話を話す。同室の懲役仲間の喉をゴクリと鳴らすことができたらポイント獲得。さあ何人の喉を鳴らすことができるか。
これほどまでに、ものがうまそうな漫画って読んだことがなかった。読みながら思わず喉を鳴らしてしまうのは私だけではないはず。美食道楽指向の「美味しんぼ」などと違って、この漫画にはカツ丼や焼きそば、立ち食いそば、のような庶民的な食べ物ばかり出てくる。日常の食の方が、高級な非日常の料理よりもシズル感が強いのだ。(少なくとも庶民の私には。)
塀の中という設定も垂涎度に拍車をかけている。刑務所は入ったことがないけれど、健康診断の日とか、合宿研修の日とか、仕事中の深夜とか、自由行動が制約されている状況って、異常にお腹が減る気がする。普段は滅多に食べないのに、深夜にカップ焼きそばが食べたくなって困ったりする。もう遅いからやめておこうと自制するが、制すれば制するほどに食べたい衝動は強まっていく。そういう空腹時の切迫感が、各話に登場するのだ。
当然のことながら男達の話は懲役囚になるまでの転落人生の紆余曲折と絡めて語られる。不遇の時に食べたうまいものの味は引き立つ。人情とあわさって「一杯のかけそば」みたいなノリのときもある。ホロリとさせつつゴクリとさせるのがこの漫画の基本路線だ。
ヒミズ=モグラに似た小動物。落ち葉の下や浅い地中に棲息し、昆虫やミミズを食べてくらす。日の当たらない場所で一生をすごすから「日見ず」と呼ばれる。トガリネズミ目モグラ科に分類される哺乳類。日本固有種。(Wikipediaで調べた。)
ギャグ漫画「行け!稲中卓球部」の古谷実が、うってかわって、暗いシリアス路線で描いた傑作。
中学生3年生の住田は川べりで貸しボート屋を営む母親と二人で住んでいる。両親は離婚しており、だらしない父親は金の無心のときだけたまに訪れる。母親には別に男もいて、家庭の居心地はよくない。
住田は決して大きな夢を見ない。望まないようにしている。特別を嫌う。ただただ自分は平凡な人生を普通に生きたいと願う。友人との交流もほどほどにして目立たぬように生きるつもりでいる。しかし、普通でありたいと思う彼の視界には、ときどき存在するはずのない怪物が見えることがあった。
住田と仲の良い中学3年生の夜野 正造はスリの常習犯だ。ついつい手が動いて人の財布を盗ってしまう癖がある。仲間のいじめられっこ赤田 健一は、従兄弟で漫画が上手い小野田 きいちに影響されて、自分も漫画家を目指してみるが才能はない。同級生の茶沢 景子は大人びたクールな性格だが、内に熱いものを秘めている。住田に内心惹かれている。
住田らは、それぞれが不幸な事件を通して、殺人や犯罪に巻き込まれ、絶望的な状況へと追い込まれていく。親に逃げられ一人住まいとなった住田のボート小屋まわりには、ヤクザやホームレス、変質者などが現れて不穏な雰囲気が濃厚になっていく。
絶望がテーマのダークな中学生日記。心の闇の中に写るものをストレートに描き出している。全4巻。大変読みごたえがある。おすすめ。小説化、舞台化された。
岡山県苫田郡西加茂村大字行重部落。昭和13年5月21日午前1時40分頃、農業 都井睦雄(22歳)は寝所から起きだすと、黒詰襟の服を着込み、足にはゲートルと地下足袋、頭に二本の懐中電灯をとりつけた。猛獣狩用猟銃を持ち、日本刀を腰に下げて、外に出ると、まず村の電線を断ち切り村を停電させた。世界的にも類例がないほどの単独犯による大量殺人事件の始まりであった。
犯人は最初に自分の祖母の首を斧ではね体に銃弾を大量に撃ち込んだのを皮切りに、次々に恨みのある家々を襲撃してまわり、深夜2時間ほどの間に村人30人を惨殺していった。何人かには逃げられたが、周到な予定通りの復讐を完了すると犯人は山に隠れて長い遺書を綴った(この本にはその全文も引用されている)。そして「もはや夜明も近づいた、死にましょう」と書き上げると自らの胸を銃で撃ち抜いて自殺を遂げた。
これは「八つ墓」のモデルとなった津山三十人殺し事件のドキュメンタリだ。捜査資料の精査と関係者へのインタビューを積み重ねて、事件の真相を解明していく。大昔の話とはいえ不謹慎を承知で感想を書くが、この本は読み物として最高レベルで面白かった。情報の整理と語りの順序が完璧で、物語のような進行感がある。よくできたドキュメンタリとはこういうものかと感心した。
前半は客観的な事実と村人の証言によって事件当日起きたことが明らかにされる。後半では丹念な取材情報を使って犯人の22年間の人生を振り返る。この二つのアプローチによって事件のリアリティが生々しく感じられる。事件は起こるべくして起きたのだと。
犯人は幼くして両親を亡くしたが祖母によって大事に育てられた。子供時代は優等生であった。しかし青年期からは病弱な体質と弱い性格が災いして、世間との折り合いが悪くなる。年を重ねるごとに内面に鬱憤を蓄積していく。村の女性達との関係悪化がきっかけで遂に心が決壊し、村人皆殺しの決意に至る。犯人自身が決行の前後に遺書を書いており本人の心情も明らかになっている。
「決行するにはしたが、うつべきをうたずうたいでもよいものをうった、時のはずみで、ああ祖母にはすみませぬ、まことにすまぬ、二歳の時からの育ての祖母、祖母は殺してはいけないのだけれど、後に残る不びんを考えてついああした事をおこなった、楽に死ねる様にと思ったらあまりみじめなことをした、まことにすみません、涙、涙、ただすまぬ涙がでるばかり、姉さんにもすまぬ、はなはだすみません、ゆるして下さい、つまらぬ弟でした、この様なことをしたから(たとい自分のうらみからとは言いながら)決してはかをして下されなくてもよろしい、野にくされれば本望である、病気四年間の社会の冷胆、圧迫にはまことに泣いた、親族が少く愛と言うものの僕の身にとって少いにも泣いた、社会もすこしみよりのないもの結核患者に同情すべきだ、実際弱いのにはこりた、今度は強い強い人に生れてこよう、実際僕も不幸な人生だった、今度は幸福に生れてこよう。」
犯人は自己中心的で弱い性格だが、数ヶ月前より周到に計画を準備し、犯行後も長文の遺書を書く判断力や冷静さを持っている。昭和初期だから舞台設定は今とは異なるものの、現代の、通り魔大量殺人事件の犯人らの精神構造と似通ったものを感じる。
国民の50%が起床する時刻を調査したところ、60年代には曜日にかかわらず朝は6時起床、夜は10時に就寝していたそうだ。ところが、この35年間で起床も就床も30分から1時間遅くなり国民全体で夜型が進行しているという。
同時に睡眠時間は60年代に8時間13分だったのが1時間以上短縮された。国際比較によると日本人は1日当たりの平均睡眠時間が453分(7.6時間)で、世界でも目立った短眠民族である。(特に家事や育児に忙しい40代の日本女性が睡眠時間を切り詰めて世界一級とのこと。)
・平均睡眠時間
日本 453分
カナダ 489分
アメリカ 496分
イギリス 511分
オランダ 492分
デンマーク473分
フィンランド496分
個人レベルでみると朝型・夜型、短眠型・長眠型には一長一短の特徴があるそうだ。朝型人間は生活習慣の堅さが強く融通性がなく、夜型は生活パターンの変化に耐性を持つ。長眠型は内向的で非社交的、神経質な傾向が強く、短眠型は外向的で活動性に富み、こまかいことに無頓着な傾向がある。
実は短眠型の睡眠は効率がよく、深い徐波睡眠もレム睡眠も、長眠型と同量にとっているそうだ。長時間寝ることが健康によいとは限らないのである。眠るために横になった時間と正味の睡眠時間の割合を睡眠効率という。この数字は20代まではほぼ100%だが、年齢が上がるにつれて減っていき60代以降では70~80%まで下降してしまう。眠りの質も大きな問題だ。
夜にわずかにしか眠らず、1日中短い睡眠を繰り返す「多相性睡眠」という睡眠傾向の人もいる。エジソンやナポレオンがそうであったと言われる。1日の睡眠を4時間ごとに15分とって1日の睡眠時間が合計90分でも人によっては大丈夫らしい。実践者の話が紹介されていた。競技中のヨットレースの乗組員たちは多相性睡眠が一般的だともいう。1日中夢うつつな意識で過ごすのだろうか。
睡眠中の脳と身体のはたらきが詳細に解説されており勉強になる。睡眠中にも意識は目覚めている「見張り番メカニズム」は興味深い事実だ。レム睡眠では刺激の意味によって反応の正確さが変わる。たとえば雷が鳴っても起きない母親が、子供の泣き声ですぐに目覚める。睡眠中でも特定の音が聞こえたらボタンを押すという反応も可能のようだ。
身体には時計も内蔵されている。人間はあらかじめ何時に起きようと決めて眠ると時刻ぴったりに起きることができるものなのだという。これは私もよく体験していたから納得した。重要な予定のある日は目覚まし設定時刻の数分前に起きて、鳴る前に止めることが多い。体内で時刻がカウントされているのだ。不思議なことである。
この本は睡眠の研究者が、眠りの科学とそれに基づく睡眠の質改善のためのアドバイスが解説する内容。健康とのからみだけでなく、生産性と睡眠という観点からも興味深い事実が満載。たとえば眠気を測る技術として眠気スケールというものが紹介されている。
・スタンフォード眠気スケール
1 やる気がある、活発、頭がすっきりしている、はっきり目ざめている
2 よく目ざめているが最良の状態ではない、物事に集中することができる
3 ゆったりくつろいでいる、まあまあ目ざめており、物事に集中できる
4 やや頭がボーっとして気がぬけている、横になりたい気分
5 頭がボーっとしていて気が散りやすい、目ざめているのがむずかしい
6 眠い、横になりたい、頭がぼんやりしている
7 まどろんでいる、起きていられない、すぐに眠ってしまいそうだ
この自覚的評価法でもある程度は再現性のある測定ができるものらしい。これは個人差もあるが一般的には「眠気のていどは二時間リズム、十二時間リズム、二十四時間リズムと強くなり、眠気のピークは早朝の四から六時がもっとも強く、つぎに午後の二~四時が眠い。」。交通事故や重大ミスの発生時間はこのパターン通りに発生する。
眠気、居眠りによるミスを防ぐには、早い午後にコーヒー、緑茶、紅茶、チョコレートを摂取して、20分ほど仮眠するとよいと教えている。20分なら本格的な睡眠に入らずに起きることができ、カフェインの効き目は30分後にあらわれるから目ざめやすいそうだ。今度やってみよう。
・Magic Moving Images: Animated Optical Illusions

これは久々にヒットの錯覚錯視系の絵本。
イメージが縞模様状に重ねあわされた図の上に専用のフィルムをスライドさせると、不思議なことに絵がアニメーションのように動き出す。掌の中で画像が動くというのはiPodやゲーム機と一緒ではあるのだが、動き方が全然違って印象的だ。
YouTubeにアップされていたMagic Moving Imagesの動画。
この方式でヒットしているのがGallop!だ。上のMagic Moving Imagesは専用フィルムを本の上で動かす必要があるのだが(原理理解にはよいのだが)それが少し面倒だった。Gallop!は本のページ自体にフィルムを組み込んでしまっており、普通にページをめくるだけで動き出す。こどもびっくり。
こちらもYouTubeに動画があった。
サブダの立体絵本に続いてヒットの兆しがある錯覚アニメーション絵本。
コンセプトがナイスな写真集。特定のフォトグラファーや特定のテーマではなく、編者が「すごい」と思ったという視点で、雑誌や広告、写真展、投稿写真などあらゆるメディアで目にとまった写真をピックアップしている。写真の横にはどこがすごいかの短評がある。文章は読まなくてもすごさは一目瞭然のインパクトがある作品ばかりだが。
凄いと言っても芸術的にとか、ナショナルジオグラフィック的に凄いというのではない。ほとんどはおバカだったり、怖ろしかったり、シュールだったり、雰囲気ありすぎだったり、どれもこれもヘンな方向に凄いのだ。芸術性ではなく娯楽性に富んでいる。バラエティ番組みたいに楽しい写真集。
こういうやり方で写真集を構成するには、本来は紙ではなくて、インターネットが一番適しているはずだ。Flickrやフォト蔵にある大量の写真の中にも、凄い写真はたくさんみつかる。コメントをつければ他力本願ギャラリーができあがる。
実は私、2年くらい前からFlickrで、これはすごいと思った写真をお気に入りに登録している。ただしこれは「すごい美しい」の意味。この本のようなヘンな写真はない。いつのまにか200枚近くになった。短評をつける作業は大変でなかなか手が出せないわけですが...。
・私がこれはすごいと思ったお気に入り写真一覧
http://www.flickr.com/photos/datasection/favorites/
そのうちせめてこれらの写真にタグくらいつけて、自分が何を美しいと思うのかを分析してみようと思っている。
のだめカンタービレの音楽監修で知られる指揮者兼オーボエ奏者の茂木大輔氏が語るクラシック音楽鑑賞術。最初から最後まで庶民的でわかりやすい解説がクラシック音楽体験のハードルをぐっと下げてくれる。
「Sというのはむしろ「あまりに早く売り切れてしまわないため」に設けてある、「値段が特に高い席」であって、見え方聴こえ方が特別に優れているという根拠ではないことが多い。」
と言ったり、素人にはわかりにくい「演奏のよしあし」についてプロとしてこんな正直な説明をしている。
「演奏が、本当によかったか?」については、特別な場合を除いては楽団員全員に共通の印象などはなく、感想は個人バラバラで、つまり、我々自身が解っていない。<中略>ま、試しに勇気をもってデカイ音で拍手してごらんなさい。「あ!いまの良かったのか......」という具合で、周りの人もつられて、あっというまに拍手が倍くらいの音量になる。アンタも一気に尊敬の目で見られて「通」になっから。そんなもんだ。」
とはいえ、クラシックにはマナーや慣例があって、うかつに拍手をしてはいけないときもある。拍手が好ましいタイミングや、楽曲がまだ終了していないのに終わったように聞こえる「フライング拍手要注意曲目リスト」などが紹介されている。
ちなみに題名にある拍手のルールだが、拍手には音量、音程、密度の3要素と3法則があるのだそうだ。クラシックコンサートに限らず汎用的に拍手に通じそうな納得の分析のように思った。この基準は機械で拍手の成分分析するのに使えるかもしれない。
法則1:拍手の音量は拍手者の対外的表現意欲に比例する (社会的)大←→小(個人的)
法則2:拍手の音程は拍手者の感動の表面性に比例する (表面的)高い←→低い(内面的)
法則3:拍手の密度は拍手者の興奮度に比例する
それから私にとっての最大の収穫は「指揮者は何をしているのか」という、子供の頃からの素朴な疑問に丁寧な答えがあったこと。指揮者がオケを演奏するのがコンサートだという意味がよくわかった。
まだ雑誌連載中の漫画。これは面白くて単行本で最新刊まで読破。早く次が出ないかな。
へうげる=剽げるとは「ふざけている」「おどけている」という意味。
「群雄割拠、下剋上の戦国時代。
立身出世を目指しながら、茶の湯と物欲に魂を奪われた男がいた。
織田信長の家臣・古田左介(ふるたさすけ)。
天才・信長から壮大な世界性を、茶聖・千宗易(利休)から深遠な精神性を学び、「へうげもの」への道をひた走る。
生か死か、武か数奇か。それが問題だ!! 」
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将で茶人として知られる古田織部正の人生を描いた歴史漫画。好事家の古田は群雄割拠サバイバルの戦場でも、趣味の茶道や美術のことが頭から離れない。武士の道にいきようと心に誓うが、戦火で焼失しそうな陶芸の逸品などをみると、戦いもそっちのけで手に入れようと身体が動いてしまう。
最近の流行語に「ワークライフバランス」という言葉があるが、仕事にせよ趣味にせよもバランスを取ろうとして取れるものならたいした問題じゃないのだと言える。それが好きで好きで仕方がなくて死ぬほど没頭してしまう人が問題なのである。
戦国時代が収束して中央集権体制が固まろうとしている時代。古田織部と千利休は数寄の世界に絶対的な自由を求めた表現者たちであった。その志向性は独裁者の意向と次第に対立し始める。二人とも芸術家なのに、最後は為政者から切腹を命じられて死んでいる。芸術表現の可能性とヤバさがテーマである。
戦国時代の歴史ものが好きな人におすすめ。本能寺の変の黒幕はあの人だったとか歴史の大胆な解釈もある。
・へうげもの official blog
http://hyouge.exblog.jp/
・「へうげもの」
http://e-morning.jp/flash/heuge.html


















