Books-Misc: 2005年1月アーカイブ

・情報と国家―収集・分析・評価の落とし穴
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■データ、インフォメーション、インテリジェンス

戦争が起きるとよくテレビに登場する軍事問題評論家 江畑謙介氏。この人、普段は何を考えているのだろうと気になって手に取った本。イラク戦争や北朝鮮問題をめぐる主要国家の情報戦略を事例をあげて説明していく。

まず国家が情報を収集し評価分析し意思決定を行う際の、3つの単位を定義する。

データ 
 断片的でそれだけでは何を意味するか分からないもの

インフォメーション
 データを種類ごとに集めたもの

インテリジェンス
 インフォメーションを分析、評価したもの

インテリジェンスのための国家の情報収集手段には、次のような手法があると説明されている。

人的情報収集(HUMINT) スパイ、内通者を潜入させたり、亡命者から聞き出す
映像情報収集(IMINT) 衛星による高解像度画像の分析
通信情報収集(COMINT) 電話など通信の傍受
電子情報収集(EMINT) インターネット、デジタル情報を分析する
信号情報収集(SIGINT) 電磁波情報から移動車両や武器の所在を割り出す

日本はこうした情報収集活動を行う専門組織をほとんど持たないが、近隣周辺諸国の情報収集は、ラヂオプレスという組織が一手に引き受けているという。

・財団法人 ラヂオプレス
http://www.koueki.jp/disclosure/ra/radio/

この財団は外務省の情報部ラジオ室海外放送受信部を前身とし、当初は英語放送の受信と分析を行っていたが、大戦後に民間組織となったらしい。今でも外務省国際情報統括官組織第1国際情報官室の管轄下にある。北朝鮮の情報などはこの組織が入手しているのだという。

そして、こうして集めた複数の情報を統合、分析することをマルチ・インテリジェンスと呼び、現代の情報戦略の主流となっている。

■公刊情報中心のインテリジェンスの時代

国家の情報収集といえば、連想されるのはスパイの諜報活動であるが、そうした隠れた情報がインテリジェンスの中心の時代は終わっているそうだ。現代の政府の情報収集は公刊情報(公開された情報)が中心であり、テレビやラジオ、出版物、インターネットなどから情報を引き出し、分析することで、意思決定の9割近くの判断材料を集めているのだという。

そして公刊情報中心の活動になると、情報がないことが問題であることは少なく、情報が多すぎてどれが信頼できる情報なのか分からないことが、大きな問題になっているという。これはITの普及で一般人も同じ感慨を持っているだろう。

米国CIAは衛星やハイテク装置による技術情報収集に頼る部分が大きく、スパイや内通者との取引による人的情報収集は得意ではないらしい。著者によると、イラク戦争で実在しなかった大量破壊兵器の存在を、米国は本気で信じていたらしいのだが、これは人的情報収集が弱かったが故の判断ミスであるらしい。

機械的に集めた情報だけでは、判断を見誤ることがあるわけだが、逆にこの曖昧さを政治に使うのが米国は得意でもあるようだ。

・Space Imaging
http://www.spaceimaging.com/高解像度衛星イコノスの写真をビジネスにする米国企業。

■国家の情報戦 結論ありき、映像情報は出したもの勝ち、真実を見ない組織

高解像度の画像を撮影する衛星を保有する国は少ないため、米国は衛星写真を国家間の情報戦で強引に活用している、という。例えば政府の広報が「これが敵国の毒薬と爆薬の製造基地の衛星写真です。ここに3トントラックとクレーンがあります」などと発表する。だが、衛星写真レベルでは建造物や車両があるのは分かるが、専門家でもそれが何なのかを特定することはほとんど不可能なのだという。数少ない他の衛星保有国の諜報機関はその嘘に気がつくことがあっても、特別な利害関係がない限りは、間違いを指摘して米国と対立する判断は取らない。結局、米国は写真を出せば国際世論を動かせる出したもの勝ちな状況にあるそうだ。

電話傍受の録音資料も同様で、大抵は文脈が不明な会話の断片を自国に有利に引用しているだけで、決定的な内容であることがほとんどないという見方をする。確定的なことはなくても情報の政治的価値があれば使われる。

この本に引用されたマイヤーズ米統合参謀本部議長の言葉が印象的だ。


インテリジェンスは必ずしも真実であることを意味する必要はない。インテリジェンスはその状況における最良の推測であればよい。最良の推測とは、事実である必要を意味しない。要するに、判断決定ができればそれでよいのだ

最初に「イラクをぶっつぶす」決定ありきなのだ。上がってくる情報のうち、イラク戦争肯定に役立つ情報だけを吸い上げていく。こうした上層部を持つ諜報組織のメンバーは、次第に上司の気に入る情報しか報告しなくなっていく。

著者によると、フセイン政権はまさか米国が本気で攻めてくるとは信じていなかったのだという。米国以上にイエスマンだらけの部下を持つフセインは裸の王様で国内も把握できていなかった。米国侵攻があれば国民が立ち上がって徹底抗戦すると疑わなかったらしい。どんなに先端技術があっても、情報を扱う組織が真実を求めていなければ機能しない。これが国家レベルの情報戦略の問題であるとこの本は結論している。

■北朝鮮弾道ミサイルの性能、ノドンの数

第3部は北朝鮮の兵器の配備状況に関するインテリジェンスを分析する。兵器の専門家である著者の知識が一番、活躍するところだ。北朝鮮が発射し日本を飛び越えて太平洋に落ちたとされる弾道ミサイルについて、メディアは脅威と報じたが、そうではないのではないか?という。ミサイルの弾頭はできても、実用精度で弾頭を飛ばすには別の技術が必要で、弾道弾の実験一回程度では兵器としてはまったく完成できないのではないかという。米国が調査したノドンの配備数も情報の出所が非常に怪しく、信用できないものらしい。
もし今後、北朝鮮に大量破壊兵器の保有を理由に有事が発生するとしたら、イラクのときと同じ間違いを起こすということになるだろう。米国の大本営発表しかないとしたら、日本や小国も追随して判断を間違うことになる。

著者は日本政府が専門の情報収集部門を持たないことを批判しているが、これは一理あるのかもしれない。情報がなければ私たち国民も、判断をすることができないわけだから。
感想としては、国家の情報収集というのは企業や個人の情報収集とは目的や評価の軸がまったく違うのだということ。意外に国の秘密というのは外からはつかめていないものなのだなあという意外性。