Books-Misc: 2008年3月アーカイブ

写真家の引き出し

|

・写真家の引き出し
shasinkanohikidasi01.jpg

写真家 小川義文氏の写真とエッセイ。
http://www.crossroad.tv/
著者のオフィシャルサイト

私は車には乗らないしモノとしての車にもまるで興味もないのだが、この自動車写真本にはすっかり魅了されてしまった。ジャガー クーペ、ランドローバー ディスカバリー、ボルボが、自然や都市を背景に、ありえないほど美しく撮影されている。

「19世紀の人々にとって、写真術は移ろいやすい自然を永遠に固定するという長年の夢を実現してくれる手法だった。現代のデジタルによる写真術は、本物よりもっと本物らしい、まるで虚構のイメージにさえ思えるほどクォリティの高い画像をつくり出すことが可能になった。」

クルマというのは街にありふれていて、普通に写してもオモシロい写真にはならないものだが、この本に収録された作品は露出も構図も計算されつくしていて、一枚一枚がまるで美術館の絵画のようだ。

これらはすべてデジタルカメラによるもので、デジタルフォトの真髄を著者は「写真を絵画化すること」と語っている。それは撮影後のデジタル加工も含む。

「私の写真は非現実になろうとしているかもしれない。写真の目的が、写実からより絵画に接近しているのだから。写真に写し撮られたものは実在であることを意味するが、芸術におけるリアル(真実)とは、現実をそのまま再現することではないはずだ。それは、作家の主観と創意とを通じて選択された事実である。」

クルマに特化した作品が何十枚も続くが、飽きることなく楽しめる。作品をテーマに写真術を語る数ページのエッセイが間に16本挟まれている。写真と文章の配分が絶妙で、写真展にいって作品の横で作者の話を聞いているみたいな体験ができる本である。

植田正治 小さい伝記

|

・植田正治 小さい伝記
515RPyWNUIL__AA240_.jpg

雑誌「カメラ毎日」に1974年から1985年までの間に13回発表された、植田の作品群(写真とエッセイ)が収録されている。先日紹介した「植田正治の世界」は関係者による360度評価のような本であったが、こちらでは本人の肉声がきける。

伝記というシリーズタイトルについては本人がこう語っている。「その「伝記」という言葉を使うのはちょっと気になったんですよ。なんか思い上がったような感じでちょっと気になったけども、切羽詰ってそういう題つけてね。それから言い訳になりますけど、伝記というのは私自身のたどった道、これからたどるであろう道であるし、それから撮ってる被写体、対象のそのときの記録ということは、撮られた人物なら人物のひとつの伝記の1ページになるであろうという気持ちなんですよ。」

断続的だがシリーズが8年間続いたことで、実際、植田正治のある時期の伝記的内容となった。植田が約50年前に撮影したが未現像のフィルムを新作として発表した回もある。カビに浸食されたネガから1930年代の日本の情景が現れる。驚くべきことに「植田流」はその頃から変わっていないことがわかる。

植田正治の作品の最大の魅力は構図の面白さなわけだが、一般に写真術で言われる構図のタブーをしばしば犯しているのが興味深い。メインの被写体をど真ん中に配置してしまう日の丸構図とか(ローライフレックスの正方形写真では一層それが目立つ)、人間の背景に電信柱がある串刺し構図などを堂々とやっている。それが印象を悪くするどころか、効果として活きているのが凄い。

日常をどう写せば非日常になるかを徹底的に考えつくした写真家なのだ。そしてそれは田舎暮らしから育まれた才能でもあったらしい。「それはとにかく外国行ったら、もの珍しい、右向いても左向いてもシャッター押しますね。それは写真になると思うわ。山陰におるとなかなか写真になる対象に恵まれん。」と話している。

植田は自分の作品について「非常に空間がとぼけてる写真かもしらんなァ」と述べている。これ以上ないほど的確な説明だと思った。植田作品はメインの被写体へのピントは常に完璧に合わせている。背景は砂丘や曇りの白い空であることが多いから、当然のことながら被写体だけが中央にぐぐっと浮き上がり、広がる余白との絶妙のバランスが「とぼけた空間」の一因になっているようだ。

カメラ雑誌などの月例コンテストで植田流を模倣した作品をよく見るが、本家の持つ、そのとぼけ具合がない。まじめに計算して作ってしまうととぼけたことにならないようだ。「五十年間つづいた道楽が我が写真家としての取り柄ならん。」と語り生涯「アマチュア」として生きた植田だったからこそ、究めることができた遊びのセンスだったのかもしれない。

・植田正治の世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005283.html

植田正治の世界

|

・植田正治の世界
518mYCqctLAA240_.jpg

植田正治の砂丘写真シリーズは演出表現があまりにもユニークであった。一度見ると忘れられない。なにもない真っ白な砂丘の上に、計算された構図に並べられた人間たちは、みな普段着でなにげない表情をしている。植田正治の写真は完全に作為の写真だ。日本の写真文化はリアリズムの価値が中心的であったから、アート志向の植田正治は鳥取という地域性と相まって周縁で異彩を放つ存在でありつづけた。2000年に他界したあとその作品は海外でも展示されて、今また高い評価をされている。

・植田正治美術館
http://www.japro.com/ueda/

・植田正治事務所
http://www.shojiueda.com/jp/index.html

この本は本人の言葉や家族の証言、そして同時代の写真家や評論家たちの回想によって、植田正治の表現世界を立体的にうかびあがらせる。代表作の紹介や植田が生きた環境の取材記事などコロナブックスらしいビジュアルなドキュメント。

植田正治の作品には同じ女性や子供がよくでてくる。ここに出てくるモデルは植田の家族や近縁の人たちだったのである。子供を実にいきいきとした姿で写す写真家だが、実態は別にこだわっていなかったらしい。

「親父はごく一般的な親父ですね。子どもにあまり興味がない。ほったらかしもいいところで、ほんとうに毎日のように写真を撮りにでかけては、夜帰ってきました。」と息子は証言する。本人の言葉もそれを裏付ける。「僕は子供の世界を撮ろう。子供の世界を表現してやろうというのはない。僕はあれは物体として使っていますから」。

土門拳は「絶対非演出の絶対スナップ」と言ったが、植田正治は絶対演出写真の人なのである。植田と交流のあった荒木経惟は「私も子どもの写真は得意にしてたんだけど、自分のネオリアリズム風のどろどろした現場っぽい写真と違って、植田さんのは、あっちの国のみたいにさ、スッキリしているわけだよ。時代とか場所とか環境なんて、ぜんぜん意識していない。もっとピュアに、子どもの気持ちとか子どもに対する気持ちとかが写ってる。」と評している。

植田正治の砂丘写真はリアリズムの対極で、もはや絵画といってもよいほど緻密に計算された表現である。しかし、そこに写ったモデルの表情は余計なものが一切ない背景だからこそ、すごく生々しく質感がある、リアルに感じる。よく教科書で「写真は引き算」というが、まさに典型的な引き算のお手本を貫き通してアートにしたのが植田正治なのである。

・写真批評
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005242.html

・土門拳の写真撮影入門―入魂のシャッター二十二条
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004954.html

・東京人生SINCE1962
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005034.html

・遠野物語 森山大道
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005029.html

・木村伊兵衛の眼―スナップショットはこう撮れ!
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004923.html

・Henri Cartier-Bresson (Masters of Photography Series)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004931.html

・The Photography Bookとエリオット・アーウィット
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004958.html

・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html

・マイケル・ケンナ写真集 レトロスペクティヴ2
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005007.html

ギネス世界記録 2008

|

・ギネス世界記録 2008
41YdfpshC-L__AA240_.jpg

年間65000件が申請され厳正な審査のもとに1500件が認可される世界記録の殿堂ギネスブック。オフィシャルサイトをのぞくと「『ギネス世界記録』の歴史」が次のように語られている。

「1951年、当時ギネス醸造所の代表取締役だったサー・ヒュー・ビーバーが狩りに出かけたとき、仲間と議論をしました。それは、「ヨーロッパでもっともはやく飛ぶ猟鳥は、ヨーロッパムナグロとライチョウのどちらだろうか?」というものでした。そこで彼は、こういった疑問に答える本を出せば、人気が出るのでは、と思いついたのです。サー・ヒュー・ビーバーは、ロンドンで情報調査会社を経営していたノリスとロスという双子のマクワーター兄弟に、世界一の記録を集めるよう依頼しました。そうして、『ザ・ギネス・ブック・オブ・レコーズ』(現在の『ギネス世界記録』)として出版されたのです。1955年8月27日に発行された初版は、その年のクリスマス前には、イギリスでベストセラーとなりました。」

やがて、その記録集は37の言語に翻訳され、100か国で通算1億冊以上売れている本になったのだそうだ。自動車の利用を促進するためにタイヤメーカーのミシュランはレストランガイドを発行したそうだが、ビールメーカーのギネスとしては、いろいろな世界一を話題にしながら一杯やって盛り上がってくれということなのだろうか。

私はギネスブックを5年おきくらいに買っている気がする。いつのまにかカラー写真が大量に使われた図鑑のような本になっている。子供のころのギネスブックはこんなにビジュアルではなかった気がするが、世界記録の凄まじさが一目瞭然に分かって楽しい。

そして馬鹿話のタネにはぴったりである。洗濯機を投げた最長記録、茶わんをお腹に吸いつけて乗物を引っ張った最重量記録、ひたいでスイカを割った最多記録、最も多くの本を逆にタイプする記録など、なんでそんなことにチャレンジしたのかと問い詰めたくなるような項目でいっぱいなのである。100メートル走とかマラソンの記録のような真面目なスポーツ記録は巻末におまけのように収録されているだけである。

世界記録は目指してとるものだけではなくて、先日引退したキューバのカストロは暗殺未遂の最多記録638回を誇る、とか、もっとも多くの従業員を抱える事業体はインド国営鉄道で2000年時点で165万人の正社員がいたなどの事実も含まれる。

そして圧巻は「世界最大の○○の写真」だ。○○には虫とか動物(ヒトも)などが入るのだが、世界最大のカタツムリ(実物大)とか、ムカデ(実物大)とかナナフシ(実物大)とかは、SFチックであり、もう勘弁してくれという感じである。でも怖いもの見たさでついついページをめくってしまうのである。

ビジュアルで話題性のある記録中心に編集されているせいか、昔のギネスブックよりも、娯楽性が高い内容になっている。偉人よりも奇人変人が目立つということでもあるのだが。ブロガー向きでもあると思う。この本はやはりネタの宝庫であるから。

・ギネスワールドレコーズ オフィシャルサイト
http://www.guinnessworldrecords.com/ja/default.aspx

このアーカイブについて

このページには、2008年3月以降に書かれたブログ記事のうちBooks-Miscカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはBooks-Misc: 2008年1月です。

次のアーカイブはBooks-Misc: 2008年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.1