Books-Philosophy: 2012年8月アーカイブ

・ソウルダスト――〈意識〉という魅惑の幻想
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意識の進化に対して大胆な仮説を提示した名著『喪失と獲得―進化心理学から見た心と体』のニコラス ハンフリーの近刊。

トマトが赤いと意識するとはどういうことか。著者によればトマトから反射した光が目に届くと、脳は局所的に活性化し、内在化した表現反応を生み出す。"赤"する状態になる。その状態を自分自身が観察して、自身の反応から形成する表象が赤の感覚なのだという。赤いとは自分自身が赤を感じていることを観察することにほかならない。意識は自己発生的なショーである、と。

現実の空間ではありえない形状のペンローズの三角形があるとする。ある角度からみたときだけペンローズの三角形に見える立体物をつくることは可能だ。それをグレガンドラムと呼ぶ。そしてそれをみた人が生み出す内的創造物をイプサンドラムと呼ぶ。そのうえで観察者が動くと自動的にグレガンドラムも同じ幻想的外観を見せるように動くしくみがあると仮定する。

第三者がこの観察の様子を見たら、ペンローズの三角形などどこにもないわけだから、その存在を信じることはナンセンスに思える。しかし志向性をもって特定の角度からグレガンドラムを眺める人にとっては、内的に発生するイプサンドラムと矛盾しないのでペンローズの三角形を知覚する。意識とは自分を相手にしたマジックショーみたいなものだと著者はたとえる。感覚反応の内的モニタリング自体が意識を生じさせる。進化論的になぜそのようなフィードバックループが生じたのかを論じている。

「そこに存在するという感じをあなたに与える感覚は、あなたの感覚器官への刺激に対する、あなた自身の能動的な反応から生じるのだ。感覚は最初から、一種の行為を含んでいる。これはつまり、あなたの中核的自己を生じさせるのは、行為を行うあなたの自己にほかならないという重大な意味合いを持つ。あなたであるとはどいう感じかは、最も深いレベルではあなたが決めることなのだ。だが、それならば、次なる妙技として、こういうのはどうだろう?ソウルダスト、すなわち、魂の無数のまばゆいかけらを、周りじゅうのものに振りまくというのは?これも思い出してほしい。現象的特性を外部のものに投影するのは、あなたの心だ。あなたは知らないだろうが、この世界がどのように感じられるかを決めているのはあなた自身なのだ。」

私秘的な意識を自然科学がどの程度解明できるか?文学や心理学など文系の学問とも融合して総合的に論じていくスタイルは「喪失と獲得」と変わらない。結局は純粋な理系の論にならないので反証は難しい気もするけれども、著者は、人間にとってなぜ世界が美しいのか、人生が素晴らしく感じられるのか、の理由を、進化心理学にみつけようとしているのが面白い。

喪失と獲得―進化心理学から見た心と体
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/01/post-193.html