Books-Psychologyの最近のブログ記事

・アイドルのウエストはなぜ58センチなのか―数のサブリミナル効果
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著者の調べによるとアイドル103人のウエストサイズ(プロフィールとして公開されたもの)を集計すると、58センチが突出して多い。前後の57センチと59センチはとても少ない。明らかにサイズ申告時に操作が行われたわけだが、日本人は基本的に8に好印象を持つことと関係があるようだ。スーパーの食料品も198円だとか298円のように8で終わる価格ばかりだ。米国では9.99ドルのように9が多いのに。日本人にとっての8の良さ、それは何か?

こうした数のサブリミナル効果を徹底的に研究した数詞の認知心理学的文化論。数詞のマーケティングに踊らせられたくない人、逆に人々を踊らせたい人にも役立つ知識満載。

・欧米人が円周率を暗記する方法は?
・スポーツの表彰台はなぜ三位までなの?
・ヤマタノオロチの首は本当は何本?
・「四捨五入して40歳」がショックな理由は?
・4択問題で「正解」が多いのは何番なの?
・「千の風になって」が「万の風になって」だったらヒットした?
・いちばん記念日の多い日は何月何日?
・「虹の色が7色」って世界の常識じゃないの?
・大相撲の土俵が女人禁制になった「奇数」な理由って?

勉強になった。子供のころからの疑問が氷解した。

いち に さん し ご ろく しち はち きゅう じゅうという数詞。4は「し」とも「よん」ともいう。7は「なな」とも「しち」ともいえる。このふたつの数字だけ呼び名が2種類あって不便だと思っていた。それに1,2,3とカウントアップするときはどちらの呼び方でもありなのに、カウントダウンするときは必ずじゅう きゅう はち 「なな」 ろく ご 「よん」 さん に いち になる。なぜなのか、という不思議だ。
和語と漢語が混在していることに原因があるのだがさらに追究していくと、和語数詞の音韻体系に隠された巧妙な数学的からくりが幾つも存在している事実がわかってくる。日本語の奥深さにうならされた。詳しく知りたい人は本書を読んでください。

ところで、かなり数字の認知心理を網羅したように思える本書にもない観点を私としては、持ち込んでみると、こういうのもあるよね。

2の乗数に過剰に反応する人がいる。IT業界系の人たちだ(含む私)。われわれは原則的に物事をビット的に考えるせいか、2,4,8,16,32,64,128,256,512,1024が大好きだ。普通の人たちにとっては100番や1000番が"キリ番"なのだけれど、われわれは128番や1024番も吉している。この文化はコンピュータあるところ世界共通のはずなので、地域に限定された「末広がりの8」や「不吉な13」なんかより、よっぽどユニバーサルな文化なのではないだろうか。整理番号が偶然64だったらニヤッとしちゃう人が世界中に何億人もいるはずなのである。

THE SECRET LIVES OF NUMBERSというサイトがある。Webの検索エンジンで1から10万までを順番に検索して、検索結果数をグラフ化したものだ。人間があらゆるシーンで使う数字の統計である。

・THE SECRET LIVES OF NUMBERS
http://turbulence.org/Works/nums/

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やはり1から10までの利用回数はダントツに多い。そして基本的には50、100、1000ようなキリのよい番号が高い山になっている。その間に12と24だとか、95、96、97、98、99まで(西暦の下二桁として利用か?)などの利用頻度の高い数字が散見される。2の乗数を確認してみると、全体の中で突出しているわけではないが、ほぼ確実に前後の数字よりも高くなっているのであった。
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・いやな気分の整理学―論理療法のすすめ
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心理セラピー手法のひとつ「論理療法」の入門書。

私たちは日常、いやな気分を活性化するイベント(Activating Event) があって結果(Consequence)があると考えがちだ。たとえば、出来事A(失敗・陰口) → 結果C(落ち込み・腹立ち)ということがあると、落ち込みの原因は失敗や陰口のせいだと思いこむ。この思考では原因となる出来事を変えないと結果が変えられない。現実生活ではそれは難しいことが多いから悩むわけだ。

論理療法のABC理論では、この関係を見直す。AとCの間にB(Belief)を挟む。

出来事A → 考え・ビリーフB → 結果としての感情C

「よくない出来事と感情の間に、その出来事に対する受け止め方・考え方というものがあり、それが感情的な反応の違いを生み出している」というとらえ方に変える。だから、自分を落ち込みやすい困った性格から、強くて穏やかな性格に変えれば、いやな気分にはまらなくてすむと考える。

論理療法の創始者エリスは「ねばならない」「であるべきだ」「であってあならない」「はずがない」という非合理な思い込み(イラショナル・ビリーフ)が、不健康な否定的感情につながると指摘している。「絶対にうまくやらねばならない」、「私の人生は完璧であるべきだ」、「こんな不公平があってはならない」という思い込みが、いやな出来事Aをいやな気分に変換してしまうことが問題だとする。

そこで、論理的な対話型セラピーによって、イラショナル・ビリーフを解消していくのが、論理療法である。たとえば「私はまったく無力です」という人には「歩いてここまで来られたのですから、歩行能力があるんですよね?」に始まって、ご飯を食べたのだから咀嚼力も消化力もあるし、目が見えているから視力もあるじゃないですかという風に反論していく。

「人間の心はとてもおもしろいもので、「自分は無力だ」と考えると、無力感が襲ってきます。「微力だとしても、力はある」と考えると、少し力が涌いてきます。そしてよけいな「微」ということばは省略して、「私には力がある!」と言い聞かせると、ふしぎなことに元気が出てきます。」

論理療法には、フロイドやユングの心理学のような無意識・潜在意識の話が出てこない。思い込みの内容を意識して言葉として表出させて、論理的な説得を繰り返すことで、感情の自己コントロールが可能な性格に変えようとする。ポジティブ・シンキングに似ているが、こちらはすべての負の感情を除去しようとするものではない。

以下のような否定的な感情と健康的な感情のリストが掲載されていた。

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このうち否定的な感情を取り除いた上で、ポジティブシンキングを取り入れる下地作りをするのがこの心理療法らしい。実際の対話例(ひとりでもできる)がいっぱい掲載されているが、どれも論理的な道筋をたどっていくと、ポジティブに考えることが自分にとって最善の道であるということが、ロジックとして明確になる。

本当にうつの人をこの療法で治せるかはわからないが、ちょっといやな気分になった自分を、どう自身で励ますべきか、わかりやすい考え方を教えてもらった気がする。

・大人の時間はなぜ短いのか
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もうすぐ今年も11月だ。子供の頃はあんなに1年が長かったのに今はあっという間だ。

大人になると子供の頃に比べて時が経つのが早くなる。これは万国共通の実感のようだ。実験室でも検証されている。数十秒から数時間という経過時間を被験者に評価させると、加齢に従い短い時間を報告するという事実があるという。なぜ年を取ると時が経つのが速いのか、なぜ楽しい時間は退屈な時間よりも短く感じるのか。実験心理学を専門とする著者はこの時間の知覚の謎に迫った。

時間評価に影響を及ぼす主な要因としては次の4つが挙げられていた。

・身体の代謝
代謝が高まると時間をゆっくりに感じる。1日の内でも代謝の関係で午前がゆっくりで午後が速く感じられるものだそうだ。代謝は加齢に伴い低下する。年を取るほど時間経過を速く感じる一因。

・心的活性度
緊張や興奮によって時間経過は速く感じられる。実験ではクモ恐怖症の人をクモと一緒の空間に閉じこめると時間が長く感じられたそうだ(凄い実験だ)。

・時間経過への注意
時間を気にすると長く感じられる。時間経過への注意が時間を分節化してしまい、分節化された時間帯の数を多く感じることで、長いと感じるのではないかという仮説がある。

・他の知覚様相の状態
広い空間では時間はゆっくり。刺激が多い時間は速い。受け取る情報に脈絡やまとまりを感じていると速く感じる。

著者は視覚や聴覚の錯覚を研究している。この本にも興味深い事例が多数掲載されている。目や耳で感じる印象と物理的実在のずれは案外に大きいことがわかる。そして時間感覚のずれも錯覚の一種としてとらえようとしている。今後、研究が進んでいけば、錯視パターンのように、人間の時間経過を操作する技術が発見できるのかもしれない。

それからとても気になったのは人間には心地よいと思える「精神テンポ」が備わっているという話。個人差があって0.4秒から0.9秒の間にあり、歩くペースや会話の間合いなどと正の相関があるという。私は歩くのも話すのも速い方なのだが、やっぱり、せっかちということなんだろうか。

この本は読書時間が短く感じられた。つまり面白い本だった。

・5秒スタジアム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/08/5-7.html

・マインド・タイム 脳と意識の時間
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005226.html

・「時間」を哲学する―過去はどこへ行ったのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/07/post-110.html

・自己評価の心理学―なぜあの人は自分に自信があるのか
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自己評価について総合的、徹底的に理解することができる充実した内容。自己分析、恋愛、結婚、子育て、友人関係、仕事などに役立つ知識がたくさんみつかった。

自己評価とは、

・自分を愛する
・自分を肯定的に見る
・自信を持つ

の3つの要素の複合体であると著者は定義する。わかりやすく公式にすると

自己評価の栄養源=愛されているという気持ち+能力があるという気持ち

ということだ。そして自己評価は高い/低いという軸と、安定/不安定という軸をもつ。何がこの自己評価の状態に影響をもたらすのか、有名な自己評価についての理論が整理されている。

1 成功と願望の関係
 成功に満足できるかどうかは望みの高さと関係がある。自己評価=成功/願望

2 投資理論
 自己評価の高い人は積極的に行動して成功しますます自己評価を高める

3 鏡映的自己
 他者が自分のことをどう思っているかを推測して自分のイメージをつくる

4 理想と現実の関係
 自己評価は理想と現実の差がどのくらいあるかで決まる

自己評価は人間の行動に大きく影響する。人間関係をつくっていく過程では、自己評価は相互的な問題になる。特に恋愛は自己評価の相互的なせめぎあいのシーンである。多数の男女が参加するお見合いパーティで仮想の相手の判断を受ける実験の話が興味深い。

「相手の自分に対する評価を自分自身の評価に比べて<かなり高い><少し高い><同じくらい><少し低い><かなり低い>の五段階に分けた時、遊びの恋(この人とアヴァンチュールを楽しみたい)については<かなり高い>を選ぶ人が多かったものの、長続きさせたい関係(この人と真剣な交際がしたい)については<少し高い>を選ぶ人がいちばん多く<かなり高い>は<同じくらい>よりむしろ少なかったのである。」。

遊びの恋と長続きさせたい関係では男女の選択基準が違っている、ということだ。つかのまの関係では相手に自分に対する高い賞賛を求めるが、永続的関係では本当の姿の理解を求めるのである。つまり、二枚目で能力もある完璧な人は永続するパートナーとしては敬遠されることがあるということであり、三枚目にもチャンスがあるということになる。

自己評価は常に高ければ高い程よいわけではないと著者は結論している。自己評価の低い人のほうが、自己評価が高い人より親しみやすく他者と協調が成立しやすいという面もあるからだ。しかし、現代社会では一般に自己評価は高いことがよしとされている。

「社会にはそれぞれ<暗黙の理想>というものがある。物質文明を中心に据えた競争社会、すなわち私たちの社会では、その<理想>は政界や財界の指導者のイメージである。野心的で、一度目標を決めたらあくまでもそれに邁進する。成功のためならあえてリスクを冒し、他人に対する説得力にも富む。つまり自己評価の高い人のイメージだ。マスコミもそういった人物をもてはやす。要するに、私たちの社会ではたまたま自己評価が高いことが理想とされているだけなのである。したがって、<自己評価はどうしても高くなければならないのか?>と問われたら、その答えは否である。」

この本には、読者の現在の自己評価の高さ判定と、それを変化させるべきかどうかの判定ができる2つの質問リストがついている。(私は全般的に自己評価が高いが世間の目を気にしすぎる面がある、結論としては特に変化させる必要はないという結果になった。)。
変動する自己評価はサーモスタットのようなものだという。

「自己評価というものは自然のままに放っておくと、日常生活の小さな出来事によって多少の変動はあるものの、結局は最初のレベルにとどまる傾向にある。」

積極的に行動を起こして肯定的に結果を受け止めることで、自己評価の循環構造を高い方に変えることができる。しかしポジティブシンキングはいきすぎると破綻する。ほどほどの高さで安定させるのがうまく生きるこつのようである。


このほか、この本は内容が実に幅広い。自己評価の高い人は何かに成功した後に友達に連絡をとる、自己評価の低い人は失敗した後に連絡をとる。長子は保守的で次子以降の子は革新的な傾向がある、などトリビアも面白かった。

・ステータス症候群―社会格差という病
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-661.html

・自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/03/post-60.html

・もうひとつの愛を哲学する―ステイタスの不安
http://www.ringolab.com/note/daiya/2005/12/post-331.html

・心の科学 戻ってきたハープ
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不妊治療を受けている女性を二つのグループに分け、一方のグループは他者からの祈りを受ける、他方は受けない。被験者及び現場の治療スタッフはこの実験が行われていることを知らない。二つのグループの妊娠率を計測した。すると「実験の結果は驚異的だった。祈りを受けた女性群の妊娠率は、受けなかった女性群の二倍に近かった。数値はそれぞれ50%と26%で、このようなことが起こる確率は0.0013未満。非常に意味のある統計差だ」。

こんな実験もあった。被験者を画面の前に座らせて好きなときにボタンを押させる。すると数秒後にランダムに「感情的を揺さぶる写真」か「静かな写真」が表示される。被験者は手に電極をつけて生体反応を計測される。「これまでの実験には131人の参加者がいましたが、それで判明したのは、感情的な写真を見る前は、静かな写真を見る前よりも、わずかに汗をかく量が増えることです」。こうした実験では、その予知のタイミングを調べると、コンピュータが乱数発生回路を使って、次に出す内容を決める前に、生体反応が検出されるという。

著名な心理学者が、祈りの効果、虫の知らせ、ジョー・マクモニーグルらの未来予知、行方不明者や遺失物を発見するダウジング、テレパシーなどの超常現象を徹底分析する。昔から科学者によってこうした実験が行われてきたが、多くの驚異的な結果報告は、非科学的であるとされて科学の表舞台に出る前に排斥されてきた事実を著者は事例を多数挙げて解説する。

心理学者が書いた本らしい興味深いロジックがあった。それはゲシュタルト認知のあり方を、科学と超心理学の関係になぞらえた次のような記述だ。(認知心理学の実験でよく使われる、見方によって複数の解釈ができる影絵が挿絵にある。)

「もう一つ、ゲシュタルト心理学者によって明らかになったことがある。それは見える絵......たとえば杯か横顔か......を切り替えるのは、慣れれば上手くできるようになっても、両方を同時に見ることはできない、ことだ。つまり、杯と横顔は同時に前景にはなり得ない。一つの見方で知ったこと、もう一つの見方で知ったことを統合できれば役立つことがわかっていても、同時に二つを見るように知覚を働かせることはできない。」

異なる宗教を持つ人の世界理解にも同じことが言えそうである。ある世界観を持つということは、別の世界観を見えなくしている。重要なのは二つの世界観が両立するメタ世界観を確立すること、二つの見方ができる眼を持つことだ。

超能力や超常現象の報告を詳細を調べもせずにすべてナンセンスだとして排斥してしまうのは、合理的、科学的な考え方とはいえないと思う。99%以上はナンセンスなのだろうけれども、科学の歴史は本流の科学者の考え方を異端とされていた研究がひっくり返す歴史でもあった。

あとがきで訳者がこう書いている。「ある面で、これに不思議はないかもしれない。なぜならテレパシーや予知、透視や念力などの体験は、人類に共通しており、古今東西、あらゆる文化圏において普遍的に報告されているからだ。」。

・幽霊を捕まえようとした科学者たち
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005228.html

・サイレント・パワー―静かなるカリスマ
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社会的に中堅になるとペラペラ自己主張をしゃべることが必ずしもプラスに評価されなくなるものだ。実力も実績もあって当たり前。安定や落着きこそ求められる。この本は静かなカリスマが持つオーラ「サイレント・パワー」とは何か、どうしたらそれを身につけられるかを語る、スピリチュアル要素50%の指南書。

他人と違う雰囲気、自然に惹かれる魅力を持った人は何が違うのか。それはまず心の持ち方が違うのだ、寄りかからないことが大切なのだと著者は次のように最初のステップを教える。

1 自分のものでないものに寄りかかるのを止めること
2 未来に寄りかかって、いつも先のことばかり話すのをやめること
3 他人に何も要求しないですむような人生を設計しよう

そして寄りかからないためには、個人的なことはあまり詳しく人に話さないようにすること、心理的に相手の下に入るようにしてみることが重要なのだという。

「だから、人と張り合わないように、会話に気をつけることだ。誰かがフランス旅行に行った話をしてきたとしよう。もしあなたがフランスに二十年間も住んでいたことがあったとしても、そのことは口にしないことだ。ただ、相手の話を聞けばいい。そう心がけることで、あなたはだんだんと、人の下に入る会話スタイルを身につけることができるようになる。」

ただのしゃべらない人と、サイレントパワーのある人の違いは、内に秘めたエネルギー量の違いらしい。この本ではスピリチュアル用語の「エーテル」として説明されている。科学的にはともかく、自信があるかないかは、しゃべろうがしゃべるまいが自然に態度に現れてくるというのはわかる気がする。

「最大の防御は、他人に対する批判や判断をできるだけ控えることだ。恨みや、憎しみ、反感を持たないようにしよう。防御すべきものを持たないことこそ、最大の防御だ。」

隙をなくして、ゆったりと構えよ、そういう人にサイレントパワーは備わるということみたいだ。「カリスマ性」という言語化しにくいものを、感覚的にとらえることができる面白い本である。

・事故と心理 なぜ事故に好かれてしまうのか
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交通事故はなぜ起きるのか、事故を起こしやすい人とはどんな人か。著者自身と世界の学者の近年の研究成果を多数引用しながら、交通心理学者として科学的に結論できることを書いている。

運転者には事故を繰り返す事故多発者というグループが存在するそうだ。

事故多発者には以下の特徴がある。

・安全への動機づけ(価値観)が低い
・注意がうまく機能しない
・隠れた刺激を見つけない(危険の予兆の発見ができない)
・自己認知が的確でない
・反応が突出する

こうした事故多発者は適性検査によってある程度事前に判別できるという話が興味深かった。適性検査は「なにを計測しているのかわからない」という批判がなされるにも関わらず、なにかを計測しており、判別結果に有意性が見いだせるというのだ。

「事故に好かれる状態は人生のある一定期間持続することがある。自己多発者は、車社会に参加する際の安全への動機づけが希薄な人である。自己を避けるためには危険をあらかじめ察知し、回避できなければならない。そうであらねばならないと思っても、なにしろ人間は言行不一致で、合理性は徹底しない。さまざまな危険に同時に遭遇したときに、注意の配分バランスが崩れたり、反応の一部が突出する。いつのまにか認知や反応に偏りが生じることがある。それを防ぐには、絶えず自己モニター機能を働かせ、自分の状態を監視する必要がある。そうでないと事故に好かれてしまう。」

事故に好かれる一定期間を経過すると、事故を起こさなくなったりするそうである。毎日長時間車に乗るタクシー運転手を調べたところ、少数特定の運転者に事故が集中していることがわかった。長期の調査を行ったところ、事故多発の傾向は、一生継続するわけではなく、数年間程度の持続した後に、事故を起こさなくなるものらしい。

そして、事故の当事者になりやすい(事故に好かれる)人は若者、女性、老人である。特に10代の事故が突出して多い。他の年齢層の倍以上である。

「年齢と性とで区切った免許人口のなかから、死亡事故の第一当事者となった人がどれだけでたかの発生率が死亡事故惹起率である。有責死亡事故率という呼び方もある。各カテゴリーの死亡事故の件数を免許保有者の人口で割って、免許保有者一万人当たりの死亡事故の発生件数としたのが図中の縦軸(死亡事故惹起率)である。たとえば十八〜十九歳の男性の免許保有者一万人のうち八人弱が死亡事故を起こしたということになる。」

若者の死亡事故惹起率は世界で共通して高く、その理由に俗説は多いが、科学的にはわかっていないと著者は正直に述べている。この本全体を通して、著者は統計や実験から、科学的に結論できることを慎重に選んで結論を述べているところが、良印象をもてた。事故の調査分析の手法を知る上でも参考になる点が多い本だ。

・超常現象をなぜ信じるのか―思い込みを生む「体験」のあやうさ
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UFOや超能力を信じていなくても、占いやジンクスは信じている日本人が多い。テレビでは毎朝、星座占いが放送されているし、大安吉日には結婚式が多い。60年周期の丙午の年に生まれた女性は夫を食うと言われて出生数が減少する。前回の1966年の丙午は出生数が27%も減少したそうだ。その前の1906年(明治時代)には減少は12%だったそうだから、科学的教育が行き届いた現代の方が迷信を信じてしまったことになる、と著者は述べている。

テレパシーは存在するか、生まれ変わりはあるか、死者の霊は存在するか、という超常現象に関する調査を大学生向けに行うと多くの項目に肯定的な回答が集まった。文系よりも理系の方が超常現象を、科学的推論の帰結として肯定する学生が2割も多かったらしい。不思議現象を信じる心理は、無知や教育の欠如から生まれるとは限らないのである。

「不思議現象を実際に体験することこそが、確信とも言えるほど強力な信じ込みを生みだすことがある」と著者はその超常現象信仰の原因を指摘する。そして、視覚の錯誤、認知の錯誤、記憶の錯誤、推論の誤り、不思議を信じたがる心理など、人間が、何らかの体験から、超常現象を信じ込んでしまう理由を、わかりやすい例をたっぷりと挙げて説明してくれる。

認知バイアスの話が面白かった。

「私たちは、目立ったことが二つ続けて起こると、単にその二つのできごとが目立つという理由だけで、両者の間に関連性があると判断することがよくあるのです。」

「人やできごとなどを集合で考えたときに、多数の要素が備えている特徴に比べ、少数の要素に特有な特徴はより目立って認知されます。」

「治療した、治った、ゆえに治療に効果があった」というロジックで治療を評価することは「三た論法」と呼ばれて厳しく戒められています。」

つまり、私たちは普段は合理的に考えていても、日常体験の中で起こる珍しい出来事があると、起こりやすさの確率の見積もりに失敗しやすいということなのである。たとえば、ある人が夢の中に出てきて翌日にその人が死ぬということは、確率的には大都市では毎晩何件か発生する。たまたま自分がその体験者になると「夢のお告げ」だと信じやすい。夢は見たが何も起こらなかった大多数の事例は、注目されることがないので、なかったことになる。

「しかしもうおわかりのように、幸福グッズを買ったから幸せになれたと言いたいのなら、つまり両社に因果関係を主張するのなら成功した例をいくら並べてもあまり意味はないのです。正しく判断するために必要なのは、買ったけれども幸せにならなかった人、買わないけれども幸せになった人がどれくらいいるのかについての分割表です。残念ながら、こうした情報が掲載されることはまずありません。」

そういった知覚や認知、思考の錯誤は、ありがちなことをすばやく推測することで、日常生活をうまくやるために発達してきたものらしい。日常的な問題は「治療した、治った、ゆえに治療に効果があった」で思ったことが当たりなことが多いわけだ。

で、思うのだが、人間が感じる幸福感というのも、同じような錯誤の一種である可能性もあるのじゃないかと、ふと考えた。運命の人と出会って結ばれた人生、九死に一生を得た人生、稀に見る波瀾万丈の人生。人生のドラマを感じる心は、冷たい確率計算を超えたところにあるし、そう思うことが生きる知恵のような気もする。「ありがたい」ことをたくさん感じるために、こういった欠陥が人間にビルトインされているのかもしれない。

著者は必ずしも超常現象を否定しているわけではなく、「私は体験したのだから、不思議現象(霊でも超能力でも)はたしかに存在するのだ」と考えるとしたら、その考え方が誤りだと」いう。知覚や認知の錯誤、思考バイアスの事例が満載で、面白く読み進められる本である。

・フィールド 響き合う生命・意識・宇宙
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002668.html

・科学を捨て、神秘へと向かう理性
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002634.html

・人類はなぜUFOと遭遇するのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002440.html

・脳はいかにして“神”を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000134.html

・霊はあるか―科学の視点から
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002003.html

・科学は臨死体験をどこまで説明できるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004528.html

群衆心理

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・群衆心理
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1895年に書かれた群衆心理学の古典。ル・ボンは、「これからは群衆の時代になる」と20世紀の展開を正しく予言した。すぐれた研究であるが故に、現実の独裁者にも参考にされ、ヒトラー、ムッソリーニ、レーニンらが好んで引用した本でもあった。

群衆は衝動的で、動揺、興奮しやすく、暗示を受けやすい。物事を軽々しく信じてしまう。指導者の言葉がうみだす心象(イマージュ)に操られてしまう、など、群衆の一般的性質と特殊的な性質、その原因を説明する。出版から100年以上が経過し、メディアやコミュニケーション手段はめざましく発達したが、群集心理の基本はここに書かれた状態とあまり変わってはいないようだ。

群集心理を操る指導者は言葉を巧みに選び、理性ではなく感情に訴えかけることで、抗いがたい心象(イマージュ)を人々の心の中に呼び起こす。断言、反復、感染というテクニックがその扇動効果を倍増させる。現代でも使われている選挙の公約や、社会運動メッセージの技術である。

「道理も議論もある種の言葉やある種の標語に対しては抵抗することができないであろう。群衆の前で、心をこめてそれらを口にすると、たちまち、人々の面はうやうやしくなり、頭をたれる。多くの人々は、それらを自然の力、いや超自然の力であると考えた。言葉や標語は、漠然とした壮大な心象を人々の心のうちに呼び起こす。心象を暈す漠然さそのものが、神秘な力を増大させるのである。言葉や標語は、会堂の奥深く隠れて信心家がびくびくしながら近づく、あの恐るべき神々にも比せられよう。」

歴史を動かす英雄や独裁者の本質を見抜いた記述が見事だなと感動した。

「指導者は、多くの場合、思想家ではなくて、実行家であり、あまり明晰な頭脳を具えていないし、またそれを具えることはできないであろう。なぜならば、明晰な頭脳は、概して人を嫌疑と非行動へ導くからである。指導者は、特に狂気とすれすれのところにいる興奮した人や、半狂人のなかから輩出する。彼等の擁護する思想や、その追求する目的がどんなに不条理であろうとも、その確信に対しては、どんな議論の鋭鋒もくじけてしまう。軽蔑も迫害も、かえって指導者をいっそう奮起させるだけである。一身の利益も家庭も、一切が犠牲にされている。指導者にあっては、保存本能すら消えうせて、遂には、殉教ということが、しばしば彼等の求める唯一の報酬となるのだ。強烈な信仰が、大きな暗示力を彼等の言葉に与える。常に大衆は強固な意志を具えた人間の言葉に傾聴するものである。群衆中の個人は、全く意志を失って、それを具えている者のほうへ本能的に向かうのである。」

つまり、政治家になってほしい、と思われるような理性的でマトモな人は、歴史的変革の指導者にはなりえない、ということでもある。指導者は、自身の信念を盲信しているからこそ、群衆を従えるだけのパワーを持っている。その後の日本や世界の有力な政治家を振り返っても、そういった傾向はあるなあと思う。

煽動されたくない人と、世界征服や独裁者を目指す人、共に必読の古典である。

妄想に取り憑かれる人々

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・妄想に取り憑かれる人々
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最もふさわしくない場面で、最もふさわしくない「おぞましい想念」を考えてしまう精神状態に関する、強迫性障害の世界的権威の書いた一般向けの心理学の本。

ここでいうおぞましい想念とは、たとえば、

・誰かがこの地球上から消えてなくなるよう切に願う想像
・幼い子供や老人を残虐な暴力の犠牲にしたくなる衝動
・パートナーを痛めつけるような性行為への衝動
・動物とセックスをする空想
・公共の場でみだらなことを口ばしる衝動

というような妄想である。これらは攻撃的なもの、性的なもの、宗教への冒涜的なものの3カテゴリに大別できるそうだ。

高層ビルを見てそこから飛び降りること想像したり、自分が子供を橋から投げ落としてしまうのではないかと考えたり、女性を見てレイプすることを想像してしまったりする人は意外に多い。これが日常的に起きる強迫性障害に該当する人は、少なく見積もって米国の人口の1%で200万人以上いると著者は推計している。軽微ないけない妄想くらいならば、さらに多くの人が考えている。

そして、おぞましい想念を思い浮かべる人たちは、ほぼ間違いなく、実際には、その行為には及ばないという。むしろ、場にふさわしくないことを考えてしまうことを悩んで一生を過ごす。この本には、そうした普通の人たちのおぞましい想念の実例が多数紹介されている。

進化論的見地からすると、これらの妄想は次のような意味を持っていたと著者は述べる。
・「セックスのことをしょっちゅう考えていた祖先の方があまり考えなかった祖先よりたくさん子孫を残した」
・「攻撃的な男性の先祖が、グループのリーダーになる傾向があった」
・「幼いわが子に恐ろしいことが起きるという、残虐な想像をすればするほど、母親はわが子の安全を確認するために頻繁に点検する」

同時にこれらの想念を抑制する機構も進化の過程で発達した。だから、人間だれしも不適切な考えを持つことはあるが、実行に移してしまう人はほとんどいないのである。本当にやってしまうかどうかは、その人の過去の行為が最高の予測因子となるそうで、過去にやっていないならば、これからもやらないと考えてよいから安心しなさい、と著者は断言している。

ただ思考は過度に抑制しようとすれば強化されてしまうというこころの仕組みが存在する。たとえば「1分間キリンのことはまったく考えないこと。キリンが頭に浮かぶたびに手を挙げること」という思考抑制の指示を与えると、人はキリンのことを普段よりも考えてしまうそうである。考えてはいけないことを消し去ろうとすることで、逆に強化してしまうのだ。こうしてイケナイことを考える自分に悩む人が増える。

この本の後半は「おぞましい想念を治す技法」がたっぷり解説されている。最良の方法はなんと、いやというほどその想念と向き合わせる暴露療法であった。その人が恐れる状況を逃げ場がないような状況で体験させたり、人を殺したりしてしまう妄想の最悪のシナリオをテープに吹き込ませて、毎日何度も聞かせたりする。おぞましい想念は飼いならして、想起してもスルーできるようにするのが最良の解決策だそうである。

頻度や深刻さの差はあるだろうが、イケナイ妄想ってほとんどの人が経験があるものだと思う。こういう妄想力は、創作には不可欠だろうし、ユーモアや笑いの背景にも「考えてはいけないこと」が前提されている場合が多い。そうした人間心理のメカニズムや制御方法がわかりやすく書かれていて大変興味深い内容だった。

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・考えることの科学―推論の認知心理学への招待
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抽象的で形式的に表現された問題と、具体的で日常的に表現された問題。どちらが解きやすいだろうか。普通に考えれば後者の方が易しそうだが、必ずしもそうではない。この本では、こんな古典クイズが引用されている。

「坂道を荷車で重そうな荷物を運んでいる二人がいた。前で引いている人に「後ろで押している子どもは、あなたの息子さんですか」と聞くと「そうだ」という。ところが、その子に「前にいるのは、あなたのお父さんですか」と聞いたら「違う」というのである。いったいどういうことなのだろうか」

これは前で車を引いているのが母親であると考えられれば何もおかしなことはない。しかし、荷車を引くのは普通は男の仕事だという思い込みがあると、混乱してしまう。同じ問題をXやYで表していたら、混乱は少なくなるだろう。

「ある街のタクシーの15%は青で、85%は緑である。あるときタクシーによるひき逃げ事件が起きた。一人の目撃者の証言によると、ひいたのは青タクシーであるという。ところが現場は暗かったこともあり、目撃者は色を間違えることがありうる。そこでこの目撃者がどれくらい正確かを同様の条件下でテストしたところ、80%の場合は正しく色を判断できるが、20%の場合は逆の色を言ってしまうことがわかった。さて、証言通り青タクシーが犯人である確率はどれだけだろうか。」

正解はベイズ理論で41%だが、多くの被験者が80%に近い回答をしてしまうそうである。人間の直感は事前確率を無視する傾向があるという。たとえば珍しい病気の症状に、自分や患者の症状が一致すると、その病気だと思い込んでしまうということがある。「典型的な症状であるが、まれな病気」よりも「典型的症状とはいえないが、よくある病気」の可能性の方が高いのに。

上のような、ひっかけ問題も落ち着いて考えれば、多くの人が正解できるはずだが、日常の直感的判断では、領域固有の実用的推論スキーマや、ヒューリスティックス(経験から学んだうまいやり方)が使われるが故に間違うことが多いと著者は述べている。

人間の日常的な推論は、認知的な制約や感情的な要因が入っていて合理的といえない結論をしてしまうことがありがちだ。著者は多くの実例を出しながら、人間の認知の欠陥を指摘していく。簡単な論理式や図を使って、わかりやすく且つ厳密に説明してくれるので、読みやすくて勉強になる。とても面白かった。

・心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション
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この人はどこまで本気なのだろう?と眼が離せない脳機能学者 苫米地英人氏の近刊。幅広い分野で活躍する同氏はカルト宗教信者のマインドコントロールを解除する方法の研究でも知られる。

「他人を動かす方法は、基本的に人参ぶらさげ式でしかありません。人参をぶらさげる高さは、相手の視点の高さに合わせます。視点の低い人には低い位置で、高い人には高い位置でぶらさげるのです。」

「しかも、相手が意識している空間ではなく、無意識の空間にぶらさげることが重要です。相手に気がつかれたら「何かやってるなぁ」と思われてしまいます。」

「ですから、意識の空間での論理的判断をされることを防ぎます。防いだ上で、人参をぶらさげるのです。相手に気づかれてはいけないのです。相手の意識している空間は、意識されているがゆえに操作できません。無意識の空間だからこそ操作できるのです。」

ということでゲシュタルト操作が人を動かすには有効であると論じる。

ゲシュタルトとは部分の総和として全体を理解するのではなく、全体と部分の双方向的関係を認知する脳のはたらきのこと。こういうと難しくなるが、日常、私たちの心に浮かぶ多くの事柄は、100%要素に還元できないイメージなのであって、脳の情報空間はゲシュタルトの操作系なのだである。

「例えば、数学者と多次元空間や虚数空間の話していると、「このあたりが......」などと言いながら、空中の何かを触るような仕草をします。けれども、多次元空間や虚数空間を、この世界で触れるわけがないのです。あくまで抽象的なものです。ところがそれができる、ということは、情報空間を、臨場感をもって体感している、ということです。」

こういう抽象的感覚はわかる気がする。たとえば、私は、日常で物事がうまくいっているときは瑞々しく濡れている感覚がある。逆に万事うまくいかないときはかさかさになっている感じがある。かさかさのときに、心に響く言葉と出会うと、瑞々しさを取り戻せる。何がかさかさなのか?と言われても説明できないのだが、私にとっては極めて臨場感のあるイメージだ。高次の情報空間のゲシュタルトの問題なのだろう。

そうしたゲシュタルト操作の基本として、

「相手を自分の臨場感の世界に引きずりこむためには、その人の臨場感に対して記述をすればいいのです。言葉を使わないやり方もありますが、言葉を使うと簡単です。相手の体の状態に対する記述をするのです。」

と著者は教えている。

たとえば何気なく座っているときに「イスの感触を感じていますね」と言われると、人はそれを意識するが、椅子に座っている自分の意識は、そのとき作られたものである。「この本」と言われてその本を見ると、それは相手が記述した世界の本を見てしまう。こうして、相手のリアリティ(R)を記述によって揺らいだリアリティ(R´)に置き換えて、R´を操作する方法論の概要を紹介している。

認知心理学、脳科学、情報科学、組織論、宗教、洗脳術など著者の得意分野が、リーダーのためのマインドコントロール術に体系化されている。著者の断定口調には反発を感じる部分もあるのだが、読み進めるうちに、次第にそうかなあと思ってきたりする。まずい。操作されているかも。

好かれる技術

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・好かれる技術
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ビジネスマン(男女)の身だしなみ、姿勢、ジェスチャー、カラーコーディネートなど言葉以外のコミュニケーションの秘訣について、イメージコンサルタントがわかりやすく図解で教えてくれる本。

見た目で好印象であることは、話を聞いてもらうための大前提だと思う。個性は大切だが基本も重要である。握手の仕方、微笑み方、うなずき方、足の組み方、スーツの選び方など、成功例と失敗例、それぞれどのような印象を与えるかについての具体的な解説がある。

「人間は先端が気になるものです。「髪」「足元」「手」。この3点は誰もが目がいくところですから、キレイで清潔でなければいけません。」

かっこよく見えるためのベースとなる姿勢や立ち居振る舞い。自意識過剰はかっこ悪いが、他者からどう見えているかを意識することが、イメージ改善の鍵になる。「鏡をよく見ている人と見ていない人とでは、よく見ている人の方が男女とも自己意識が高まり、その人自身の行動がより望ましい方に変化した」という心理学の実験結果があるそうである。
ところで、私もエラそうなことが言えない勉強中の身であるが、この数年でひとつだけ意識的に直したポイントがある。長年の癖だった貧乏ゆすりである。これを人前でまったくしなくなった。損だからである。

この癖は親しい人から注意されても止める気がなかったのだが、仕事の微妙な交渉の場で相手が神経質そうに貧乏ゆすりを始めたことがあった。それを見て私は「この議論勝てるな」と思ってしまった。そして実際に勝ってしまった。貧乏ゆすりはあからさまにイライラや不安を表に出してしまう不利なボディーランゲージだと気がついた。それ以来、相手が貧乏ゆすりをはじめると内心ニヤーっとしてしまう。自分は絶対にしないようになった。

実利的な損がわかると悪い癖をやめやすい。

最近はやっていないが学生時代は徹夜マージャンをよくした。当時の私のマージャンは喰いながら染めて大きめで上がる戦略なので、他のメンバーに手の内を読まれると失敗する。ポーカーフェイスが重要である。しばし連勝したが、あるとき、一向に勝てなくなったのでどうしたものかと思っていると、ふと友人が「橋本さん、テンパイ(もう一枚でアガリ)になるとタバコに火を点けますよね(笑)」ともらした。愕然とした。

そうだったのか。テンパイ前後でも黙らないように気をつけたり、牌の昇降順を毎回変えたりと工夫していたのに、他のメンバーには私がライターをカチリと点ける音だけで気取られてしまっていたのである。

マージャンも一種の交渉であるから、材料がわかれば利用できる。以後、私はタバコを吸わないのではなく、タイミングをずらすことにした。テンパイが遠いのに火をつけてみたり、黙り込んでみたり。かく乱戦術によって勝率はまた向上した。そういった意味では相互情報下であれば、タバコも貧乏ゆすりも、わざと使うという手もあるのかもしれない。
大切なのはボディランゲージの基本は何か、それを見るものはどう思うかを把握しておくことなのだと思う。そのうえでやりたいようにやればいいのだと思う。そのための基本がこの本にはいっぱい図解で収録されている。

・夢見の技法―超意識への飛翔
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著者のカルロス・カスタネダは、ニューエイジ運動のカリスマであり、この本はスピリチュアル系のオカルト本である。メキシコのインディアン呪術師に師事して、夢見の技法を修得するまでの著者の15年間の体験を綴っている。夢見の技法とは、夢を完全に意識でコントロールすることによって、高次元の世界と接触する古代呪術である。

呪術師の教えによれば、すべての人間は右肩甲骨の2フィート背後に光輝く「集合点」を持つ。その光は呪術師にしかみることができないが、集合点には宇宙エネルギーが集まり、その状態が人間の世界認識に影響を及ぼしている。これは光とレンズと写像の関係に似ていると思った。レンズとしての集合点が動けば光エネルギーの受け方が違った形になって、異なる世界認識の像を与えるのである。

普通の人間はみな同じ位置に集合点が固定されている。だから通常は固定観念を離れることができない。だが、夢を見ている間は第二の注意力と呼ばれる超常意識状態を得ることができ、集合点をずらすことができる。意識を覚醒させたまま夢を見ることで、集合点をずらしたまま保つことができるようになると呪術師は教える。

この本はオカルトであるが、これに似た明晰夢という現象が実際にある。世界のいくつかの部族は訓練を積むことで夢の内容を意識で制御し、見たい夢を見ているそうである。心理学や意識科学の研究者が検証したりもしていて、本当のことらしい。(夢の内容は自己申告だから研究者のいうこととはいえ、それが本当かどうかを証明することは難しそうだが)。

呪術師は変性意識を自由に操るうちに、高次元の世界を知る。すべてはエネルギーであり、形あるものは実在ではなく、物の見方によって移り変わる幻影にすぎないと悟る。そして彼らは夢見の中で、別の在り方をする世界と接触する。そこでは非有機的存在、偵察、死の使者などと呼ばれる高次元の存在が、夢見の探究者に干渉をしてくる。ときにその干渉は夢の中から現実にまで影響を及ぼす。著者は師の教えにより、夢見の技法を習得して危険な異次元とのコンタクトを何度か体験する。

スピリチュアルの指導書として読んだ場合、トンデモ荒唐無稽な内容なのだが、幻想小説として評価すると極めてオモシロい本である。ハヤカワSFの一冊であっても売れたのではないか。映画スターウォーズにたとえると、呪術師ドンファンは老師ヨーダであり、著者はルーク・スカイウォーカーであり、夢見の技法はフォースとその暗黒面の話である。そんな師弟の禅問答(禅の影響も感じられる)がこの本の内容である。そんな類似がベストセラーになた理由かもしれない。

夢に現実感を感じることは多いし、逆に夢を見ながらそれが夢だと意識する体験はよくあることだ。いいところで目が覚めてしまって続編を希望しながら二度寝すると、続きが見られることがあったりもする。誰しも体験する夢見の技法の入口はリアリティがある。その先に高次の存在との接触が本当にあるかどうかは知らないが、フィクションとしての面白さには、特筆すべきものがある奇書なのである、これは。

・ヒトはなぜ、夢を見るのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001062.html