Books-Psychology: 2004年5月アーカイブ

取調室の心理学
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真実は社会的に後から作られてしまうことがあるという話。著者は心理学者で、長年、刑事裁判、冤罪事件の精神鑑定に関わってきた。関係した事件には帝銀事件や野田事件など有名な事件もある。取調室という密室の中で容疑者が、やってもいない犯罪について自分がやったと思い込み、犯人になろうとする特殊な心理について、著者の分析事例が次々に語られる。自白させる技術のプロフェッショナルである刑事が、尋問を行うことで、精神的に弱さを抱えた容疑者は、犯罪の物語を承認し、自ら、辻褄のあうような自白をしてしまう。

そして、密室での取調べが、メディアに発表されることで、社会的に真実とみなされ、証言者の心理にも影響を与える。その結果、ありもしない事件や、犯人が作られていく。本件以外の小さな犯罪を容疑者が犯していたことが分かった途端、目撃者たちの主観も変わる。面通し時「よくわからない」といっていた目撃者が、手のひらを返したように「犯人によく似ている」と意見を変化させてしまう実例など、いかに私たちの主観がいいかげんであるかよく分かる。

供述心理学者グッド・ジョンソンによる迎合性テストという心理テストがあるという。これは、「権威のある人のそばにいると、びくついたり、怖がったりする」「自分が正しいと強く主張する人にはすぐ折れる」「自分に期待されていることなら一生懸命にする」などの20項目の診断を行うもので、虚偽の自白をしてしまう容疑者は多くの項目があてはまっているという。冤罪事件の多くに、そのような迎合性の高い容疑者や証言者が関わっており、真実の解明が困難になっていく様が語られる。

私たちは、裁判結果やメディアの報道を真実と思い込んでしまうが、いかにそれが危険であるか、が分かってくる。著者の取り上げる事例は、冤罪と入っても、ほとんどが有罪が確定している事例が多いのだが、どの話も著者の主張には十分な説得力があり、考えさせられる。

また、取調室のような平常と異なる場に働く特殊な心理が垣間見えて興味深い。誘拐事件や立てこもり事件の際、人質とテロリストの間で奇妙な連帯感が働くストックホルム・シンドロームだとか、以前書評した「人はなぜ逃げおくれるのか」に出てきたような大災害時のさまざまな心理の動きなど、人には平常時と異なる心理の世界があるようだ。ここで紹介される自白の心理学も、そうした非線形な心理学のひとつだと思う。

冤罪が疑われる事件についての謎解きミステリとしても、ドキュメンタリタッチで、読みやすく、面白い本だった。

・起訴の植草一秀・早大元教授が「潔白」訴え
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20040511/K0011201911044.html

気になるのはこの人の場合どうなんだろうかということなのだが、まあ、どうでもいいか...。