Books-Psychology: 2006年3月アーカイブ

・戦争における「人殺し」の心理学
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こんなテーマだが、読む価値がある素晴らしい本である。

著者のデーヴ・グロスマンの経歴。


米国陸軍に23年間奉職。陸軍中佐。レンジャー部隊・落下傘部隊資格取得。ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任。98年に退役後、Killology Research Groupを主宰、研究執辞活動に入る。『戦争における「人殺し」の心理学』で、ピューリツァー賞候補にノミネート。

この本は米軍学校で教科書として使われている。

人は戦争で敵を前にすると、銃を撃てないし、弾は当たらないという事実にまず驚く。

多くの戦争で銃を使う兵士たちのうち発砲したのは15%〜20%であった。8割の兵士は発砲しないで戦闘を終える。理論的には命中率50%の状況で発砲しても、一人を倒すのに数十〜数百発を要する。8割の発砲しない兵士たちは、決して怖気づいて戦闘不能になっているわけではない。弾薬補充や仲間の救出などに回って、撃つより危険な任務をこなそうとする傾向があるという。

なぜそうなるのか。そこには深い人間心理が隠されている。

精神的に弱いわけでもなく、訓練が未熟なわけでもなかった。人は人を殺したくないのだ。特に一対一で、相手が見える距離ではほとんどの人間は殺す行為を回避しようとする。銃剣やナイフ、素手での殺人をできた兵士は、実際の戦闘ではほとんど存在していないという調査もある。戦闘機の空中戦でも敵のコックピットが見えてしまうと、大半の操縦士は発砲できない。それをためらうことがない”生粋の兵士”1%の戦闘機が4割の撃墜数を占めているという。

戦車のように複数の人員で操作する武器、長距離砲やレーダー操縦の爆撃のように、一対一での殺人を意識しないで済む場合の発砲率はほぼ100%になる。権威者の命令や集団行動下では撃ちやすい。この本には引き金を引き、人を殺した兵士の体験談が多数引用されている。


私はぎょっとして凍りついた。相手はほんの子供だったんだ。たぶん12から14ってとこだろう。ふり向いて私に気づくと、だしぬけに全身を反転させてオートマティック銃を向けてきた。私は引き金を引いた。20発ぜんぶたたき込んだ。子供はそのまま倒れ、私は銃を取り落とし声をあげて泣いた。

ベトナムに従軍したアメリカ特殊部隊将校

そして、人を殺した兵士は嫌悪感、罪悪感、重度のトラウマに悩まされる。第2次世界大戦では、50万人以上が精神的虚脱で兵士として働くことができなくなり、除隊処分になった。戦争とは人を殺すストレスとの戦いなのである。

しかし、ベトナム戦争以後では、発砲率は95%に劇的に高まった。発砲時の殺傷率も高くなった。こうした人間心理を研究した上で、米軍は兵士の訓練方法を変えたからである。条件付けを行い殺人に対する抵抗感をなくすように洗脳を始めたのである。

そうした研究に関わった著者の苦悩の深さがこの本からも伝わってくる。この本には殺人に対する人間の心理の動きが多角的に分析されている。どのように仕向ければ人が人を殺すかが詳細に書かれている。読んでいて恐ろしくなる秘密である。仕事上の研究とはいえ著者もこうした知識が、戦争以外で使われないことを深く願っているようだ。

この本の邦題は「戦争における「人殺し」の心理学」だが、英語の原題は「戦争と社会における...」である。著者は現代のマスメディアには人殺しのメッセージが多く登場する状況は、ベトナム以後の米軍の殺人訓練の手法と似ていて危険であると問題提起をしている。

アマゾンのレビューにも絶賛コメントが多いが、この本は戦争における人殺しの実例から、人間存在の本質へと深く切り込む洞察に満ちた素晴らしい本だと思う。「殺人本」に素晴らしいという形容詞を使うのは少しためらわれるのだが。

・第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい
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最初の2秒の状況判断=第一感はかなり正しいということの科学。

全米連続50週のベストセラー、世界34カ国で翻訳された話題の本。

赤いカード2組と青いカード2組の4つの山がある。カードには「○ドルの勝ち」「○ドルの負け」と書いてある。4つの山から、自由に選んでカードを何度もめくり、儲けを競うルールがある。プレイヤーには知らされていないが、実は赤いカードには大勝も多いが大きな負けも多い。青いカードは大勝は少ないが、負けを引いても損が少ない。だから、青を引き続ければ勝てるという、必勝法があるゲームである。人は何枚引いたらこの必勝法を見抜くものだろうか。

アイオワ大学の研究では、ほとんどの人が50枚を引いた頃に「青を引けば勝てる」となんとなく気がつくものだという。さらに続けて、80枚をめくると、なんとなくは確信に変わり、必勝の理由も説明できるようになる。これが常識的な学習である。

ところが、被験者の手に汗の出方を計測するセンサーをつけてみると、面白いことがわかった。汗の出方からはストレスの強さを測ることができる。ほとんどの人が10枚をめくった時点で、赤いカードをめくるときにストレスを感じていることが判明する。意識がなんとなく気がつく遥か前に、人は無意識的に法則を感知し、危険を回避しようとしているのだ。

この一気に結論に達する脳の働きは、適応性無意識と呼ばれる。意識が思考して正しいと判断する前に、正解を直観するひらめき能力のことである。凄腕営業マンはお客を見たとたん、買う客か、ひやかしかを見抜く。鑑定士は美術品の真贋を一目で判別できる。百戦錬磨の司令官は細かいデータがなくても戦況を瞬時に判断する。そんな第1感の成功事例が多数、紹介されている。その判断時間はおよそ2秒である。経験のある専門家は熟考を必要としない。状況の輪切りで正しく判断ができるものなのだ。

専門家の第1感は役立つことが多いが、一般人の第1感はだまされやすいものでもあることも警告される。見た目や、もっともらしさ、考えすぎ、に引きずられて、誤った選択をしてしまう。よくある、おっちょこちょいである。

米国大企業500社を調べたところ、男性CEOの平均身長は182センチだったそうだ。全米男性の平均は175センチだから、7センチも高い。背が182センチを超える人は米国男性の14.5%に過ぎないが、CEOでは58%である。188センチ以上の人は米国全体で3.9%であるが、CEOでは30%以上もいる。身長で昇進を決める制度を持つ会社など存在しないはずだが、結果は歴然だ。人々は無意識のうちに背の高い人をリーダーに選んでしまっているらしい。
人は無意識のうちに先入観を抱えてしまっている。背の高い人は有能であるだとか、黒人は犯罪者が多い(あるいは運動能力が高い)など。見た目にもだまされやすい。しばしばパッケージのデザイン印象と商品の中身の品質が同一視されてしまう。こうしたプライミング効果や感情転移現象について、事例を挙げての説明がある。

直観の正しさの根拠やそれを鍛えるノウハウが詰まっていて勉強になる本である。始めてみたときの第一印象をメモする癖がある古美術研究者の話が出ていたが、常に直観の判断をメモしておくと言うのは名案な気がした。正確ならばその後も自分の直観を頼ればいいのだし、間違ったならば自分のだまされやすさを把握できることになるから。

・瞬間情報処理の心理学―人が二秒間でできること
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000624.html