Books-Science: 2006年2月アーカイブ

・イヴの七人の娘たち
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今日の60億人の全人類には、たった一人の”母”がいるという。

母系でのみ受け継がれるミトコンドリアDNAを解読すると、15万年前にアフリカの地で生まれたたった一人の女性「ミトコンドリア・イヴ」が人類共通の祖先であるという有名な学説である。生殖のたびにDNAは複製される。ミトコンドリアDNAの突然変異の確率は安定しているので、現在の子孫のDNAと比較すれば、おおよその生存年代を測定できる。世界中の現代の人類のDNAを集めて分布を調べることで、その骨を残した人間がどこに住んでいた人間なのかも判明する。

現代ヨーロッパの6億5千万人のDNAを解析すると、4万5千年前から1万年前の異なる時代、異なる地域に生まれた7人の女性の誰かにつながることが分かっている。この本は、その7人のミトコンドリア・イヴの娘たちの世代の物語である。

最初のイヴの娘はギリシアで生まれたアースラ。アースラの一族は全ヨーロッパへ広がり、ネアンデルタール人を絶滅に追い込んだ。第2の娘アースラは2万5千年前にマンモスと生きた。第3の娘のヘレナは2万年前の最終氷河期に地中海沿岸で暮らした。科学的データに基づいて、7人の娘たちの人生がフィクションとして語られる。

イヴの娘たちはおそらくそれぞれの社会で特別な存在ではなかった。ふつうの女性としてふつうに生きた可能性が高いらしい。もちろん自分から始まる家系が、後世の人類の大部分を生み出す重要な位置にいることなど知る由もなかった。

イヴの娘たちは遺伝学上、何が特別なのか。それは彼女らのミトコンドリアDNAが広く現代の人類に共有されていることである。イヴの娘たちの世代には他にも女性はいっぱいいた。その人たちも子供を産んでいただろう。しかし、何万年もの間に人類が複雑に交雑する中で、少数のイヴの娘たちのDNAが勢力を広げていった結果、今の人類のDNAから辿れる家系は彼女らだけのものになってしまったということだ。

日本人、アメリカ人、フランス人などというが、DNAの観点では分類の意味がない。純粋な民族という概念はナンセンスだ。全員が完璧な混血である。それにも関わらず世界で33、ヨーロッパで7の少数の母系のDNAが、いまの私たちの中にも生き残っているのだ。それは、母系の文字通り、へその緒でつながり、抱きしめ、乳を与えた女性たちの愛で結ばれた大きな家系である。もっともっとたどれば一人のグレートマザー「ミトコンドリア・イヴ」がいる。

イブの娘らに共通する点が2つ。1つめは娘を産んだこと。ミトコンドリアDNAは女系にのみ引き継がれるからだ。そして、2つめは、二人の娘を産んでいること。これは少しわかりにくいのだが、母系のみのDNA系図を描いてみれば分かる。今生きる女性は無数にいる。だが母親、祖母、曾祖母と系を上へたどればたどるほど、枝の数は少なくなり、やがて、たった二つの枝が一つになる世代があるはずだ。そこにイヴたちはいる。

この本は研究が成功するまでの経緯と、時代考証、科学考証のもと想像力を発揮して書かれたイヴの娘たちの7編の物語からなる。私たちは何者か?という普遍的な疑問に、ひとつの答えを提供してくれる興味深い研究である。

オックスフォード大学の人類遺伝学教授の著者ブライアン・サイクスは、化石化した古い人骨からDNAを抽出することに成功した同分野の第一人者。同教授は自分の祖先がどのイヴなのかを調べる研究ビジネスを運営している。

・OXFORD ANCESTORS : Explore your genetic roots - DNA sequencing, Professor Sykes, Adam's Curse, Family Tree Searches, Your Ancestry DNA analysis, tracing ancestors
http://www.oxfordancestors.com/

日本人向け解説もある。95%の日本人には9人の”母”がいるそうだ。

・Sony Magazines -- OFFICIAL WEB SITE --
http://www.sonymagazines.jp/mmt/200111080700.html
あなたのDNAも調査してもらえます!

日本人の95%は、9人のDNAの母から生まれています。
あなたは誰の子どもなのか?
→【DNA母系図】


---ミトコンドリアDNAを調べて、あなたもDNAの母を知ることが可能です(有料)。ご希望の方は、「オックスフォード・アンセスター」(http://www.oxfordancestors.com/)へ直接、お申し込みください。日本語書類の添付された「調査キット」が届きますので、指示に従って提出してください。

・黄金比はすべてを美しくするか?―最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語
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黄金比を作図してみた。線分A点とB点の間にC点がある。AC間は322ピクセル、CB間は200ピクセルで、CB:ACがほぼ1:1.61803398...の黄金比率で分割されている。ユークリッドはこの分割に外中比という名前を与えた。

「線分全体と長い切片との比が長い切片と短い切片との比になる場合、線分は外中比に切り分けられたという。」

つまり、上の図のACとCBの長さの比が、ABとACの長さの比に等しい場合を外中比と呼ぶ。そして外中比こそ黄金比のことである。厳密には1:1.61803398...で一方の数字は小数点以下無限に続く無理数となる。数学では、この数はφ(ファイ)とも呼ばれる。

黄金比を好むデザイナーがいる。たとえばWebページの本文部の領域の横幅:メニュー部の横幅に、黄金比を用いてデザインを行う。すると、不思議とちょうどいい感じがするというわけだ。古今東西の有名画家も名画を描く際に黄金比を画面構成に適用していたと教えている先生もいる。人間の美的センスに訴えかける神秘的なはたらきがこの比にあるというのだ。

古代エジプトのピラミッドや、古代ギリシアのパルテノン神殿にも黄金比が隠れていると言う説がある。バッハやモーツアルトの音楽の小節や音符の分布にも黄金比があるという人もいる。また、人間がつくるものだけではなく、オウムガイの殻の巻き具合やひまわりのタネの配列、銀河の渦巻きといった自然の造形に黄金比を発見したものもいる。ついには株価の変動具合の中にも黄金比が見つかると言う経済学者も現れる。

本当に黄金比はすべてを美しくするのだろうか?。黄金比は宇宙を作り出す際に、神の設計図に使われた神秘の比率なのだろうか?。本書は過去のさまざまな黄金比をめぐる研究を徹底検証する。

結論としては美の秘密が黄金比にあるというのは俗説に過ぎず、ほとんどの名画や音楽の作者は黄金比を使ってはいなかった。多くのケースで研究者が、作品の中にある無数の線分から恣意的に(あるいは無意識のうちに)黄金比らしいものを発明してしまう結果、黄金比=美の基本と言う誤った結論に至っていたことがわかる。

黄金比を信奉するデザイナーには残念なことに、人間が無意識のうちに黄金比を美しいだとか心地いいと思う事実はないようだ。複数の多様な長方形群からタテヨコが黄金比の長方形を被験者が好んだなどという、一部の心理学実験があるが、著者はそういった実験の内実を調べて、その結論は疑わしいと否定している。


さまざまな美術作品や楽曲や詩のなかに(本物や偽者の)黄金比を見つけ出そうとするのは、結局、理想の美の規範が存在し、それは実際の作品によって説明できるという思いこみがあるからだ。

一方で自然の造形に無数の黄金比φが現れるのは事実である。φはフィボナッチ数列と深い関係にある。フィボナッチ数列とは、整数を前の数の和に足したときにできる数列のこと。1+0は1、1+1は2、2+1は3、3+2は5、5+3は8...。

フィボナッチ数列は、

1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,377,610.987...

と無限に続く。

このうち隣接する二つの数字の比を計算すると、4番目の3と3番目の2では1.5だが、6番目の8と5番目の5では1.6になり、987と610のあたりでは、1.618033となる。数が大きくなればなるほど黄金比φに近づいていく性質を持つ。だからフィボナッチ数列は黄金比の数論的表現であり、ほぼ同じものなのだ。

フィボナッチ数列にある種の自己相似性があることは直感的にもよくわかる。そして、自己相似性が自然界を広く支配する法であることは周知のとおりである。この本にもたくさんの自然界におけるφが紹介される。植物の葉の生え方や貝の渦巻きパターンといった生物のかたち、銀河の渦巻き、ハヤブサが獲物に接近する際の螺旋軌道など数え上げるときりがないほど普遍的にφがある。

そして驚くべきは、株価の変動や無作為に選び出した数字の表(何かの統計年鑑でもいいし、企業の会計表でもいい)の中にも普遍的にφが現れる。森羅万象をφという数学原理で理解することが可能になる。なぜそうなるのかは今も謎のままだが、この謎について著者は問題を一般化し、深い哲学的な考察を加える。

なぜ数学はこの宇宙をここまで見事に説明するのか?

歴史的にはおおきく二つの考え方がある。

1 数学は人間の思考と関係なく客観的実在として存在し人間はそれを発見するから

2 数学は人間の発明品で、観測と合うものが自然選択によって残ったから

そして最後に、対立するふたつの考え方を結びつけて、一次元高いレベルで数学と世界の関係を説明している部分は本書の最大の読みどころ。

著者は本書で国際ピタゴラス賞とペアノ賞を受賞している。

・フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004192.html

・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html

・ヴォイニッチ写本の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004123.html

・四色問題
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004223.html

・黄金比を使ったデザインを探す

楽天で探す
楽天市場

・黄金比を計測し、黄金比を作るための特殊文房具 黄金比デバイダー
http://www.wada-denki.co.jp/bunguho/ctlg0760.html
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・魂の重さの量り方
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20世紀初頭、米国の医師マクデゥーガルは、危篤状態の患者を精密な秤の上に乗せ、死の瞬間の体重の変化を計測した。その瞬間、秤の目盛りはわずかに動き、30グラムだけ軽くなった。「私は重さを量る機械で魂の実体を発見したのでしょうか?私はそうだと思います」と彼は書いている。

この突拍子もない見解は当時も支持されなかったし、現代科学では魂の実体という概念自体が否定されている。この本には、歴史上で「魂の重さを量る」ような同時代的に非常識な理論を提唱し、その後、その正しさや誤りが証明された科学の先駆者たちの物語が7編収録されている。まさにThink Differentな人たちの歴史である。

・重い物体と軽い物体の落下速度は同じだと指摘したガリレオ・ガリレイ
・ニュートンの粒子説に対して光の波動説を唱えたトマス・ヤング
・避雷針の頭は尖ったほうが効果が高いと主張したベンジャミン・フランクリン
・錬金術を批判しながら隠れて研究していた化学者ロバート・ボイル
・電気流体、動物電気説を唱えたルイジ・ガルヴァーニ
・生命体は独特な生命力を持つと考えた生気論者ハンス・ドリーシュ

正しかったにせよ、間違っていたにせよ、科学的に謎を解明しようとした努力は、科学の発展に貢献した。間違っていたにも関わらず、長い間、科学として生き残っていた理論も多いことが興味深い。

いつの時代の科学的な真理も、錬金術や生気論のように、その時点でほんとうだと信じられていることに過ぎないことがよくわかる。今でも根本的にわからないことがある。たとえば「魂の重さ」の重さの正体とは何なのか。重さは質量が重力に引き寄せられることである。では質量とは何か。最新の科学ではヒッグスボソンと呼ばれる粒子が他の粒子をひきつけるときに発生する力ではないかと考えられている。しかし、ヒッグスボソンを単独で探し出す試みはまだ成功していない。

著者はこう述べている。


科学理論は決してほんとうに真であると証明されることはない。その理論がどれだけ多くの検証をくぐりぬけてきたか。どれほど困難なテストをパスしてきたかによって、信頼度が大きくなったり、小さくなったりするだけだ。

科学は信仰の一種だということ、しかし、科学的方法論は科学的真理にちかづく唯一の方法であること、が、非常識で素晴らしい科学者たちの歴史から読み取れる。

・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html

・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html

・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html

・トンデモ科学の見破りかた −もしかしたら本当かもしれない9つの奇説
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001621.html

・科学を捨て、神秘へと向かう理性
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002634.html

・四色問題
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四色問題

「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように、塗り分けられることができるのか。」

証明がなくても経験的に、どんな地図でも四色で塗り分けられることはわかっていた。しかし、いざ証明しようとすると、「どんな地図でも」が問題になる。地図のパターンは無限に見えるからだ。証明に至るには150年の歳月がかかった。膨大な計算が必要であり、現代のコンピュータの力を借りる必要があった。

最終証明は100ページの概要と100ページの詳説、700ページの予備的成果、印刷すると高さ1.2メートルに及ぶ1万点の図。その計算をするためのコンピュータの稼働時間は1000時間に及んだ。

四色問題を解くには、塗り分けに五色以上を必要とする地図を仮定し(ないのだが)、そこに描かれている国の数が最も小さいケース=最小反例が存在できないことを証明しなければならない。

この本の本論を読む前に、30分ほどペンと紙を持って考えてみるとよい。私もものすごく考えてみた。まず国の数が4以下では当然四色で塗り分けられるから、国の数は5以上が問題になる。国同士が隣接する方法に有限のパターンがあるはずと直観する。しかし、国の数が増えると、考えられる隣接の組み合わせ量が爆発して直観では、すべて塗りわけられると言い切れなくなっていく。

中心になる国を考え、周囲を異なる二色の国の鎖でつないでいくと、その内部は少なくとも塗りわけられると考えていいのではないか、と思いつく。この本にも鎖のアイデアが実際にでてたので、いい思いつきだったのだと嬉しくなった。国の数は無限に増やせる以上、対象を単純化しなければ、この問題は解けそうにないと思ったところで自力検証はギブアップ。

150年間の数学者たちの試行錯誤が語られている。無限と戦うにはまず単純化である。図形としての要素は、国の数、境界線の数、交点というパラメータに還元できることが示される。実は簡単な図形操作で判明するのだが、四色塗りわけを証明するには、すべての交点で3つの国と交わる地図(三枝地図)だけを考えればよいことが最初にわかる。幾何学の公式が使える問題になってきた。

読み進めていくと、以下のような概念が証明に密接に関わっていることを知る。

・可約配置
 「最小反例には含まれないような国々の配置。これを除いた残りの地図が四色で塗り分けられるなら、必要に応じて塗り直しをすることで、四色の塗わけを地図全体に拡張できる部分。」

・不可避集合
 「その中の少なくとも一つがすべての地図に現れるような配置の集合。」

・放電法
 「ある配置の集合が不可避集合であることを証明する方法。k本の辺を持つ国に6-kの「電荷」を割り当て、総電荷が変わらないように地図中で電荷を移動させる。」


無数にありえる地図のつながり具合を、四色問題の証明に必要な要素だけに単純化し、複雑な国や境界線の隣接方法を抽象化し、塗りわけの可否を検証するための数学的道具を用意したわけだ。異なるように見えても、数学的操作で、実質的に同じ構造の地図であることがわかれば可能性の数が減る。それでも、最小反例の候補群は複雑なものばかり数千件もあるのだが、これらをコンピュータを使って検証にかけた。四色で塗り分けられないものがないことがわかった。QED。

フェルマーの最終定理とはちがって、とてもエレガントとは言いがたい証明方法である。この証明はコンピュータの手を借りなければ証明することができなかった。数名の審査員が一応、機械計算にミスがなかったか、出力をチェックしたようだが、誰か人間が頭で検算できたわけでもない。150年間をかけた四色問題の証明は、数学界にそれまでになかった問題を提起する結果になってしまった。

人間が全部考えることができなくても証明したことになるのか?。

この手の数学問題が好きな人にはおすすめの本である。なぜか訳者はクオリア論で有名な脳科学者で哲学者の茂木健一郎氏。

・フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004192.html

・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html

・ヴォイニッチ写本の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004123.html