Books-Science: 2007年7月アーカイブ

生物と無生物のあいだ

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・生物と無生物のあいだ
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生命とは何か?

人は生物と無生物を簡単に見分けられるが、何が生命なのかと定義を問われると、明確には答えることが難しい。この世紀の難問に対して、分子生物学者の著者は、生命とは「動的な平衡状態」であり、「かたちの相補性」を原動力にするものだ、と明解で美しい答えを出す。

「肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。」
人間の細胞を構成する分子や原子は、年中、総入れ替えが行われている。1週間経つと分子レベルではそっくり別人だといわれる。しかし、原子レベルで入れ替わっても、個は同一の個のままである。生命は「現に存在する秩序がその秩序自身を維持していく能力と秩序ある現象を新たに生み出す能力を持っている」という特徴があるという。

そして、その平衡状態を維持する仕組みとして分子レベルの相補性があると説明している。相補性とは、パズルのピースが偶然その形であったとしても、結果的に隣り合うピースの形を規定してしまう、という関係性を指す。

「生命とは動的平衡にある流れである。生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは生命がその秩序を維持するための唯一の方法であった。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。その答えはタンパク質のかたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で、動的な平衡状態を保ちえているのである。」

動的平衡状態の具体例や、その発見に至るまでのエピソードたっぷりの生物学の歴史が、抜群に面白い読み物である。読ませ方がうまい。たとえば冒頭、お札にまでなった野口英世は、米国ではまったく評価されていないって知ってますか?という話題で始まる。野口英世の間違った研究アプローチが紹介され、それに対して隠れたヒーローが同時期にいたのですよ、という話が次の章で続く。気になる話題が連鎖していくので飽きることがない。

総論レベルで明快でわかりやすく、各論レベルで面白いエピソード満載の、科学読み物として名著だと思う。