Books-Science: 2010年8月アーカイブ

・ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎
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「地球上に生命が誕生してから約20億年間、生物は死ななかった。ひたすら分裂し、増殖していたからだ。ではなぜ、いつから進化した生物は死ぬようになったのか?」。

高等生物は放っておくと寿命がきて自ら死んでしまう。遺伝子にプログラムされた細胞の死=「アポトーシス」の視点から、ヒトの死を考える。新書で一般向け読み物だが、科学から倫理・哲学的意味にまで踏み込む深い内容。

「細胞は、内外から得たさまざまな情報─周囲からの「あなたはもう不要ですよ」というシグナルや、「自分は異常をきたして有害な細胞になっている」というシグナル─を、総合的に判断して"自死装置"を発動するのです。」

ヒトの手も指の間の細胞がアポトーシスで死んでいくことで形成される。カエルやチョウぼ変態も不要になった細胞が死んでいくことで実現されている。「細胞を大めにつくって、不要な部分をアポトーシスによって削る」のである。人体の細胞は1日にステーキ一枚分も死んでいるという。

著者は、このアポトーシスは有性生殖と深い関係があると考えている。単細胞生物時代は単純な自己複製だから死はなかった。進化史上は性とともに死が現れたそうだ。エロスと表裏一体のタナトス。生物はなんと文学的にできているのだろうか。

性=遺伝子の組み換え、死=遺伝子の消去というふたつの原理で、優れた子孫を残していく。個体は長く生きていると、化学物質や活性酸素、紫外線、放射線によって遺伝子がキズをおう。このキズは修復せずに生殖細胞にも変異を及ぼす。老化した個体は遺伝子がキズモノになっている。

「老化した個体が生き続けて若い個体と交配し、古い遺伝子と新しい遺伝子が組み合わされば、世代を重ねるごとに遺伝子の変異が引き継がれて、さらに蓄積していくことになるでしょう。もしこのようなことが繰り返されると、種が絶滅して、遺伝子自身が存続できなくなる可能性もあります。」

だから個体は老いたら死んでいくのが、種全体のためであるということになる。後半では、こうした死の科学を哲学的見地から議論する。ドーキンスの利己的な遺伝子論、クローン人間や不老不死の実現に対する批判的な意見を展開している。この生と死の哲学議論がとても面白かった。

高齢化社会において死とどう向き合うかは大問題だ。不老不死やクローン人間を科学が実現して、死を回避しようとするのもひとつの方法だ。だが、数十年のスパンではうまくいきそうにない。著者のように、死に積極的な意味を見出して、いかに受容していくかを考える方が現実的なことなのかもしれない。

・長寿を科学する
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/10/post-1092.html

・ヒトが永遠に生きる方法―世界一やさしい身体の科学
http://www.ringolab.com/note/daiya/2004/07/post-108.html

・死ぬまでに知っておきたい 人生の5つの秘密
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/12/-5.html

・100歳まで生きてしまった
http://www.ringolab.com/note/daiya/2003/09/100.html