Books-Science: 2011年4月アーカイブ

・人は放射線になぜ弱いか 第3版
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初版は1998年。放射線医学の権威が書いた本。

敢えて増刷に際して「東日本大震災による原発事故にともなう放射線被ばくリスクに国内が大揺れしています。今回の被ばくは生命に危険を与えることは全くありません。本書はその科学的根本をしたためています。」という1ページを冒頭に配した。

本文では「チェルノブイリ事故後10年間の追跡調査の結果はつぎのことを証明した。原発事故の放射能を被ばくしても子どもの白血病の危険は心配無用!」と枠付きで記述している。安心したい人はこれを読むといい。

放射線の人体への影響を科学的に解説する本である。人体は放射線に弱くて強い(強い放射線には弱いが、微量には強い)とし、低線量被ばくの危険性については、まったく問題ないと断言する。

「低レベル被ばくのときは、他の発がん要因によるかく乱のため疫学的手法はあてにならないことが多い。」

「生涯被ばく値が35レムを超す心配のある高放射能汚染地区の住民は、きれいな地区へ疎開する基本方針を決めた。広範囲の汚染地区について、住民の健康状態を調べたところ、想像以上に多くの人が、いろんな異常反応を示した。異常症状のほとんどは、放射能恐怖による心理的ストレスの累積によると思われる。異常と被ばく量の相関はみつかっていない。」
(注:0.01シーベルト = 1レムだから35レムは350ミリシーベルトである)

「最近、心病む話を旧ソ連を訪問した医学者から聞いた。事故のあとの放射能の汚染除去のため、ソ連の軍隊から数十万人が被ばく量25ラドを限度にして、動員された。そして動員解除後、しばらくして病気になり、それを放射能のため不治の病になったと思いこんで、自殺した人が出たということである。 放射能恐怖症をおこさせたデマ情報のほうが、実際の死の灰よりも、比較にならないほど有害であることが実証された。」
(注:1ミリシーベルト=0.1ラドだから25ラドは250ミリシーベルトである)

チェルノブイリ事故だって住民の被害はほとんどなかったのだから、原発事故放射能程度では人体はびくともしない、と書いている。放射線によるがんや突然変異は自然におこっているものと同じであるから、0.01%の生命の危険率は、個人にとっては心配しなくてもよいが、1億人の集団では1万人の障害者を出すことを心配しなければならない程度だと結論している。

放射線リスクにしきい値がある科学的根拠として、

1 自然要因によるDNA損傷とその修復
2 放射能致死の主因"DNAに本鎖切断"は自然にも多発
3 胎内被ばくのしきい値はアポトーシスのおかげ
4 放射能の遺伝的影響は心配無用
5 放射線がんにはしきい線量率が存在する

を各項目でデータを使って詳説している。

広島の原爆でも被ばく者は、その後の健康を意識したせいか、実は一般の人よりも長生きした話とか、チェルノブイリの「汚染地に居残った元気な老人と疎開した人のおびえた顔」の話など、放射線はどんなに微量でも毒だ説を完全否定している。

先日このブログで、微量の放射線が人体に悪い影響を及ぼすという「怖い本」を紹介したところ、ネット反響が大きかった。一部にはネガティブな反響もあって農作物等の風評被害につながるから、こういう非科学な本を取り上げるなという主旨のものがあった。

・内部被曝の脅威
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/04/post-1431.html
これがその「怖い本」。

実は私のブログは、その1週間前に微量の放射線は心配無用であるという本も紹介している。

・本当は怖いだけじゃない放射線の話
http://www.ringolab.com/note/daiya/2011/04/post-1427.html

他にブログでは紹介していないが放射線関係の本を私は20冊以上読んだ。放射線医学の専門知識はないので、いくら読んでも、どの本が科学的に正しいのかは正確にはわからない。しかし、書籍の交通整理なら私は専門家である。

権威ある肩書きを持つ科学者は理論と実験結果から微量なら安全であるといい、ジャーナリストや臨床医はヒロシマやチェルノブイリ等の実例から、微量でも危険であるという主張をしていることが多い。

この本でも寺田寅彦の「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなかむつかしい。」が引用されていたが、適度に怖がること、社会が緊張感を保つことが何より大切である。

今みたいに、マスコミや政府見解が安全だ、大丈夫だという中で、世の中に安全ムードが強くなってきた(と私は認識しているのですが)中では、何らかの根拠をベースに主張している反論本の存在も重要と考える。だから、安全だ本と危険だ本を50:50くらいの割合で紹介したいと思う。読者の皆さまは自分で読んで判断してください。

・自然エネルギーの可能性と限界 風力・太陽光発電の実力と現実解
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これからのエネルギー政策を考える上でまとまった論考で参考になった本。

次世代の自然エネルギーとしてイメージ先行の風力・太陽光よりも、日本の地理にあった水力・地熱発電が有望というオピニオン。現状では風力に太陽光やその他の再生可能エネルギーを足しても、国内エネルギー供給全体の0.2%に過ぎない。いくら推進政策をやったところで、風力も太陽光も大きな比重を占めるには至らないのではないかというデータがならぶ。

たとえば風力の発電施設の規模に対して、火力は2835倍、水力333倍、原子力2300倍もある。風力の平均設備利用率は20%程度に過ぎないし、大規模な風車の立地は限られてしまう。太陽電池は高コストの上に年間の日照時間が少ない日本は向いているとはいえないのだ。

一方で、山がちで雨や雪がたくさん降る日本は、水力発電には絶好の条件がそろっている。火山地帯であるから地熱発電も向いている。推進していくべきは推力と地熱の方ではないかと著者は他のエネルギーとの比較の上で結論する。

2009年の電力調査統計によると、

総出力:約2億3700万キロワット
火力 :約1億4300万キロワット
水力 :   4500万キロワット
原子力:   4900万キロワット

でそうだ。

再生可能エネルギーの活用、現在あるエネルギーシステムの改良(効率向上)、徹底した省エネ化というのも説得力がある。一定の出力を続ける原子力に、火力と水力が電力需要が少ない時間に運転調整を頻繁に行うことで需給バランスを整えている。火力の設備利用率は50%以下が多いそうだが、震災後は原子力発電分が減って火力の割合が高まるのは間違いなさそうだ。火力の発電効率を数パーセントでも高めるイノベーションは、影響が大きい。そのほか、補助金より炭素税・環境税によるエネルギー政策の転換をという意見もあった。

自然エネルギーの可能性はよくわかるが、現状1%に満たない自然エネルギーを10年や20年で、主力の代替にするのは現実的には難しいのではないか、とも思える。それより既存の発電効率の1%の改善に、数兆円を投じてみる方が賢いのではないだろうか。日本のエンジニアはドラスティックなイノベーションよりも、小さな改善が得意なような気もするし。