Books-Sociology: 2005年1月アーカイブ

・安全と安心の科学
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セキュリティ、トラストワース(信頼に足る)、コンプライアンス(法令順守)、リスクマネジメントなど、近年、安全と安心は時代のテーマだと思う。これは、元東京大学先端科学技術研究センター長で現在ICUの教授の村上陽一郎氏が語る安全と安心の科学。大局的な視点で、この問題の捉え方が示されている。

■安全と安心、確率と人間心理

人間は安全であっても安心できない。あるいは安全ではないのに安心する。飛行機は落ちる確率が低いはずなのに、自動車に乗るよりも神経質になる。原子力発電所は他のどんな施設よりも安全性に配慮されているのに、危険に思われる。

現代においてリスクの大きさは、それが発生する可能性で測られる。だが、その可能性を人間は主観でとらえている。1万年に一度しか起きないことでも、明日が1万日目なのではないかと考えて、不安を感じてしまう。大隕石の落下を題材にした映画は最近だけでも何本もあり大人気だが、実際に私たちの生きている間に、それが起きる可能性はほとんどない。

逆に私たちはまったく不安を持たずに、自動車を運転したり、タバコを吸ったりしている。これで死ぬ確率は、天変地異や原発事故で死ぬ確率より遥かに高い。交通事故では毎年8000人が亡くなるが、これは阪神淡路大震災よりも多い。

メディアも人々の確率認識のズレを助長する報道をしている。原発事故や飛行機事故は滅多に起きないし、安全性も極めて高いのに、何か小さな事故が起きただけで、危険だと騒ぐ。だが、著者によるとたとえば原発の小さな事故で、多くの場合、放射能が漏れたりしないのは、安全機構がよくできている証明だと見ることもできるという。

■安全にしても危険度は変わらない「リスク恒常性」

”人は間違う”を前提とした「フールプルーフ」機構と、間違いが起きても大事には至らない「フェイルセーフ」機構が安全戦略の基本である。

しかし、安心した状態こそ危険なのだと著者はこう指摘している。


システムの中で、「安全」は絶対的な価値として追求されなければならないが、それで「安心」が保障されることは避けなければならない

過度にフールプルーフとフェイルセーフで設計されたシステムは、使う人間がそれを空気や水のように当たり前と思いはじめた途端、危険なシステムになってしまうのだ。実際、原発や飛行機などの近年の大事故は、少なからずフェイルプルーフが準備されたシステム上で起きている。

車の運転にしても、安全機構が充実すればするほど、運転手は少し乱暴に扱っても平気だろうと考えて無謀な運転をしてしまう。いくら安全にしても使う側が安心で気を抜くので、リスクの大きさは変わらない「リスク恒常性」が発生している。

組織上の改革としては、内部監査の仕組み、間違いを発見したら内部の人間が警告をする「ホイッスル・ブロウ」の重要性が指摘されている。日本社会ではホイッスルブロウは内部告発であり、裏切り者として組織から排除される傾向がある。だが、QC活動の一環として考え、積極的に取り入れるべきだと著者は提言している。

また、具体的なフールプルーフの戦略として、

1 システム全体をいつでも目に見える形で捉えられるような工夫をしておく
2 操作パネルや作業手順に十分に「人間工学的」な考慮がなされていること

を挙げている。一言で言うと「アフォーダンスに合った」システムを作れということらしい。

誤操作を回復不能にしないという意味での回復不能性も大切。この本ではパソコンのデスクトップのゴミ箱が例に挙げられていた。一度ファイルを捨てても、ゴミ箱を空にするまでは取り戻せる。このように、冗長性をもたせて保護するのが良いという。

これらはITのシステムやアプリケーションの基本設計思想として活かせそうなリストである。

■飛行機と自動車と列車で一番死ぬ確率が高い乗り物は?

私はどうしても必要に迫られない限り飛行機には乗らない。関西へはいつも新幹線に乗る。飛行機は離着陸や乱気流の揺れが不安で、落ち着かないからだ。だが、この本に書かれているように、頭では、飛行機はきっと他の乗り物よりも安全なのだろうなと思っている。

そこで飛行機の危険性について、ネットで調べてみた。こんな面白い数字が見つかった。
・市民と事業者のためのリスク・コミュニケーション・ガイド
http://tokaic3.fc2web.com/body/report/report_h14/2002Rep5.pdf

自動車、飛行機、列車の利用者数と移動距離から、死亡リスクを求めたもの。

交通機関別死亡リスク(単位)自動車飛行機列車
利用者数と移動距離あたりで計算した時(100 億人・マイル)0.550.380.23
利用者数あたりで計算した時(100 万人)0.0271.80.59

解説の引用:

車の運転中に事故にあう確率は,何人乗っているかだけでなく,運転の時間あるいは移動する距離が長ければ高くなります。そこで,交通機関による死亡リスクは,一般的に利用者数と移動距離をかけたものを分母として計算されています(表4の欄)。この方法で計算すると,自動車運転のリスクが最も高く,飛行機に乗るより危険で。しかし,飛行機の場合,事故の危険性は離着陸時が最も高く,水平飛行状態ではほとん事故は起きません。つまり,飛行機の危険性は飛行距離にはあまり関係ありません。このとを考慮して,分母を利用者数とすると,実は飛行機のリスクが最も高くなります(表4下の欄)。分母をそろえるということは,どんなリスクを考えるかということを示す一例です。

がーん。この本は間違っているのか?

移動距離では、確かに飛行機が一番安全だ。

だが、利用者数で調べると飛行機が危ないという結論。

やはり、私の新幹線の選択はある程度、正しいのではないか。安心した。これからも新幹線を使おう。