Books-Sociology: 2008年10月アーカイブ

・選挙のパラドクス―なぜあの人が選ばれるのか?
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ノーベル経済学賞受賞の経済学者ケネス・アローは、いかなる投票方法を持ってしても、票割れなどの好ましくない状況を完全に排除することはできないということを論理的に証明して見せた。アローの不可能性定理は民主主義の致命的欠陥ともいわれる。民衆が三人以上の候補者から最適な一人を選ぶことは、とても難しいことなのだ。

公正な投票を実現すべく多くの投票方法が考案されてきた。相対多数投票、コンドルセ投票、是認投票、即時決選投票、単記委譲式投票、範囲投票、ボルダ式得点法、累積投票など、数の多さに驚かされる。

だが、どの方法を使っても欠陥はある。代表的な問題はたとえば、

・票割れの問題
考え方が似ている投票者集団が、類似した主張を掲げる二人の有力候補者(クローン)の間で分裂し、マイナーな第3者が当選してしまうなど好ましくない結果を生じさせる。相対多数投票の最大の欠陥。この状況を意図的に引き起こすために落選覚悟で立候補するマイナー候補者はスポイラーと呼ばれる。

・コンドルセ循環の問題
他の候補者一人一人と一騎打ち投票を行い、最後まで過半数を獲得して残った候補者をコンドルセ候補と呼ぶ。コンドルセ候補は理想的な当選者だが、一騎打ちの多数決選挙ではAがBに勝ち、BがCに勝ち、CがAに勝つことがあり真の勝利者が確定しない問題がある。

などである。これらは理論的な欠陥にとどまらず、実際の選挙でもよく発生する現実的な問題であることが明かされる。

米国大統領選は過去45回行われたが、スポイラーのせいで二番人気の候補者が当選したケースが少なくとも5回はあるという。直近ではブッシュがゴアを破った2000年の選挙だ。ラルフ・ネーダーがいなければ、あるいは耐スポイラー効果のある投票システムが使われていたら、結果はゴアの勝利になったという計算がある。

多数の投票方法の長所と短所が実例や特殊な想定を使って検証されていく。常識的に思える投票方法が、ときには結果を非常識に逆転させてしまうことがある。たとえばこんなケースだ。

「投票者1万人とA、B、Cの三人の候補者がいるとする。候補者Aは、九九九九人からはっきりと好まれている。この人々は、Aは優秀でBは凡庸、Cは最悪だと考えている。  ただひとりはぐれた変わり者の投票者はまったく正反対の好みを持っている。彼はCが大好きで、Aを嫌っている───そしてBについてだけは同じで、ミスター凡庸だと考えている。」

投票者が一人だけ適任者を選ぶのならば、A(9999票)対B(0票)対C(1票)で、当然ながらAが圧倒的勝利を収める。コンドルセ式、ボルダ式、即時決選投票方式などでもAが勝利する。これは一見、常識的に思える。

ところが、もしも三人それぞれに対して「こいつは"あり"」印をつけさせる是認投票を採用した場合、得票数はA(9999)、B(10000)、C(1)となってBが当選してしまうのである。なぜならBは凡庸だが全員が少なくとも"あり"だとは思っているからだ。一方、Aには敵がいるから失う票がある。全員が二番手だと思っているBが当選できるのだ。この問題に関しては「是認投票であれば、クリントンが最下位になり、ペローが1位になっていたかもしれない」という研究論文もある。

投票システムの欠陥は全体が最も満足する候補者ではない者を選び出すことがある。当然、多くの投票者は結果に不満足である。統計用語では「人間の不幸のうち、回避可能だったと予測される不幸」をベイズ後悔(Bayesian regret)というそうだ。仮にすべての投票者の脳を電気的に計測して満足度を測ることができるとする。選挙後に全員の満足度の総和が最大になる選挙システムが最良の選挙システムとする研究が紹介されていた。

そして、なんとも意外な投票方法がベイズ後悔を最小化する最良の方法の一つだということが判明する。それはネットの美人投票サイト Hot or Notが採用している範囲投票なのである。投票者は1から10までのスケールのどこかにチェックをする単純な仕組み。

・Hot or Not
http://www.hotornot.com/
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美人を10段階で評価する有名なサイト。他人の評価を確認したり、美人ランキングをみることができる。あ、もちろん写真を投稿して参加もできますが。

単純な方法だが、範囲投票はランキング投票や是認投票に比べて、自分の気持ち(支持の度合い)を正確に表現できる。さらに投票者が特定の誰かを勝たせるために(あるいは落とすために)"戦略的"に投票したとしても、投票数の多さ=支持者の多さになるので、意味のある結果になるという大きなふたつの長所があるという。範囲投票は記入フォームも集計もネットだと実現しやすい形だ。電子投票が普及していくとき、Hot or Notが未来の民主主義を支える方法に進化するなんてこともあるのかもしれない。

選挙区制、比例代表、選挙人制など国内外の選挙のたびに、なんでこんなに投票は複雑になっているんだろうと思っていたのだが、この本で何が問題なのかがだいぶわかった。いい本だ。