Books-Sociology: 2009年5月アーカイブ

・「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき
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集合知の現象をモデル化して、なぜ多様な意見が正解をみつける鍵になるのかを解明しようとする意欲的な研究書。群衆の叡智、集合知という言葉は流行しているが、その原理に踏み込んだ研究本はまだ少ない。「多様性が一様性に勝る」。「多様性が能力に勝る」。その理由を解明していく。

著者はまず集合知を4つのツール要素に分解する。

多様な観点:状況や問題を表現する方法
多様な解釈:観点を分類したり分割したりする方法
多様なヒューリスティック:問題に対する解を生み出す方法
多様な予測モデル:原因と結果を推測する方法

集合知を4つの組み合わせによる「ツールボックス」として考える。このツールボックスの中身が集団の知能を意味する。衆愚と集合知の違いを、それぞれのツールの数学的モデルも使って説明していく。

もちろん群衆の叡智や多数決が万能という意味ではない。むしろ限定的である。著者は集合知の働く条件を以下のように結論している。

1 問題が難しいものでなければならない
2 ソルバーたちが持つ観点やヒューリスティックが多様でなければならない
3 ソルバーの集団は大きな集合の中から選び出さなければならない
4 ソルバーの集団は小さすぎてはならない

条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。専門の科学者達が解けないでいる問題を、多様なツールボックスを持つ非専門家集団が解いてしまうことがありえる、ということになる。

観点の多様性は特に重要そうだ。本書で取り上げられる法則の一つに「ある問題を解くのがどれほど難しいかは、その問題を符号化するのに使う観点に左右される。」という難しさの主観性の法則がある。複雑に考えすぎていた物事が、異なる観点から眺めると簡単な問題であったときづくことがあるという意味だ。

エリート専門家集団は似たもの同士であるが故に、画一的なツールボックスしかもっていない。構成員が固定観念を避けアイデンティティの多様化を心掛けることで、集合的な知性を飛躍的に高めることができるそうだ。

この研究書は、集合知について分析対象を広げすぎている気もするが(数学などを持ち込んでいる割に結論がぼけた)、糸口となるキーワードや観点がたくさん見つかる。「「みんなの意見」は案外正しい」の先をじっくり自分で考えてみたい人の良い材料になると思う。

・「みんなの意見」は案外正しい
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/05/post-381.html

・日本人の好きなもの―データで読む嗜好と価値観
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すし、みそ、緑茶、ビール、キャベツ、いちご、アイスクリーム、和風一戸建て住宅、カジュアル、靴、ダイヤモンド、食事の支度、国語、国語、テレビを見る、プロ野球、ボウリング、読売ジャイアンツ、浦和レッズ、イチロー、温泉・湯治、ラジオ・テレビ欄、ニュース・ニュースショー、氷川きよし、オーストラリア、北海道、富士山。四万十川、犬、桜、桜、うぐいす、演歌・歌謡曲、モーツァルト、ゴッホ、司馬遼太郎、ピアノ、ありがとう、昭和(戦後)、織田信長、小泉純一郎、20代、野菜を多くとる、温泉・スパ、男はつらいよシリーズ、ローマの休日、春、4月、土曜、21から24時、白色、「7」、南、心。

調査で判明した、日本人が一番好きなもの各ジャンルトップのリストである。

この本はNHK放送文化研究所が2007年に実施した「日本人の好きなもの調査」のデータ解説本である。全国16歳以上の国民を対象に、住民台帳から層化無作為抽出法による300地点、有効数2394人のアンケート調査であった。アンケートでは好きな食べ物、動物、自然、スポーツ、余暇の過ごし方、季節、言葉、音楽、色、数字など54項目において、複数選択肢(一部質問は自由記入形式)から「好きなもの」を選ぶ形式の質問が提示された。

好きな料理のベスト10は 1位 すし、2位 刺身、3位 ラーメン、4位 みそ汁、5位 焼き魚、6位 焼き肉・鉄板焼き、7位 カレーライス、8位 ギョーザ、9位 サラダ、10位 豚汁、けんちん汁だそうだ。すしは73%に、刺身は67%に、ラーメンは62%に支持された。これだけの数字があるから国民食といえるだろう。

この本には、全項目の上位ランキングと支持率、一部項目で男女比、年代別比、分布図などが掲載されている。マーケティング担当者ならば一度は目を通しておくべき基本データだと思う。データだけでなく親切な解説記事があるので、リファレンスとしてだけでなく読み物としても楽しめる。

経済学の世界でシェリングポイントという概念がある。コミュニケーション手段がない場合に人々が適当に行動した場合、自然に落ち着くであろう、確からしい解決策のことである。たとえば友人と大きな駅で10年後の再会を約束して別れたとする。その後10年間音信不通であった。二人は再会の日にどういう行動を取るだろうか。おそらく"正午"あたりに"中央口""改札"あたりへ行くはずなのである。

そうしたみんなの期待値の焦点をいろいろな点で予測できれば、コミュニケーションでも戦略意志決定でも有利に働く。こうしたランキングの知識はそういう能力のベースになるのではないかと思う。初対面の相手で話題に困ったとき、相手の年代の7割が好むキーワードを知っていれば、まずすべらないであろう。

1983年に行われた前回調査との違いも紹介されるので、四半世紀で日本人の好みがどう変わったのかがよくわかるのが面白い。実はあまり変わっていないのである。前回調査と厳密に同じ比較ができる13項目のうち11項目でトップは同じものだったのだ。変化したのは項目ではなく支持率だった。多くの項目でトップの支持率が低下したのである。

日本人は好きなものが特にない人が増えた、こだわりを持つ人が減った、「融通無碍」で「付和雷同」な層が増えた、と調査チームは総括している。犬を連れて、桜を愛でて、すしを食うのが好きなのは変わらないが、総じてこだわりは減った。その時々の状況でよいものがあれば、梅でも猫でもカレーでも乗り換える。「空気を読んで」状況に応じた言動をするようになったようだ。

この結果には日本人が、無気力・無関心でエネルギーが失われたのだと悲観する人もいるだろう。だが、こだわらなくても満足できて入手可能な選択肢が増えた、ということなんじゃないかと私は考える。かつての強いこだわりには精神的な保険のような側面があった気がするのだ。その保険が必要ないくらい豊かな多様性に暮らせるようになったことを喜んでも良いのではないだろうか。