Books-Triviaの最近のブログ記事

・味覚と嗜好のサイエンス
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味覚は視覚や嗅覚と並ぶ人間の感覚のことで、嗜好は過去の食体験に基づいて決まる好悪判断のこと。本書は食体験にかかわる、このふたつの要素を科学的に解明する。

味覚には原味と呼ばれる基本要素としての味が5種類ある(甘味、塩味、うま味、苦味、酸味)。この組み合わせで味ができる。味覚は生存の上で重要な感覚のように思えるが、意外なことにそれぞれの味覚には受容体がひとつずつしか発見されていない。

これに対してにおいの受容体は388種類もあるという。実はにおいこそおいしさの決め手だったのである。口から鼻に抜けるにおいを風味と呼ぶ。鼻をつまんで風味を感じられないようにすると、何を食べているのわからなくなる。(試しにウナギでやってみたら全然おいしくなかった。)そして味わいの記憶もまた大半が風味の記憶で占められているそうだ。

おいしさには次の4種類があると分類されている。

1 生理的な欲求が満たされるおいしさ
2 食文化に合致したおいしさ
3 情報がリードするおいしさ
4 やみつきになる特定の食材が脳の報酬系を刺激する

疲れたときに甘いモノがうまいのが1で、日本人は味噌汁を飲むと落ち着くのが2、松茸やらフグがうまいというのは3である。4はかっぱえびせん(嘘)。一口においしいといってもいろいろあるのだ。

多くの種類の味わいが複合して単独の味が識別できなくなった状態をコクと呼ぶ。これには同心円状に囲むイメージで3種類があるという。真ん中の原型は直接的だが、外周には舌ではなくて脳が味わう仮想的なコクがある。

1 報酬の快感を引き出す原型のコク
2 原型を想起させる学習のコク(第2層)
3 抽象化された比喩のコク(最外層)

たとえば3にあたる懐石料理の吸い物の薄いコクには、ネズミは反応しないそうだ。上品なコクは、味わう側にそれを感じる素養が必要なのだ。

「「上品なコク」とは、そこにはガツンとくるような強烈なコクの直接の要因がほとんどなく、その面影だけが存在する風味といえるでしょう。味わうものに実体の肉付けを求める味と表現することも可能です。このコクを存分に味わうためには修練が必要であり、この厳しさが品位なのだと思います。」

つまり学習によって、おいしさは拡張されるということのようだが、逆もありそうだ。たとえば学生時代に最高においしいと思っていた食堂があった。社会人になって多少は舌が肥えてから久しぶりに訪れてみると、それほどのものではなかったと失望したことがある。まずさの拡張やおいしさの不感症という現象もあるのではないか。

ま、思い切り、お腹が空いていれば何でもおいしいものではあるが。

しみじみ味って深いんだな~と味わい深い本である。

・変な学術研究 1
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科学者が真面目に取り組んでいる変な研究の事例紹介54本。

・ハトによるモネとピカソの絵画の識別実験
・黒猫がそばを通るとコイン投げの運が悪くなるか
・南極上空を通過する飛行機を見上げて本当にペンギンはひっくり返るのか
・ある人物の失業期間はこの人物が交際した失業者の数が多いほど長くなる
・左利きの人は右利きの人よりも寿命が短いのはなぜか
・人間に体毛がないのはセックスの際に毛ジラミが移るのを異性がいやがったから?

何の役に立つのか、なぜそんな研究を始めてしまったのか謎の、イグノーベル賞系の研究が多いが、中には意外な重大事実の発見もある。たとえば左利きの人は右利きの人より寿命が9年も短いというのは、真剣に原因を解明していく必要がある内容ではないか。

人類にはあくびがよく伝染する人々と、まったく伝染しない人々の、二つのグループに分類できるという。そうだよね。大勢参加のつまんない説明会などで、退屈しのぎに聴衆を観察していると、あくびの伝染って確かに起きているなあと、私は前から思っていたのだ。(私があくびの起点になって責任を感じるということでもあるんだけど)。

「この分類を行ったのは、フィラデルフィアのドレクセル大学の心理学者スティーブン・プレイテックが指導する研究グループで、それによると、社交的な人々には他人のあくびが伝染しやすいが、社交的でない人々には伝染しにくいという。つきあいが良くて、他人の立場や気持ちがよく理解できる人は感受性が高いので、他人のあくびを見ると反射的に自分もあくびをしてしまうというのだ。つまり、感情移入の能力によって。あくびに対する行動の違いが観察できるのである。この研究報告は≪認知脳研究≫(十七巻、二二三ー二七頁)に掲載された。」

あくびが、良い友人や結婚相手を選ぶのに使えるのではないか、と書かれている。お見合いであくびをするのはまずそうに思うが...。互いにあくびが伝染したのを見て自然と笑いが起きるようなグループは、一緒に何かするのに楽しそうである。コミュニケーションが大切なビジネスチームの能力判定にあくびが使えちゃうかもしれない。なんでも調べてみるものである。

・地名の社会学
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合併後の地名の決まり方が面白かった。

全国に○○橋という地名が多いのは、合併の影響であるケースが多いらしい。どちらかの名前にすると角が立つから、「該当する市町に他の市町が吸収されるイメージを避けるための方便」を考えたり、「みんなが足並みを揃えて新しい自治体名に」したりするのだが、橋があるとその名前が採用されやすい。橋はその構造上「両岸の仲を取り持つ性格」になるのだ。

「整理すると、まず橋があり、電停名に採用されて周辺の通称地名的役割を担っていた。その後は震災後の町名地番整理(昭和初期)で統合新町名としてこれらの橋の名が採用され、その後は住居表示で町域が拡大されるか、あるいは別の町名に呑み込まれて消滅する、という過程をたどった。」

合併後の名前を決める過程では、下・影・沼・北はマイナスのイメージがあるとされて消滅する傾向があるという。3つ以上の市町村が合併するときには大胆な新自治体が合成される。数百の事例が紹介されているが、発想がぶっとんだものも多い。

谷津、久々田、鷺沼から一文字ずつとって「津田沼」はまだわかるが、鳥羽、吉野、新田、成相の合併で頭文字ト・ヨ・シ・ナをとって「豊科町」は大胆だ。十一村合併で十一を縦に書くと土になるから「土村」はちょっとあきれる。本当にそんなのでよいのか。

日本一長い地名「愛知県海部郡飛島村大字飛島新田字竹之郷ヨタレ南ノ割 」とか、学芸大がない学芸大駅、都立大がない都立大学駅の話とか、地名の雑学がたくさん紹介されている。トリビアの事例をたくさん読んでいくうちに、多様な力のせめぎあいの中で地名が決まっていくパターンがみえてくる。

・ミリメシ食べたい No.1
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軍が兵士に支給する食事、戦闘糧食(レーション)の特集本。ミリタリーマニアではないが、まったく知らない世界をのぞいてみた。

アメリカ軍、イギリス軍、イタリア軍、スペイン軍、オーストリア軍、ドイツ軍、そして自衛隊と各国の兵士たちの食事が写真で紹介されている。基本的には飛行機の機内食みたいなものが多い。スパム缶やM&Mチョコレートなど民間物資を流用しているケースもある。これは手抜きではなくて、兵士が食べなれたものを支給する工夫であるらしい。

レーションは目的に応じて、個人用、特殊任務用、集団用、サバイバル用などが用意されている。最も中身が充実しているのはアメリカ軍で、レトルトパウチ実用化や宇宙食開発で知られる陸軍ナティック研究所での最新のレーション研究開発も取材されている。

「腹が減っては戦ができぬ」といったのはナポレオン・ボナパルトであった(本当)。ナポレオンは軍事行動における食糧補給を重視した結果、レーションの開発史に革命を起こした。

「現在食料保存に用いられている瓶詰だがこれは食品を瓶に詰めて加熱殺菌するもので原理は缶詰と同じ。瓶詰開発の背景には戦争があり、そのきっかけを作ったのがナポレオンだった。彼は軍の食料を現地調達に頼らず確保する方法を模索していたが、イギリスとの戦争で食料保存に不可欠な砂糖(微生物が増殖しない環境を作る)がフランスに入ってこなくなってしまう。そこでナポレオンは農業協会を通じて保存法を公募。これに応募したのが料理人ニコラ・アベールで、彼は瓶に食材を詰め、その中で加熱調理する方法を考案。これが1809年に採用され、アベールは賞金1万2000フランを獲得した。しかし瓶は割れやすいため、イギリス人ピーター・デュランがブリキの缶に食品を詰める方法を考案。1812年から生産が開始されている。」

大勢の人間が異文化と接する戦争では、食文化も交わる。たとえば日本独特のスパゲティ・ナポリタンは、占領アメリカ軍のレーションを、日本人の口に合うようにアレンジしたも。もともとはイタリアのボロネーゼが、アメリカ軍に入ってミートソースになり、日本でナポリタンになったということらしい。

どれもあまりおいしくはなさそうなレーションであるが、宇宙食と同じで一度食べてみたくはなる。ネットで一部販売されている。

・ミリメシ「戦闘糧食II型」仕様 4食セット+1(副食)
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「本品は防衛省に実際納品されている民間調達食糧です」とのこと。

最近、バナナを2本食べるとか油を飲むなどユニークなダイエット法が話題になるけれども、ミリメシによるサバイバル・ダイエットっていうのも結構いけるかもね。いけないか。

ないもの、あります

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・ないもの、あります
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堪忍袋の緒、舌鼓、左うちわ、相槌、思う壺、助け舟など、現実には存在しないけれど、日本語のことばのやりとりには頻繁に登場する「ないもの」のカタログ。架空の商店クラフト・エヴィング商会の店主がすべて書いていることになっている。各商品についてのウィットに富んだ説明文と、いかにもそれっぽいかんじのイラストの組み合わせが愉快。

たとえば「自分を上げる棚」のページにはこんな解説がある。

「ある程度の大人になりましたら、御自分の棚の規模を把握しておきませんと、調子に乗って、どんどん自分を上げてしまい、収拾つかなくなることがあるのです。なにより、棚は、貴方が想像しているほど大きくありません。のみならず、そんなにも次から次へと自分を棚に上げてしまったら、棚に上げている自分が、どんどん減少していき、最後には、自分のすべてが棚に上がってしまって、棚の下には何も残らなくなってしまいます。」

この本に出てくるモノを片っ端から画像検索したり楽天で商品検索にかけてみるという楽しみ方も発見した。売っているものも見つかる。たとえば左うちわは1500円だ。

巻末には赤瀬川源平が書き下ろしエッセイを寄せている。いいナンセンス本をつくるには相当のセンスが要ると思うのだが、この本はハイセンスで面白かった。

このへんでドロンします

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・このへんでドロンします
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正直、この本は30代から40代でないと純粋に笑えない、と思う。10代、20代ではこれらのフレーズを生活の中で聞いたことがないであろうし、50代以上はまだ使っていることを笑われたくないはずである。30代、40代の我々が慈愛の心で年配者の使うフレーズを鑑賞し、あれって昭和風だよねと同年代同士でこっそりと味わうのが、よいのだと思う。あ、一部40代には危険な人もいるかもしれない。線引きは微妙なのだが。

飲み会の途中で「それではこのへんでドロンします」というオヤジや、カップルに「俺っておじゃま虫?」とニヤニヤ聞くオヤジとか、「君たちエンジョイしてる?」と声をかけてしまうオヤジは、まだまだ生息している。「だっても、あさってもない!」「でももヘチマもない!」「しかしもかかしもあるか!」「このイカレポンチ!」なんかもまだ使いそうである。「とんでもはっぷん!」「バタンキュー」「グロッキー」もよく聞く。

そこはかとなく昭和を感じるへっぽこフレーズが1ページに1つ、イラスト付きで解説されている。セレクションが絶妙なので笑いを押し殺しながら電車で読んだ。それでも何度か噴き出してしまった。つぼにはまる読者には強烈なインパクトがある。

勉強したこともひとつあった。

私がこの本で数十年間の誤った理解を正すことになったのが「今日は半ドンです」ということば。意味は午前中だけ授業や仕事があることであるが、私は実に30年以上にわたって、土曜は昼に鐘がドンとなるから半ドンであると思っていた。いや、これは恐らく私の幼少期に私の両親か先生がそう教えたはずなのだ。絶対そうだ。誰か大人にそう聞いた記憶があるのである。

ところがこの本にはちゃんとした由来が掲載されていた。「オランダ語の日曜≪Zontag≫」が訛って「どんたく」、そこから土曜を「半分どんたく」それが「半ドン」に」と書いてある。結構有名な由来話らしい。よくよく考えてみれば、土曜の正午に鐘を鳴らすって、どこで誰が鳴らす鐘だったんだよ?私にそう教えてくれた誰か!。

東海道新幹線歴史散歩

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・東海道新幹線歴史散歩
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新幹線で京都へ行ってきた。この本のために窓際を確保して読んだ。

東海道新幹線の東京から新大阪までの間に、窓から見える景色を時系列で順番に写真付きで解説した本。線路沿いの史跡を中心に、主だったランドマーク105ヶ所以上の歴史的な解説がある。この本が片手にあると新幹線がハトバス観光状態になる。

それぞれの景色が見られるタイミングが、のぞみ乗車の場合の実測値で東京駅(新大阪駅も併記されている)から○○キロ、○○分後というように書いてある。東京を出る時に携帯電話の携帯のタイマー表示機能をセットしておけば、今どのへんを走っているか、すぐわかる。片側の車窓からのみ見える景色はA席側、E席側の表記もあって完ぺきである。

鑑賞する上でひとつ気をつけるべきは新幹線の速度である。本にある写真の様子が見えるのは、実際には一瞬のことなのでそれらの景色がくる数分前には心の準備をして目で探していないと、あっという間に通り過ぎてしまう。

新幹線に乗るたびに気になっていた「アレはなに?」問題が次々に氷解した。田んぼの真ん中にこんもりと残された小さな林がいくつもあって、きっとあれは地元の古い祠や因縁の神木があるんだろうなと想像していた場所の多くの正体が判明。やはり神社も多いが、古墳や貝塚であったりした。


ちなみに代表的な史跡の種類を集計すると、

天守閣×9
城跡×9
五重塔×2
古墳×4
貝塚×2
古戦場×6

もあるそうである。

ところで近い将来、新幹線には無線LANが整備されるらしい。これができると新幹線に乗りながら、グーグルマップでリアルタイムに走行中の場所の地図や、Flickrなどにアップされた近辺の最近の写真や、ブログのデータをなどを総合的に参照するサービスなんて大人気コンテンツになるかもしれない。

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・愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎
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天井から吊るされたワニやエイの剥製、中世の想像で作られた天球儀、女性の臀部にそっくりのエロティックな椰子の実、骸骨の中に埋め込まれた時計、キリストの磔刑を彫った珊瑚細工、カブトガニの甲羅で作った弦楽器、巨人と小人の甲冑、一角獣のミイラ、人相が浮かび上がった石...。

中世ヨーロッパの貴族たちは、こうした世界の珍品を、ヴンダーカンマー(不思議の部屋)と呼ばれる部屋に蒐集することに懸命になった。膨大な数の蒐集品はこれといった分類をされることなく、ひたすら部屋に詰め込まれた。驚くべきもの、珍しいものを雑然と並べる、奇跡のごった煮空間ができあがった。貴族たちは世界の脅威を一所に詰め込んで、そこに小さな宇宙を再現しようとしたらしい。

「ヴンダーカンマーが誕生し発展を遂げてきた過程の根底にあったのは、一切智を重んじる万能主義だった。森羅万象すべてを自らの手で扱おうとする考え方であって、典型的な人物がたとえばキルヒャーだった。彼は一人で、この世界の、この宇宙のすべての情報を集めようとし、その情報で満たすべくヴンダーカンマーの設営に勤しんだ。」

ヴンダーカンマーの多くは近世以降の合理主義、すなわち分類と専門化、細分化の時代の波に逆行することになり、その存在の根底にある思想とともに退潮、消滅していった。だが、21世紀になった現在、にわかにヴンダーカンマーの展示会や紹介が増えて再評価の兆しがある、そうだ(本当か?)。

「この現象の背景にあるのは、ヴンダーカンマー独特の「何でもあり」という価値観や、ジャンルにとらわれないおおらかさへの再評価である。たしかに現実を振り返れば、学問にせよ芸術にせよ、あまりにも細分化、専門化されすぎた結果、一種の閉塞状態に陥っていることは否めない。だからこそ、この状況を打破するために、世界の多様な事物を総合的にとらえようとした一切智の空間、ヴンダーカンマーに立ち返る必要がある。」

必要があるかどうかは知らないが(必要という発想はヴンダーカンマー的ではない気がする)、とにかく見て楽しいビジュアルブックだ。著者がヨーロッパに保存された貴重なヴンダーカンマーをたずねて撮影したカラー写真が多数掲載されていて大変に見ごたえがある。

貴族の収集品といっても華やかさはない。胡散臭くて、不気味で、かび臭いものがほとんどである。その部屋の異様な空気が本から漂ってきそうだ。この本自体がヴンダーカンマーを再現しようとしている。なんだか現代のマニアやオタク文化の源流を見る思いである。クマグスとかアラマタとか好きな好事家に絶対のおすすめ本。

・クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙
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奇才 南方熊楠の人生を写真や資料でビジュアルに振り返る。

俗に30歳まで童貞だと魔法が使えるようになり、40歳まで童貞だと大魔導士になれる、という冗談があるが、南方熊楠は「小生四十になるまでは女を知らざりし」と自伝にあるように、現実に童貞で大魔導士みたいになった天才研究者である。

熊楠の研究範囲は幅広かった。粘菌、キノコ、藻、昆虫、男色、刺青、性、夢などの分野で独自の研究をした。民俗学者、博物学者と呼ばれることが多い熊楠だが、常に未分類・その他な事柄に関心を持って究めていく人であったようだ。既存の枠には収まりきらない、森羅万象の専門家なのだ。

「若き日の熊楠は、自分が学問の対象にしたいのは、「物」と「心」の接触によって生ずる「事」の世界だと語ったことがある。そうした関心から、熊楠は夢や身体といったフィールドに着目する独自の研究のスタイルを作り上げていった。さらに熊楠は、その関心の延長線上にあるものとして、セクソロジーや人肉食といった他の学者が扱わない分野にも果敢に踏み込もうとした。」

熊楠の研究は仕事というより遊びの成果のように思える。複雑なモノを顕微鏡で見たら一層複雑なモノが見つかったと喜んで報告する。わけがわからないモノが大好きなのだ。純粋なこどもの好奇心を大人になっても維持している。

「そして、この世界には単純な因果関係だけでなく、因果関係同士が作用し合うことで、さらに複雑な現象が生ずることを説いている。熊楠は、この「因果と因果の錯雑して生ずるもの」のことを「縁」と呼び、次のように結論づけている。 ”故に、今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みあるが)、縁が分からぬ。この縁を研究するがわれわれの任なり”」

「縁」とは、今で言うなら複雑系である。要素に還元できない現象にこそ本質があるということを、明治時代に直観的に見抜いていたのが熊楠だった。

この本には南方熊楠の収集した粘菌標本や、キノコや昆虫のスケッチ、研究ノートの中身が写真で多数収録されている。ビジュアルな研究者の熊楠をビジュアルに紹介するという狙いが成功した、博物館みたいな面白い本である。

・ジュセリーノ 未来予知ノート
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ある筋から読むといいと言われたので素直に読んでみた。

2008年 有効なエイズワクチンが誕生する これによりエイズの予防が可能に
2013年 ガンの治療法が発見される(脳腫瘍を除く)
2019年 北朝鮮で原発事故が起きる
2011年〜2013年 感染からわずか4時間で死亡するエルス(Herus)というウィルスが出現

ブラジルの預言者ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルースは2001年9月11日の世界貿易センターのテロ攻撃、2004年のインドネシアのスマトラ島沖地震と津波などの大事件を事前に予知し、8万9千通もの予言の手紙を各国政府などの諸方面に送ってきた(一種の内容証明である)。これまでにその内容の90%以上を的中させてきたのだという。この本にはこれから起きる事柄が日付入りで何百も予言されている。

日本では2008年2月15日から28日の間に川崎でM6.3の地震、9月13日には東海地方でM8.6の大地震が起きる。2009年1月には死者10万人規模の大震災が大阪・神戸を襲うなどとしている。天変地異の予知が多いが、テクノロジーの未来予測や、次の米国大統領が誰かなど政治経済に関わるものもある。こうした内容をぼやかさず、場所や時間、固有名詞をはっきりと書いているのがジュセリーノの特徴だ。

いやあ、これ、どうなのであろうか?。

予言の手紙8万9千通というのはものすごい数だ。これだけ大量に予言すれば中には当たることもあるだろう。当たった場合の手紙のコピーだけを集めて、私の予言は当たるといえば予言者になれるということなのかもしれない。たぶん、そういうことだと思うのだ。思うのだが...。

ジュセリーノの予言は一部に突拍子がないもの(2040年代に日本海に新しい陸地が現れる、など)も含まれるが、政治や経済、社会の予言の多くは、近未来に起きてもおかしくないことのリストである。私はそれほど信じているわけではないが、読んでいて未来を考えるよいヒントになった。

ジュセリーノは地球環境問題に熱心で、今のままでは地球は温暖化や環境汚染で駄目になってしまうから、人類は生き方を変えるべきだというメッセージを、こうした予言の活動を通して真面目に訴えている。

・ダーウィン・アワード 死ぬかと思ったインターナショナル
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とんでもなく愚かな死に方で人類の自然淘汰に貢献した人を表彰するのがダーウィンアワード。この世界一不謹慎な投稿企画は90年代にインターネットではじまった。

・Darwin Awards
http://www.darwinawards.com/

「たとえばダーウィン賞を受賞したテロリストは、手紙爆弾を送ったが料金不足で返送されてくると、なんとそれを開けてしまうという信じられないことをしでかした。またある男などは、ダイナマイトに火をつけて氷原に放り投げたところ、忠実な飼い犬がそれをくわえて戻ってきてしまい.....、これまた晴れて受賞の運びとなった。」

ダーウィンアワードの評価基準は次の5つ。

1 遺伝子プールから自分を抹殺すること
2 あり得ない判断力の欠如を示すこと
3 自業自得の死であること
4 まっとうな判断力を備えていること
5 裏の取れる事例であること

現在、このアワードをテーマにした映画も公開中。

・映画ダーウィンアワード
http://www.darwin-award.jp/

日本語書籍の編者は「死ぬかと思った」の林雄司氏。ライト感覚の死ぬかと思ったに対して、こちらは本当に死んでしまったヘビーさが特徴。笑っちゃいけないかもしれないのだが、おもしろい。

さて、ついでに私の最近の「死ぬかと思った」体験。

先日、私は生まれてはじめて胃カメラを飲んだ。医師から検査前に説明があったかもしれないのだが、全身麻酔になることを私は理解していなかった。ベッドに寝かされ準備が進められている間、「胃カメラは痛い」という噂を聞いていた私は結構、緊張していた。「これで喉が鈍感になりますから」という看護婦の説明で薬を飲まされた。部分麻酔なのね、と思い込んだ。

いよいよ検査が始まりそうな雰囲気になって看護婦から「では麻酔注射をしますね」というので、その意味を深く考えずに腕を出した。注射が嫌いな私はその間は上を見て数を数える癖がある。数を数えている自分が記憶の最後であった。

ふと気がつくと別の部屋のベッドに寝かされていた。時計が目に入った。検査開始から2時間近くが過ぎている。検査中の記憶がまったくない。なぜ記憶がないのか?検査は行われたのか?喉が少しおかしいから検査は終わったらしい?そうか全身麻酔だったのか?と一瞬のパニックの後に気がついた。

しばらくして看護婦さんが「気がつかれましたか?先生が診断結果をお伝えします」と伝えにきた。医師いわく「病気はみつかりません。いわゆる食べ過ぎですね。薬をだしておきます」とのこと。診断結果はよかったのだけれども、そんなことはどうでもよいくらい、自分の記憶が簡単に飛んだことに動揺していた。

最後の記憶はスーッとフェイドアウトするのではなく、プツッとテレビの電源が消されたかのように途絶えていた。何の覚悟も前触れもなく世界が終っていた。もし私が検査中に死んでいたら、どうだっただろうと考えてしまうのだ。私は目覚めることができたが、もしも死んでいたら、人生の走馬灯を見るまでもなく、あのまま終わっているわけである。

拳銃で頭を後ろから撃たれるとか、ミサイルの爆心地にいたという状況ではなくて、ふつうの睡眠中に「プツッと電源が落ちるような死」は訪れる可能性はあるわけだ。その場合、朝目覚めることがないわけだから、自分が死んだことを振り返ることもない。人生がそれで終っちゃうのである。死とはそういうことか、とはたと思って愕然とした。

激辛ラーメンの食べ過ぎに端を発した胃カメラ診察は私の死生観を変える大事件となった。死ぬかと思ったでもないし、死んでもいないのだが。みなさんもメメントモリ、気をつけてください。

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・心霊写真 不思議をめぐる事件史
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子供の頃は心霊写真を信じていた。信じていたが故に、怖いもの見たさで、夏にワイドショーの心霊写真番組(「あなたの知らない世界」とか)があると、欠かさずに見ていた。一般人が投稿してくるところにリアリティがあったし、「専門家」があれは地縛霊、これは浮遊霊、それは守護霊などと解説する形式は分かりやすかった。当時は、写ってしまうと嫌なので、お墓にはカメラを向けないようにしようと思っていた。

霊があるかどうかはともかく、いま思えば、そのときに見た、ほぼすべての「心霊写真」は偽物であった。レンズに光学的なフレアなどのノイズが生じるのはよくあることだし、昔のフィルムカメラの場合はコマ送りに失敗して二重写しになることも起きうる。誰だってたくさん写せば、それっぽい「心霊写真」は撮れてしまうことを、後になって知った。
日本の心霊写真史もまた同じような誤解から始まった。明治初期の、写真を撮ると魂が吸われるという迷信が信じられていた頃に、へんなものが写った写真がいわくつきで公開されるようになった。

「明治末期から家庭にカメラが普及しはじめたとき、カメラに関する知識が同時に普及しなかったことが、後の「心霊写真」の歴史に大きく影響したと言える。失敗写真を「心霊写真」と思い込む風潮は、実に百年後の今日まで続いているのである。」」

昔の心霊写真は意図を持って作られたものが多かったが、現代の心霊写真の多くは、カメラのノイズや樹木の影などに幽霊の姿を見立てるものが多い。著者は、なんでもない写真を心霊写真にするポストモダニズムが現代のブームであるという。写真の大衆化によって、一般人が写真を大量に撮影するようになり、それをテレビが取り上げる。ここに「投稿」→「鑑定」→「供養」というシステムができあがったのだという。

心霊写真は偽物であるという前提で、日本の心霊写真について明治初期から現代までの動向を丁寧に調べており、サブカル文化史としてとても読み応えのある一冊だった。

ところで、携帯カメラやデジカメで心霊写真が撮れたという話をブログ上であまり聞かない。写るんですやデジカメ普及で心霊写真の報告数は増えているらしいから、ブログのネタとしてはもっとあってもいいはずだ。いや、探せば事例はたくさんあるのだが、見てもあまり怖くないのである。

考えてみるに、銀塩じゃないと写らない気がする、とか、デジタル写真は合成加工が容易だから信用できないということもある。そもそもデジタル化されてブログに晒されちゃう幽霊というのが間抜けな気がして、怖くない気がするというのが、大きな話題にならない理由なのではないかと個人的には、思う。

・::HIRAX.NET:: : 恐怖!「心霊」を見つけ出すソフトウェア
http://www.hirax.net/articles/2006/07/30/dekirukana8_ghost

STUDIO-蔵:心霊写真工房
http://www.studio-kura.com/download/sinrei/
心霊写真工房は普通の画像ファイルを心霊写真に変えてしまうソフトです。思い出の1枚をちょっとサイケに変身させてみてはいかがでしょう?

・【匠のデジタル工房・玄人専科】 : 初級編&上級編:心霊写真改造講座(1)
http://pchansblog.exblog.jp/2463391/

・感動する科学体験100 世界の不思議を楽しもう
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科学雑誌ニューサイエンティストが2005年のクリスマスギフト用に限定販売したベストセラー「100 Things to Do Before You Die」の翻訳版。人生観が変わる体験が100個紹介されている。面白い。

最初の6個はこんな内容である。

1 ロケットの打ち上げを見る
2 ドラマチックな皆既日食を見る
3 巨大竜巻を追う
4 古代芸術(洞窟壁画)に感動する
5 グルーンフラッシュを見る
6 カエルの原腸胚形成を見る

私が体験した事があるのは、うーん、100のうち3個しかなかった。やりたいことは10個見つかった。すべての体験に共通しているのは、やろうと思わなかったらできないことばかりということである。偶然ミグジェットで空を飛ぶことはないだろうし、散歩の道端で、世界最大の花ラフレシアを見ることもないだろう。地下2000メートルの洞窟に潜ったり。中国奥地の客家円楼に招かれることもないだろう。人生観を変えるような体験は降って湧いてこない。だから○年以内にこれを体験するという目標を立てるのに、よい本である。

翻訳者はアイデマラソンの樋口さんご夫妻。出版の経緯は「私が英国のヒースロー空港で帰国直前に購入し、機内で読み通して、その面白さに感動して、帰国後出版社と交渉し、出版権を技術評論社で結び、私とヨメサンとで翻訳したものです。」であるとのこと。この本には、20万件を超える発想を書いた人が「これはスゴイ」と思った発想ばかりなのである。

・普通の手書きメモがデジタルに エアペン アイデマアラソン スターターキット
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005043.html

・企画がスラスラ湧いてくる アイデアマラソン発想法
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000904.html

・「金のアイデアを生む方法 ”ひらめき”体質に変わる本
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004920.html

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