Books-Triviaの最近のブログ記事
2010年は柳田國男の遠野物語100周年。
妖怪が得意の水木しげるが漫画化した全119話。古典をわかりやすく漫画で、というのは、杉浦日向子の『百物語』と似たコンセプトといえる、かな。
オシラサマ、河童、山男、山女、など遠野物語の妖怪・怪異譚が、それぞれ数コマから数ページという短編で次々に語られます。わかりにくい言葉には注釈もついているし、文章で読むよりずっとイメージが膨らみます。原点は古くて難しいですからね。
なにより妖怪=水木しげるの画風が最初に思い浮かんでしまう、ゲゲゲの鬼太郎世代にとっては、水木さんが誰よりも適任者だと思いました。
各話は数コマから数ページと短いのですが、水木調のオドロオドロしさが濃密で、決してあっさりしていません。学習・情報系というより、ちゃんとした味わえる作品系です。水木さん自身が、物語に登場するご愛嬌シーンも何度もあります。
それにしても、この百周年祭り、岩手県遠野地方の地域振興として力が入っていて、水木しげるの漫画をもとにしたアニメまで制作しているようです。遠野市立博物館限定で上映している客寄せ効果抜群でしょうね(一般にはそうでもない?)。私は夏休みの旅行で遠野に行ってみたくなっています。
遠野物語百周年
http://tono100.com/tono100/
水木しげるの新作アニメ『水木しげるの遠野物語』が完成!
4月24日リニューアルオープン「遠野市立博物館」にて限定上映開始
http://www.shopro.co.jp/news/100419/index.html
・妖怪談義
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-796.html
・遠野物語 森山大道
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/post-600.html
・ゲゲゲの女房
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/05/post-986.html
「レム睡眠」を発見した睡眠研究の世界的権威ウィリアム・C・デメントが一般読者向けに書いた啓蒙書。睡眠とは何か、睡眠障害の原因、よい睡眠をとるにはどうすればいいか。
ウマ3時間、ネコ15時間、コウモリ20時間、ヒト8時間。寒冷地の小型動物ほど睡眠時間は長く、温暖な気候の地の大型動物は短い。保存しておくべきエネルギー量に比例すると考えられている。人間は結構大きいので、人生の3分の1を眠って過る。
本来は8時間くらい眠る必要があるのに、現代人は仕事に遊びに一生けん命で、睡眠不足に陥ってしまう。土日にたっぷり眠って解消と考える人が多い(私もそう思っていた)が、科学的には睡眠不足は負債のように蓄積するのだ。
「蓄積した睡眠不足のことを「睡眠負債」と呼ぶのは、それがお金の負債と同じで、いつか返済しなければならないからだ。負債額が大きいと、それだけ危険な影響も増大する。また負債がたまりにたまっていると、ほんの少し返済しただけで驚くほど状態が改善されるようだ。基本的に睡眠負債は圧縮できない。つまり、ふだん8時間眠っている人が、ある晩5時間しか眠らなかった場合、次の晩に不足分の3時間を足して11時間寝ないと、1日を快調に過ごすことはできないのだ。 睡眠負債は少しずつ蓄積していく。8時間の睡眠が必要な人が、平日は6時間しか眠れないとすると、2時間×5日で10時間の睡眠負債を抱え込むことになる。たとえ土曜日に昼まで寝たとしても、それだけでは足りない。」
睡眠不足は人間の生活にあらゆる悪影響を及ぼす。睡眠の取り方は科学的に考え直さないといけない。脳は2週間前の寝不足を覚えているそうである。この本には睡眠負債判定テストがついている。
ただし、眠りを効率的に得るには多少の睡眠不足が必要という話もある。たっぷり眠っている人はなかなか寝付けなかったりする。多少の睡眠負債があるとすぐ眠れるものだそうだ。私は常に寝つきがよいのだが、要するに慢性的な睡眠不足ってことなのだろうか...。
日常的に使えるノウハウとしては、短いうたた寝がある。たとえば徹夜仕事をしなければならないときはあらかじめ短時間のうたた寝をしておくと効果的らしい。コーヒーを飲んですぐ15分くらい眠り、カフェインが効き始めるころ起きるとすっきりするとのこと。ハックだなあ。
・快適睡眠のすすめ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-848.html
・ヒトはなぜ、夢を見るのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001062.html
・人はどうして疲れるのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000877.html
平安時代から現代まで振仮名の歴史を振り返るトリビアな新書。
日本語特有の表記法である振り仮名には大きく「読みとしての振仮名」と「表現としての振仮名」の二つがある。「合図」と書いて"あいず"と振るのが前者であるなら、"サイン"と振るのが後者である。
古くは、漢語で書かれた日本書紀にも振仮名が振られていることがわかる。中国語を日本語で読むことが契機となって誕生したものであるらしい。二つの使い方は当初から存在していた。室町時代の頃には左右両振仮名というのもあって、読みと表現の両方を左右に書いた例もある。
表現としての利用が極まった例として、実際にはない漢字をでっちあげて、それに振仮名を振って遊んだ平安時代の嘘字なども紹介されている。実用性だけではなくて、それ自体がかなり饒舌なサポーターとして日本語文化を支えてきた。
明治時代に官権派の「大新聞」は振仮名を振らず、大衆的な読者を対象にした「小新聞」は振っていたという話がある。振仮名があったおかげで、日本の民主化が進んだとさえいえるのかもしれない。
本分を補助する形で微妙なニュアンスを表現でき、漢文や英語のような外国語にも振ることができる。振仮名は考えてみればかなり便利なしろものだ。自由度が高いから使い方は定まらず、しぶとく残ってきた。Webでも振仮名は使えるわけだから、これから新しい形の表現が生まれてくることもあるだろうか。
振仮名についての歴史とマメ知識がいっぱいの本である。学校ではまず習わなかったことばかり。ルビという言葉はダイヤモンド、パール、ルビーのRubyから来ていたというのは初めて知ったなあ。
私の地元「湘南ブランド」を紹介するムック。
豊島屋の鳩サブレー、大船軒の鯵の押寿し、江の島の生シラスなど定番から、最近登場した店まで、食品・洋菓子・和菓子・パン・服飾・インテリア・作家作品など、湘南のニュースタンダード100がカラー写真で説明されている。
冒頭の「あの人が好きな湘南の一品」では、よくまとめ買いしてスタッフに差し入れするという木村太郎の「葉山コロッケ」のほめっぷりが凄い。このコロッケは言ってしまえば普通のコロッケなんだけれども、その昔ながらのコロッケの気取らなさ、温かみがいかに素晴らしいか、普遍的かを、身の回りのエピソードやシーンを挙げて推奨する。また食べたくなってきた。
地元の人間でも知らないブランドがいっぱいあった。ゴールデンウィークに湘南に来る人にもよさそう。
【私のおすすめ編】
湘南育ち何十年の私のおすすめは(1と2はこのムックに掲載されていた)次の5つ。
1 Kibiyaベーカリー
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1404/A140402/14014244/
私はこのパン屋が世界一うまいと思う。鎌倉へ行くたびに必ず大量に買う。しかし、こんなパンのどこがいいの?と言った人もいた。ここのパンは中身が詰まっていてとにかく固い。クロワッサンまで固い。軟弱なパンが好きな人は、ここのパンが大嫌いみたいだ。あんなにうまいのに。人を選ぶパン。
2 メーカーズシャツ鎌倉
http://www.shirt.co.jp/
10枚くらい持っている。上質のドレスシャツが5000円で買えるのが魅力。どんどん新作が入ってきて商品が入れ替わる。鎌倉本店にはカフェが併設されていて、ゆっくりと選ぶことができる。横浜ランドマークタワーや渋谷のマークシティにも支店はあるが、品ぞろえは本店にはかないません。
3 古久家 藤沢店
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1404/A140404/14002904/
藤沢駅前の名店ビル地下にある中華料理屋さんというかラーメン屋さん。老舗中の老舗だがコマーシャルを嫌うようで、メディアにはあまり登場しないが、ラーメンとチャーハンが絶品。学生と年配に人気。
4 十代目 まぐろ問屋 三浦三崎港 江ノ島店
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1404/A140403/14004371/
江の島にある回転寿司屋さん。回転としては高級系。江の島なのに「三浦三崎港」というのは変だし、チェーン店ではあるのだが、この江の島店は明らかに素材が新鮮でおいしい。海を見ながら食べる寿司が意外によいのでおすすめ。
5 PICO 江ノ島店
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1404/A140403/14006193/
江ノ電の江の島駅近くにあるピザ屋。生シラスやシラスを使ったピザの料理がおすすめ。「釜揚げシラスのオリーブオイル煮」なんかたまりません。「PICOのスープパスタ
ニンニクと赤唐辛子」も。
・いんちきおもちゃ大図鑑―中国・香港・台湾・韓国のアヤシイ玩具

中国、香港、台湾、韓国のアヤシさ満開。アジアを中心に「どこかで見たような」「でもナニかが違う」玩具を集めた写真カタログ本。無版権キャラクターのオンパレード。(一部オリジナル商品も含まれます)。よく出版できたなあと感心、これもひとつの文化だし、記録を残す意義はあるはず。
表紙写真は有名ネコ型ロボットのいんちきで「ColorBear」。
・毒がありそうな紫色のピカチュー
・きかんしゃトーマスに変形するトランスフォーマーもどき
・補助輪付き自転車に乗るウルトラマン
・「Gondom」や「モビルスーシ」「機動戦士マルシア」いんちき日本語
・オレンジ色のジオングに足がついてギャンのシールドを持たせたフィギュア
・木工作ガンダム
など数百種類のコレクションがカラー写真で披露されている。
「俺は「いんちき」と「ニセモノ」は違うと思っている。例えば、日本の人気商品とソックリのコピー商品を造って、メーカーのロゴや証紙までもそのまま再現したようなものは「いんちき」ではなくて「ニセモノ」だよね。」
著者は、盗作ではなくパロディ、嘘じゃなくジョークっぽいものこそ、正当ないんちきだと熱く語る。いんちきには多少なりとも独創性や創造性が必要なのだ。確かにこの本に収録されたいんちき商品は、どれもこれも何かが、ヘンであり、コレジャナイロボ的なのだ。
業者は訴訟回避の目的でオリジナルそっくりを避けるということはあるのだろうが、つくるときに遊び心がもたげて、ついつい、へんな創作要素を入れてしまうという人間の性が根底にあるのじゃないかと思う。
つい30年くらい前までは日本でもこうしたいんちき商品は駄菓子屋や祭りの露天なんかでよく見かけた。子供なりにいんちきはいんちきと認識して、そのヘンさを楽しんでいた気がする。この本のようなアジアの奔放なアヤシさを見ると、実はオリジナルの本物しかない世界ってなんだか堅苦しい気がしてきた。
世界的に見ても「ん」ではじまる言葉はほとんどない。「ん」はちょっと特別な音。
「日本語には上代、「ん(ン)という文字はなかった。上代の日本人も、現代の日本人と同じように考え事をしながら「んー」と唸っていたのかもしれないが、それを書くことはできなかった。書けないから、無理をしてでも書かなければならないときには「イ」とか「ニ」という現代のカナカナを記号として使っていた。でも「イ」を使うと「i」、「ニ」と書けば「ni」と発音することになってしまう。「i」や「ni」と間違って読まれないための記号は何かないか......という試行錯誤の結果、「ん(ン)」という文字が生まれてきた。」
古事記をはじめ上代の文書には「ん」と読む仮名が一度も出てこないものらしい。
ありなむ→ありなん
知りなむ→知んなむ
のように、口語として使われたのが最初であるそうだ。次第に大衆に普及して「ん」は平安時代に表記の必要性が感じられるようになり、音をあらわすための文字として成立した。清少納言は枕草子で「いでんずる」などという言葉づかいは汚い表現だと批判したそうだが、んは日本語のシステムのはみだし者として始まった。
「ん」と仏教の関係ははじめて知った。阿吽の呼吸という言葉があるが、真言宗は「阿」からはじまる「阿字観」という瞑想に始まり、「吽」で終わる「吽字観」という瞑想で終わる。これは宇宙の始まりの胎蔵界と宇宙の収縮の金剛界を意味していて、ひとつの宇宙観なのだ。日本語の五十音が「ア」に始まり「ン」で終わるのは、この仏教の宇宙観を反映しているという。「ん」が最後の文字であることにここまで深い意味があったのか。
「ん」には情緒が籠っている。そしてリズムを生みだす。著者は日本語の情緒とシステムをつなぐものだとして、その「ん」を讃える。「ん」への愛情と蘊蓄でいっぱいの一冊。
・怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001944.html
・犬は「びよ」と鳴いていた―日本語は擬音語・擬態語が面白い
http://www.ringolab.com//note/daiya/archives/000935.html
・日本語の源流を求めて
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/11/post-660.html
・日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/03/post-959.html
いま焼きそばが流行っている、らしい、ほんとか、どこで?。
でも、こんなムックが出るくらいだからブームなのだ。
正統派の焼きそばの名店や、おいしい焼きそばの作り方、カップ焼きそばカタログなど、焼きそばに関連する最新情報が網羅的に掲載されている。一冊丸ごとソース焼きそば、気合いの入った企画本である。
岸朝子氏が「私の場合、焼きそばと聞いて真っ先に思い浮かべるのがソース焼きそばなんですね。若い時に縁日で食べた味が、いまも記憶に残っているからではないでしょうか。」と言ってそれが食べられる店 浪花家総本店(東京・麻布十番)を紹介している。この店は会社の近くにあるので食べたことがあるが、有名なタイ焼き屋さんでもある。まさに昔の縁日風の懐かしさ。
それに対して「焼きそばに王道なし」や「ニッポン縦断「焼きそば」の旅」特集では、変わり種の名物焼きそばが次々に紹介されている。「印度カレー食堂」(福島)のカツカレー焼きそば、青森県のつゆ焼きそば、日本そばをすき焼きのだしで焼く「トシヤ」(神戸)のそば焼、トマトソースをかける新潟のイタリアン焼きそば。聞いたこともないような斬新なバリエーションに驚かされるが、写真を見るとどれもこれもおいしそう。
そして、やはり一番力派が言っているのが正統派ソース焼きそば専門店の情報である。そんな専門店が存在していることが初耳だったが、先日、大門で発見したので食べてみた。
大阪弁ハンドブック。先日の大阪行きの新幹線で読んだ。
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何だ、それは → なんやそれ?
例:何だ、それは? へんな髪型ですね
なんやそれ? かわった髪型やなあ
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のように標準ごとの対応と用例が示される。
あれほど言ったのに → せんどゆうたのに
触ってはいけません → いらいな
うまいこと騙された → いかれこれですわ
わるふざけしないで → てんごせんといて
など、雰囲気では理解できても、実はよくわかっていない項目もちらほらとあって、関西人を妻(と親戚)に持つ私としては勉強になるのであった。しかし、妻や親せきとの会話ではまず登場しない語彙というのもあるのだ。
まったくよくわからなかったのが、
ラブラブ、熱々 → ちんちんかもかも
例:あの二人ラブラブですね
あの二人ちんちんかもかもや
である。まだまだ知らない領域が広がっているようだ。
今回の大阪の妻の実家への里帰り旅行では、いかにも大阪っぽいところへ行ってみようということになり、
裸の少年のラーメン紹介コーナーの書籍化。佐野実が厳選した「今食べるべき」ラーメン店を解説する。"佐野JAPAN"座談会と、"ラーメンの神"山岸一雄氏(大勝軒会長)との対談も収録。この番組が発掘した店も多いらしい。
佐野実というのは、私の地元藤沢に最初の店を開いた人ということで、昔から注目しているのだが、正統派のあっさりしょう油ラーメンをつくらせると感動的にうまい。目新しいだけの新具材だとか、こってり系の味噌でごまかすなんてことを絶対にしない人である。この本でもやはりクラシックなこだわりのラーメン店を紹介していく。
中華そば屋伊藤(王子)
六厘舎(大崎)
麺処くるり(市ヶ谷)
きら星(武蔵境)
町田汁場 しおらーめん 進化(町田)
などなど。首都圏中心の30店舗。一般的な百科事典的ガイドブックと違って、ひとつの視点と価値基準で店を厳選しているから、行ってみたい店ばかり見つかった。
収録されている対談ではちゃぶ屋(この店も相当うまい)の森住康二が経営者としての感慨を率直に述べているところが印象的だった。新世代の売れっ子なのに厳しい認識。
「森住
経営者と職人の違いって、身を削れるかどうかですね。経営者って、やっぱり身を削るんです。社員に給料を払うために自分はとれない時が必ずあるし、個人保証とか、重いものを背負っていかなきゃいけない。身を削るというのは経験しないとわからない。今月の支払いがたりなくても顔に出さない。その積み重ねでね、現場に立つ人間とは違う所で交感神経を使うようになる。命がけですから、ホント。しかも自分の命だけじゃないから。リスクは大きいですよ。博打とか、そんな生やさしいものじゃない。」
これに対して巨匠 大勝軒山岸氏は、修行期間に対して柔軟な考え方をみせていて、意外である。勘のよい人をいかに見つけて育てるか、ということらしい。
「佐野
昔は10年だったけど、今は1年で店ができますね。
山岸
私は3ヶ月でものになる人はなると思っている。軽々しく出展させるなと文句を言われたこともあるけどね。3年、5年とやらせなきゃ本当はだめなんだけど、本人が一番燃えているときに「来い、教えてやるぞ」と言ってすぐ来させる。その短期間でぱぱっと教えて、「人生の試練に打ち勝て」と書いた色紙を持たせて送り出しちゃうわけ。」
佐野実の支那そばや本店は戸塚にあるそうで、この連休にでも食べに行く予定。この本は予習なのでした。
初めて読んだが予想外に内容が面白くて飛ばさず読破。野球観戦が一層楽しくなった。
1.01
野球は、囲いのある競技場で、監督が指揮する9人のプレーヤーから成る二つのチームの間で、一人ないし数人の審判員の権限のもとに、本規則に従って行なわれる競技である。
1.02
各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。
1.03
正式試合が終わったとき、本規則によって記録した得点の多い方が、その試合の勝者となる。
<中略>
1.10 バット
(a) バットはなめらかな棒であり、太さはその最も太い部分の直径が二インチ四分の三(七・〇センチ)以下、長さ四二インチ(一〇六・七センチ以下)であることが必要である。バットは一本の木材で作られるべきである。
1.11
(e)ユニフォームには、野球ボールをかたどったり、連想させるような模様をつけてはならない。
規則を知らなければ"正式試合"を開始することさえできない。野球で試合を開始するにはまず何をすべきか知っているだろうか。答えは、
「まず、ホームチームの監督が、球審に二通の打順表を手渡す。」
である。へええ。次にビジティングチームの監督が同様に球審に渡し、球審は同一を確認した後、両チームに手渡すのである。
「5.03 まず投手は打者に投球する。その投球を打つか打たないかは打者が選択する。」なんていう、あったりまえじゃねえかという項目もある。規則だから全部書いてあるのだ。
野球規則のなかで特に思想が感じられるのが「6.07 打撃表に誤りがあった場合」の「ただし」以降である。
「打順表に記載されている打者が、その番のときに打たないで、番でない打者(不正位打者)が打撃を完了した(走者となるか、アウトとなった)後、相手方がこの誤りを発見してアピールすれば、正位打者はアウトを宣告される。 ただし、不正位打者の打撃完了前ならば、正位打者は不正位打者の得たストライクおよびボールのカウントを受け継いで、これに代わって打撃につくことはさしつかえない。」
つまり攻撃側が打順を間違えても、守備側が相手の誤りを球審に指摘せず、次の打者の「投手の投球」が行われてしまうと、不正位打者は正位打者と認定されるものなのだ。そして審判は誤りに気づいても指摘してはいけない。プレイヤーの不断の注意とアピールが野球精神の原則となっているのだ。
競技場や用具の細則、用語の定義など細部も面白い。ボークの規定、準備投球の制限、監督が投手のもとへ行く制限、審判員の報告義務、など、あまり考えてみなかったところも細かく決まっているのである。
「"ネット語"とはインターネットで生まれた言葉のこと。ネット社会の現代において、このネット語を理解できなければ、コミュニケーションはもはや不可能ともいえる。本書はそんなネット語のなかでも頻出の約350語を解説する。 」
2ちゃんねるやオタクのコミュニティに出入りすることの多い一般人向けのネット語解説書。350語あるが、全部知らなくても、全部知っていてもやばい。漏れ、スルー、妊娠(任天堂信者)、ゆとり、儲(信者)、情弱、カオス、orz、餅つけ、ピザ、ごくり、黒歴史、スイーツ(笑)、映画化決定、痛車、炎上、虹、乙、w、炊く、粘着、チラ裏、厨房、などなど。
各語に解説、用例、類義語、関連語などが載っていて親切。
だいたいこういう言葉は生半可な理解で使うと恥ずかしいエピソードが発生する。以下、実話ベース...。
エピソード1 リア充
先日、物知りな同僚が『リア充』という言葉を知らなかったので、私はここぞとばかりに「え、リア充も知らないの?リア充っていうのはさあ」と、とくとくと意味を教えてやったのだが、彼はモテ系であるが故に「リア充」を知らないのは当然なわけで、負けたのは私か?。
エピソード2 空気嫁
『空気嫁』。この言葉をチャット上で最初に見たとき、私は「長年連れ添って空気のように感じられる嫁さんみたい」の意として誤解し、「その彼女って空気嫁みたいな感じ?」なんて誤用をしたのですが、それなりに話が通じてしまい、後で意味を知って独り笑いました。
エピソード3 小一時間問い詰めたい
先日、会議で話題になった若者のミスについて私は「本当のところオマエどうなっているんだとその学生を小一時間問い詰めたい」と笑いながら言ったところ、同席者から「1時間も問い詰めるとパワハラになりますよ」と諭された。いやマジに受け取られても困るのですが。
【今使うとかなり痛い!】ビジネス・IT用語
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090721-00000001-spa-ent
・まだある。大百科 お菓子編―今でも買える昭和のロングセラー図鑑

「橋本さんってお菓子、好きですよね」と同僚にまた言われた。
そう、私は仕事をしながら、ボリボリお菓子を食べている派である。職場だけでなく、自宅のブログ用机の上もお菓子だらけ。糖分を補給し、顎を動かすと、脳が活発に動くからである。
これは「今でも買える昭和のロングセラー」を写真とエッセイで紹介する人気のシリーズのお菓子編の集大成である。お菓子なけに、懐カシい、なんちゃって。お菓子のデータをよく調べた上で子供時代の思い出と絡めて書かれた長文エッセイが素晴らしい。子供時代の風景が蘇ってきて、実にいい感じの本なのだ。著者は1967年生まれなので、30代から40代くらいに響く内容。
発売年代によって1940年代、1950年代、1960年代前半、1960年代後半、1970年代前半、1976年以降という区切りで、数百のお菓子が紹介されている。三ツ矢サイダー、名菓ひよ子、ボンタンアメ、ゴーフル、中村屋の月餅、ミルキー、バヤリース、フエガム フエラムネ、モロッコフルーツ ヨーグル、フィンガーチョコレート、チェリオ、ジューC、ありあけのハーバー、キャラメルコーンなど定番商品から、駄菓子屋のニッチまでかなり網羅的に取り上げられている。
私が読んだ後で妻にも読ませた。面白かったのは、関東出身の私と関西出身の妻では一部に話が通じないお菓子があることである。ナボナ(関東)、ありあけのハーバー(関東)は妻は知らないといい、バナナカステラ(関西)を私は知らなかった。
ほぼ同じ菓子なのに東西で名称を変えているものもあった。とポテコ(少し太い)なげわ(少し細い)はどちらも東ハトの商品だが、流通量は東のポテコ、西のなげわだったそうだ。私は確かにポテコの記憶がある。
・ポテコ、なげわ
http://tohato.jp/products/potenage/
メーカーは今は両者をあわせてポテなげとして広告している、のだなあ。こういうお菓子に関するトリビアが満載の本で読み応えがある。ボリボリ。
・世界中のお菓子あります
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/post-408.html
世界史好きに超おすすめの本です。
「宋代以後、科挙は三段階をとり、まず地方で郷試(解試)を行ってその合格者を中央におくり、中央政府で会試(貢挙)を行い、続けて天子みずから行う殿試で最終的に決定するのがたてまえである。しかし後世になると、だんだんこの三段階の本試験に附属する小試験が追加され、清代になると非常に複雑なものになってきた。」
人類史上最難関の官吏任用試験である中国の科挙。第一回の587年から最後の1904年までの1300年間、その第一関門ともいえる郷試は3年に1度のペースで挙行された。試験場の南京の貢院には2万人もの受験者が押し寄せて、幾晩も独房に閉じこもって、世紀の難試験に必死の思いで取り組んだ。最盛期の科挙で最終合格者の進士になれるのは約3000人に1人。合格者は中央政府の高級官僚となり、権勢も財産も手に入れることができ、一族の繁栄が約束された。
四書五経ほか古典43万字の丸暗記と、詩作の技能などを試される。試験官にアピールすすためには、解答内容が完璧なだけではなくて、印刷したかのような明瞭な文字で答案を記述することも求められた。答案用紙を汚せば失格。雨漏りをする部屋で、受験者は夜通し必死で答案用紙を守ったという。すべての試験を通じて、天子と現王朝の祖先の名前のついた文字を絶対に答案に書き込んではならない(替え字が用意されている)という、落とし穴にも気をつけなければならなかった。
科挙は中国の政治体制を築く礎となった。これだけ広大な領土の国家を皇帝が長期間、独裁統治することができたのは、地方の貴族勢力を廃して、天子が任命した優秀な官僚を派遣することができたからである。また家柄も血筋も問わず万人に出世の門戸を開放したことで、人民に希望を与え、厳しい競争を勝ち抜く有能な人間を登用することができた。
科挙は究極の試験制度でもある。不正防止のための仕組みが何重にも織り込まれている。答案審査は姓名を隠し、座席番号だけを見て行われるし、審査員は答案そのものに手を触れず、写しをみるのみである。筆跡で受験者が特定されるのを避けるために数万枚の答案をすべて厳密な管理の下で職員に筆写させていたのである。試験官達は試験期間は、外部との連絡を禁じられて、試験場に数週間も缶詰状態であった。
しかし、非人間的なほど過酷な試験制度は、受験者の心や社会に歪みを生んだ。一握りの超エリートを選抜する一方で、数十年間の浪人生活の果てに絶望する大量の敗残者を生み出した。度重なる試験の失敗に嫌気がさして、民衆の反乱のリーダーになった者もいた。いくら対策が厳しくても、裏口入学や試験管買収などの不正が後を絶たなかった。過酷な試験場で幽霊や祟りを体験する話も多く伝わっている。
人類史上最難関の試験実施の実態と、関係者の悲喜こもごものエピソードが満載で、大変読み応えのある濃い内容であった。これを読んでしまうと、日本でいくら大学受験が加熱したところで、たいしたことなかったんだなあと思える。試験制度が極限まで行った姿が科挙なのである。
2000年前の沈没船から見つかった金属の歯車を持つ構造は、古代ギリシアで作られた世界最古のコンピュータだった。引き上げから100年以上を経て"アンティキテラの機械"の謎が解明されるまでの研究者達の苦闘を描いたドキュメンタリ。アンティキテラは時計の発明より1400年も早い。たったひとつの例外が数学の定理を書き換えるように、古代にあるはずのない構造の発見が科学の歴史を塗り替えた。発見された断片から失われた全体構造を想像し、使われた素材や表面に書いてある文字から、謎の物体の正体を推測していく。
『ムー』愛読者の私としては、アンティキテラの機械は"Oパーツ"の一つとして昔から知っていた。だが、科学者が最近になって本物の古代コンピュータだと認定していたことには驚いた。アンティキテラの存在は、人間の知識の進歩が必ずしも直線的に進んできたわけではないかもしれない可能性を示している。
2000年より長期のスパンでは文明の後戻りや袋小路が結構あったのかもしれない。そもそも進歩というのは後世から見たときに、あれは進歩だったと確定するものである。もし遠い未来に人類が『新世界より』のように科学技術を捨て、超能力を発展させていったとしたら、ここ数世紀の科学文明の進歩などたいした意味を持たないだろう。
古代人にとってもアンティキテラは未来的な最先端のテクノロジーだったのだろうが、その未来の延長線上に現代の技術文明があるわけではないようでもある。
「アンティキテラの機械がなぜ、誰によって作られたかを解明することは、古代のテクノロジーが「原始的」で、現代のテクノロジーは「先進的」という概念を、覆すことでもあった。考えてみれば、現代人が正確に時間を刻む実用的な機械を求めていた同じところで、ギリシア人は知識を獲得し、天界の美を表現し、神々に近づく方法を追究していたのだ。」
こういう"忘れられた科学技術"をもっと探してみたら面白そうだ。実現されなかった未来ベクトルに新たな意味が見いだせるかも知れないから。
科学者達が解読の名誉を求めて繰り広げる熾烈な競争が熱い。
・解読! アルキメデス写本 羊皮紙から甦った天才数学者
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/07/post-806.html
・ユダの福音書を追え
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/post-405.html
・ヴォイニッチ写本の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/01/fhfcfjfbfzea.html
骨格をめぐる美術解剖学入門。遺骨から生前の顔を復元する復顔技術があるように、外観の美しさというのは皮一枚の問題ではなく、皮膚の下にこそ隠されている。
巻頭カラーで紹介されているのだが、日本の中世の肖像画や江戸時代の浮世絵など日本美術史における人物の絵画には陰影がなく立体感に乏しい絵がほとんどだ。それに比べて西洋画は骨格的特徴が強調され立体的な表現が多い。そもそも西洋での人体解剖は医師ではなく、自身の作品に構造を反映させようとした芸術家によって始められたそうだ。
人間の顔の見方には「光と影の中に骨格を意識し、立体として顔を捉える見方」と「顔の表面にある諸器官(目、鼻、口、耳)と、眉などのかたちや色、配置を捉える見方」の二つがあると著者は説明する。日本人は主に後者で人の顔を見てきたから、陰影を描いてこなかったのだとする。
なぜそういう見方が定着したかといえば、日本人が平板な顔だからである。舞妓や歌舞伎役者では、まず顔を白く塗ることで平らなキャンバスをつくり骨格の欠点を隠す。その上に化粧で自由に美しい顔を描く。欧米人の彫りの深い顔には向かない芸当である。
欧米人の顔と日本人の顔を白黒のポートレート写真で見ると両者の魅力の違いがはっきりする。彫りが深い欧米人の顔は陰影が濃くなって圧倒的に面白くなる。
・BW Side Light Portrait on Flickr
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日本人にも大きくわけて縄文顔と弥生顔の2種類の骨格がある。著者曰く
縄文顔の美女の典型 宮崎あおい
弥生顔の美女の典型 藤原紀香
であるそうだ。こう教えてもらえると典型がイメージしやすくなった。
そして現代の小顔美人の秘密は顎であるという話が興味深い。咀嚼回数が減ると顎が萎縮する。頭骨全体が顎の骨と噛み合うようにできているせいで、顎が小さくなると顔全体が小さくなるというのだ。
現代人の小顔は柔らかいものばかりを食べて顎が脆弱化した成果なのである。遺伝もあるわけだし健康との兼ね合いもあるが、小顔美人を育てるには柔らかいものを食べさせた方が良いということになりそうである。
ちょっと笑えたのが、鼻は始終つまんでいれば本当に高くなるという話。骨格も細胞でできているから新陳代謝による変化の余地があるのだそうで。
美人と骨格。視点がユニークな新書。













