Books-Trivia: 2008年10月アーカイブ

・味覚と嗜好のサイエンス
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味覚は視覚や嗅覚と並ぶ人間の感覚のことで、嗜好は過去の食体験に基づいて決まる好悪判断のこと。本書は食体験にかかわる、このふたつの要素を科学的に解明する。

味覚には原味と呼ばれる基本要素としての味が5種類ある(甘味、塩味、うま味、苦味、酸味)。この組み合わせで味ができる。味覚は生存の上で重要な感覚のように思えるが、意外なことにそれぞれの味覚には受容体がひとつずつしか発見されていない。

これに対してにおいの受容体は388種類もあるという。実はにおいこそおいしさの決め手だったのである。口から鼻に抜けるにおいを風味と呼ぶ。鼻をつまんで風味を感じられないようにすると、何を食べているのわからなくなる。(試しにウナギでやってみたら全然おいしくなかった。)そして味わいの記憶もまた大半が風味の記憶で占められているそうだ。

おいしさには次の4種類があると分類されている。

1 生理的な欲求が満たされるおいしさ
2 食文化に合致したおいしさ
3 情報がリードするおいしさ
4 やみつきになる特定の食材が脳の報酬系を刺激する

疲れたときに甘いモノがうまいのが1で、日本人は味噌汁を飲むと落ち着くのが2、松茸やらフグがうまいというのは3である。4はかっぱえびせん(嘘)。一口においしいといってもいろいろあるのだ。

多くの種類の味わいが複合して単独の味が識別できなくなった状態をコクと呼ぶ。これには同心円状に囲むイメージで3種類があるという。真ん中の原型は直接的だが、外周には舌ではなくて脳が味わう仮想的なコクがある。

1 報酬の快感を引き出す原型のコク
2 原型を想起させる学習のコク(第2層)
3 抽象化された比喩のコク(最外層)

たとえば3にあたる懐石料理の吸い物の薄いコクには、ネズミは反応しないそうだ。上品なコクは、味わう側にそれを感じる素養が必要なのだ。

「「上品なコク」とは、そこにはガツンとくるような強烈なコクの直接の要因がほとんどなく、その面影だけが存在する風味といえるでしょう。味わうものに実体の肉付けを求める味と表現することも可能です。このコクを存分に味わうためには修練が必要であり、この厳しさが品位なのだと思います。」

つまり学習によって、おいしさは拡張されるということのようだが、逆もありそうだ。たとえば学生時代に最高においしいと思っていた食堂があった。社会人になって多少は舌が肥えてから久しぶりに訪れてみると、それほどのものではなかったと失望したことがある。まずさの拡張やおいしさの不感症という現象もあるのではないか。

ま、思い切り、お腹が空いていれば何でもおいしいものではあるが。

しみじみ味って深いんだな~と味わい深い本である。