「ミノタウロスの皿」「箱舟はいっぱい」 藤子・F・不二雄 異色短編集

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・ミノタウロスの皿 小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉
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何よりミノタウロスの皿の第6話「劇画・オバQ」が衝撃だった。

「すべては植物人間になったのび太の夢でした」というドラえもんの最終回だとか、「ハワイ旅行に当選した一家が乗った飛行機が墜落してサザエもカツオもワカメもタラちゃんもみんな海へ帰りました」というサザエさんの最終回は、実在しない都市伝説である。作者がそんな陰気なラストを描くわけがない。

ところが、ここに収録された「劇画・オバQ」は藤子・F・不二雄が本当に描いてしまったありそうにない最終回(?)である。「劇画・オバQ」はマンガの時代から15年後の世界を描いている。絵は子供向けオリジナルと違って陰影が強い劇画タッチで重みがある。一度はオバケの世界に戻ったオバQが人間界に戻ってくる。そしてサラリーマンになり結婚もした正ちゃんと感動の再会をする。早速、正ちゃんの家に泊めてもらい、かつての友人達と思い出を語るオバQなのだが、大人になった彼らはそれぞれに人生の悲喜こもごもを抱えていることを知る。無邪気だったあの頃には二度と戻れないのだと気がつく。

あの名作オバQにこんなにもブラックでシュールな最後があろうとは。

この読み切り短編集は子供向け漫画とはまったく異なる藤子・F・不二雄のダークサイドが堪能できる。原作の続き物はオバQだけだが、他のオリジナル作品も小説のような深い味わいを持つ名作が多い。

・箱舟はいっぱい 小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉
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こちらの短編集では「ノスタル爺」が好きだ。

戦後30年して復員した男がダムに沈んだ故郷を訪ねる。帰らぬ自分をずっと待ち続けていたという妻の墓にお参りする。夫婦として過ごしたわずかな新婚時代を思い出していると、ふと実家の土蔵に閉じこめられていた老人がいたことを思い出す。昔の感覚に没入するうち、いつのまにか男はあの時代の故郷の道を歩いていた。

さすがにドラえもん原作者なだけあってタイムマシンやタイムスリップ物が多い。しかし、主人公が窮地に立たされてもドラえもんは助けに来てくれない。人間の生き死にや欲望が生々しく出てくる。きれいなだけではないオトナの世界を描く。ハッピーエンドよりもバッドエンドが多い。

どれも読み応えがある作品ばかり。藤子・F・不二雄が本当に描きたかったのはこういう漫画だったのだろうなと思った。星新一のショートショートにも通じるものがある。短いが強烈な印象を残す。藤子・F・不二雄の短編を知らない人はとりあえず読まないと損である。

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このページは、daiyaが2008年7月 5日 23:59に書いたブログ記事です。

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