上達の法則―効率のよい努力を科学する

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・上達の法則―効率のよい努力を科学する
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仕事や趣味、英会話やスポーツ、囲碁将棋、茶道など。技能の上達とは、科学的にはどういうことなのか、上級者と初心者は何が違うのか、記憶と認知の研究で裏づけを持たせながら、わかりやすく一般向けに語る本。著者は社会心理学の教授。

■上級者に特有の性質がある

どの分野でも上級者には特有の性質が見られるという。例えば一部を抜粋すると、

【上級者特有の性質】

・退屈しにくい、疲労しにくい
・「ながら」ができる
・移調作業ができる(ギタリストはベースも弾ける)
・復元仮定作業ができる(勝負後に正確に分析)
・コツをメタファで表現できる
・他者への評価が早くでき明瞭、でもすぐには表に出さない
・一見無関係なことからヒントを得る
・細部へのこだわり、美観がある
・上級者特有のスキーマ依存エラーを犯す

といった性質である。

人間の認知学習に関わる記憶の構造がこの性質と関係があり、著者によると、こんな概念図として描ける、という。(ここではP65の図を簡略化して引用)。

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情報はまず感覚器官から、ワーキングメモリを通して長期記憶へ定着する。ワーキングメモリでは、情報を、記憶できる小さな単位(チャンク)にまとめる。このチャンクのまとまりを構造的に安定させ、長期記憶に長く残す仕組みとして、スキーマとコードシステムの二つが解説されている。

スキーマは知覚、認知、思考の枠組みのことであり、ぱっと物事を見たときに一瞬で要点を把握するのに必要なメタ知識である。毎日引越しを手伝っていれば、だいたいダンボール一箱はこれくらいの重さだ、とか、車両の運転ならこれくらいハンドルを切るとこれくらい曲がるだろうといった情報の蓄積である。上級者ほどスキーマを多く持ち、それに依存する。あまり思考することなく反射的に動作できる代わりに、初心者では、ありえない奇妙なエラーを犯すことがある。

コードシステムとは、大量の情報を、記憶しやすい大きさの知識に変換して長期記憶へ定着させる仕組みのことである。この本では、ファックス文書をイメージデータとして保存すると大きなサイズになるが、テキスト化すると小さい容量で済むという例で説明された。上級者はコードシステムが発達しており、情報を圧縮して要点として覚えられる。

■上級者の秘密
面白いなと思ったのは次のような話だ。

1 上級者はチャンキングの柔軟性が高い

日本舞踊の上級者と初心者に舞踏のビデオを見せる。「意味のある単位の区切りと思うところでボタンを押してください」と指示する。つまりチャンキング実験である。「意味の単位をできるかぎり細かくしてください」「意味のある単位をできるかぎり大きくしてください」という二つの指示をさらに与えたとき、上級者ほど前者の指示にはより小さく、後者の指示にはより大きくボタンを押すことが分かった。上級者は一連の動きを頭の中で意味のある単位として、精緻にモデル化しているということになる。

2 上級者は瞬時に状況を計算できる

将棋では「手ドク」「手ゾン」という考え方があるという。将棋の勝負では、駒を今まで何手動かしたか、その駒の価値になるらしい。2手動かした駒と3手動かした駒を交換した場合、2手しか動かしていない方が「1手、手ドクをした」と表現する。これは意思決定と機会損失の問題として数学的に説明がつきそうな状況であるが、複雑な計算をしなくとも、上級者は手ドク、手ゾンを暗算的に瞬時に読み取っている。

3 退屈、疲労しにくい

上級者ほど長時間技能を使ったり、他者の技能を鑑賞しても退屈、疲労しないという。チャンキングとコード化ができているので、同じ状況でも上級者のほうが多くの情報を引き出し、無駄なく動けるので飽きないし疲れない。

この本では上達を分析するだけでなく、後半では上達のコツや、スランプの正体と乗り越え方に関しても、興味深いアドバイスが行われる。前半の理論部を理解してから読めば、どれも深く納得できて、実用的だ。

■私のギター練習の経験から学んだこと

私自身、意識的に技能の上達に取り組んだことがある。それまで触れたこともなかったギターの演奏だった。学生時代の一時期、音楽産業で働きたいと思った私は、高田馬場のヤマハ教室に通いながら、1日8時間のギター練習に2年間取り組んだ。

スタートが遅かった私は、意識的に技能の習得を分析することで、早く上級者へ追いつきたかった。そこで、アルバイト先の同僚で、芸大のオペラ歌手(なんという幸運!)に、音楽全般の学習方法や、和声学について教えてもらいながら、音大受験の参考書や問題集を解いた。携帯型のシーケンサーを持ち歩き、アルバイト先で作曲も行った。

理論学習はそれなりに効果があった。この本にも身体的練習だけでなく、理論の習熟が上達につながることがあると説明されている。指が押さえるコードの弦一本一本が、和声的にどんな意味を持っているか、知っていると楽譜の暗記が著しく良くなった。

また、毎日の練習では、まず上達するにつれ指の痛みや、疲れがなくなることを知った。指の運びは上手になればなるほど、ゆとりを持って弾ける。指の力も抜けて長時間の演奏も楽になる。演奏しながら、サビの部分の表現について考える余裕もできる。

世界のロック三大ギタリストに数えられるエリッククラプトンは「スローハンド」の異名を持つ。もちろん、運指が遅いのではない。動きに無駄がないので速いパッセージを弾いていても、ゆったりとして見える。

・Slowhand ERIC CLAPTON
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結局、ギターの道は先生に異常に上達が早いなと褒められた。大学祭でバンド演奏をしたりもした。でも、ヤマハの教室で隣の中学生が難しい曲を、初見で鮮やかに弾いてしまうのを見て、自分の限界を知り、断念した。幼少の頃から楽器に親しみ絶対音感のある人には適わないと感じた。しかし、意識的に上達の法則を毎日のように考え、実践してみた2年間は、貴重な体験だったなあと思っている。この本にはそうして苦労して学んだのと同じことが、あっさり明瞭に書かれていて、ちょっと(かなり)悔しい読後感ではある

評価:★★★☆☆

参考情報:

・不可能を可能にする最強の勉強法
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ちなみに学習法で最近読んだ本も紹介。著者は灘中、灘高を出て、東大理科I類合格、その後、国家公務員試験I種2年連続合格、NHK記者・アナウンサー、医師国家試験合格、政策秘書試験合格、衆議院議員公設第一秘書、東大大学院医学博士課程を1人で達成してしまった超人。次は政治家を目指しているらしい。内容については...。結構ありがちなアドバイスが多いと感じた。基礎能力が恐らく異常に高いから、できることのように思えた。生来の天才が意識的にどういう学習法を行い、推薦しているかという点では読む価値ありだが。

敢えて評点なし。

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このページは、daiyaが2003年12月12日 23:59に書いたブログ記事です。

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