日本語は年速一キロで動く

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日本語は年速一キロで動く
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■SMAPの中居くんだべ

私の地元、神奈川県藤沢市では、古くから住む高齢者とその子供や孫にあたる小学校高学年くらいまでの子供は「そうだべ、そうだべ」「遊びにいくべ」と言う。大きくなるに従い、「べ」はカッコ悪いと意識しはじめ、ほとんど使わなくなる。だが、最初からまったく使わない人も多いので、これは方言なのだろうか?と小さいころから謎だった。

この本によると東北・関東で古代から使われてきた「べし」「べき」から変形した、方言だそうだ。田舎者の印象が強い言葉なので、地方出身者は東京では使わないようにしてきたらしいのだが、最近、都内にも伝播が確認されたそうだ。この本の著者は不思議がっているが、これ、私の分析では、藤沢出身のタレント(確か私と中学が同じ)、SMAPの中居さんがテレビで「べ」を連発して認知させたからだと思っている。

この本は、新しい言葉や方言が、どれくらいの速度で広まっていくか、についての研究解説。伝播の速度は速いもの、遅いものがあるそうだが、平均すると約1キロ/年の速度で伝播しているのだという。

通常は、都市の威光効果で、都市から地方へ広がる言葉が多い。だから伝播の波を繰り返す過程でABA型と呼ばれる分布ができるという。中央の京都や東京に新形のB、Aという古い形が九州や北海道に残るような現象である。だが、逆もあるという。この「べ」「べー」は東京新方言と呼ばれるタイプの逆流現象として扱われている。

言葉の乱れとして指摘されがちな「見れる」などの、ら抜き言葉は明治初期に愛知県で使われていた方言で、100年かかって中部地方を経由して東京へ入った言葉なのだそうだ。「読めれる」などの、レタス言葉も同様。日本語の乱れを嘆く人には、方言については逆に尊重する態度をとることが多いが、要は新方言が東京へ進出したときに、批判されやすいという見方もできるらしい。

■めばちこ??べべになる??

皆さん、「めばちこ」で通じるだろうか?。私は大阪の堺市出身の関西人と結婚してから、はじめて聞いた。意味がまったく分からなかったのだが、目の「ものもらい」のことだそうで、この本にも紹介されていた。

また、この本に関西の新方言として取り上げられていた「ベベになる」。これまたサッパリ分からないので妻に聞いたところ、「それ普通に言うでしょ?ベベ、ベッタ」と驚かれてしまう。競争などで「ビリ」の意味。藤沢で育った私の実家の家族もたぶん、通じないはずだ。

こうした新方言はマスメディアを通じて年100キロレベルで、急速に広まるものもあるらしい。関西の漫才の「オモロイ」などはその例だそうだ。文法表現の変化は使用頻度が高く目立つため、比較的伝播が速いという。逆に家庭内で使う言葉は伝播が遅くなるという。速いもの、遅いもので、0.1キロ/年〜100キロ/年くらいの大きな違いもあるが、平均すると1キロ/年ということになるというのがこの本の結論であった。

年速1キロは1日2.7メートルで、自足0.114メートルにあたる。随分、遅いのだが、ヨーロッパにおけるインドヨーロッパ語族の拡大も、年1キロの西進であったそうだし、モンゴロイドのアメリカ大陸南端への移動5万キロも約5万年で同じくらいの速度だったという。1世代あたり30キロメートルという速度は、言語・文化の伝播の普遍的な速度なのではないかと著者は推測している。面白い考察だと思った。

■嫁は川を降る

こうした逆流現象の伝播の基本メカニズムが「嫁は川を降る」なのだそうだ。山間部の女性は都会に憧れ、町の人は素直に一生懸命働く女性を歓迎する。かくして、女性が都市部へ移動して、言葉を子供に伝えていく。方言的な言い方の大半は、幼稚園や小学校で修正を受けるが、家の中でしか使わないような言葉や、発音・文法の単純化原理でできた言葉は、修正を受けにくく、これが新方言として東京に広まることがあるようだ。「嫁は川を降る」はちょっと古めかしい印象の言葉であるが、現代でも女性がことばの媒介なのだ。
我が家の1歳になった息子も、日々母親から関西弁のシャワーを浴びせられている。幼稚園や小学校で「ベベはやだー」とか「めばちこできたー」とか「こちょばい」とか言って、怪訝な顔をされたりするのだろうか。

ただ、こうした言葉も、かっこいいと認定されると地域に定着して、新方言になることがあるらしい。冒頭に書いたように、私は「べ」はSMAP中居さんが起点と思っているのだが、通常は点ではなく線的に伝播は進んでいく、らしい。最前線の動きから、伝播速度が分かる。

■境界の最前線を特定する

この著者は電車の路線距離でキロメートルを算出しているケースが多い。地道なフィールドワーク・アンケートで経年変化を追い、それをグロットグラムというグラフに描き分析している。平面ではなく線で伝播する日本の地理的特徴にマッチした調査手法である。何駅くらいから先で変化が起きるかが分かって面白い。まさにそこが移動の最前線と言えるだろう。

以前、あるテレビ番組で、関東と関西ではエスカレーターのどちらを急ぎの人向けに空けるかが逆になっていることを取り上げ、東海道線のどの駅が変化の境になっているかを実地調査していた。答えは岐阜県大垣駅の隣駅ということになった。

・ざつがく・どっと・こむ  左を空ける
http://www.zatsugaku.com/stories.php?story=01/07/17/1040537

同じようにテレビが発端で、ひとつの言葉の違いの最前線を突き詰めて考えた面白い本がある。

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路
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こちらは、関西で人気の番組(最近関東でも深夜に放送されています)「探偵ナイトスクープ」で「関東ではバカだが、関西ではアホという。入れ替えると侮蔑的表現になり、怒られるが、もっと調べよ」という指令で調査が行われた。番組では「岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原・西今須」を境に、アホとバカが入れ替わるということが判明した。その後の、詳細な調査についての本。

そして、今日も新方言は日々生まれている。2ちゃんねるにはまった「嫁」が子供に「オマエモナー」とか「わら」、「ケテーイ」などを普通に教えて、ネット発の言葉も新方言として定着するということも、そろそろあってもおかしくないような気がする。その場合、距離はどう測ればいいだろうか。

関連記事:

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コメント(1)

masa :

初めまして、いつもためになるなぁ、と思いながら読ませていただいています。

神奈川の「べ」に関してですが、幼稚園くらいから高校まで、地元にいる間はかなり使われていますよ。
少なくとも小学2年の時から皆使っていた記憶があるので、14年前からまわりの友人はずっと「べ」を愛用しています。
地元を離れるとほとんど使わなくなりますが。

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このページは、daiyaが2004年8月19日 23:59に書いたブログ記事です。

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