劇的瞬間の気もち

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劇的瞬間の気もち
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とても面白いです。企画力の勝利。オススメです。

どんなに一流の作家でも劇的瞬間の真実は、体験しなければ書くことができない。体験した人の声を50人分集めて本にした。米国「Esquire」誌の連載がベースになっているので、ひとつひとつが丁寧に編集されている。ひとつの体験談が長くて数ページのコラムになっていて読みやすい。翻訳もよくて臨場感がある。

サメに食われる、ハリケーンに吸い上げられる、ナイアガラの滝から落ちる、乱交パーティーに参加する、ノーベル賞を受賞する、アカデミー賞を受賞してスピーチする、多重人格になる、女になる、ものすごく背か高いこと、落雷に直撃される、スカイダイビングに失敗する、エボラ出血熱に感染する、月面を歩く。

こんなことを体験した有名、無名の人たちが率直にそのときのことを語っている。例えばサメに襲われた人は「頭蓋骨がきしみを立てるのを、自分の耳で聞いた」し、背が2メートル25センチもあると「誰も気づかない汚れが目にとまる」そうで冷蔵庫の上が誇りだらけでない家はないことを知っていたりする。宝くじに当たるのは「自分の死亡記事を見たような感じ」だそうだ。雪崩で生き埋めになった人がまずしたのは口の中の雪をかきだしたこと。たまたま埋まるとき両手で顔を覆っていたのが幸いだったという。

いやあ、どれも体験者でなければ分からないことばかり。貴重な内容だと思う。体験リストを見て分かるように執筆者には世界的な有名人も多く含まれている。読みどころ満載である。定価は1000円だが、幾ら払っても、聞くのが難しいだろう話ばかり。

類書にベストセラーの「死ぬかと思った」がある。こちらのテーマは日常生活の中での緊急事態であって面白いのであるが、劇的度は今日の本のほうが遥かに上である。併せて読むのも楽しいかもしれない。

死ぬかと思った
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じゃあ、私自身の劇的瞬間ってなんだろうと考えてみた。

・一次志望の大学に合格したとき(イヤッホーーーーーーー)
・病気で倒れ光のトンネルの幻覚を見たとき(遠くで私を呼ぶ声がする)
・生まれたばかりの息子と初めて分娩室で会ったとき(目が合って、こ、こんにちは。)

うーん、いろいろあったようでいて大したことがないなあ。上記は個人的には大したことなのだが、人に語るには面白みに欠けるし、ありふれている。

そういえば

・幽霊をみたとき

というのがあった。この本にならってコラムにしてみた。

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霊を感じる
  深夜のオフィスで体験した、あのこと
  橋本大也 (日本、会社経営)

夜勤の電話番アルバイトも3年続いて夜の孤独は慣れっこだった。孤独といっても夜勤は大学生二人の勤務体制。仕事が減る午前1時ごろから3時間ずつ、交代で階下の部屋で仮眠をとる仕組みだ。この二人しかいない深夜のオフィスビルは、電気代節約のため、照明は夜勤チームの働く片隅だけ点けている。光と闇のコントラストで、フロアの大半は一層真っ暗に見える。ときどき機材の音がカチカチ鳴っているのが聞こえる他は、静まり返っている。

この職場にきてから、階下の仮眠室で金縛りにあうという話は年中聞いていたし、実際、何回かは、私も体験していた。金縛りが始まると身体は動かせない。瞼を閉じたいがそれも思うように行かない。汗をじっとりとかきながら、身体が動くようになるのを待つしかない。真っ暗な部屋でドアのガラスの向こうに人影が見えたような気がした。はじめての金縛りはゾっとする体験だ。地下室から何かが駆け上がってきた音を聞いた同僚もいたと後で聞くことになる。昭和前半に建築された古いビルだから、何かあるのじゃないかと勘ぐってしまう。

だが、金縛りは科学的に解明された現象だと私たちアルバイトは知っていた。夜勤の疲れで浅い仮眠をしていれば、よくあるのは当たり前だろうし、半分夢うつつなのだから、何かが見えた気がするのも仕方がないだろう。何回も経験してしまうと怖さはなくなってくる。いつのまにか、「また金縛りにあったよ」と交代する同僚に笑って話せるくらいのネタになっている。

だが、その夜、”それ”は階下の仮眠室でなく、仕事場に二人とも残っている時間帯に起きたのだった。湿度が高くてじっとりした夏の夜。私たちはいつものとおり、電話も途絶える午前1時ごろには報告書の記入も終わって、仮眠する時間だった。しかし、その夜は不思議に眠くなかったので、二人とも仕事場で読書をしていた。

「フフ...」

気のせいかなと思った。人の静かに笑うような声が聞こえた気がした。同僚に目をやると本を真面目に読んでいる。聞こえてきたのはオフィスのずっと奥の暗がりだ。そちらのほうに目をやったけれども、何も見えない。やっぱり、私の気のせいだっただろうか。私も目線を読んでいるページに戻そうとしたそのとき、

「フフフフ...」

もっとしっかりと若い女性が笑う声が聞こえた。同時に衣擦れのような音が聞こえた気がした。椅子から誰かが立ち上がったような気配があった。

えっ、と私は思わず声を出してしまった。同僚と目が合った。笑おうとしているが怯えている目だ。「今、聞こえたよね」。「ええ、聞こえました」。聞いてみると、同僚も最初の声に気がついてはいたのだ。二人で暗がりに目をやるが何も見えない。男同士だったがくっつきながら、その辺りを見回りする。異常はない。自然と話は仮眠室の金縛りの話になる。硬直中、人の姿を見ていたのは私だけでなかったのだという。寝ているとき布団の上から何かに乗っかられたという人もいるのだそうだ。初めて私たちは怖くなった。古いビルで隙間風がある。深夜のビルは反響が良く、100メートルくらい遠くの通りから酔っ払いの話し声が聞こえることもある。私たちはしばらく物音を立てないようにして、あの笑い声が聞こえないかを確かめてみた。

もう音はしなかった。だが、遠くの音とさきほどの笑い声は明らかに違うものだということが分かった。当たり前だが遠くの音は遠くから聞こえる。いくら反響がよくても先ほどの近くの声とはまったく違っていた。静けさの中で私たちは、やはり先ほどの声はそこの暗がりから聞こえたとしか考えられないという結論になった。声だけでなく気配を私たちは感じてもいた。もうその日は怖かったので二人とも寝ずに朝を迎えた。

数日が過ぎて、次の夜勤日の夜。シフトの関係で同じ同僚と一緒になった。同僚は前日も夜勤をしていた。夜も更けるとこの前は怖かったねという話になった。すると「実はね、橋本さん、昨日はこんなことがあったんですよ」と彼は熱心に話し始めた。

夜勤メンバーにはラグビー選手みたいな体格でなかなか心強い男がいる。彼は当時は夜勤メンバーの人間関係の中心で、仕事上のトラブルにも動じず冷静に対応するので皆に信頼されていた。同僚はその男A君と昨夜は一緒に働いたという。そしてその夜も同じような女の笑い声を聞いたのだそうだ。

ところが展開は意外な方向へ進んだ。A君もまた金縛り体験者だったが、彼は質実剛健な印象に反して、霊を信じる人だったのだ。お母さんが霊能者なので聞いてみるということになった。夜中にその母上に電話するとこう告げたという。「あなた方がいる部屋には鉄の扉があるでしょう。階段があって仮眠室があって、ビルには地下室があるの」。その通りである。母上はさらに詳細に来たこともないこのオフィスの様子を言い当てたそうだ。「地下室で昔、悪いことがあったのね。地下室から何かが上がってくるのを感じるわ。」
恐ろしくなったそうだ。二人は結局、丑三つ時に霊能者の母上に来社していただいたそうだ。どんなことがあっても夜間に部外者を入れるなという不文律は破られた。母上はビルの入り口や、問題の部屋のドアの前に塩を盛って祈祷してくださったという。そうして、二人は少しは落ち着くことができて、朝の勤務交代まで無事に過ごせたそうだ。

さて、これで霊の問題は一件落着だったのだが、A君と同僚は翌朝、社長に大目玉を食ったらしい。そりゃそうだ。ビルのそこかしこに塩が盛ってある。不気味であるし仕事場に大量の塩などないので、誰かを入れただろうということになる。あれほど夜はシャッターを無断で開けてはいかんと言ってあっただろう、と社長は激怒して怒鳴り散らしたという。

そこで仕方なく事情を説明したら社長は困り顔でさらに説教されたという。社長の言い分ももっともで、職場に幽霊話がでて、人が辞めたら困るのだ。昼間は女性のスタッフも多い。変なうわさで経営に支障が出たら、幽霊なんかよりもっと大問題だ。しばらく暇をやろうか?という社長に、いえいえ、滅相もございません、仕事疲れでございます、と神妙に謝ってきたらしい。

A君の母上の祈祷の力なのか、それ以来、女性の笑い声は聞こえなくなった。金縛りはときどきあったけれど、もう誰も霊が出るとは言わなかった。祈祷で解決したと思いたかったのもあるし、何より私たち夜勤は、幽霊が出ても給料が出て欲しいタチだった。社長は変わり者だったが夜勤には優しかった。幽霊話を続けることで困らせて、解雇されるなんて真っ平だったのだ。幸いにしてその後私たちが職場を卒業するまでそうしたことが起きることはなかった。

後にも先にも幽霊を体験したのはこれ一回きりだ。あれから、10年以上が経ったのだけれど、今でもあの女性の声と”気配”のことは覚えている。それは体験してみないと分からないことだ。私は合理主義者だけれども、幽霊を見たという人の話をそれ以来は否定しないようになった。いないと思うけれど、見えちゃうことはあるのだ。いくら科学的に否定したところで、体験者にとっては真実だということが分かってしまったから。もう二度と体験したくないけれど、あの夜のことは、私の人生の劇的瞬間として、ずっと死ぬまで覚えているのだろうな。

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このページは、daiyaが2004年10月21日 23:59に書いたブログ記事です。

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