宿屋めぐり

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・宿屋めぐり
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これは今年の読書ベスト3には入るだろう。飛びぬけて面白い。

主人公は江戸時代の街道のような場所を転々と流れていく旅人である。「主の大刀」を大権現様に奉納しにいくという大義名分がある旅なのだけれど、目的達成への道はまったく一筋縄にいかない。ゆく先々でしばしば喧嘩や盗難に巻き込まれたり、女や金の誘惑に負けて長逗留しているうちに、怠惰で無計画が災いして主人公をめぐる状況が破たんする。逃げるように次の場所へ次の場所へと移動していく宿屋めぐりだ。

主人公はある事件で意識が飛んでしまって以来、自分がいる世界は偽の世界だと思っている。主がいらっしゃる世界こそ真の世界であり、自分の本来いるべき世界はここじゃないのだと信じている。だから、なにもかもがうまく行かないのも、これが偽の世界だからであって、本当の俺の実力はこんなもんじゃないんだ、今の俺は仮の姿なんだと心の中で叫んでいる。

主人公がいる世界は辻褄があわないことだらけの異世界だ。超常現象みたいなことが年中起きる。実際そこは異次元なのかもしれない、あるいは、主人公の頭がおかしいのかもしれない。読めば読むほどに何が現実なのかよくわからなくなっていく。同じ町田の大傑作「告白」と同様に主人公のとめどない思考をそのまま文章化している。脈絡のない細部の記述が、例によってパンクなルサンチマン(世の中に対する恨みつらみ)に満ちた町田節炸裂だ。文体の魅力でぐいぐい牽引する。長大な物語も結構すらすらと読み進められる。

物語の構造は複雑で簡単には説明できない。文学部の研究対象になりそうなくらい話は込み入っている。しかし、読み終わってみると、いくつものメッセージが明確に、強烈に伝わってくるのがすごいのだ。いやここはメッセージという言葉よりクオリアという言葉を使ったほうがいいのかもしれない。読者の心の中に言葉にできないものがしっかりと残される。

だから、私のこの本の感想は「なんだかよくわからないがすごくよくわかった。」というものだ。極上の小説にしか達成できないことだと思う。宿屋めぐりとは人生のクオリアを解き放ったアート作品。大傑作、まず読みましょう。

・告白
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-474.html

・フォトグラフール - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-745.html

・土間の四十八滝 - 情報考学 Passion For The Future
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-733.html

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このページは、daiyaが2008年9月11日 23:59に書いたブログ記事です。

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