プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

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・プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?
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タイトルから内容がわかりにくいが、タフツ大学の小児発達学部教授で読字・言語研究センター長が書いた「読書脳」の本である。

私たちが字を認識して読書をする能力は、脳の特殊化と回路の自動化のおかげだという。人間は生存に必要な物体認識の古い回路を特殊化して文字認識の回路に再構成した。やがて視覚が受け取った情報を言語として理解するプロセスは高度に自動化されて流暢に読み書きをする能力になった。人間の読字能力の獲得には2000年を要したが、現代人は生まれて2000日でこの言語能力を身につける。

使用言語によって脳の使い方が異なるという点が興味深い。漢字とアルファベットでは脳の別の領域を使う。漢字と仮名が交ざった日本語を使う日本人の脳は、漢字を読むときは中国語に近い経路を使うが、平明な音節文字である仮名部分ではアルファベットに近い経路が活性化する。バイリンガルの人が脳梗塞になると片方の言語能力だけを失う症例もあるそうだ。脳の読書機能は多くが後天的な学習で構成されているのだ。

「流暢に読解する読み手の脳は今まさに、進化した文字を読む脳の最も重要な才能を手に入れようとしている。時間である。解読プロセスをほぼ自動化させてしまった若い流暢な脳は、隠喩、推論、類推、情動というバックグラウンドを経験から得た知識と統合させて、そのたびに時間を1ミリ秒ずつ縮めることを学ぶ。読字発達の過程で初めて、脳が思考と感情を別々に処理できるだけの速さを手に入れるのだ。」

私たちは学校や家庭でこの流暢に読む能力を自然に身につけていくように思える。しかし米国では人口の15%程度が読字能力に問題を抱えているという事実がある。日本でも近年の学習障害研究で、読字能力に問題を抱えるこどもの数が意外に多いことがわかってきた。後半は著者の専門であるディスレクシア(読字障害)の探究の章が続く。

エジソン、ダ・ヴィンチ、アインシュタインなど世紀の大天才達がディスレクシアであったといわれる。読字能力の欠落は天才的な能力と結びつくこともある。そして著者は自身の子供がディスレクシアであると同時に、それが遺伝する家系であること告白している。学者としても個人としても真剣な研究なのだという情熱がこの本からは伝わってくる。

読書脳の可塑性はデジタルメディアの出現によって新たな展開を生むかもしれない。新しい読みの体験は脳の再構成と自動化を進めていくからだ。

「文字を読む脳によって磨かれたスキルが、今、コンピュータの前に座り、目を画面にくぎ付けにして読んでいる新しい"デジタル・ネイティブ"世代のなかで形成されつつあるスキルに取って代わられることになったら、私たちはいったい何を失うのだろう?。」

と著者は心配しているが、私は、失うものよりも何を獲得しつつあるのかのほうが気になる。検索とザッピング、マルチメディアとハイパーリンクを前提とした読みの行為が人生の読書体験の過半を超える時代はもうすぐやってくるだろう。そのとき人間の脳はどう変貌していくだろうか。

それとこの「プルーストとイカ」。プルーストについては詳しいのだが、イカについて記述が少なすぎてよくわからなかった。私の読解能力不足のせいではなさそう。イカについてもっと書かないとイカん。(あ、書いちゃった)

読字に関する最良図書としてマーゴット・マレク賞を受賞。

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このページは、daiyaが2008年10月14日 23:59に書いたブログ記事です。

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