オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険

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・オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険
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学術的には否定されているのに既成事実として何度もよみがえる心理学の話や考え方を叩き割る。

第一章のオオカミに育てられた少女アマラとカマラの話は作り話だったという事実に驚かされた。この事件は幼児期の大切さを説く材料として日本の小学校の道徳や高校の倫理の教科書にも使われてきた。私も学校で聞いた記憶がある。

アマラとカマラについては、発見者らによって詳細な観察日誌(和訳も出版されている)や写真が大量に残されている。二人の少女らしき人物がいたことは事実のようなのだが、オオカミに育てられた、だとか、保護された後の生育状況などは真っ赤な嘘らしい。著者は専門家ならばすぐに見破れる大きな矛盾を幾つも指摘している。ところが、当時、資料を真に受けた発達心理学者の大物がアメリカに紹介したために、マスメディアが大きく取り上げて、世界中が本当の話だと信じ込んでしまった。著者は真実の経緯を明らかにしていく。

そして、映画にサブリミナル画像を挿入したらコカコーラの売り上げが倍増したという実験も嘘だという話。この話が虚偽だったことは専門家では常識になったが、一般向けビジネス書やマーケティングのセミナーなどでいまだに、まことしかやかに引用される。1956年、実験期間は2週間、映画館で、5秒に一回3000分の1秒のメッセージ画像を挿入した、映画館の入場者数4万5699人、ポップコーンの売上げ57.5%増、コーラの売上げ18.1%増などという数字も出てきて信憑性を高めている。

だが、実際にはそんな実験は行われていないのだ。専門家らは仮に本当にそうした実験をしたとしても効果があるとは考えられないとも述べている。まず3000分の1秒では光量が少なすぎて、人間の眼が物理的に見ることができないそうだ。しかし、この嘘の実験結果に影響されてか、日本や米国ではテレビ局がサブリミナル映像を放映することを禁止している。

「根本的なところでは、人間が新しいもの・珍しいものが好きで、なんにでも原因(因果関係)を見たがり、説明をほしがるといったことがある。また、これまで社会心理学の分野で明らかにされてきた、確証バイアス、同調、ハロー効果、権威への服従、認知的不協和、被暗示性、先入観なども、説明の重要な要素として使えるだろう。記憶や思考の分野で研究されてきた、記憶の変容のメカニズム、情報源の取り違え、確率の判断の誤りなども、大きく関わっているだろう。」

心理学の実験結果というのは、私たちが日常会話のネタにしやすいものだから、ということもあるだろう。物理や化学の実験よりも、心理学の実験は素人でも理解しやすく、尾ひれをつけやすいのだ、と思う。

この本には、オオカミ少女とサブリミナルのほか、言語と虹の色の数の関係、双生児の研究、なぜ母親は左胸で抱くか、プラナリアの学習実験、恐怖条件づけとワトソンの育児書など、どこかで聞いた話が次々に出てくる。意識的にあるいは無意識に実験者が結果を作り出してしまう事例の研究書だ。読み物としても面白い。

・心は実験できるか―20世紀心理学実験物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003773.html

・ 「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003417.html

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このページは、daiyaが2008年11月10日 23:59に書いたブログ記事です。

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