自省録

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・自省録
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「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。」

ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121-180)が残した内省の記録。彼は多忙な君主としての公務の合間に、心に浮かんだ感慨、思想、自戒の言葉をノートに書き綴る習慣があった。ストア哲学に傾倒したマルクスの言葉は、どれも真摯な真理の探究であり胸に響くものが多い。

「すべてかりそめにすぎない。おぼえる者もおぼえられる者も。」

悔いの残らぬよう今を精一杯に生きろ、宇宙や自然の法則には逆らわず、喜んで受け容れ、徳の高い生き方をせよ、自分に対しても他者に対しても誠実であれ、など生真面目な自戒の文句が続く。

「突然ひとに「今君はなにを考えているのか」と尋ねられても、即座に正直にこれこれと答えることができるような、そんなことのみ考えるよう自分を習慣づけなくてはならない。」

心の中までキレイにすべきなのである。

「明けがたに起きにくいときには、つぎの思いを念頭に用意しておくがよい。「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ。」自分がそのために生まれ、そのためにこの世にきた役目をしに行くのを、まだぶつぶついっているのか。それとも自分という人間は夜具の中にもぐりこんで身を温めているために創られたのか?(以下略)」

寝坊している場合じゃないのである。

そして一番感銘したのはこれかな。

「君の頭の鋭さは人が感心しうるほどのものではない。よろしい。しかし「私は生まれつきそんな才能を持ち合わせていない」と君がいうわけにはいかないものがほかに沢山ある。それを発揮せよ、なぜならそれはみな君次第なのだから、たとえば誠実、謹厳、忍苦、享楽的でないこと、運命に対して呟かぬこと、寡欲、親切、自由、単純、真面目、高邁な精神、今すでに君がどれだけ沢山の徳を発揮しうるかを自覚しないのか。こういう徳に関しては生まれつきそういう能力を持っていないとか、適していないとかいい逃れをするわけにはいかないのだ。それなのに君はなお自ら甘んじて低いところに留まっているのか。」

驚くべきことにこれらの言葉は、時の最高権力者が、他者に教えを垂れているのではなくて、自分自身に厳しく問いかけるための言葉だったのだ。現代にはこんなに内面から徳の高いリーダーがいるだろうか。

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このページは、daiyaが2009年1月27日 23:59に書いたブログ記事です。

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